黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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24.妄執の行き着く先③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーッ、ホーッ…………

 

 フクロウだろうか……?

 

 この世界にもフクロウがいるのかとベランダに出てみるが、出た途端静かになってしまった。

 

 空を見上げると、僅かに欠けた銀色の月が浮かんでいる。 元の世界より随分と大きく見えるその月は、クレーターも少なく冷たい美しさが凛と張り詰めているようだ。

 

 ここから見える街は灯がポツポツと見えて夜景を彩っている。

 

 

 

 

 

 少し冷たい風に吹かれながら、カズキは悩んでいた。

 

 

 黒の間の各所に隠し、あるいは用意した武器もどき達をどうするかを。

 

 ベッドの柱の裏側に貼り付けた裁縫鋏。 暖炉の火かき棒は目の届く場所に、拳に巻く為の布も用意してある。 食事に出されたナイフは盗み、出来る限り研いで尖らせた。 そういえば暖炉の上にあるクリスタル製の馬は、良い鈍器になるだろう。

 

 だが、警戒していた危惧はなく平和な日常を過ごしている。

 

 いつまでもこの部屋に閉じ込められたくはないが、生まれて初めてかもしれない安らぎを覚えている事に驚きすら感じる。

 

 それどころか、脱走への準備も最近は滞っているのだ。

 

 自分はダメになってしまったのか……腑抜けになったのだろうか? それともこれが求めていたものなのか……カズキは答えが出ない事に、苛立ちと不思議な喜びを覚えていた。

 

 

 

 

 

 数日前に連れ出された初めての街も美しく見えた。 そんな事を心から感じたのはどれ程に前のことなのか、カズキ自身も思い出せない。

 

 観光しているよう……いや、観光したのだ。

 

 見たことも無い青色の果物を齧り、土産物屋にある木刀の如く剣を触った。 酒は飲めなかったが楽しかった。

 

 脱走の可能性も捨てきれずに路地裏をチェックしたりしたし、あの馬車は間違いなく街を出て別の所へ行くのだろう。 樽の影や中にでも潜り込めば、街を抜け出せる筈だ。

 

 そんな事を思いながらも、足は走り出したりしなかった。

 

 

 

 だからカズキは悩んでいる。

 

 この部屋で本当に必要な事は何なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたのか? ユーニード様がお呼びだ。 直ぐに向かえ」

 

 黒の間を警護する二人の騎士に、焦げ茶色の髪の男が声をかけた。 ユーニードと慣れた呼び方、何より歴戦の強者の雰囲気を強く感じた二人は慌てて姿勢を正す。

 

「はっ! いえ……しかし、ここの警護を命じられておりまして……」

 

「なら暫くは代わってやる。 急げよ、ユーニード様は怒らせない方がいい」

 

 少しだけ低い声を出された二人は、急いで軍務長室に向かって行った。

 

「こんな事で騙されるのか……? 騎士団も質が落ちたか」

 

 ディオゲネスは呆れた風に騎士が走り去るのを見て呟いた。ユーニードの手引きでここまでも簡単に来る事が出来た。 いや、実際には簡単では無いのだろうが……これでは王の間すら侵入出来るかもしれない。 リンディアにいるそんな馬鹿は俺くらいか……そんな事を思いつつ、もう一人の馬鹿に声をかけた。

 

「おい、もういいぞ」

 

 廊下の向こう側から現れた男は、手に大きな麻袋を持ちながら歩いてきた。 全身を真っ黒に揃えたその男は、少しだけ腹も出て圧迫感を覚える巨体を揺らしながらニヤニヤと笑っている。 背中にはナイフを二本用意してあり、 腰には革紐が丸めて括ってあるようだ。こう見えて動きも素早く荒事にも慣れた簡単に言えば泥棒だ。その界隈ではそこそこに名を売っている、名はボイチェフと言った。

 

「ディオゲネスさん、ここですかい? 噂に名高い黒の間に入れるとは、鼻が高いってもんだ」

 

「無駄口を叩くな。 中にいるのは女の餓鬼だ、声は出ない筈だが油断はするなよ? 見張りには立つが異変を感じたら直ぐに撤収する。 わかってるな?」

 

 ディオゲネスはミスによる撤収ならボイチェフは始末すると決めているが、当然ここで言う事ではない。

 

「へいへい、わかってますよ。 じゃあ早速」

 

 黒の間の扉が、ボイチェフの手により開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズキはベランダで扉の開く音を聞いた。

 

 振り向くと、初めて見る黒づくめの男がゆっくりと入ってくるのが見えた。 咄嗟に近くの椅子とテーブルの影に隠れて様子を伺う。

 

 あの動き……ろくな奴じゃないな……

 

 カズキは他には侵入者がいないか確認して、音を立てず静かに部屋に近づいて行く。 まずはベランダに通じるドアの側にある植木用の手持ちスコップをそっと手に取った。 植木用と言ってもかなりの厚みのある鋼鉄製だ。 先端も尖っており十分な凶器になる。

 

 何者か知らないが、明らかな不審者だろう。

 

 男は洗面室のドアを開け中に入って行く。 今だ……タイミングを計っていたカズキは静かに扉を開けて室内に入った。

 

 裸足の上にこの部屋の絨毯は恐ろしく柔らかい。 足音すらしないだろう。 もう一度部屋に戻ってきた瞬間を狙う。

 

 カチャ……

 

 巨体でありながら音も立てずに、姿勢も崩れない。 足をやるか……カズキは開かれたドアの裏側から出て腿を狙いスコップを腰だめにして突き刺した。 腕力が足りないのは体重移動で補う。

 

「……くっ!」

 

 声は殆ど出さなかったのは流石だろう。 男は見もせずに左拳を後ろに振り回す。 カズキも読んでいたので既にその場にはいない。 ベッドの下から鋏を取り出して、暖炉の側まで移動する。

 

「この餓鬼がぁ……」

 

 男は血走った目をしてカズキを睨むとスコップを抜き歩き出した。 深くは刺さらなかった事をカズキは知り、悔しさを覚えながらも気持ちを切り替える。

 

 カズキは男の動きを見ながら静かに後退りして、間合いを図った。

 

「とんだ跳ねっ返りだ。 躊躇なく刺すとは……こんな餓鬼はスラムでもそうはいないぜ……」

 

 ボイチェフは背中からナイフを抜き出してカズキに見せつける。 普通はそれだけでも怯えるものだが、目の前の少女の顔色に変化はない。 それを見たボイチェフは僅かにあった油断も捨てる。

 

 ナイフを見たカズキは暖炉の脇から火かき棒を取り、剣の様に構えを取った。 金属製のそれは勿論剣の様な強度はない。 先は手前側に曲がり尖っている。 ナイフ相手ならリーチも稼げるだろう。 今のカズキでも振り回す事が出来る数少ない長物だった。

 

 

 キンッ!

 

 

 腕を斬りつける軌道を取ったナイフを体を横にずらしながら受け流したカズキは、そのままの勢いで火かき棒を横に強振する。だがそれも思うほどの速度も勢いも無い。今更止める訳にもいかずに、そのままに任せるしかなかった。

 

「くっ……」

 

 服に引っかかる様に、尖った先端が脇に当たる。 ボイチェフの呻き声は聞こえたが大してダメージは無いだろう。 カズキは思った以上に力の無い非力なこの体を恨めしく思い始めていた。 なんなら最初の一撃で終わったはずなのだ。

 

 ドドッ!

 

 動きこそ眼を見張るが力が追いついてない事を知ったボイチェフは、当たるに任せて体ごとぶつかりにいった。 硬い革らしき靴が僅かに音を立てる。

 

「!?」

 

 巨体をただシンプルにぶつけられるのは、今のカズキには最も嫌な事だった。

 

 火かき棒を脳天に当てるべく、上段から振り下ろす!

 

 僅かに頭を反らせたボイチェフの肩に当たり、痺れたカズキは火かき棒を離してしまう。

 

「はっはー、ここまでだな餓鬼が……」

 

 カズキを抱え持ち上げて柔らかな体を堪能する。顔を胸に埋め、その感触と匂いすら下品に味わった。

 

 しかしカズキはそんな事を気にもせずに、直ぐ横にあったクリスタルの馬を両手で持ち上げて……躊躇なく叩きつけた。

 

 ガシャーーーン!!

 

「ガハッ………」

 

 ボイチェフはカズキを放して床に倒れ、そのまま起き上がってこなかった。

 

「……!」

 

 両手を付いて肩で息をするカズキは、少し血を頭から流すボイチェフを見て何故か治療をしたくなる。 頭を振りそれを追い出すと、ゆっくりと立ち上がって廊下に出ようと扉を見た。今は此処から離れるべきと判断したのだ。

 

 

 

 ……さっきまで有りもしなかった恐怖が湧き上がるのを強く感じて、思わず尻餅をついた。

 

 

 

 

 扉の直ぐ前に焦げ茶色のザンバラ髪をした戦士らしき男が立っていたのだ。 いつ入って来たかもわからない。 剣すら構えず只立ってこちらを見ているだけ、それが何故か恐ろしい……

 

 暫くカズキも動けなかったが、その男がゆっくりと近づきながら腰から剣を抜いたのを見て何とか立ち上がった。

 

 何とか逃げないと……勝ち目はない……

 

「おい、起きるんだ」

 

 抜いた剣でペシペシと尻を叩き始めたその行為に、巨体の男は少しだけ身動ぎするのがカズキには見えた。巨体男まで意識を回復されてはどうやっても勝ち目がないと判断し、ザンバラ髪の男の視線が倒れた男に行くのを見た瞬間カズキは横を扉に向けて走り出す。

 

 

 行ける!

 

 

 そう思った時には、頭に衝撃が走り一瞬で意識が刈り取られた。 カズキは何があったかも分からないまま絨毯の上に倒れ込む。

 

「……とんでもない聖女様だな。 思い切りが良過ぎるだろう……」

 

 ディオゲネスは聖女らしき黒髪の少女に感嘆の息を吐く。

 

「……ボイチェフ、早く起きろ。 殺すぞ」

 

「うぅ……頭が痛え……」

 

 頭を押さえながら立ち上がったボイチェフは、倒れたカズキを見て踏み付けようと近づき足を振り上げた。

 

「くだらん事に時間を使うな。 早く運ぶんだ」

 

 音も無く首元に大剣を当てられ、震えながらディオゲネスを見た。

 

「……あ、ああ。 分かった、分かったから剣を下げてくれ」

 

 下げられた剣の行方を目で追いながら、ボイチェフは麻袋を拾い倒れたカズキを乱暴に入れて肩に担ぐ。

 

「いいぜ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーニードに呼び出されてはいなかったと気付いた騎士が急いで戻った時には、扉は開け放たれていた。 部屋には割れたクリスタルの破片と、僅かな血痕。 落ちている火かき棒と鋏しか見つからない。

 

 

 

 

 

 この夜、黒神の聖女は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

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