黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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ふと思い付いて、一日で書いた番外編です。



番外編
ある日の出来事 〜黒神の聖女 番外編〜


 

 

 

 

 "加護争宴"

 

 "神々の諮詢(しじゅん)"

 

 "刻印哀歓"

 

 此れ等の言葉達は異型の同義語だ。全てが古代の文献から拾われた古いもので、人の手により解読して創り出された。

 

 詳しく神々を研究している者達を除き、現在では所謂死語となっている。リンディア国内で最も人口の多い王都リンスフィアでも、各地で再開発が進む街や村も、今や四ヵ国を超えた友好国の国民であっても、知らないと答える人が大半だと言えるだろう。

 

 しかし、何事にも必ず例外がある。

 

 勃興の遥か古代から……連綿と神々へ祈りを捧げて来た"リンディア王家"が一例だ。一般では全く知られていないが、其れに該当する"祈りの言の葉"の綴りも現存している。その為、祭司でもある王にとっては比較的身近な言葉と言って良いのかもしれない。

 

 そして、趣味の域を超えた神代の知識すら有する女性……聖女の専任侍女クインが其れ等を呟いたのも自然な事なのだろう。

 

 

加護争宴(かごそうえん)刻印哀歓(こくいんあいかん)……神々の諮詢がカズキにも訪れたのですね……良かった、本当に良かった……」

 

 1日も欠かさず毎朝"聖女の間"に訪れるクインが万感の思いを口にした。

 

 

 静かに扉を開き、いつもの様にカズキの姿を探す。ベランダに立っているか、ベッドにクルリと丸くなって眠っている事が多い聖女。しかし今日はベッドの直ぐ横に立って背中を向けていた。俯いて後ろに振り向きもしない。

 

 不安になったクインが足早に回り込み、立ちすくむカズキを見て呟いたのが古き言葉達だった。安堵、喜び、少しの同情。

 

 そして優しい声を愛する聖女へと紡いだ。

 

「大丈夫です。カズキ、最初は誰でも驚くものですから。直ぐに戻るので待っていて下さい」

 

 足早に退室するクインの口元には、柔らかな微笑が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 クインの口元に微笑が浮かぶ日より数日前ーー

 

 

「由々しき事態……皆の知恵を借りたいの」

 

 約二十名程だろうか。性別こそ同じだが年齢もバラバラな者達が一室に集まっていた。皆が注目するのは敬愛し忠誠を誓う可愛らしい女の子だ。だが雰囲気が普段と違う。

 

 其処には、花の様に咲くいつもの笑顔が無かった。寧ろ珍しい鋭い視線に誰かが唾を飲む。

 

 腰まで届く銀髪は後頭部で纏められている。随分と背が伸びて歳上の筈のエリと高さは変わらない。間もなく追い抜き、寝坊助専任侍女を睥睨する日も近いだろう。ほぼ毎日寝過ごす赤髪の女性は、未だ眠そうに目を擦っていた。

 

「な、何があったのですか? アスティア様」

 

 早朝の忙しい時間にも関わらず、城の運営に関わる女性達が集められたのだ。勿論全員では無いが、要職や纏め役、経験豊富な者達が厳選されている様だった。

 

 因みに、本件は王であるカーディルの承認の元に行われている。

 

「今から説明するわ。クイン、お願い出来る?」

 

 アスティアの唇から耳に心地良い声が響いた。

 

「かしこまりました」

 

 後ろに控えていたクイン=アーシケルが前に出る。彼女の存在が益々全員の緊張感を高めていた。誰もが知るクインは王室の相談役を拝命し、カーディルにすら直言出来る立場だ。大変有能な事は誰もが認めるところだし、自らを強く律する見本とすべき女性なのだ。

 

 何より……この城に住まう「黒神の聖女」唯一人の専任侍女でもあるのだから。この時間ならばカズキの側に控えている筈で、この集まりが如何に重要かを示していた。

 

 全く皺のない侍女服を靡かせ、ほんの少しだけ曲がった金髪を揺らしてアスティアの側に立ち止まる。

 

「これを見てください」

 

 直ぐ隣にあった黒い袋からクインは何かを取り出した。袋は厚めの革製で、中身が何かは誰も分からなかったのだ。だから取り出された()()の長細い物体に全員が怪訝な顔をした。

 

「瓶?」

「見た事ないけど」

「調味料かな?」

「私、知ってる」

 

 最後の台詞に全員が注目する。薄い緑色した半透明の瓶。それが何なのか教えて欲しい、そう思って視線を合わせた。

 

「えっと……多分だけど、お酒だと思う」

 

「はい。その通りです」

 

「お酒? でも……」

 

 ほぼ全員が各所の清掃や管理に携わっている。だから酒の一本一本や、使われる調味料、凡ゆる食材にも目を光らせているのだ。王族などが口にする可能性もある以上、一般の想像を超えた厳格な管理に置かれている。もし減ったり、異物が紛れ込めば即座に判明するだろう。

 

 だから不思議だった。

 

「あまり目にする事が無いのは当然です。此れらはアスティア様自らが管理し、保管に関しても直接御指示されていますから。その保管場所もリンディア城内ではありません」

 

 約七割の女性陣には変わらず疑問符が浮かんでいたが、残り三割はもしかしてと思い当たった様だ。

 

「此れはほんの一部。理解した方もいらっしゃいますが、全てが城へ贈られてくる"献上品"です。深い信心と感謝、溢れる愛が込められているのでしょう。本来なら直接お渡ししたいところですが……」

 

 献上品……その一言で残る全員にも納得の表情が浮かんだ。信心、感謝、愛、献上品、何よりも"酒"。

 

 全員の頭に浮かぶ。

 

 ある意味で忠誠を誓う王家すら超えた存在が。

 

 優しい夜を溶かした黒、ボタニ湖を彩る輝きと同じ翡翠色、僅かに色付いたシミ一つない肌、最近少しだけ成長した女性としての線、何度見ても目が離せなくなる美貌。

 

「カズキ様……」

 

 誰かが呟いた尊い御名……世界を、人々を救済した偉大なる神々の愛し子、黒神の聖女その人だ。

 

 因みに、"酒の聖女"としても知られている。残念ながら。

 

「この()()は、城内のとある場所で発見されました。巧妙に隠蔽されていて、偶然が助けなければ見つからなかったかもしれません。昨晩の事です」

 

「それはつまり……その……カズキ様が?」

 

「それ以外考えられません。ご存知の通り、()()は城内を熟知しています。以前など誰にも気付かれる事なくリンスフィアに()()しましたから。最近は騎士の皆様を動員しても()()に時間がかかります」

 

 言葉の端々に棘がある。クインの秘めたる怒りが垣間見えて皆に怖気が走った。

 

「保管場所ですが……現在移築中の"燃える水"の製造工場の直ぐ側の、一見するには古びた使われてない倉庫の地下。事実、上階はほぼ物置と化しています。室温も安定していますし、整備も簡単でしたから。一応の見張りはいましたが、まさか城内側から()()()が来ようとは思いもしなかったのでしょう」

 

 クインは何処までも淡々と説明しているが、逆に其れが怖い。そして王女が由々しき事態だと言葉にした意味も理解出来た。

 

「ここに居る皆なら知ってるでしょう?」

 

 黙っていたアスティアが言葉を挟む。全員が信頼のおける顔馴染みであり、強い忠誠心を持つ女性達だ。

 

「凄く嬉しくて幸せな事だけど、兄様がカズキに婚約を申し込んだわ。そして其れを受け入れ、二人は晴れて家族になるの。まだ色々と段階が必要だから直ぐに結婚には至らないけど、近いうちに国内外へ発表もされる。そうなると当然に考えるのが二人の子供、つまり兄様に続く次代のリンディアを受け継ぐ愛の結晶……聖女は本当の意味で国母となるわ」

 

 幸せな話の筈なのに、話す表情には不安と心配があった。

 

「クインによると、まだカズキに"最初の日"は訪れてないの。だから直ぐの心配じゃないけど、大人になる日は遠く無い。でもその時が来てこんな事を許していたら立派な母親になれるかしら?」

 

 確かに……全員が頷いた。

 

「アスト殿下からは多少言いづらい面もあります。そうである以上は同性である私達が気を配りたいと考えているのです。しかし、聖女はもしかしたら城内の構造を誰よりも把握しているかもしれません。かと言って四六時中監視下に置くのも不可能な上、そもそもそんな事をしたくもない。カズキ様には安らかに過ごして頂きたいですから」

 

 カズキに懇々と説明しようにも、言語不覚がある以上細部を伝えられない。ましてや女性らしさもまだ薄く、それどころか常識すら欠けている。以前などファウストナのヴァツラフに酒の誘いを行なった過去すらあってクインは肝を冷やしたものだ。自身の貞操への意識や女性としての恥じらいも未だに足りず、教育は遅々として進まない。

 

 何より、すぐ逃げ出すし。

 

 酒に関する話には特に敏感で、非常に勘も鋭い。即座に察知すると全速力で走り出すのだから堪ったものじゃないのだ。

 

「カズキへの教育は引き続き行うわ。ただ時間が必要で、それまでは何とかして聖女から守らないといけない。()()()()()

 

 アスティアは細い指で二本の瓶を指し示した。

 

 廃棄する事など出来ない。全てに人々からの気持ちが篭っているのだから。

 

 侃侃諤諤の議論が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つ、かた……?」

 

 まだ薄暗い早朝。

 

 古びた倉庫の周囲には今まで無かった篝火が見える。見張りは居眠りもしてないし、人数も違う。扉の取手に頑丈な金属光を放つ錠すら目についた。

 

「た、大変」

 

 完璧と言っていい作戦が明るみに出てしまったのだ。そうでなければ説明がつかない。カズキの翡翠色をした瞳に絶望と涙が滲んで行く。何やら最近クインの態度に変化があったのは気付いていた。言葉少なだし、心なしか笑顔も減ったり。

 

 ただ心当たりが有り過ぎて原因が掴めなかったのだ。まさか最も知られてはならず、さりとて内緒に出来る自信があった酒絡みとは……

 

「ど、どする?」

 

 何故かまだ叱られてない。昨晩のお休みの挨拶をした時にも話題には上らなかった。

 

 先ずは急いで部屋に帰らなければ……カズキは踵を返して足音を殺しながらも駆け足になる。腕の良い泥棒も感嘆のため息を吐くだろう素晴らしい足捌きだ。何の自慢にもならないが。

 

 見張りの騎士にも発見されない自慢の経路を使い、聖女の間へと向かう。当然だが部屋前の通路には警護の騎士が居る。最近特に勘の鋭いノルデが居て油断ならないのだ。ならばどうするかと言えば……何とベランダ側からの入退室を可能としている聖女だった。かなりの高所なのだが、微塵も恐怖を見せずヒョイヒョイと近づく。

 

 よく見れば各所に有る筈のない足場が用意されていた。巧妙に草花で隠蔽されており、かなり近づかないと分からない。まあ誰が制作したかは明らかだろう。

 

 城内の皆も流石に驚く筈だ。まさか鋸や釘、木材に加えて金属板などを流用して制作する技術を偉大なる聖女様がお持ちとは。一体いつ何処で培った技なのやら。

 

 カズキは大胆に縁を乗り越える。スカートは捲れ薄闇でも白い下着が丸見えだが、本人は気にして無い様だ。まあ誰も見てないし、と。

 

「ふう……」

 

 無事到着し、一先ずの安堵が口から漏れた。

 

「早起きですね、カズキ」

 

「ひぅっ!!」

 

 部屋へと続くいつもの扉へ向かい、手を伸ばした瞬間だった。柱の影から聞き慣れた声が聞こえて、カズキは情け無い悲鳴を上げた。何気に女の子らしい可愛い悲鳴だったが、誰も褒める事はない。

 

「あんな危険なところから……しかもそんな格好で」

 

 クインの声にははっきりとした怒りが込められていて、カズキの背筋がピンと伸びる。

 

「ク、クイン」

 

 普段なら優しい声音で朝の挨拶をするだろう。しかし目の前の侍女からは挨拶どころか突き刺す様な厳しい視線だけが届いた。

 

 もうカズキは動けない。

 

 まだあの赤い魔獣の方が怖くないと確信した。

 

「何か言いたいことはありますか?」

 

 パクパクと唇は動くが声は出なかった。因みに、言語不覚は全く関係ないと断言出来る。間違いなくヤトも呆れているだろう。

 

「最後の機会です。私に、いえアスティア様に対してでも構いません。正直に話して下さい、カズキ」

 

 佇むクインは微動だにせず言葉を待った。

 

「あ、あ……」

 

 再び涙が滲んだが、見える眼差しに変化は起きない。泣き落としなど効果がないのは当然で、もう全ては遅いのだとカズキは脱力した。

 

「カズキ」

 

「は、はい」

 

「何処に行っていましたか?」

 

「外、です」

 

「其れは分かっています」

 

「城、近く、大きな建物……」

 

「其れだけでは分かりません。もう一度言います、最後の機会ですよ?」

 

 カズキの涙に絶望の色が加わった。

 

「さ……」

 

 クインはただ待っている。

 

「お酒を取りに、行きま、した」

 

「一滴も飲んでは駄目だと、私達は言いましたか?」

 

「……言わない」

 

「出来るだけ、カズキの身体が悪くならない様に、何度も話しましたよね?」

 

「うん」

 

「みんなカズキが大好きで、だから心配なんです。アスト殿下も気にしています」

 

 アストの名前を出すと、流石のカズキもバツが悪そうだった。

 

「あんなところから出入りして、落ちたらどうするつもりなんですか?」

 

 想像したのかクインの瞳も少しだけ濡れている。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「今日から暫く、禁酒とします」

 

「うぅ……」

 

「ベランダからの移動も許しません」

 

「は、はい……」

 

 

 こうして、聖女の禁酒は決定した。

 

 それも明日以降の様々な出来事で彼方へと飛んでいくのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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