黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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誤字報告頂きました。何度チェックしても出てくる……本当にありがとうございます。それと評価も沢山、合わせてお礼を。
幸せで優しい時間を書きました。


55.幸せの時

 

 

 

 

 無理矢理裸に剥くわけにはいかない。

 

 クインは今直ぐにでもカズキの刻印を調べたい様子だが、流石にアスティアが止めたのだ。

 

「はぁ……クインも刻印の事になると人が変わるのね……」

 

 しかし重大な事であるのは確かだろう。

 

 刻印は神々の加護であり、力を与えるものだ。

 

 階位は1から5まであり、通常は2階位が人の限界とされる。刻まれる刻印も二つで例外は無かった、今迄は。アスティアの目の前に座り、先程淹れたお茶にフーフーと息を吹きかけている娘を除けばだ。

 

 一部を除き刻印は普通生まれた時に発見され解読される。刻まれた刻印は生涯変化せず、使徒と共に生きていくのだ。そんな使徒もずっと昔は大勢いたらしいが、今は万人に一人と言われ更に減少している。

 

「クイン、間違いないのよね?」

 

「はい、階位は2へと変わっています。ここが……こうなって……やっぱり信じられない……」

 

 お茶を楽しんでいる時に耳辺りを触られたら誰でも嫌がるだろう。カズキも例外では無かった。

 

「クイン……カズキに嫌われても知らないからね。見てみなさい、クインを睨んでるわ」

 

 アスティアの指摘に慌てて指を引いたクインは、少しだけ動揺している。

 

「それは困ります。専属として職務に影響が出ますから」

 

 間違いなく職務の為ではないだろうが、アスティアは許してあげた。此処にいる誰もがカズキに嫌われたら泣くだろうから。

 

 空気を読まないエリはマジマジとカズキの刻印を眺めて煙たがられている。動じないのは凄いのか、図太いだけなのか。

 

「階位が下がるって、聖女の力も衰えたんですかね?」

 

「それは見てみないと……」

 

「駄目よ、後にしなさい。もう夕刻なんだから、直ぐでしょうに」

 

 クインはウズウズしているのだが、アスティアは我慢させる。湯浴みの時にでも確認すれば良いのだから。

 

「……そうですね」

 

 申し訳ありません……そう返したクインだが、逸る気持ちは変わらないのだろう。

 

「無理矢理でなければ、ね。何か分かったらお父様と兄様に伝えないと」

 

「はい」

 

 たとえ聖女で無くなっても、カズキはカズキなのだから……言語不覚の刻印が消えたら、カズキの声を聞けるかもしれないのだ。それは何て素敵な事だろう。 きっと最高の、幸せな時に違いない。

 

「だから、そんな事……」

 

 救済の道が絶たれたら、聖女の犠牲が必要なんだろうか?……頭に浮かぶ嫌な思いをアスティアは無理矢理追い出した。

 

 カズキの身体には合計七つもの刻印が刻まれている。常識を遥かに超えたソレは、カズキを聖女足らしめているのだ。アスティアからしたら加護どころか、呪いとしか思えないが……

 

 だが同時に人々の助けになっているのも事実だ。

 

 男の子の命を救った瞬間はアスティアも目撃したし、他にも沢山の救いを齎したのだろう。今やリンスフィアで知らぬ者などいないのがカズキなのだ。

 

「ロザリーさんの名前を理解出来ているのは、それが理由なんですかね?」

 

 まだ刻印を見る為に、ぐるぐるとカズキの周りを回るエリが言った。 カズキは諦めたのか完全に無視している。

 

「クイン、どう思う?」

 

「そうですね、可能性はあります。言語不覚は弱まれば弱まる程、言葉への解放を意味するでしょうから」

 

 その瞬間、ハッとアスティアとエリは顔を見合わせた。

 

「「もしそうなら……私の名前も覚えて貰える……?」」

 

 二人はやはり同時にカズキを見詰める。

 

 不穏な空気を感じたのか、カズキはカップを置き椅子を引いた。

 

「ね、ねえカズキ? 私の名前はアスティア、アスティアよ? お姉ちゃんでもいいわ」

 

「あっ、ずるいですよアスティア様! 私の名前はエリ!エリ?エリ、エリよ!!」

 

「はぁ……」

 

 久しぶりに追いかけっこが始まり、やはり久しぶりにクインは幸せな溜息をついた。

 

 バタバタと走り回る三人を叱り付けるため、クインもカップをテーブルに戻す。音をたてずカップを置いたクインは立ち上がり、腰に両手を当てて唇を震わせた。

 

「三人とも……いい加減に……」

 

 黒の間、いや聖女の間に活気が戻ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスト殿下」

 

 フェイは静かに立ち上がり、一礼をした。傍らには丁寧に包まれた小箱らしき物がある。

 

「フェイ、久しぶりだな」

 

 座ってくれ……そう促したアストだが表情は固い。フェイからの願いを受け、何をさておいても時間を作った。寧ろ早く会いに行くべき相手と思っていたからだ。

 

 アストはフェイから強い叱責や、怨みをぶつけられても耐えなければならないと思っていた。だからこそ、この席に同席者は連れていない。第三者が居てはフェイが不敬罪に問われかね無いからだ。

 

「直ぐに面会の許可を頂けるとは……感謝致します」

 

「……いや、私から会いに行くべきだった。マファルダストには、フェイには本当に申し訳ないと思っている。詫びて済むものではないが、どうか許して欲しい」

 

「……何故詫びなど……殿下に頭を下げさせる事などございません」

 

「勿論ロザリーの事だ。我が騎士団の暴挙、許されるものではない。私も含め厳正な調査の上、厳しく対処するつもりだ」

 

「殿下、おやめ下さい。騎士団ではなく主戦派の暴挙です。主戦派の存在は人々の悪意の澱。責めるなら全員であり、人の心の弱さでしょう。我らマファルダストは誰一人として殿下に恨みなどごさいません」

 

「だが……」

 

「姐さん……ロザリー隊長をはじめ、我らは殿下に感謝しております。常日頃からの森人への援助と配慮は皆が知っていること。自らを責めるなど、どうかしないで頂きたい」

 

「……しかし……いや、わかった。今はよそう」

 

 フェイは眩しい光を見る様に、目を細めた。まだ若い王子は人格に優れ、武勇の誉れ高い。忠誠を誓う王家が偉大である事に何の不満があるだろうか。

 

「今日伺ったのは、その事ではありません。いや、ある意味関係はありますが……」

 

 フェイは恭しく、傍らの小箱をテーブルに置く。綺麗な翡翠色の包みを取ると、中から大小二つの木箱が現れた。

 

「これは?」

 

「ロザリー隊長が、旅の途中でカズキ……聖女様へ贈った物です。お渡し頂きたいと思いお持ちしました。その方が喜ぶでしょうから」

 

「私が見ても?」

 

「勿論です」

 

 小さな木箱を開けると、太陽に銀色の光が反射する。

 

「髪飾り?」

 

 丁寧に磨かれたのだろう、銀月と星を象った美しい髪飾りだった。カズキの黒髪は優しい夜を幻想させ、よく映えるのがありありと分かる。

 

「聖女様は……不思議と女性らしく着飾る事を好みませんでしたが、これだけは気に入ったのでしょう。良く似合っていました」

 

「……ああ、確かによく似合うだろう。カズキは……少し個性的な子だが、あの通り美しい娘だからな」

 

「ははは、個性的ですか。まあ、失礼を承知で言えば確かにそうですな」

 

「……やはり、隊商でも?」

 

「まるで少年の様だと皆が笑っていました。隊長も随分苦心していましたが……効果は余り無かった様です。その髪飾りはその一つですな」

 

 二人とも酒の事は言葉にしなかったが、暗黙の了解なのだろう。

 

「アスティアも嘆いていたよ。あんなに綺麗なのにドレスすら嫌がるし、化粧などしようものなら逃げ回るから困る、と」

 

「それなら……次の品こそ、その最たる物ですな。手に入れてからは、肌身離さず持ち歩いてました。いつも眺めては隊長に叱られていましたよ、危ないからと」

 

「危ない?」

 

 言いながらも上蓋を取ったアストは、ひどく納得してしまった。

 

 それは少し長めに誂えたナイフだった。刃から持ち手まで一体で鍛えられたソレは大変珍しい色合いをしている。しかも見た目に反し、非常に軽い。これなら非力なカズキでも持てるだろう。

 

「まるでカズキの瞳の色だな……それに軽い」

 

「センで手に入れた様です。 偶然でしょうが、南へ入る前に……身を守る為、道具としても優秀ですからな」

 

 騎士や森人に限らずナイフは一般的な持ち物の一つだ。一人前と認めたとき贈ることも珍しくない。

 

「そうか……」

 

「殿下の御懸念は良く分かります。事実、そのナイフは違うことに使われてしまいました。それでも……贈られた品々の中で最も喜んでいたのがそれなのです」

 

 アストの苦い表情をフェイは驚いたりしなかった。

 

 普段使いでは無く、お住まいに飾るのでは如何ですか? そう投げ掛けたフェイの表情はどこまでも優しかった。

 

「……そもそも、私が決めるものでは無いか。ありがとう、必ずカズキに渡すよ。フェイは会っていかなくていいのか?」

 

「今は……マファルダストを立て直さなければなりません。それが私に課せられた急務でしょう。いずれまた」

 

 他にも理由があるとアストは理解したが、まだ割り切れない思いもあるのだろう……アストは深く触れたりはしなかった。

 

「そうか。フェイ、分かっていると思うが南だけは行くなよ? 近々動くがセンは撤退させる。先程陛下が決断されたんだ」

 

「ご心配ありがとうございます。今は南どころか、動く事もままなりません。当面はリンスフィアで身体を休め、情勢を見て決めます」

 

 フェイは南へ行かないとは言わなかった。どれだけ危険でも南は貴重な資源の宝庫だ。森人として……イオアンやロザリーを知る者として決断する時が来るだろう。フェイの眼は森人の誇り高さを示していた。

 

「……分かった。 もし何かあれば連絡してくれ。私に直接で構わないし、通達は出しておく」

 

「御配慮に感謝します。それではまた」

 

 立ち去るフェイを見送った後、アストは木箱を持ち歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖女の間に辿り着くと、扉を少し強めにノックする。勝手に入る事はしない。相手は女性の上、言葉を紡げないのだから当然だろう。

 

 此処へ向かう途中、警護の者と何度もすれ違った。アストから見ても皆が緊張感をもっているのは十分に理解出来た程だ。カズキに悪意を持って近づくなど不可能と考えていい。

 

 やがて扉が僅かに開き中からクインが顔を出した。アストの姿を確認すると、更に大きく開き脇に避ける。

 

「殿下」

 

「ああ、ありがとう。あれは……何をしてるんだ?」

 

 アストの視線の先には、部屋の隅へ追い込まれたカズキと取り囲むアスティア達が見える。ジリジリと近づくアスティアは、両手でカズキを捕まえる気なのだろう。カズキは絶体絶命の状態と言っていい。

 

「……何と言えばいいか……カズキに名前を覚えて貰おうと……」

 

「名前を?」

 

 その瞬間アスティアは躍りかかったが、カズキはヒラリと身体を回転し見事に躱した。躱した反対側にエリが居るが、手は届かないだろう。

 

「もう! なんて逃げるのが上手いの!? エリ! 作戦はないの?」

 

 最早当初の目的と、その為の手段が入れ替わっているのは明らかだった。一方エリはアストに気付いたのか、我関せずとその場から離れていく。

 

「に、兄様!? いたの!?」

 

 漸く気付いたアスティアは、顔を赤らめて姿勢を正した。カズキはアストの背後へ回り込み、小さな顔をチラリと覗かせている。

 

「アスティア、余りカズキを苛めるなよ?」

 

 勿論本当に苛めている訳もないが、アストは微笑を浮かべ冷やかしておく。

 

「ち、違うのよ! カズキが……」

 

「ははは、冗談だよ。怪我をしない様に気を付ないとな?」

 

「……はーい。エリ! 何を関係ないって顔してるのよ! あとで覚えてなさい……」

 

「殿下、その木箱は?」

 

 キリがないとクインは目的であろう箱に目をやった。

 

「ああ、フェイ……森人の、マファルダストの副隊長から預かったんだ。カズキへ手渡して欲しいと、先程ね」

 

 アストは残りの手でカズキを優しく誘導すると、室内の椅子まで促した。カズキも逆らう事なく従い、ストンと腰を下ろす。

 

「くっ……素直ね……」

 

 アスティアは呟きながらも、興味を惹かれて横に腰掛け……しっかりとカズキの隣を確保するアスティアにアストは益々笑顔になった。

 

 テーブルにそっと木箱を置くと、まずは髪飾りを披露する。

 

「まあ……綺麗ね……銀月と、星……大人しい飾りだけど、上品で素敵。これをカズキに?」

 

「ああ、選んだのはロザリーらしい。少しでも女の子らしくと願い、贈ったと聞いた」

 

 カズキは両手で箱を持ち、ジッと髪飾りを眺めている。ロザリーを思い出しているのだろう、目を離す事は無かった。

 

「カズキ、着けてあげるわ」

 

 そっと木箱を下させると、アスティアは宝物を扱う様に手に取った。クインは気を利かせ、鏡を取りに行く。 

 

 鏡の世界には月と星を纏った聖女がいる。艶やかな黒髪は夜を思わせて、髪飾りが際立って見えた。同時に銀色の煌めきは控えめで、ひっそりと夜を彩る。

 

「……本当に素敵……カズキにぴったりね……」

 

「ああ、流石ロザリーだな……本当に綺麗だ」

 

 アストの綺麗と言う言葉の贈り先……それは髪飾りなのか、それとも別の何かなのかは本人すら分かっていないだろう。

 

 カズキにしては珍しく、鏡に映った姿を確認するよう顔を傾けたりしている。その仕草は少女そのものだった。

 

「こんなに素敵なら、もう一つもきっと凄い物ね! 早く開けて見せて!」

 

 アスティアの期待通りでは無い気がするが、カズキが喜んでくれたらいい。そう願い、アストは手を伸ばした。

 

 長細い木箱を開けると、中からは翡翠色の輝きが溢れ出す。皆が息を呑み、目を凝らした。

 

「……ナイフ?」

 

 王女であるアスティアには、余り馴染みの無い物だ。ネックレスなどの装飾品を期待していたから、肩透かしをされた気分でもあった。

 

「綺麗ですけど……ナイフって、大丈夫なんでしょうか……?」

 

 エリの言葉はアストも懸念した通り、血肉を捧げる事で力を現すカズキには持って欲しく無いと考えたのだろう。

 

 だが、直ぐにその心配など掻き消えてしまった。

 

 カズキが両手でナイフを持つと……その胸に抱き締めて身体を震わせたからだ。揺れる黒髪の奥からは涙が落ちるのが見えて、それがどれだけ大切な物か分かった。

 

 アスティアは寄り添ってカズキの背中を優しく撫でた。やがて抱き締めたアスティアも涙を浮かべ、ゆっくりと時が流れていく。

 

 アスト達は、その時間をただ見詰めるだけ。

 

 それは哀しくも、幸せな時だった。

 

 

 

 

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