これと言った成功体験もなくて。
 「できない」つくしだから望みも持てなくなって。

 それでも土壇場に願ったことを、神様に叶えてもらえたんだ。

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第1話

 

 愛媛県のとある病院。そこに入院しているぼくは、この病院に通院しているあの子と仲良くなっていた。淡いクリーム色の髪をした女の子。

 

「今日はどんな本を読んでるの?」

「シンデレラだよ。一緒に読む?」

「いいの?」

「うん!」

「ありがとう!」

 

 この子も体が弱いみたいだけど、入院生活を送るほどじゃない。彼女が病院に来る日、診察を待っている時間は一緒に本を読むことになっていた。年が近いもの同士、自然と仲良くなるのに時間はかからない。緊張したけど、頑張って話しかけたら仲良くなれた。

 その日読んでたのはシンデレラ。前の日は白雪姫。その前はかぐや姫。その子はいつも本を持ってきて診察を待つ。読む本のほとんどにお姫さまが出てくる。

 それが好きなんだなと思いつつ、その子からは学校の話を聞いたりする。授業のこととか、クラスがどうとか、給食がどうとか。もちろん読書が終わってからだけど。

 

「好きな授業って国語?」

「えっ、なんで?」

「本読むの好きだし、国語の授業っていろんなお話を読むんでしょ? それなら好きなのかなって」

 

 すごい簡単な理由でそう思った。彼女は少しだけ目をぱちくりさせて、その後にふわって柔らかく笑った。そうだよって答えてくれて、当たっていたことがすごく嬉しかったのを覚えている。

 

「君はどんな授業が好きなの?」

「さぁー。授業をまともに受けれたことないから分かんないや」

「そっか……。ごめんね」

 

 ちょっと表情が曇る。同情とかはしてないみたいで、ただ単に自分の発言を悔いているようだった。

 

「気にしないで。けど、そうだなー。たぶん国語も好きになると思うけど、音楽も好きになるかな」

 

 歌うのも好きだし、音楽を聴くのも好きなんだと続けた。悔やまれるのはどうしようもないけど、それで引きずって欲しくはない。だから笑ってそう言って、そしたら彼女もぎこちない笑顔だけど笑ってくれた。

 

「ねぇ。音楽の授業ってどんなの?」

「えっと、歌うことが多いかな。歌のテストもあるんだよ」

「歌手でも探してるの?」

「違うと思うよ。たぶん、成績をつけるためじゃないかな。音楽会があると、そのための楽器の練習もあるから、そのテストもあったりするよ」

「音楽会はいいけど、テストはやだなー」

「あはは、うん。私もテストは苦手かな。みんなの前でやらないといけないし……」

 

 彼女はそういうの恥ずかしいみたい。言われてみるとたしかにそんな感じがするけれど、ぼくはどうなんだろ。やったことがないから分からない。

 

「歌って昔からあるみたいだよね。なんか、そういうのにロマン? 感じちゃうな」

「ちょっと分かるかも。歌ってどれのことでも歌うから。……恋の歌とか

 

 彼女と話している時間は限られている。そのせいなのか何なのか。ぼくらの会話はよく話が変わっていく。話題の共通点といえば『どちらかが好きなもの』ということだけ。

 初めての友だちと話をするのは楽しい。時間を忘れるしあっという間。いつも彼女が診察に呼ばれて話が終わる。診察の後に話をすることは一度もなかった。暗黙の了解というやつだ。

 

 

「流れ星?」

 

 その日も病室の窓から夜空を見ていた。星の輝きはとても綺麗なもので、それが太陽の仲間だというのだから興味深い。あの大きな太陽よりもっと大きいやつがいっぱい存在しているというのだから、とてもスケールの大きな話だ。

 その中でも移動する星のことを彗星と言うらしい。流れ星がそれの通称だって看護師さんから聞いた。

 流れ星が見えてるうちに3回お願い事をしたら、それが叶うんだってロマンチックなことも聞いた。その看護師さんは彼氏が欲しいんだとか。

 

「3回言うの難しい……」

 

 見えたと思ったら1回お願いしてる間に見えなくなる。3回なんて言える気がしない。だけど、その日は流れ星がいっぱいあった。流星群っていうのもあるらしくて、たぶんそれのことじゃないかな。初めて見るものに興奮して、思わずベッドから降りて窓に張り付いて見上げていた。

 

「これだけあるなら!」

 

 3回お願い事をしている間に流れ星が流れ続けるなら、それは3回言ったことになるんじゃないかな。それもありにしてくれないかな。

 ちょっとズルい考えだけど、ひとつだけ叶ってほしいお願いがあるんだ。体調が安定したら彼女だって病院に来なくなった。もともとほぼ月に1回程度で、時々しょっちゅう来たりしてたぐらい。

 

 

 ──だから、お願いすることはひとつだけ

 

 

 流れ星にお願いをするのは、神様にお願いするのと似たようなものだろうか。

 そのせいなのか。夜空を動いていたそれ(・・)が流れ星じゃないと気づくことはなく。

 初めての友だちを思って強くお願いをしていた。

 その日、ぼくを含む人類の9割以上が死滅した。

 

 

 

 

 

 西暦2015年。7月30日。

 天上より召喚され、地上へと流星の如く降り注いだ人類の天敵。バーテックスと呼ばれるそれらは、地上のあらゆる文明を破壊し、そこに住まう人々を無慈悲に襲い続けた。

 それに対抗できる特別な存在は『勇者』と呼ばれ、人類に味方する神々の力を借りることでバーテックスを迎撃する。

 たった5人の、しかもうら若き少女たちが、人類に残された希望の象徴であった。四国は香川県。丸亀市にある丸亀城内を少しばかり改修した場所に、四国の勇者たちは住んでいる。

 

 勇者たちは一般人同様に勉学も行う。建てられた校舎に通い、学年が違う者も同じ教室内で授業を受ける。神託を受けられる『巫女』の1人も、勇者たちと同じように生活している。

 授業が終われば勇者としての訓練が行われ、基礎体力をつけるためのトレーニングであったり、各々の武器に合わせた個別訓練であったり、精神統一であったりと、現代ではおよそ珍しいことを行っている。

 現代的な武器、兵器の一切が通じない相手。神の力を代替的に行使できる勇者が、これまた神社にあった武器を使うことでバーテックスを倒せる。人間の進歩を嘲笑うかのような現実だ。

 

 

 それでも彼女たちは前を向いて生きている。勇者同士で支え合って。

 そのうちの1人。伊予島杏は、か弱い少女という印象がなお残っている。

 勇者になってなお、慎ましやかな雰囲気はそのままに。

 元々病弱だった彼女はインドア派の少女で、その肌はマシュマロのように白く柔らかい。

 淡いクリームのような色をした髪。緩やかに波立つその髪は、彼女の柔らかな印象を強める。くりっとした丸い瞳は垂れ目で。溢れ日に映える緑青色。

 

 『勇者』という言葉からできるイメージからでは、勇者らしくないと思える少女の一人と言える。しかし、彼女は歴とした勇者であることに変わりない。

 バーテックスとの戦闘においては、ボウガンでの遠距離狙撃を担当しつつ、全体の把握と指示出し。作戦立案など参謀的な役割を担っている。

 

「コラあんず! 食事中に本を読むな!」

「あー! 今いいとこだったのに……!」

「ぎょーぎが悪いだろ! 食べ終わってからだ!」

 

 バーテックスとの戦闘がなければ、彼女たちはただの少女に戻る。友達と一緒に食事を取り、学び、時に遊んで生活する。どこにでもいるような少女たちだ。

 読書が好きな彼女は、まさしく本の虫であり、今のように食事中に読書をすることもしばしば。その度に姉のように慕っている土居球子に注意されて没収されるまでがワンセット。

 2人の趣味は正反対。読書が好きな伊予島に対して、土居はアウトドアが好き。キャンプ用品も所持している程だ。

 それでいてお互いに大切な人だと想っている。幼馴染でもなく、知り合ったのはバーテックスが現れてからだというのに。その点で考えれば、仲の良さは勇者たちの中でダントツと言えるだろう。

 

 

 伊予島杏は、おそらく最も少女らしい(・・・・・)女の子だ。彼女が読書する姿はとても絵になり、そこに『らしさ』が溢れ出ている。読む小説の中で、好きなジャンルは恋愛。本の世界へ飛び込みほど好きで、王子様的存在である土居に憧憬も抱く。

 

「カット! だめだよタマっち先輩! 台本通りにしてくれないと!」

「こんな恥ずかしいことできるか!」

 

 憧憬を抱きはするも、必ずそういう役をさせるわけでもない。レクリエーションに優勝した権利を行使した小説の再現。2人の男子に想われ、少女に迫るといういわば三角関係の恋愛談。その中でも、少女が1人の男子に壁ドンされて迫られ、その場にもう1人の男子が止めに入るというシーン。

 普段ボーイッシュな土居がしおらしい少女を演じさせられていた。理由はただ一つ。

 

 ──身長が小説内の少女に一番近いから

 

 この一点である。

 仲が良いとはいえ、権利を手に入れたら再現のために容赦はしない。実際にレクリエーションでも、手を組んでいた土居を最後に裏切ったりと策士ぶりを発揮している。

 

「千景さん命令です。これを受け取ってください」

 

 だから、一番自然な流れで郡にみんなで作った卒業証書を受け取らせる。即興劇に郡が参加しないのも計算の内。勝利者権限を使えば、それを理由に受け取ってくれるのも計算の内。

 たとえ同じ場所に通い続けるのだとしても、高校生になるのだから卒業証書くらいはあってもいいはずだから。

 彼女は誰かを直接励ますことはあまりできない。彼女が持つ優しさは、側に寄り添うもの。引っ張る力ではなく、直接背中を押すわけでもなく。間接的にその人を前に歩ませる。選択肢も気づきも相手に与える。

 それができるのが、伊予島杏という少女の魅力の一つか。

 

 

「あんずー! 来たぞ~!」

「いらっしゃいタマっち先輩」

 

 土居はよく彼女の部屋に泊まりに来る。姉妹のような仲の良さ。土居はもう姉妹だと公言している。彼女に対して、土居もまた憧憬がある。

 自分とは正反対で女の子らしく、お姫様のような存在。守るのだと誓っている。それが自分の役割だと課している。

 それはそれとして、仲良しな2人は、寝るときに横に並ぶ。同じ布団に潜り込むことも厭わない。それぐらい気にしない。むしろそのほうが眠れてるんじゃないだろうか。

 

「あんずの髪はひなたとちかげくらい長いな。髪の手入れ大変そうだなってタマによく思うぞ」

「それどっち?」

「タマによくはタマによくだぞ!」

「えぇ……」

 

 どれくらいの頻度なのかイマイチ掴めない。ある程度当たりをつけながら、ブラッシングしてる髪をぽやっと眺める。

 流れるようにさらさらとしたストレートな髪をしている上里と郡とはたしかに違う。

 綺麗だなと思うし、上里にいたっては大和撫子の体現者かと思わされる。

 それでも。

 羨ましいと思ったことはない。

 

「んー? タマ変なこと言ったか?」

「え? なんで?」

「いや、なんかあんずの雰囲気が変わったから。悪いほうじゃないけど」

 

 言われても無意識だから実感が湧きにくい。土居が言うには目が優しくなったのだとか。そう言われると、なんだか思い当たるものもある。

 思い出したことがあるからだろうか。

 いや、髪の手入れをする時はいつも思い出していた。

 

「髪の手入れを大変って思ったことはないよ。自分の髪が好きだから」

「そりゃそうだよな! あんずの髪はふわふわしててタマも好きだぞ!」

「ふふふ、ありがとうタマっち」

「だから先輩をつけろ!」

「ごめんごめん」

 

 元気に子どもらしい憤慨をする土居に微笑みながら、止まっていた手を再度動かしていく。土居が好きだと言ってくれたように。自分の髪を好きだと言ってくれた人はいる。両親だってそうだし、他の勇者たちもそうだ。

 それに、もっと前に言ってくれた人もいる。

 

「まぁ、あんずはかわいいからな!」

 

 それは当然のことだろうと土居は嬉しそうに破顔する。それどころか自分の事のように胸を張ってさえいる。

 

「私、もともと体が弱いって話はしたでしょ?」

「聞いたぞ。今はそうでもないだろ?」

「うん。皮肉なことだけど、勇者になったおかげかな……。それでね、通院してた時期もあったの」

「ツーイン……。あー、ツーインな」

「……定期的に病院に行くことだよ」

 

 病院とは無縁だとは思っていたけども、勇者になって戦闘した後は病院に行くこともある。『切り札』を使った場合は必ず。もう無縁の関係ではないはずなのに。少しばかり悲しくなる反応だった。

 

「その頃に入院してた子もいたの。私と同じで病弱な子だったみたいで」

 

 診察の順番を待っている時に近くにいて、本を読んでいた彼女に声をかけたのだという。一緒に本を読んだり、会話をしたりと。

 

「その子が言ってくれたんだ。私の髪が好きだって」

「ナンパか!? 初対面だろ!?」

「あ、ごめん。言ってくれたのは私の通院に一区切りがついた時だよ」

「あービックリしたぞ。タマの座った奴かと思った」

 

 女の子の髪を好きだと言ってるあたり、肝っ玉の座った人だとは思われるのだが。伊予島はそこを流すことにした。

 

「不思議だよね」

「なにが?」

「身内じゃない人に言われるとすごい嬉しいし、自信がぐんってつくんだもん。それからなんだよ? 髪をこれくらいまで伸ばしたの」

「……ぬぁぁぁ! なんかムズムズする話だぁ! タマはそういうの苦手だぞ!?」

 

 体を掻きむしりながら叫ぶ土居に少しばかりムッとする。大切な記憶だし、好きな記憶なのだ。苦手だろうとは予想していたけど、土居だからこそ話したというのに。

 そう思っていると、ひと叫びし終えた土居が息を整えた。さっきと同じように、自分の事のように嬉しそうに笑う。そう言ってもらえてよかったじゃないかと。

 そうされると伊予島も嬉しくなって、頬を緩めながら小さく頷いた。

 

「そいつとはその後どうなったんだ? タマに会うことあったか?」

「ううん。その時もたまたまだったから。連絡先も知らないし。……今どうなのかもわからないよ」

 

 それ以降会ってない。それから数年後にはバーテックスが世界に降り注いだ。果たしてその子は生き残れているのだろうか。お互いに自己紹介すらしなかった不思議な関係。今になって名前を聞けばよかったと後悔する。そうすれば、大社に頼んで情報を集めてもらえたのに。

 

「でもタマたちは勇者だからな」

 

 そうだ。勇者となった今では、そう簡単に会うことなどできない。

 

「向こうがあんずのことを見つけてくれてるだろ!」

「ぁ……」

 

 あっさりと盲点を突いてくる。ただの一般人であるその子はたしかに探しにくい。名前すらわからないのだ。何年も前だから見た目も記憶のものとは違うだろう。だけど、反対に伊予島は有名人だ。見つけるのはとても簡単。

 相手が生きていると信じている土居。嫌な可能性なんて考えていない。それが眩しくて、カッコよくて、憧れる。

 

「そうだよね」

「戦わなくてよくなったら、タマも探してやるからな! きっと若葉たちも探してくれるぞ!」

「うん。その時はよろしくね」

「おう! まかせタマえ!」

 

 新たな楽しみができた。手入れが済んだ髪を一纏めにしてベッドに潜り込む。土居も潜り込み、姉妹談義を始める。話は先程の続きでその子のことだった。その話を家族以外にするのは初めてで、その話ができることに喜びを感じている。

 

「その子ね。音楽が好きなんだって。歌うのも聴くのも好きだーって」

「ほほう。音楽好きなのか~」

「うん。それで、入院生活でやることがないからって曲を作ってみたんだって」

「なるほどな~。…………は??」

 

 嬉しそうに話す伊予島の様子に、土居もひたすら聞く側に回ろうと思った矢先だ。一回流しかけたことに遅れて引っかかる。話からして小学生時代のことで、その時に曲を作ったという話を信じられなかったからだ。

 

「ふふっ、私もびっくりしたよ」

「あたり前だ! タマとおっタマびっくりだぞ!?」

「初めて作ったみたいで、メロディーだけなんだけど、データは貰ってるんだ」

「おっ、もしかして聞く流れか」

「うん」

 

 スマホを操作して音楽アプリを起動させる。そこにある音楽の中で、ひとつだけ明らかに異質な曲が。およそ3分半の曲。曲名はついておらず、無名とだけ書いてある。

 伊予島は懐かしむように表情を和らげ、優しく再生ボタンを押した。

 スマホから再生されるメロディー。優しく、そして儚げな曲調でありながら力強さも感じさせる。思わず目を閉じて聴いてしまう曲に、土居も静かに聴き入っていた。

 

「いいなこれ」

「ふふっ、そうでしょ? これの感想も伝えたいんだ」

「なら感想と一緒に曲名もつけてやらないとな! なんなら杏も歌詞つけてみたらいいんじゃないか!」

「えぇー」

「タマには挑戦も大事だと思うぞ! 杏ならできる!」

「うーん……。自信ないけど、やってみようかな」

「よしっ!」

 

 新たな挑戦が決まって、どんな歌詞をつけようかと早速考え始めていた。メロディーが先にあるから、それに合わせたい。

 どんな『おもい』が込められてるのだろうか。できればどうにか自分の祈りも込めてみたい。うまく行くだろうか。

 考え始めると止まらない。もう一度曲を再生し、目を閉じながら考えてみる。そうしていると、いつの間にか微睡みの中へと沈んでいった。

 

 勇者たちの直近の楽しみは、花見をしようというものだった。丸亀城は花見の名所としても知られている。天守閣周辺には桜の木が何本も植えられていて、春を迎える度に見る人を楽しませていた。そこでみんなで花見をしたい。

 

 だから、今回の戦いも全員で勝ち抜かないといけない。今まで以上の戦いになるとしても。

 

 

 

 勇者たちは、バーテックスの進化体を倒すために『切り札』を使用する。神樹の中に記録されているそれ(・・)へと接続し、その身にその力を宿すという手段。精霊と呼ばれるそれらは、日本に残る数々の逸話や怪談に登場する存在。義経や輪入道といった存在たち。

 その力は強大であれど、分かっていないことが多い。伊予島はその手段をあまり良いものだとは思っていなかった。それを使用した人たち、特に複数回使用した人に影響が出ているから。なんとなく調子が悪かったり、違和感があったり。

 そんな目に見えない箇所(・・・・・・・・)への影響。それを危惧していたから、他の勇者たちにも使用を極力控えるように言っていた。

 

「仕方ないなっ、切り札を使うぞ!」

 

 それでも、限度が来れば切り札を使用するしかない。

 バーテックスは個体たちが集合することで進化体になる。それを抑えることができれば、戦闘は優位に進められる。

 だから土居は切り札を使用すると宣言した。

 

「待って! 私がやるから!」

 

 それを彼女は静止した。

 勇者たちに使用を控えるように言ってたのに。

 そんな彼女が切り札の使用を宣言した。

 

「タマっち先輩は手を出さないで、あいつらは私が倒すから……!」

 

 体の内側に意識を集中させる。

 神樹と勇者は霊的な繋がりがあるから。それを使って神樹の中に存在する概念。精霊を呼び出して自分の身に宿す。

 

 

 少女らしい少女。

 緩やかに波立った淡いクリーム色の髪をした少女。

 くりっと丸い瞳。溢れ日に映える緑青色。

 汚れを知らず。マシュマロのように白い肌の君。

 争いが嫌いで。バーテックスを怖いと思っていて。

 それでも立ち向かえる勇気を持つ君よ。

 

 そんな君の力になれるのなら。

 

 数えられる程度の出会いでも。一言の評価でも覚えていてくれたのなら。

 会う体も無くし。謝る口も持たなくなったとしても。

 「ぼく」という記憶を持つ概念なのか。それとも「ぼく」が主体なのか。

 はたまた融合した何かなのか分からないけれど。

 願ったことを叶えられるのなら。かつて「ぼく」という存在の心を救ってくれた君のために!

 

 全力で君の『おもい』に応えたい──!

 

 

 ──来て! 雪女郎(ゆきじょろう)

 

 

 

 

 

 

 

 この時初めて。自分が概念的に性転換していることを知った。

 

 

 

 


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