まずは隙を窺う。
従順な振りをして、少しずつ自由を得るんだ。
そうしてこの鳥籠から出て、もっと警備の緩い部屋に行く。例えば侍女は無理でも下女ならどうだろう? 色々な場所へ移動出来るし脱走経路の下調べも出来る。
もう一つ大事な事は、相手を観察することだ。
ここは間違いなく君主制の国だろう。絶対的な支配者がいる以上、機嫌を損ねる訳にはいかない。 俺のことは置くとしても、現代日本とは違い個人の人権など吹けば飛ぶ埃のようなものだ。
あの銀髪の美丈夫はおそらく王か王子、或いはそれに準ずる立場の人間だろう。 逆らっては不味い相手筆頭だ。
さらに、銀髪娘はおそらくお姫様だ。 どうも怒りっぽいし、間違いない。いつもくっついてる赤毛は侍女だろうが、アイツはとりあえずは大丈夫だろう。
もう一人の要注意人物は、あの背の高い金髪の女だ。ヤツはどうもヤバい気がする。この勘は間違って無い筈だ。
そして、自分を知る事も大事だろう。
この身体は昔と違い非常にひ弱だ。得意だった右拳も膝蹴りも使えない……いや、効果は望めない。金的への攻撃くらいしかないだろう。唯一の優位点は回復力だが、それは知られたくない。
街の屑相手に少しばかり喧嘩が出来ていた俺も、この国の兵士に勝てるとは思わない。この国の兵士達は、あの冗談みたいな化け物と戦う本物の戦士だ。彼等からすれば、俺は只の餓鬼でしかないだろう。
幸い、この身体は腹立たしいが可愛らしい。 情け無い事に涙脆くもなっている。庇護欲、同情心を掻き立てやすい筈だ。他人の怪我を治す力も、たまには披露して上手く利用すれば良い。
これが大まかな流れだろう。
生きていくのは一人が一番だ。 その為には、少し位の我慢など幾らでも出来る。
最後に勝てばいい。
俺なら大丈夫だ。
今日は朝から雨が降り続いている。 雨音で目が覚めた程だ。
嘘みたいなベランダから見る景色は、さすがに俺も驚いたものだ。 行った事などないがヨーロッパの古い街並みはこんな感じなんだろう。
石やレンガ造りの建物が放射状に広がり、石畳みの道が敷かれている。 かなり計画的に造成されたのが分かる。 全体的に白い建物で屋根は赤や茶色だろうか。 煙突からは煙が立ちのぼり、童話の世界にいると錯覚すら覚えるのだ。
街全体は楕円形と言えば間違い無いだろう。 城壁が三重にあり、一番外の壁が最も高い。 防衛の意味が多く含まれているのだろうが、生憎その方面は明るくない。その外には、畑や草原が地平線の向こうまで続いている。 森が何処にも見えないのは不思議だった。
俺にそんな感性があるとは知らなかったが、朝に見る景色はかなり気に入っている。しかし、今日は雨が降っていて、窓のガラスに滴りその景色もぼやけたままだ。
良く眠くなるこの身体も今は目覚めたばかりで眠気も無い。はっきり言えば暇だ。 軟禁されている以上当たり前だが、やる事がない。
ベッドの上にいつまでいても仕方がないし、顔でも洗うか……
俺は洗面室に移動しようと裸足で床に足を下ろす。 いつも思うのだが、ここに敷かれている絨毯らしきこれは、ふかふかで柔らか過ぎるだろう。 俺が住んでいた六畳一間の和室の布団より柔らかいとはどういう事なんだ。
そんな馬鹿らしい事を考えながら、洗面室に到着した。そう到着だ。無駄に広い部屋だから移動も楽じゃない。洗面室の床はタイルだろう陶器製だ。この間、金髪の女に犬猫のように洗われた大きい桶が置かれている。そちらを見て気付いた。あれは血の跡だろうか……血だらけの俺を洗い流した時の名残りで間違いない。
下女として役に立つ事を見せるか……?
一人暮らしをしていた俺は掃除も苦じゃない。 すぐ側の壁にはブラシだろう植物の束と白い粉状の石鹸らしきものがあるし、洗面台には桶に水もたっぷりと入っている。
袖を捲って始めようとした時、ふわふわと揺れ動く服は邪魔だと気付いた。 それに服を汚して不興を買うのは不味いだろうと思い、一度部屋に戻って、頭からシャツを脱ぐように服を脱ぎベッドに放り投げる。
白い下着は気になるが、流石に素っ裸ではよろしくない。
そうして始めた掃除に思いの外集中していたとき、ドアの方からノックが聞こえた。
今度は無視も不味いだろう。
そう思い急いでドアを開けると銀髪お姫様と赤毛侍女が立っていて、いきなり怒っているようだった。
ジロジロと俺の身体を見て何か言っている。 また何か間違ったか? 下着姿は失礼とか、そんな感じかもしれない。
色々考えていたら、赤毛が俺の左腕を取り不思議そうにしていた。
拙い……
急いで腕を背中に回し隠したが、回復が早い事に気付かれたかもしれない……
頭を悩ましていると、さっきまでいた洗面室に連れ込まれて、手拭いらしきものを渡された。 赤毛侍女がお湯を持ってきた事から身体を洗えと言う事か。お姫様の前で汚らしい不潔な体のままとは……それが許せないのだろう。
仕方なく邪魔くさい下着を放り投げて洗い始めたが、すぐに赤毛が来て手拭いを奪われた。 よく分からないが洗ってくれるなら楽でいい。
新しい下着と、また同じような服まで着せられて銀髪お姫様が髪を整えてくれる。 これも楽でいいが、お姫様にこんな事をさせてもいいのだろうか?
お姫様の顔を鏡越しに確認したが、楽しそうなので良いだろう。おそらく人形遊びみたいなものだ。暫く微睡んでると、逆らっては不味い残り二人のご登場だ。
流石に座ったままは不味い。 立ち上がって様子をみると正解だったのだろう、そのまま流された。
どうやら俺の入れ墨、所謂刻印についての話し合いらしい。
紙の束には模様と文字が書かれているのが見えた。 正直気にはなるが……今はどうしようもない。
それよりも、隣に座った赤毛侍女が、俺に葡萄らしきものを食べさせようとしやがる。 一粒は付き合ってやったが、二粒目はムカついたのでシカトしていると、金髪に怒られたのか俺にフォークを渡してきた。
暫くはじっとしていたが、理解も出来ない会話など眠気を誘う睡眠薬みたいなものだ。
余りに暇なので、葡萄に手を伸ばし食べることにする。 誰もこっちを見ていないし、暇つぶしに丁度いい。
右手で摘んだ葡萄をぽいっと口に入れる。 味は正直そこまでではない。 現代日本の様に品種改良されてないのだろう。 それでも不味いわけではないし、そもそも味なんてどうでもいい。
いてっ……鼻に当たったが上手く掴んで落としはしなかった。
まあ、眠気も覚めたし良しとしよう。
しまった……会議も佳境らしき時に、リベンジしていた葡萄を床に落として、更には銀髪王子の足元まで転がっていく。
王子は怒りはしなかったが、金髪がこちらを睨んで葡萄を懐に入れたのが見えた。
マズイぞ……後で何か言われるパターンだろう。せめて俺が自分で処分しなければ……
何か不備でもあったのか、金髪が泣き始めてハンカチを懐から出した時、あの葡萄が転がり落ちてきた。
チャンスだ! 素早く葡萄を拾ってポケットに入れ、証拠隠滅を図った俺は少しだけホッとした。 このまま有耶無耶になればいいんだが……
「カ、ズ、キ……と」
……ん?