黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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67.聖女の歩む道⑥

 

 

 

 

 

 燃える水の爆発は炎の柱を創り出し、大勢の騎士や森人を巻き込んだ。どれ程の犠牲が出たか、生き残った者は考える事を放棄するしかない。更にそれだけに留まらず、一部破壊していた城壁を更に崩落させたのだ。

 

 崩れてしまった城壁の上には、魔獣の群れへ矢を放っていた騎士達がいた。その中にはリンディアの王子で騎士団長のアストも含まれており、それを知る皆に暗い絶望感を覚えさせる。

 

 皮肉にも燃え上がった火柱は魔獣の侵入を拒み、人へ僅かな時間を与えているが……それは希望なのか。残った騎士はケーヒルの元に集まり、魔獣の再侵攻に備えて動き始めていた。

 

 

 

 

 城壁の上を崩落した方向へ走る二人の姿があった。

 

 深い緑色をした服、背中に掛けた弓矢、肩掛けの縄、小剣とナイフを数本ベルトへ挿した姿は間違いなく森人だろう。

 

 フェイは見たのだ。

 

 爆発した燃える水の脅威からアストを庇った二人の騎士を。離れてはいたが、森で鍛えた眼は裏切ったりしない。崩れゆく城壁に呑まれたが、爆発の直撃を受けていないなら生存の可能性は十分あるだろう。

 

「このままでは士気が保たない。副団長は来たが殿下の存在は大きい。分かるな?ドルズス」

 

 上から見ても混乱は治まっていない。ケーヒルが来た事で多少の規律は戻っただろうが、人の心には拠り所が必要なのだ。ましてや絶望と隣り合わせなら尚更だ。

 

「ああ、分かってるよ。間違いなく見たんだな?」

 

 二人は脚を止めずに、しかしはっきりと意思疎通を続けていた。

 

「騎士が二人、殿下を庇った。飛び散る破片からは守られた筈だ。殿下も鍛えられた騎士、簡単には死なんよ。だが崩落した瓦礫から抜け出るのは簡単じゃない。それに、五体満足とも限らないからな」

 

 フェイはアストが生きていると信じて向かうと決めた。崩れる瓦礫に呑まれる二次被害の危険性はあるが、鎧を着込んだ騎士には無理だろう。身軽で装備もある森人が適任なのだ。

 

 アストを救出し、士気を高めなければ僅かな勝利の可能性すら失ってしまう。命を賭ける価値は充分にあった。

 

「ドルズス、縄を」

 

 見下ろせば抉れた城壁と瓦礫の山が見える。歪に積み重なった瓦礫は視界を遮り、死角も多くあるのは間違いない。大声で確認したいが僅かな振動も危険だろうし、何より魔獣を刺激したくは無かった。

 

 救出するなら魔獣が侵攻を始める前でなければ。

 

「気をつけろよ? 俺はお前を抱えて引上げるつもりなんて無いからな。魔獣や森じゃなく、瓦礫に埋もれて死んじまう情け無い奴に同情はしないぞ」

 

 ドルズスの捻くれた喝に苦笑を浮かべながらフェイは慎重に身体を降ろしていった。先程まで悪態をついていたドルズスも不安そうに縄を捌いている。

 

 フェイは瓦礫を崩さないよう慎重に足場を確認する。救助に向かう自分が要救助者になるなど笑い話にもならないし、実際笑えない。

 

「先ずはあそこに降りるか……」

 

 上を仰ぎ見ればドルズスどころか、降り始めた場所すら視界から消えていた。比較的に安定してそうな場所を見つけたフェイは、ゆっくりと其処へ降りたった。

 

 幾つか視界が開けたところもあり、フェイは慎重に視線を配る。

 

 予想はしていたが、騎士や少数ではあるが森人の凄惨な遺骸が目につく。爆発に巻き込まれた者、飛び交った破片の直撃を喰らった者、崩落した瓦礫に半ば埋まった者。

 

 見えない瓦礫の下にはもっと多くの人が埋まっているだろう。 だが、きっと生き残っているはず。

 

「たったあれだけの時間で……魔獣め、奴等は一体……なんなんだ……」

 

 フェイも魔獣の自殺染みた突撃を目撃したのだ。まさか壁に死ぬ勢いでぶつかって来るなど想像すらしてなかった。指揮系統や階級などが魔獣にはある、或いは群体として一個の生物の様に動いているのか……

 

 パラパラ……

 

 思考の海を泳いでいたが耳が僅かな物音を捉えて、フェイを現実へと引き戻した。

 

「まだかなり下だが……真下辺りか」

 

 やはり生存者がいる……フェイは縄を再び握り、崖同然の斜面に体を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「確認しました。やはり魔獣は炎が火が鎮まるのを待っている様です。 矢の届かないギリギリに留まり、其処からは動いていません」

 

 ケーヒルはその報告を聞き、安堵と恐怖が同時に湧き起こるのを感じた。

 

 間違いなく何らかの意思が働き、奴等は行動を決めているのだ。秩序無く攻め入られるのも対処に困っただろうが、知恵を以って戦う化け物ほど厄介なものはない。カズキが森で其れを報せてなければ、より悲惨な結果を招いたに違いなかった。

 

「燃える水を注ぎ足しますか?」

 

「……いや、それではジリ貧だ。苦しいが何としても撃退しなければ」

 

「しかし我等の数が足りません。ジョシュ様等が合流したとしても、奴等と戦うには半分にも満たないのです」

 

「分かっている……負傷者は全員後退したか?」

 

「先程の者達で最後かと。西からの隊は合流しましたが……それでも……」

 

 ケーヒルの信頼通り、西の部隊は素早く隊を整えて合流していた。しかし、魔獣の数に対して余りに足りないのだ。死傷者全員を足して、やっと戦える……それ程の差があった。

 

「森人はどうだ?」

 

「俺達も対して変わりはありません。矢は足りてますが、射手が減りましたから……さっきのアレが効きました」

 

 アイトールは森人を代表して軍議に参加していた。本来ならフェイに頼みたいところだったが、本人がやる事があると辞退したのだ。

 

「そうか……よし、確認しよう。今の我々では正面切って戦いを挑むのは無謀だ。そもそも騎士も森人も足りないし、奴等に喰いつく事も難しいだろう。ならば誘い込んで、少しずつ数を削るしかない。幸い奴等の侵攻の時も場所も分かっている。外円内に誘い込み、円陣で囲むんだ」

 

「副団長、しかしどうやって?」

 

「あくまで、これ以上城壁が崩されない事が条件だが……一定量誘ったら再び火を放ち分断。火が収まるまでに撃破し、次を待つ。単純だがそれを繰り返すんだ。苦しい持久戦だが、城壁の上からの援護がそれなら可能だろう。無論、我等騎士が餌になる……美味い餌でなければな」

 

 城壁側に興味を持たれない様に、上手く誘わなければならない。

 

「森人の皆も危険は承知で登って貰うしかない。頼めるか?」

 

 城壁を指差し、ケーヒルはアイトールを見た。

 

「危険など……全員が承知の上ですよ。我等は騎士の様に戦う事など出来ません。援護程度では情け無い限りですが……」

 

「何を言う。それこそ騎士は森人の様に戦う事も出来ないし、弓など放り投げて任せるしかないぞ? そうだろう?」

 

 周囲に居た騎士もウンウンと頷き、偽りのない尊敬の眼差しを送った。

 

「まさに。アレを見せられては我等の弓など児戯に等しい。ならば騎士に出来ることを愚直に行うしかありますまい」

 

 お互いを称え合い、これからの戦いに意気を高める。

 

「よし、皆配置についてくれ。分断の時は合図を送るから容赦無く火を放ってくれていい。森人に興味が行かない様、適度な援護を頼む」

 

「「おう!!」」

 

 散り散りになった皆を見送ったケーヒルは、無理矢理に意識から外していた事をどうしても考えてしまう。

 

「殿下……何処に……」

 

 本当なら鎧も剣も放り出して、瓦礫の山に向かいたい。もしアストがいないなら、この戦いに意味などあるのか……

 

 そうして崩れた城壁を見上げたケーヒルに、不思議な光景が飛び込んできた。

 

「アレは……ドルズスか?」

 

 崩れたギリギリのところでドルズスが何かをしている。見れば垂れ下がった縄を捌いている様だった。

 

 ドルズスの捌きとは別に縄が波打っているのを見れば、その先に誰かがいるのは明らかだろう。

 

「フェイか……」

 

 先程の軍議に居なかったフェイを怪訝に思っていたが、別の目的があったのだ。そしてその目的は間違いなくアストの救出だ。自らの命が危険に晒されるのも構わず、フェイとドルズスは戦っている。自分も呆けている場合では無い。

 

「殿下が戻られた時、笑われてしまうな」

 

 少しずつ消えていく炎を睨み、自分に出来る事に集中すればいい。誰もが一人で戦っている訳ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……」

 

 慎重に降りてきたフェイは、蹲る一人の男の姿を見つけた。鎧は脱いだのか、膝の上に剣を抱えている。

 

 何度も登ろうとしたのか、あちこちが泥と埃に塗れていた。補助も無くこの瓦礫の山を登るなど不可能なのに、彼は諦められないのだ。息を整えた彼は再び立ち上がった。

 

「ああ……」

 

 フェイは息を吐いた。

 

 泥に染まった髪は間違いない白銀色で、青い瞳に諦観の色はない。強い意志、戦う意気、民を思う心。

 

「殿下……」

 

 生きていた。リンディアの王子が、我等の希望が……

 

「フェイ……か……?」

 

「殿下、そのままで。直ぐに引上げます。そこから動かない様に」

 

 足を挫いたのか、右足を引きずっている。あれでは登るなど不可能と言っていい。登坂は見た目より遥かに困難な作業だ。

 

「殿下、お怪我を……一度上がります。直ぐに戻りますから、無茶をしないで下さい。良いですね?」

 

「ああ、動きたくても動けないさ。大人しくしていよう。皆は……大丈夫か?」

 

「先程ケーヒル副団長が合流しました。今は再編成を急いでいます」

 

 多くの死傷者が出ているが、今は伝える必要は無いとフェイは会話を打ち切った。

 

「では……直ぐに」

 

「ああ、頼む」

 

 絶望の中に僅かな希望が光り、フェイの顔に微笑が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイ……!」

 

 ドルズスは下からフェイが登ってくる姿を捉えて小さく叫ぶ。明確な意思を持って這い上がって来るフェイに、ドルズスは希望を感じた。

 

 最後の瓦礫に手を掛け、フェイは身軽に身体を引き上げた。

 

「見つけたぞ、殿下は生きておられる。だが、負傷していて自力で上がるのは無理だ。上から引き上げるぞ。ジャービエルを呼べ」

 

 森人に似つかわしく無い巨体と怪力は、間違い無く役に立つだろう。

 

「分かった。待ってろ」

 

 ドルズスは体を翻し、森人が固まる場所へと駆け出していった。

 

 フェイは城壁から下を見下ろしケーヒルの姿を探した。だが、炎が消えるまで時間が無いのだろう。皆が円陣を組み始め、慌ただしく動いている。

 

「引き上げてここから声を上げて貰うか……士気も高まるだろう」

 

 そう決めたフェイは、アストを引き上げる為に準備を始めた。戦闘は直ぐに再開する。少しでも早い方がいい。

 

 見ればドルズスがジャービエルを引き連れて此方へ向かうのが分かった。他にも数人付いて来ている。あれだけ居れば引き上げるのも容易だ。

 

「よし……行くか」

 

 戦いはこれから、勝利は薄氷の上だ。それでも負ける訳にはいかない。フェイは視線を東に見える丘に向けた。あの頂きには、ロザリーとルーやフィオナが眠っている。魔獣なぞにその眠りを妨げたりはさせない。

 

 そして、カズキも哀しむだろう。唯一残されたロザリーの娘を失うなど、フェイには断じて許せはしない。

 

 炎は殆どが立ち消え、平原に群れる魔獣が動き始めた。ゆっくりと侵攻する姿は余裕の現れか、まるで軍隊の行進だ。

 

「姐さん、皆を見守ってくれ……」

 

 フェイはドルズス達が到着するのを確認すると、スルスルと瓦礫の崖を降りていった。

 

 

 

 

 

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