人の生き様を見てきた。
人の強さを見てきた。
人の弱さを見てきた。
世界が移り変わる様を見てきた。
神代の頃から、ずっと、ずっと。
別に神様って訳でもない。かといって人という訳でもない。どちらかといえば人寄りな僕はずっと人を眺めてきた。
寿命が無い僕は、死ぬ事なく人の営みを何時までも眺めていた。
例えば。
古代ウルクの王を見た。
神代の魔女を見た。
アイルランドの光の御子を見た。
エクスカリバーを持った少女を見た。
12の難行を超えた男を見た。
歴史に名を残すことは無かった剣豪を見た。
ただただ見てきた。けれど、1人の少女を見つけた時、僕は初めて『見る』事をやめた。
ジャック・ザ・リッパー。
それは巷で噂されている連続殺人犯の通り名だ。
その正体は誰にもわからず、大柄な男とも小柄な少女とも悪魔とも天使とも言われていた。
卓越したナイフ使いで紙を切るかのように人を切り裂いていく、その光景はまさに芸術的で。
感心した。ただの少女にあんな芸当が出来ようとは。魔術も魔法も知らない少女が闇を纏うように地を這うように走り、音も無く背後を取り、その首を掻っ切った後バラバラにしてその場を去る。
闇夜に紛れるその様を、誰が目に出来ようか。普段を生きる一般人に、その知覚は不可能だ。
狙われたが最期。その首を音も無く搔き切られるのみ。
いやはや、本当に面白い。
ただの少女が僕と戦っている。初めて知覚された事に戸惑いながらも、卓越したナイフ捌きで僕の徒手空拳を凌いでいく。
ナイフが綺麗な一閃を描く。
僕の腕が飛ばされた。
ただの少女に、分身といえども僕の腕が。
益々興味が湧いた。
それから僕は、少女が人を殺す様を見続け、少女が少女のまま死んだ後に少女を召喚した。
「わたしはジャック・ザ・リッパー。……よろしくね、マスター?」
「君の殺人テクニックは実に面白かった。こちらは使役する身だけど、出来る限り対等にいこうじゃないか。……そうだ、何か僕にして欲しい事は無いかい?」
「して欲しい事? うーん……何でもいいの?」
「ああ、好きな事を言ってくれていいんだ」
「それじゃあ──」
少女から──ジャックから出た言葉に僕は少々びっくりしてしまって、2秒程固まってしまった。
──アイスクリームが、食べたいな。
ジャックはそう言って、僕に生前食べたかったというアイス屋台を紹介してくれた。
ロンドンの街でジャックとアイスを食べながら、幾つもの路地を回ってどんな人をどうやって殺したかを楽しそうに話すジャック。
始まりは、そんな感じだった。