黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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言葉を解せず、話すことも出来ない……見知らぬ異世界に飛ばされ苦悩する主人公(TS少女)の物語です。


本編
1.黒神のヤト


 

 

 

「そうだな……まずは服を脱げ、全部だ。土下座して詫びを入れれば水に流してやってもいい」

 

 さっき歩いていた街道からほんの少しだけ薄暗い路地に入れば、もう人の姿はない。お情け程度の街灯も点滅を繰り返している。ましてや今は深夜11時頃だろう、それも当たり前か。

 

 そんな事を思いながら周りを見回して、目の前のクズに視線を向ける。

 

 只でさえ下品な顔を更に醜く歪め藤堂は俺にそう言った。ヤツの後ろに1人、こいつはやりそうだ。後ろをチラリと見れば積まれた段ボールに肘を預けニヤついてるチビがいる。全員が髪を金髪に染めニキビが汚いツラだ。それに何処かシンナー臭い。

 

 思わず内心溜息をついた。めんどくせぇ。

 

 先ずは着古したジャンバーを脱ぎ、直ぐ横のゴミ箱の上に置く。

 

 俺が言われた通りにするのを見て藤堂達は益々ニヤつき始めた。スマホを取り出したのは撮影でもするつもりだろう。

 

 つぎに尻から抜いた硬い皮の財布をジャンバーの上に重ねた。何枚かの硬貨は別にしてある……まぁ場合によっては使うかもしれないが、まず大丈夫だろう。コイツは油断が過ぎる。

 

 藤堂はカメラアプリをこれ見よがしに開き、残りのクズ2人に見せようとしていた。

 

 馬鹿が。

 

 奴の目線が後ろに向いた瞬間、ジャンバーごと藤堂の汚い顔面に投げ付ければ……慌てた様子だが遅い! シンプルに前蹴りで金的を蹴る。グジャッっとした感触も気にせず、崩れ落ち低くなった顎に膝蹴りを喰らわせた。呻き声を上げ倒れるのを視界の片隅に入れて、直ぐに振り向く。

 

 先ず1人。

 

 更に掴み取った財布を投げ付ければ、チビは思わず両手を上げて財布から顔を隠す。それを確認しながら一気に近づき、その横腹をぶん殴った。ふん、両手で防ぐなんて、マヌケだ。

 

 って、うわっ吐きやがった……汚ねえな。

 

「テメエ!!」

 

 ここでやっと藤堂の後ろにいた男が近づいて来る。だが 1人なら負けねーよ……俺は無言で睨みつけ唾を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

「痛えよぉ 痛え……」

 

 蹲り倒れた三人を上から眺め煙草に火を付ける。一発喰らったが、三人相手なら上出来だ。ちなみに三人目は意識がない、まあ死んではないだろう。

 

 しゃがみ込み蹲る藤堂に話しかける。

 

「まだ何か用があるか?」

 

 膝を立たせながら顔を見たが、これは酷い。

 

 前に中学生くらいの餓鬼に金をせびっていた偉そうなツラとは大違いだ。あの時は背後から跳び蹴りを喰らわせたからよく見えなかったが。ついでに全裸にして、脱がした服は用水路に捨てたっけか?  あぁ……だからさっき俺にも同じ事をやろうとしたのか、本当に馬鹿な奴だ。

 

「痛えよぉ……病院に……」

 

 股間を抑えながら藤堂は青白い顔で俺を見た。唇が切れたのか血が流れている。しかし当然に無視だ。

 

「次にお前のツラを見たらぶん殴る。もし俺を見掛けても視界に入るな。その辺のトイレでも入って時間が過ぎるのを待ってろ、わかったか?」

 

 奴は震えながら横倒しになる。痛みに耐えられないのだろう。

 

「返事は?」

 

 煙草の火をやつの顔面に近づけて静かに聞く。藤堂は必死な顔で何度もうなづいた。

 

 火の消えかかった煙草を捨て、もう一本吸おうとポケットを探る。だが最後だったようだ、ついてない。仕方ないので意識のない三人目の懐を漁ったら一箱出て来た。

 

「なんだ、メンソールかよ」

 

 我ながら勝手な事を呟き煙草を放り投げる。

 

 近くから止まない連中の呻き声が聞こえて来た。救急車くらい匿名で呼んでやるか? 三人掛りでボコられたなんて、恥ずかしくて言え無いだろうし、転びましたとか適当に喋るだろ。

 

「寒いな」

 

 体を動かした分暖かかったが、今は真夜中で路地裏に吹く風は肌に刺さるようだ。冬が近いからか空気も乾燥している。直ぐに冷えてしまうだろう。

 

 遠くに見えるネオンの明かりを見ながら溜息をつき、地面に落ちたジャンバーを手に取る。そして財布を拾い、汚い路地裏から出ようとした時だった。

 

 誰かがこっちに真っ直ぐ歩いてくる。さっきの奴らと違い、如何にもインテリな感じの背の高い男だ。何より顔面のレベルが違う。それに180cmある俺よりデカイかもしれないな……薄っすらと笑ってやがる。

 

 嫌な予感だ。

 

 何気ない様に観察する。見た限り殴り慣れた拳じゃない、むしろ綺麗過ぎるくらいだ。チノパンにシャツ、ジャケット……まぁ普通と思う。だが違和感が拭えない。

 

 改めて顔を見て、その理由がわかった。黒髪黒目でアジア人らしくしてるが、間違いなくアングロサクソン系だ。無理矢理に目や髪を黒くしたらこうなるのだろう。気色悪いことに、ずっと薄く笑っている。

 

「後ろの三馬鹿の連れか?」

 

 珍しく自分から話しかけてしまった。何処か焦ってる。 落ち着け……

 

「 ん? ああ、そうですよ。友達です」

 

 綺麗な発音だが嘘くせえな。なんだよ友達って。

 

「なら早いところ連れてけ」

 

「こんな時、友達なら仇討するんじゃないかな? なので私は貴方とお話しをしないといけないですね」

 

 あぁ……間違いなくヤバイ奴だ。肝の座り方が違うし、暴力に慣れた独特の雰囲気が溢れてくるのが分かった。

 

 逃走ルートをいくつか思い浮かべる。最悪は逃げの一手しかない。

 

「逃げられないよ」

 

 まるで心を読んだようなセリフに腹を決める。なんとか隙を見て逃げるか……無いなら作ればいい。

 

 背後の馬鹿達を左手で指差しながら話しかける。

 

「こいつらの友達だって?」

 

 話しながらデニムパンツのもう一方の手を右ポケットに入れ、硬貨を何枚か強く握り締める。

 

「ふふ、そうなるかな?」

 

 インテリ顔の目線が向こうに流れた瞬間、一気に踏み込み手加減なしで顔面を狙う。 はんっ、スカした顔もそこまでだ!

 

 ゴッ!

 

 振り抜いた拳がヤツの右頬に触れ、顔面が僅かに撓む(たわむ)のすら見えた。間違いなく当たったし、感触だって完璧だ。なのに……

 

 まるで殴られた事が無かった様に、一歩も動かずその場に立ち、そして不気味に微笑んでいる。

 

 痛みすら感じてないのか? 幾ら頑丈だとしても、そんな事があり得る訳が無いのに。

 

 あぁ……コレはマジでヤバイ……

 

「クソがっ」

 

 今度は思わず唇から声が溢れた。その呟きも深夜の薄汚れた路地に消えていく。バイトの早帰りなんてするんじゃなかった、そんな事を今更思っても遅いだろうが……

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

「お疲れっしたー。すいません、お先です」

 

 客足も途絶えたので早めに上がって良いと言う先輩の有難い言葉に甘え、昨日からバイトを始めた居酒屋から出ようと戸に手を伸ばした。

 

 丁度その時、店長の声が聞こえて振り返る。厳つい顔してるのに何処か気弱な話し方をするんだよな、この人。

 

「えっと……木崎くん、ちょっといいかな? 本店に出す書類なんだけど、下の名前ってこの字で"カズキ"でよかったよね?」

 

 書類には住所や氏名、年齢、緊急連絡先などを記入するみたいだ。履歴書に書いてあるだろ?って思ったとき店長から解答があった。

 

「ごめんね。履歴書を先に送ってしまって、内容を控えてれば良かったんだけど」

 

「合ってます。平和の和に希望の希でカズキ。店長……読み仮名はキサキじゃなくてコノサキです、漢字は合ってますけど。年齢は20、住所は……」

 

「あれっ? ほんとだ。ゴメンね……コノサキっと。あと緊急連絡先なんだけど、ご両親のどちらかでもいいから書いて貰えるかな?」

 

「……親はいません。自分1人です」

 

 店長は如何にもマズイこと聞いたって顔で黙ってしまった。顔に出過ぎだろう。

 

「 えーっと……上手いこと書いておくね。じゃあまた明日、お疲れ様でした」

 

 そう言って厨房の奥に店長は消えていった。それを視界に入れながら、思わず苦笑して店先から出る。すると直ぐに吐く息が白くなるのが見えて、冬が近いのを感じた。ジャンバーの襟を立てる。今のバイト先で賄いを食べたから、腹は減ってない。

 

 今日はそのまま帰るか。

 

 今時珍しい六畳一間の和室と小さな台所しかない古びたアパートだが……それでも我が家だ。 昔に比べれば天国の、いや異世界みたいなもんだ。

 

 

 そんな事を考えた僅か数分後に馬鹿達に絡まれ、定番の路地裏行き。それが終わったと思ったら、こんなヤバイ奴に会うなんて……本当についてない。

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

「ぐっ……うぐっ」

 

 腹が焼ける様に痛む。吐き気をなんとか抑えながら、憎たらしいインテリ顔を睨みつけた……つもりだ。

 

 もう立てない。

 

 両目の瞼も膨れ上がって視界も悪いし、意識も朦朧としてきた。

 

 なんなんだコイツは? 幾ら殴りつけても、膝の関節を蹴り上げても全く応えてない。いや痛みも恐怖も感じてないのか?

 

 相変わらずの薄笑いを浮かべながら話しかけてきた。

 

「ほう……やはり()()()()()()()()()。常人では考えられない速度だ。痛みにも僅かながら耐性があるみたいだね」

 

「な、何を」

 

 ……ゾッとした。いや間違いなく体が震えた。

 

 今では誰も知らないはずの秘密を何故この男が……?

 

 呆然とした俺に、全く感情を感じさせない口調で蕩々と話し掛けてくる。どこか俺を見ていない、その気色の悪い目で。

 

「やはり君にするよ。 ()()()()()()。親もいない、親類縁者もいない天涯孤独の身。7歳から預けられた孤児院でも院長夫妻に体罰を受け続け、中学を卒業するや脱走。年齢を誤魔化しバイトを続け生きてきた。暴力が側に、そして喧嘩ばかり」

 

 コイツ……

 

「へぇまだ本当は17歳なんだ。確かに見えないね。 君は人からの愛情を信じられないし、大人なんて全員が敵。院長夫妻には必ず復讐すると誓っている。出来るなら今すぐにでも怒鳴り散らして手当たり次第に暴れたい。でも、本当は違うよね? 自分の心の中を分かっている筈だ」

 

 言うな……言わないでくれ………

 

「もっと……もっと優しくされたい、愛されたい、誰かに抱き締められてもう大丈夫だと言って欲しい。そして、そんな事を思う弱い自分が世界で()()()()

 

「や、やめろ」

 

 震えが止まらない。何なんだコイツは……?

 

 目の前の男はきっと人間じゃない。

 

「君が7歳の時、普通じゃない事に気付いた。他人と比べて明らかに怪我の治りが早いとね。だけど、母親に見せたのは失敗かな。君の親はそれを許容出来る人間じゃなかった。"悪魔の子"だっけ? カルトは怖いね。それから僅か一年で孤児院入り。最も信頼出来るはずの大人に捨てられた君に更に追い打ちがかかる。うわ、焼けた鉄串を腕に? その院長も酷い事をするねぇ。同じ事をされた他の子はいつまでも火傷のあとが残っていたのに、君はわずか数日で綺麗に完治」

 

 何も言い返せない。いや、余りの恐ろしさに震えるだけだ。

 

「ますます体罰は酷くなっていく。だって証拠が残らないからね。でも ……でもキミすごいね、本当に関心するよ。それでもまだ慈愛の心が折れずに残っている。女子供や弱者には手を出さない、むしろそれをするクズには率先して罰を与えている」

 

 君より不幸な人間は沢山いるけど、癒しの力、慈愛の()()がここまでハッキリと見えるなんて……そう言うと、もう一度俺を見て笑う。

 

 刻印? 一体何を言ってやがる。いや、まるで俺の人生のアルバムを見るように、誰も知らない筈の事や力まで……

 

 一体何者なんだと内心で呟いたとき、当然のように返して来た。

 

「ん? 僕の名はヤト、黒神(クロカミ)のヤト。此処じゃない何処かの世界の神々の1人で……もう僕しか残っていない残り滓のような一柱さ。沢山いた白神(シロカミ)達も消えた。優しさや癒しを司る彼等は失われ、あの世界は滅びに瀕している。僕は"憎悪"や"悲哀"、そして"痛み"を司る神だから……今一番力があるかもね」

 

 初めて奴は、いやヤトは悲しい表情を見せる。

 

「でも、それでも僕はあの世界と人々を愛している……皆を助けたい。もう時間がないんだ」

 

 そうして俺の目を真っ直ぐに見た。

 

「だから……すまない」

 

 そう呟いてこちらに人差し指を向ける。その瞬間だった。

 

 

「あああぁーーー!!」

 

 

 痛み……なのか、体中が熱い。逃げ出したいのに体は言う事をきかない……!

 

「ぐっ、うあ……」

 

 情けない声を出してるのは自分でも分かる。でも止められない……

 

 ヤトはブツブツと呟きながら、俺の体の表面に指を這わし始めた。右胸、左肩、腹、太もも……他にも、身体のあちこちに指を這わせては戻す。痛みで意識を失いたいのにヤトの姿だけは鮮明に見えた。

 

 

 癒しの力(2階位)

 

 慈愛(1階位)

 

 憎しみの連鎖(1階位)

 

 自己欺瞞(2階位)

 

 

「これでも2階位が限界か。人としてはそれでも望むべくもない力だけど……でもそれじゃあとても足りない。でも魂魄の容量は増やせない以上、負へ転じさせて相殺する。やはりもっと強い呪縛、呪いを……」

 

 聞きたくもないのに、その声だけ何故かハッキリと聞こえた。より強い痛みと全身に虫が這うような異物感。

 

 脛、尻、喉、そしてまた戻す。

 

 

 自己犠牲 贄の宴(3階位)

 

 利他行動(2階位)

 

 言語不覚[紡げず、解せず](3階位)

 

 

 

「まだ足りないか……」

 

 しつこく指を這わせてくる。くそっ、なにをしてやがる……! 自分の身体なのに分からないなんて……

 

 

 慈愛(狂)(3階位)

 

 

 じぃっと俺の右胸あたりを見ている。

 

「これで……」

 

 ヤトの声だけが聞こえてくる。

 

 ダメだ、やめてくれ!!

 

 今まで指先で触れた箇所から熱だけを感じる。最後なのか右胸に再び指を翳された。

 

「熱いっ! 熱っ! うあぁーーーっ!」

 

 

 

 癒しの力[()()](5階位)封印管理

 

 

 

 フーッ フーッ……ヤトは大きく二回息を吐いた。もう殆ど何も見えない、でもヤトの声は変わらずハッキリと聞こえる。

 

「和希くん、恨んでくれて構わない。でも申し訳ないけど……黒神としての権能、力はもう殆ど残っていないんだ。僕は眠りにつく……だから恨む相手もいなくなってしまうね。本当にすまないと思ってる。どうかあの世界を救って欲しい。 勝手だけれど、これは君の救いの道にも繋がっているかも知れない、そう信じているよ」

 

「あちらに着いたら刻印は力を持つ。癒し、慈愛は間違いなく君の持つ力だ。今のキミではどんな刻印があるか解らないだろうけど、その二つだけは決して裏切らないからね」

 

 ヤトは俺に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「じゃあ、最後の力で送るよ。黒神の、いや白神の祝福よ此処にあれーー」

 

 薄れる意識の中、ヤトは俺に微笑み空間に溶けていく。

 

 そうして、目の前から光が消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏から人の姿が消えた。

 

 在るのは丸まったままの古ぼけたジャンバーと散らばった硬貨達。きっと、和希がここにいた事を覚えているのだろう。

 

 

 

 

 此処じゃないどこか。

 

 遠い遠い別の世界。

 

  いつの頃からか、異形の魔獣が跋扈し無差別に人を殺し始めた。

 

 何匹打ち倒しても、数は減らない。

 

 其処は絶望と呼ばれる血の色で世界を染めている。

 

 僅かに残った人々は小さな国に寄り集まって死の恐怖に抗っていた。滅びの足音を聞きながら、それでも決して諦めない。

 

 何故なら希望があるはずだから……

 

 神々が再び降臨し、自分達を救ってくれると、白神(シロカミ)達は人を見捨てないと信じて。

 

 人々から忘れられた黒神(クロカミ)の一柱、最後の神ヤトの加護と呪いを受けた「黒神の聖女」の降臨はもうすぐ……

 

 まだ世界は知らない。

 

 まだ人々は知らない。

 

 絶望も希望も、憎悪や悲哀も、痛みすら、そして自らの命さえ顧みない。全てを捧げる一人の少女が其処に在ることを。

 

 これは……

 

 強大な"癒しの力"をその身に宿しながらも……言葉を紡げない、言葉を解せない、1人の少女の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どんどん投稿していきたいと思います。よろしくお願いします。
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