黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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ユーニード再登場。策略が明らかに。


57.ユーニード=シャルべ

  

 

 

 

 

 クインは森が最も遠い東部を調べていた。顔を上げれば、アストすらも何枚もの資料を相手に戦っている。

 

 残念ながら慌しくなった事で、カズキの刻印について説明する時間は無くなった。

 

 落ち着いて考えれば未だ確証は無く、何か出来る事があるとも思えない。慈愛に目覚めると言っても、カズキは十分に優しいし特別な手段など無いだろう。今まで通り、いや以上に寄り添い続ける……それが最も重要な事の筈だ。黒神の資料を見直し、詳細を詰めたら報告すればいい。

 

 そんな事を考えながらも、クインの手は止まっていない。

 

「東は特に不自然な点が無い……避難を開始するなら、東こそ急がなければならない筈なのに」

 

 他の地域と比べ、東に不自然な点は見つからない。新たな補給は行われておらず、誤差もない様だ。

 

 ユーニードが各地域に散らばる人々を心配しているなら、撤退が困難な町や村から始めるだろう。しかし今判明している範囲では、それを裏切る。

 

 全体的には、リンスフィアからそう遠くない駐屯地から差異が見つかっていると言えるだろう。

 

「殿下、如何ですか?」

 

「かなり極端な分布だな。クインの言う通り意図的だと考えていいと思う」

 

「ならば地図上に表してみましょう。何か見つかるかもしれません」

 

「ああ、試してみるか」

 

 壁に用意された地図……リンスフィアを中心として描かれており、四隅は森に囲まれている。細かな修正を繰り返したのか、塗り潰した場所や後から貼り付けた付箋が目立つ。

 

 数値的違和感が有る駐屯地を二人で色分けしていく。数は多く無く、作業は直ぐに終わった。

 

「特に同心円上に有るわけでは無いですね……距離もバラツキがありますし……やはり偶然でしょうか?」

 

「ああ……」

 

 答えたアストだが、何処か思案顔をしていた。

 

「殿下、何か気になる事でも?」

 

「この駐屯地、いや町だが……この分布を何処かで見た覚えがある。思い出せないが……」

 

「分布に覚えがあるなら、何かしらの意味がある筈ですね……何種類かの地図を調べましょうか?」

 

「見たのは城の中じゃない、それは間違いないんだ。確か文字が多く書き込まれた地図で……街道とは違う線が……」

 

「街道とは違う線……特別な道程を利用するなら、隊商でしょうか?」

 

「クイン、それだ……ロザリーに見せて貰った地図で間違いない。マファルダストの宿舎で見た」

 

「ロザリー様の……ではマファルダストの何方かに見て頂きましょう。直ぐにお呼びします」

 

「ああ、頼む。どうも嫌な予感がする……」

 

 一見意味の無い配置に見えるが、隊商の地図と偶然一致するなど有り得ない。ユーニードが意図的に行ったとすると何か判明するだろう。

 

 クインが戻るまで残りの資料を片付けてしまおうと、アストは袖をまくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイ……態々済まない。それと以前預かった物はカズキに間違いなく渡したよ。凄く嬉しかったと思うし、ロザリーを思い出したのか涙も溢れて……とにかく、本当にありがとう」

 

「そうですか……きっと姐さんも喜んでいるでしょう。今日の用件をお伺いしても?」

 

 当たり前だが、ロザリーの名を聞くと辛そうな表情を見せる。話題を広げる事もせず、端的に話を進めようとするフェイだった。そしてアストもそれを察し、深くは説明しない。

 

「ああ、教えて欲しい事があって……私の記憶違いで無ければいいが……」

 

 アストが指し示した地図には更に色分けが進んだ駐屯地があった。仮に駐屯地同士を線で結んでも歪な形にしかならないだろう。この分布をマファルダストで見た覚えがあると、アストは続けた。

 

「……全てリンスフィアから二日以内に到着出来る町ですね。但し狩猟採取組でなく、運搬組がですが」

 

 ひと目見て、フェイはあっさりと答えた。

 

「待ってくれ……全てだって? しかし、距離にバラツキが有りすぎるだろう?」

 

「距離も問題ですが、街道では無いので……登坂や下り、障害物などを考慮しています。森人が受け継いで来た、特別な道程がありますから」

 

「二日以内……全てが……」

 

 そして、その駐屯地に特定の物資が流れている。ケーヒル曰く撤退行動に使うものに限定され……撤退先は当然……

 

「王都リンスフィア」

 

 まだ全ては分からない……だが、アストもクインも寒気を感じて身体が震えるのを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイ、何でもいいから他に気になる事があれば教えてくれないか?」

 

 やはり森人には森人の知恵がある。何か違った側面を見せてくれるかも知れない……アストはもっと早くから森人と連携していればと、後悔すら覚えていた。

 

 事実、南の森ではマファルダストとの連携により魔獣を倒す事が出来たとケーヒルは言っていたのだ。アストは元軍務長が主戦派で、何かを企てでいたとフェイに伝えた。軍事に関わる資料も見せ、その違和感の意味を探していると。

 

「主戦派ですか……」

 

 フェイから感情の揺らめきを感じる。ロザリーの仇、そのものだ。

 

「奴等は南で戦った時、巫山戯た事を言っていました……これ程の効果があるとは素晴らしいと。聖女を中心に据え、周囲を三重に円陣隊形を組み戦う。更に燃える水をばら撒き、壁としながら負傷者を聖女の元へ……確かに暫くは戦線を維持出来ていた様です。あれ程の魔獣の群れに対してなら、驚異的と言っていいでしょう」

 

「ああ、ケーヒルからも聞いている。大半が新人の騎士で、動きは拙くとも戦えていたと。カズキが控えている事で、心が安定するのだろうと分析していたな。それが?」

 

「主戦派は狂気の塊り。人の常識では計れず、その行動もそうでしょう」

 

 フェイからは怒りと後悔が透けて見える。その狂気の中心にいて、ロザリーの死を間近で見たのだから当然だろう。

 

 アストもクインも未だよく分からないと、困惑していた。フェイは何かを掴んだ様だが……

 

「その元軍務長、ユーニード=シャルべですね。奴があの連中と同じ狂気を持つのなら……恐らく、こう考えたのではないでしょうか」

 

 フェイが示したユーニードの考え……それは正に狂気の沙汰、余りに常軌を逸していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アストはユーニードの元へ走っていた。フェイの考察は真実だと理解したからだ。そしてクインは、カーディルに知らせるべく王の間へ向かっている。早く対策を講じないと大変な事になると確信していた。

 

「何とかユーニードから指揮命令系を聞かないと……止められない……」

 

 地下に設けられた牢獄は、そこまで使われていなかった。今はユーニードを含め、僅かしか捕らえられていない。

 

「で、殿下! ど、どうなされました!?」

 

 看守の一人は椅子に凭れ掛かり、腕を頭に組んで考え事をしていた。怠けていたわけでは無いが褒められたものでも無いと、慌てて立ち上がって大きな音を立てる。

 

「ご苦労。 ユーニードと話がしたい、入れてくれ」

 

「はっ! 殿下……護衛の騎士は……?」

 

「必要ない……急いで欲しい」

 

 アストの焦りは怒りとして伝わり、看守は震え上がった。普段は温厚な王子だが、リンディアを代表する騎士であり英雄の一人だ。歴戦の戦士が相手では、恐怖を覚えるのも仕方のない事だろう。

 

「も、申し訳ありません! 直ぐに! おい、急げ!!」

 

 慌てた様子でもう一人の看守は鍵束を取りに走った。途中躓きそうになるが、誰一人笑いもしない。

 

 アストは牢獄へと続く鉄格子を睨み、右手で掴んで腕を引いた。狭い空間にガチャンと音が響き、看守の震えは更に強まる。

 

「ユーニード、何故だ……」

 

 普段のアストなら看守へ気遣いも出来ただろうが、そんな余裕はない。

 

 早く戻って来いともう一人の看守へ矛先が向かった時、震えていた看守の耳にバタバタと足音が聞こえて来る。アストに気付かれないよう、看守はホッと息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殿下、久しぶりですな」

 

 普段は薬料で撫で付けていた白髪も、今は流されたままだ。しかし鋭い眼光は変わらず、独特の威圧感を放っている。もう数日間この牢獄から出ていない筈だが、疲れた様子も見せず背筋を伸ばし立ち上がった。

 

「ユーニード……」

 

 二人は鉄格子を挟み、内と外で向かい合う。

 

 狭い空間には住む人間への配慮など無い。簡易なベッドと剥き出しの地面、手の届かない位置に小さなランプ。油を注ぎ足す時は上にある穴から行う仕組みになっている。気の弱い者なら、数日と言わずに泣き出すかもしれない。

 

「殿下自らがこの様な場所へ来てはなりませんな。ここは不浄の場所、早くお戻りなさい」

 

 昔の様にアストに語り掛ける。アストが子供の頃、ユーニードは教師として日々寄り添っていたのだ。厳しくも正しかったこの男はアストにとって第二の父親だった。

 

「……私もこの場所で鉄格子を挟んで話すなど、したくは無かった」

 

 下を見れば手のつけられていない食事が置いてある。水すらも飲んでおらず、その矍鑠とした姿に脅威すら覚えてしまう。

 

「殿下が態々来られるとは、如何なされました?」

 

 アストは普段と全く変わらない態度に、ユーニードの狂気を見た。異常な環境と状況に眉一つ動かさないユーニードは、正に狂人だろう。

 

「もはや語る事もない。お前達の指揮系統を教えてくれ。あんな馬鹿な事はやめさせなければ」

 

「さて、何の事でしょうか?」

 

「乾草、ククの葉、馬具、そして燃える水。分かっている筈だ」

 

「成る程、良く気付かれましたな。まあ、さほど難解なものではありません。しかし、何故私がそれを教えると?」

 

「……ユーニード、本気なのか? あれ程に愛してくれたリンディアを……リンスフィアを戦場にするなど……私は認めたくない」

 

「殿下、私は今も昔も変わってなどおりませんよ。聖女がリンスフィアに居る今、この時こそ魔獣殲滅の好機。以前から何度も具申致しましたが、陛下はご決断なされない。よくご存知の筈です」

 

 アストはここに来るまで最後の希望を持っていた。ユーニードが否定してくれるのを……フェイが辿り着いた考えを笑い飛ばしてくれるのを。

 

 だが……ユーニードの返答は全てを肯定している。アストに冷たい絶望感が襲い掛かってきた。

 

「お前が具申していた魔獣殲滅の方法……三重の円陣と炎の壁、円陣の中心まで補給運搬路を確保。そしてその中心に……」

 

「聖女を据える。絶えず負傷者を癒し、壁を維持しつつ戦い続ける。我々が死に絶えるか、魔獣どもが断末魔の悲鳴を上げるか……私は勝利を確信しておりますよ。我等には聖女がいる、そう……生贄として神々より遣わされた聖女カズキが!」

 

 最早狂気を隠す事もせず、唾を吐き出して血走った目を剥く。

 

「ふざけるな!! だからと言って魔獣をリンスフィアに誘い込むなど……リンスフィアには戦う事も出来ない女子供や老人達がいるんだぞ!」

 

「このリンスフィアには三重の城壁と、この王城まで整備された道、そして我が王国の民の半分を超える人が居る……三十万の人が! 大丈夫です……例え傷つき倒れても、その中心に座す聖女が癒してくれるでしょう!!」

 

 言葉を出す事すら出来なくなるのをアストは感じた。私の目の前にいるのは本当にあのユーニードなのか? 厳しくも正しい答えを教えてくれたあの……だが、それでもアストは聞かなければならなかった。愛する家族と民、リンディアと……カズキの為に。

 

「もういい、誰が指揮を取っているのか言うんだ。ユーニード、私はもう手段は選ばないぞ」

 

「殿下、その厳しさ素晴らしいですぞ。陛下も貴方も良い為政者ですが、余りに優し過ぎる。時には非情な決断をしなければならないと、何度も申し上げました。私は嬉しい」

 

 アストは拷問も辞さないと恫喝したのだ。それを……

 

「ユーニード! 言うんだ!!」

 

「殿下、では答えましょう。指揮する者など、おりませんよ。私はただ、聖女の存在と使()()()を諭しただけ。軍務長として奴等に勝つ方法を授けただけなのです。皆がそれに応え、それぞれが動き出した。ですから……貴方やケーヒルの様に指揮する者など居ないのです」

 

「馬鹿な! それでは……いや、そんな筈は無い!」

 

 それでは止めようが無い……それこそ全員を、主戦派に属する全員を見つけ出し、捕らえなければ……アストはユーニードが真実を話している事がわかった。認めたくない真実を……

 

「付け加えるなら……この戦い、聖戦を始めるのは、聖女が円陣の中心へ還った時。それが合図です」

 

「……嘘だ」

 

 それが本当なら、もう……カズキが帰って来て、数日が経過して……アストは自らの血の気が失われて行くのを止められない。

 

「もう遅いのです、殿下。神々の加護の元、我等が勝利するでしょう」

 

 ここは地下牢で、天の光など届きはしない。薄暗いランプと石の壁、少し錆の浮き出た鉄格子。

 

 それでもユーニードは天へと両腕を上げ、その天を見上げた目は映っている筈のない神々へと向けられている。

 

その姿は敬虔な神の信徒、殉教者そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

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