黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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63.聖女の歩む道②

 

 

 

 

 

 

 弩の矢が前脚を貫いたのだろう、魔獣は転がる様に倒れ込んだ。それでも前へ進もうと顔を上げた瞬間、何本もの矢が顔面に突き立つ。赤い目や口蓋、喉や肩口に深く刺さった矢は、魔獣に悲鳴を贈る。

 

「グギィーーッ!」

 

 倒れた魔獣を踏み越え、次の魔獣が前へ躍り出たが、それも降り止まない矢の雨では無力だった。

 

「ギーー!」

「ガッ」

「ギャーーーッ!!」

「グアー!!」

 

 魔獣の立つ位置からリンスフィアを見れば、遠い城壁から放物線に線を引く矢が空を染めるのを眺めるしかない。 

 

 赤い波は少しずつ形が崩れ、防波堤に遮られる様に小さくなっていった。それでも魔獣は止まる事も無く、次から次へと迫り来るのだ。

 

 ジョシュは見事な戦果に驚きを覚えていた。凄まじい弓の精度だ。まだ距離があるのに、長弓から放たれる矢は吸い込まれる様に魔獣へと集まった。

 

「これが森人か……弓の腕は知っていたつもりだが……」

 

 波の形を崩したい箇所を指定すれば、冗談みたいに魔獣に矢が当たるのだ。勿論それだけで致命傷にはなっていないが、弩も狙いやすくなる。そして何より……

 

 ズドン!!

 

 薄くなった波へ火矢が放たれると、巨大な火柱が上がった。予めばら撒いておいた[燃える水]に加え、同じく森人が弓矢で送り付ける同じ[燃える水]が燃え出すと魔獣の悲鳴や絶叫は幾らでも増えていく。

 

 だが、それでも弓矢は足らない。燃える水も有限だ。このまま安全な城壁から魔獣が死に絶えるまで矢を降らせたいが、現実は甘くは無かった。

 

 だが今や完全に波は消えて、魔獣は散開してしまっている。間違いなく好機だ。森人に頼り切りでは、余りに情け無い。

 

「よし! 森人は逸れた魔獣を頼む! 残りの矢は森人へ! 騎士隊、出るぞ! 跳ね橋を!」

 

 堀は無いが、騎士隊を一気に外へ排出する為用意された物だ。

 

 ギギギ! ドンッ!

 

 高い位置から縦に開いた跳ね橋は、其れそのものが坂道に変わり騎士の道を形作った。城壁に穴が開き、リンスフィアの外へ繋がったのだ。

 

単横(たんおう)陣形! 後陣は短弓! 初撃は走り抜ける、とって返せ! 後陣狙え!」

 

「「「おう!」」」

 

「逸れは放っておけ! 森人へ任せる! 行くぞ!」

 

 ジョシュは鞘から剣を抜き、全員を鼓舞する。そして自らが先頭へと走り出し、大声を上げた。

 

「おおおーーー!!!」

 

 少しずつ前傾姿勢へと変わったジョシュ達は、最高速に達した瞬間魔獣へと接敵。唸る魔獣の腕を躱し、許すなら剣で傷を負わせる。密集状態で無くなった魔獣の群れの間を騎士達は次々と走り抜けて行った。

 

 それでも、全員が無事に済ますなど不可能で、何人かが魔獣の餌食になっていく。

 

「こ、この……! あっ……」

 

 ギリギリで避けた腕を見送り、前を向いた瞬間に真っ白な牙が並ぶ赤い口が見えた。

 

 バクンッ……

 

 瞬時に頭部を喰い千切られた騎士の一人は、そのまま暫く走りドサリと馬から落ちる。馬は軽くなった背中を気にもせず、赤い波に消えて行った。

 

 ガキン!

 

 違う方向を向く魔獣を見つけた者は、欲をかいて剣を振るった。しかし首を狙った筈が、僅かに逸れて硬い頭部へと向かう。まるで金属を殴ったかの様な音がすれば、握っていた剣はクルクルと地面に飛んで行った。

 

 その勢いで馬上から落ちた彼は、素早く立ち上がって自分の愛馬を探す。しかしその時には魔獣の前脚が体を押し潰し、悲鳴も断末魔も上がらなかった。

 

「走れー! 裏に抜けるんだ!」

 

 横一線に並ぶ陣形は殆ど崩れず、大半が魔獣の背後に抜ける。魔獣達は獲物達に目を奪われ、足を止め転進しようと体を傾けた。

 

 魔獣は単純な思考なのか、或いは人を玩具としか捉えられないのか、ほぼ全ての魔獣がリンスフィアに背を向けた。総数は約1000、既に3割程度も減じているのに、だ。

 

「よし、単横止め! 各自短弓で魔獣を!」

 

 ジョシュ達から離れていた後陣はさらに散開し、魔獣の群れに近づき一斉に短弓を放つ。短弓の特徴である速射を存分に生かし、魔獣の背へ近距離から何度も狙った。

 

 ギーーー!!

 

 再び魔獣の悲鳴が木霊して何体も地に伏した。走り抜けた騎士、短弓を構える騎士、魔獣から見たら完全な挟み撃ちで、単純な脚の速さは馬に敵わない。短弓は近距離なら長弓にも匹敵する威力を誇るのだ。狙いもつけやすい距離は、予想を超える結果をもたらした。

 

 魔獣達は完全に混乱し、もはや波は跡も形も無くなった。

 

 ジョシュは背中越しに後陣の働きを確認し、そして転進を指示。

 

「単横のまま転進! 奴等に食らいつけ! 次は遠慮はいらんぞ!!」

 

「単横のまま転進!」

「剣を振れ! 騎士の誇りを見せる時だ!」

 

 各隊長が連呼し、士気は極限まで高まる。

 

「「「おー!!!」」」

 

 いける!!

 

 ジョシュは確信する。戦死者は出ているが、誰一人欠けない戦争など存在しない。ましてや相手は魔獣どもだ。 だが……勝てる!

 

 我等は勝つのだ!

 

「リンディアに栄光を!!」

 

 再び速度を上げた第一陣は、後陣に引っ張られる魔獣へ殺到した。 

 

「短弓の射程に入るんじゃない!」

「右を! ここはいい!」

「やった! 次は!?」

「回り込め! 後脚に注意しろ!」

「コイツ等は飛ぶぞ! 密集するな!」

「お前は後退しろ!」

「まだやれる! 俺は……!」

 

 ジョシュは無心で剣を振るう。魔獣の叫びも吹き出す血も気にならない。味方の声と自分の粗い息遣いだけが耳に残る。

 

 剣を振り抜く、体を倒して攻撃を躱す、膝を付いた魔獣の顔面へ突きを入れる……次、次は!?

 

 目の前の魔獣の頭蓋に短弓の矢が刺さり、魔獣はゆっくりと倒れ込んだ。

 

「よし、ここはもう……」

 

 酸欠で少しだけ朦朧とする意識を、頭を振って振り払い再び目を開けた。

 

「……魔獣は……?」

 

 遠くで魔獣がズシンと後ろ向きに倒れるのが見える。そう、遠くだ。

 

 ゆっくりとその場でグルリと回転したジョシュは、自分の周囲に生きた魔獣が居ないのに気付く。僅かに蠢く魔獣も騎士がトドメを刺していた。

 

「勝った……?」

 

 城壁を放棄し、リンスフィアの街中へと誘導する覚悟すらしていたが、背後になった城壁は全くの無傷。何一つ音を拾わなかった耳に、何かが聞こえて来る。

 

 おー、おー、と聞こえるソレは人の唸り声……?

 

「やっ……」

「俺達は……」

「リンディア……」

「騎士の誇り……」

「森人は……」

 

 漸く言葉としてジョシュは捉え始めた。

 

 そう……勝鬨だ……!

 

「やった……!!」

「俺達は勝ったんだ!!」

「リンディアへ栄光を!」

 

 ジョシュは堪らず無理矢理に手から剣を引き剥がし、地面に放り投げる。そして高々と両腕を天に向け掲げた。

 

「白神よ……黒神よ……我等は……」

 

 ジョシュは無言のまま腕を上げ立ち竦んでいたが、周囲にいた騎士達に抱き付かれ揉みくちゃになる。

 

 やっと……やっと勝利を実感する。

 

 魔獣はリンスフィアどころか、その城壁へも辿り着く事は無かった。リンディアの騎士と森人は勝利したのだ。

 

「みんな……皆、ご苦労だった。 見事だ……!」

 

 ジョシュの目には涙が僅かに浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中隊視認! 魔獣を引っ張っています!」

 

「予定の場所へ誘導しろ。奴等へ贈り物をする。総員準備を!」

 

「今日くらい副団長は指揮に徹しては?」

 

「ふん、下らない事を言わなくていい。突貫こそ騎士の花。南では遅れを取ったのだ、せめて働かなければ笑われてしまうわ」

 

 ロザリーの死は自分の責任だとケーヒルは悔いている。カズキの涙、聖女を悲しませる事など許せはしない。そして偉大な母は死んでしまったのだ。

 

「取り返す事など出来ない……この命など安いものよ……」

 

「副団長?」

 

「何でもない。いよいよだぞ」

 

 顎で示した先に中隊が迫るのが見えた。予定の場所……砂地と緩い地盤は魔獣の足を止める。中隊に旗を振り、作戦通りに進めていくだけ。

 

 中隊は蛇行を繰り返しながらも、どんどんと近づいて来ていた。

 

 目印の旗は地面にも立っていて、その外を沿うように誘導の騎士はリンスフィアに戻ってくる。追い付いた中隊も砂地には入らず、大きく二手に分かれながら包むように躱した。蛇行した所為で多少速度が落ち、魔獣との距離は縮まっていく。

 

「よし、任せるぞ」

 

「はっ!」

 

 ケーヒルは城壁から下に降り、待機していた部隊へ合流する。

 

「合図を待て。跳ね橋が降りたと同時に全速だ! 中隊と交差する、注意しろ!」

 

 ケーヒルは馬を一番前に移動させ、誰よりも早く到達すると決めていた。目の前には駆け下りる跳ね橋のみ。

 

 

 

 

「構え! 好きなだけ喰わしてやれ!」

 

「「「おう!」」」

 

 城壁の上からは魔獣の侵攻が手に取るように分かる。下を見れば副団長のケーヒルが今か今かと待ち侘びているのが見えた。大隊長は手を高く上げ、一斉射の時機を待った。

 

 予想通り魔獣は直線的に追い掛けて来て、間違いなく砂地へと突入するだろう。

 

 最初の一匹は砂地に入った瞬間、笑い話のように転んで顔面から地面に突っ込んだ。前脚が軽く埋まり、体勢が崩れたのだ。だが後ろから迫る魔獣は止まる事などせず、次々と砂地へ飛び込んでいく。何匹かは魔獣の下敷きになり絶命……これも共喰いと呼んでやろう。そう大隊長はほくそ笑み、腕をバサリと下ろした。

 

 バタバタと倒れて、堰き止められた魔獣達はギャーギャーと騒いでいる様だが、頭上に降り行く雨に気付いているのだろうか?

 

 その雨の先端は鋭く砥がれ、鏃という名を持つ。

 

 一本ずつ、職人が魔獣へ届けと祈ったソレは間違い無く叶うだろう。高さと言う力が加わった矢は、絶大な力を発揮して魔獣へと到達する。

 

 ドドッ! ドドドドドッ!!!

 

 無数の矢は硬い魔獣の体を貫き、奴等の命を刈り取っていった。

 

「二射後、騎士隊を前面に! 跳ね橋用意!」

 

 大隊長は再び視線を下げ、ケーヒルを見た。ケーヒルは頷き、後ろを振り向く。

 

「そろそろだ! 奴等はテルチブラーノを滅ぼした奴等だ! 大勢が死んだ! 我等の同胞も、無辜の民もだ! 許せるのか!!」

 

「「「許せるか!!」」」

「よくも俺の故郷を!」

「友を!」

「鉄槌を、剣を!!」

 

 ケーヒルの背後から光が漏れ、ギギギと跳ね橋が降り始めた。

 

「さあ、反撃だ!!」

 

「突撃……!」

 

「「「突撃!!!」」」

 

 ドン!!

 

 跳ね橋の先端は地面に触れ土煙りを上げたが、その煙を吹き飛ばす騎士隊は止まりはしないだろう。

 

「リンディアに栄光を! カーディル陛下へ勝利を!!」

 

「「うおぉぉーーーー!!」」

 

 走りながらもケーヒルは大剣をゆるりと抜き、鈍く光る剣の腹へ自らを映した。一瞬だけ目を瞑り、神々と……聖女へ祈りを捧げる。

 

 最早僅かたりとも恐怖も後悔も無い。

 

 ただ剣を振るのみ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伝令! ジョシュ様より伝令です!」

 

 伝令の騎士の顔には歓喜の色が見える。伝令を受けるケーヒルの顔にも満足感が浮かび、僅かな疲労さえ喜びを彩っていた。

 

「聞こう」

 

「はっ! 北は城壁に魔獣を近づける事なく殲滅! 負傷者は多数ですが、戦死者は僅か! 勝利したと……! リンスフィアは救われたと!」

 

 最後は涙すら見せたが、ケーヒルは咎める事もない。残るは最も強固な城壁を誇る南のみ、指揮するは英雄アスト。少しだけ休めば自分達も応援に向かうのだ。ジョシュの隊と合わせればリンディア全軍で南を防衛出来る。

 

「ご苦労だった。少し休め、まだ仕事は残っているがな」

 

「はっ!」

 

「負傷者の確認と、戦死者を! まだ南が残っているぞ! 獲物はまだ待ってくれている様だからな!」

 

 皆に疲労はあるが、勝利に勝る活力剤など無い。最高品質のククの葉も敵わないだろう。

 

「ははは……副団長は相変わらず手厳しい! 水浴びすら出来ないとは!」

 

 大隊長はそう言いながらも、自身の装備を整えて散らばる矢すら拾い始めた。

 

「「大隊長が言うなーー!!」」

 

 周囲の部下達は冷やかしながらも笑いが絶えない。戦死者はいるが、勝利に歓喜することこそがヴァルハラへの手向けとなる。

 

 ケーヒルもジョシュも戦った皆は喜びを噛み締めていた。

 

 

 

 ズズン……!!

 

 

 

 その時、地響きを体に感じた騎士隊は南に振り向いた。いや、間違い無く地面が揺れたのだ。音だけで無く、衝撃すら覚えたから方向はすぐに分かったのだ。

 

 そして……

 

 西に居たケーヒルの目にも、北に居たジョシュの目にも、信じられない……信じたくない現実が映った。

 

 城壁が崩れていく。そしてその城壁の高さに迫る程の巨大な火柱が上がり、周囲を赤く染めていた。

 

 最も強固な南の城壁が崩れていく様は、世界の終焉すら幻視させて、全員から言葉を奪う。

 

「城壁が……」

 

「あの炎は……?」

 

「貯蔵していた燃える水に引火したんだ……一気に……」

 

 立ち竦んでいたケーヒルは意識すらせず呟き、その言葉に慄いた。

 

「殿下……アスト、アスト殿下!!」

 

 南にはアストが居る。 あの崩れゆく城壁辺りで指揮を取っている筈だ……!

 

 

 ケーヒルは部下への指揮も忘れ、馬へ飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

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