黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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69.聖女の歩む道⑧

 

 

 ゆっくりと蠢いていた赤い波は少しずつ速度を上げ始めた。身体と同じ魔獣の赤い眼には、人と言う獲物しか映らないのだろう。視界と道を遮っていた炎は消えて、その先が見渡せた。

 

 上空から見る事が出来たなら、鏃の先端の如くに波が変化していくのを見れたかもしれない。そしてその先端が狙う先は崩落した城壁跡だ。

 

 涎をダラダラと垂らし、太い腕と短い後脚を交互に動かす。長い爪は走るのに不便だろうに、器用に……いや不器用に不格好に駆けている。

 

 低い唸り声は、踏み鳴らす足音に掻き消されて聞こえはしない。

 

 

 遂に来たのだ……最早頑強な城壁は無く、か弱い人の身体で戦う以外は無い。ここを抜かれたら、背後には戦う術を持たない民衆が居るだけ。女子供や、年老い逃げる事もままならない人々が身を潜めている。

 

 王城にはリンディアの花、アスティアが凛と立っているだろう。

 

 そして我等が玉体、カーディル=リンディアが在る。

 

「来たぞ!! 奴等に美しいリンスフィアは似合わない! 陛下もアスティア様も見ておられるだろう! 我等の真の力を見せてやれ!!!」

 

 騎士は剣を抜き放ち、森人は弓を絞った。

 

「うおぉぉぉーーー!!」

 

 ケーヒルは吠えて……大剣を振りかぶる。

 

 そして突進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の接敵は意外にも騎士の一撃から始まった。

 

 決壊した土塁から溢れる水の様に、一点だった魔獣の鏃は広がりながらリンスフィア内に侵入する。

 

「お、らぁ!」

 

 若い騎士が十分に引き付けた魔獣の一撃を躱し、魔獣の勢いを利用して足元を斬りつけた。魔獣は躓くように倒れ込み、地面を削った。

 

「脳天から突き入れろ!」

 

 騎士の波も負けじと流れをぶつけて、魔獣の勢いが僅かに鈍った。僅かに堰き止められた魔獣の波は怒りの声を上げる。

 

「ガァァァァーー!」

「ギァァァ!!」

 

 その瞬間を見逃さなず、上空から無数の矢が降り注ぐ。騎士が堰き止めた円陣から後方に雨が降り、更に流れが歪になった。

 

「右だ! 溢れるぞ!」

 

「俺が行く!」

 

 それでも受け止め切れなかった魔獣が、仲間の死体を乗り越えて来た。崩れかけた円陣を支えるべく新たに騎士が向かった。一人また一人と加われば、流れは止まっていく。

 

 最前線で戦う騎士は思う程の圧力を感じ無い。不思議に思っていたが、目の前の魔獣が倒れた事で理由が判明した。後方で蠢いている魔獣に何本も矢が刺さっているのが見えたからだ。森人が波を乱す様に矢を降らせているのだろう。

 

「やるなぁ……」

 

 こんな事ならもっと前から連携しておけばと思うが、同時に難しい事も知っている。自分も何処か森人を馬鹿にしていたし、コソコソと魔獣に遭わないよう動き回る森人を理解していなかった。

 

 だがどうだ……明らかに違うじゃ無いか……

 

 南の森で聖女が森人と同行しているのを知ったとき、浮かんだのは嫉妬心だった。何故最前線で魔獣と直接斬り結ぶ騎士では無いのかと。

 

 だが今なら分かる。

 

 聖女はそんな矮小な考えなぞ鼻で笑っていたのだろう。魔獣と対抗するには騎士と森人の連携こそが必要だと。

 

 ふつふつと沸き立つこの思い、今は高まる戦気をぶつければいい。次の獲物を……

 

 

 

 

 既に城壁内に数十匹は侵入しただろうか?

 

「よし、燃やせ!」

 

「燃やせ!」

 

 ケーヒルの掛け声に森人は瞬時に反応。先程まで燃え盛っていた場所、今は魔獣が屯ったところへ燃える水と火矢が飛ぶ。

 

 ドグン!!

 

 ギャァァァァ

 イイイィーー

 

 一気に視界が赤く染まり、再び炎柱が出現する。当然燃える水を浴びた魔獣ごと、周囲を巻き込んた。

 

「どうだ! さっきのお礼だ、受け取れ!」

 

 火矢を放った森人は思わず叫ぶ。 多くの森人、その仲間が死んだのだ。弔いは奴等を駆逐する以外はない!

 

「城壁外を確認しろ! 進路や動きに変化は!?」

 

 何人かの森人は外を確認する。魔獣は愚直に崩落した穴を目指していて、他に興味は移ってない。数匹は城壁の下で登れもしないのに壁を引っ掻いているが、森人の矢の的になっていた。

 

 つまり、流れは止まった。

 

「変化なし! 馬鹿どもめ!」

 

「変化なし!」

 

 乱戦の最中だが、森人からの報せは騎士へと届く。

 

「よし……」

 

 ケーヒルは魔獣の群れに突貫する。

 

「ぎっ……」

 

 食いしばった歯が鳴き声をあげたが、その音を残しケーヒルの大剣は魔獣へと達した。

 

 他の騎士に片腕を傷付けられていた魔獣は、避ける事も出来ずに金属の塊りを受ける。首の半ばまで喰いこんだ大剣は、鋸を引く様に手前に返せば魔獣は耐え切れずに絶命する。

 

「森人よ! 内側に遠慮は必要ないぞ! 存分に喰らわせてやれ!」

 

 まだ残る魔獣に狙い澄ました矢が突き立つ。魔獣からしたら後方や真上から高速で迫る矢に、何一つ対処は出来ないだろう。

 

 ケーヒルはソレを確認するのも惜しいと、次の魔獣へと殺到する。魔獣の攻撃を受けたのか倒れ込み、致命の一撃を見上げた騎士の前に躍り出る。大剣で腕の付け根、つまり脇を斬りつければ魔獣は悲鳴を上げる。

 

「下がれ! 円陣の外へ!」

 

 腕を負傷したであろう騎士は素直に撤退する。ここでは邪魔にしかならないと理解していた。

 

 よし……いける……

 

 ケーヒルは油断はしないと周囲を見回し、手応えを覚えた。

 

 だが同時にそこまで甘い筈は無いと、警戒を止めない。魔獣は知恵のある獣。何度も同じ手に掛かるとは限らないのだから。

 

「外は変化ないか!」

 

 ケーヒルは再度確認する。進路の変更や戦法の変化があっても驚きはしない。

 

「変化なし! 炎が収まるのを待つ様です!」

 

「何れは勝てると思っているのか……?」

 

 怪訝に思うが、次の一当てで何かが分かるかもしれない。先ずは予定通りに事を進めるか……

 

「最後だ!」

 

 まだ炎柱に余裕がある。予想より遥かに早く魔獣を駆逐せしめたのだ。やはり森人の存在は大きく、魔獣は騎士に集中出来ていない。

 

「被害報告を!」

 

「はっ! 死亡が……」

 

 ケーヒルは報告を聞きながらも、次の一手を考えるのを止めはしない。二度と間違いは犯さないし油断もしない。もしそれをするなら自らに剣を突き立ててくれる。

 

「よし、負傷者は城へ! 戦線を右にずらすぞ!」

 

 魔獣の死体は壁になるが邪魔にもなる。まだ陣を下げる程ではない。どの道ズルズルと下げるしかないが、出来るだけ城壁から離れたく無いのは当然だ。

 

 最初の一戦は見事な結果となった。魔獣はリンスフィアを蹂躙出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殿下、今降ります。少し下がって下さい」

 

 アストは逸る気持ちを何とか抑えていた。先程から魔獣の侵攻が再開したと分かったからだ。剣戟の音も聞こえてくるし、叫び声や魔獣の咆哮も届いていた。

 

「フェイ、魔獣は……?」

 

 目の前に降り立ったフェイにアストは思わず問い質した。普段のアストならフェイに労いと礼を伝えただろう。フェイもそれに気付いたが、気にする事もない。

 

「戦端が開かれる前に降りて来ましたから……おそらく誘い込み分断させるのでしょう。古典的ですが有効です。それしか手は無いのもあるでしょうが……」

 

「そうか……済まない、フェイ」

 

 少しだけ息が荒くなったフェイに、此処までの苦労が見えたからだ。いつ崩れるとも知れない崖を降るのは生半可な負担ではないだろう。

 

 フェイは頷くだけにして、直ぐに手繰ってきたもう一本の縄を腰から外す。今からアストを上に引き上げるのだ。

 

「殿下、此れを腰から両肩に回します。少しキツいですが我慢して下さい」

 

 万が一にアストが滑落しても、解けたり外れたりしないようフェイは独特の固定をする。森では崖や峡谷になった箇所もある。時には未知の場所へも侵入するのだ。熟練の森人なら誰もがそうするだろう。

 

「ありがとう。だが、痛みがあるのは脚だけだ。支えがあれば自力で……」

 

「分かっています。縄に合わせて少しずつ上がって下さい。上にジャービエル達が居ます。殿下は下を見ずに横にいる私を見ればいい。疲れた時は止まって構いません。彼等なら縄から伝わる感触で理解する」

 

 アストは子供染みた意地を見せた自分に恥ずかしさを覚え、素直に従う事に決める。この様な動きなら森人に敵うわけがないのだから。

 

 アストの愛剣はフェイが担ぐ。鎧は諦めた方が良いだろう。会話しながらもフェイは素早く縄をアストに通した。

 

「では……」

 

「待ってくれ……大事なモノを……」

 

 情け無い事に余裕が出た事で思い出したのだ。まだ遊びがある縄を引き摺りながら、打ち捨てていた鎧に近づく。内側を探ると、小さな白い花を手に取った。

 

「命護り、ですか?」

 

 フェイの鍛えられた視力は、結ばれた髪を捉える。白銀と黒、二本結ばれているのも分かった。夜と銀月を思わせる二色は、それが誰から贈られた物か直ぐに理解させる。

 

「アスティア様は分かりますが、カズキからは意外ですな」

 

 あの少年の様なお転婆の聖女に、そんな女らしい側面があったとは……失礼を承知でフェイはアストに投げ掛けた。以前に城で二人はカズキについて話したから隠す事もない。

 

「直接聞いてはいないが……恐らくアスティアが気を利かせたんだと思う。フェイは見た事がないだろうが、聖女の間でいつも追いかけっこしていたよ」

 

 逃げ回るカズキを捕まえて、黒髪を一本拝借したのは間違いない。愛おしい二人の姿は目の前にある様に想像出来た。

 

「ほう……それは興味深いですな。カズキが走り回るのは想像出来ますが、アスティア様は……まあ、聞かないでおきましょう」

 

 リンディアの国民からしたらアスティアは正に王女そのものだ。凛とした立ち姿、花が咲く様な笑顔、誰にも届く優しさ、美しい白銀の長髪は王家の直系を顕わす。勝手な想像だろうとも、王女に対する想いは皆似た様なものだろう。

 

「アスティアはああ見えて中々のお転婆だ。流石にカズキには勝てないが、上手く誤魔化すものだよ」

 

 アストは悪戯な表情を隠さず薄らと笑みを浮かべた。命護りは腰の革袋に大事に納め、もう一度フェイの横へ並んだ。足は引き摺ったままだが、笑顔に偽りは無い。

 

 剣戟の音は激しさを増している。悠長な時間を過ごすのはここまでだ。アストは表情を引き締め、崖の上を睨んだ。

 

「では、殿下。私の指示に従い、指定した場所に手足をかけて下さい。宜しいですな?」

 

「ああ、遠慮無く言ってくれ。必ず指示に従うよ」

 

 アストは何度も挑んでは滑り落ちた瓦礫の山に、再度右手を掛ける。この右脚ではまともに参戦出来ないかも知れないが、矢の一本くらいなら放てる筈だ。

 

「行きます」

 

 フェイは縄を引き、上へ合図を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二波、来ます!」

 

 どうにか間に合った再編成は、魔獣の波を再び迎え打った。魔獣は先程と変わり無く、ひたすらに前を目指す。人を見れば我先に殺到するのだ。騎士達は戦いに慣れて、より効率的に戦い始めていた。森人の援護を考慮して無理に前に出ない。

 

「円は多少崩してもいい! 負傷を避けろ!」

 

 この戦いは持久戦だ。相手の数が削れていく様に、騎士の数も減るのだ。そしてこちら側に余裕はない。疲労も蓄積するだろう。

 

「ジョシュの隊は……?」

 

 今は保つだろうが、あと何戦かやれば疲れで動けなくなるかもしれない。出来るなら交替しながら……円陣から少しだけ離れたケーヒルは北側に振り返る。 

 

 ジョシュなら間違いなく此方へ向かう筈だが……

 

 伝令の届いた時から考えても、合流していておかしくない。

 

「ジョシュの隊を確認に行ってくれ! 此処は支えられる!」

 

「は!」

 

 若い騎士は命令を忠実に守り、北へと走り去って行く。

 

「何かあったか……? いや、北は殲滅を終えたと。被害も最小だった筈、例え更に魔獣が現れたとしても北側の城壁は崩れていない」

 

 今は考えても仕方が無いし、伝令を待とう……ケーヒルは再び大剣に力を込めて魔獣の群れへと向き直った。

 

 だが、漠然とした不安はケーヒルの心から消える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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