黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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a sequel(6) 〜白祈の酒〜

 

 

 

 

 白祈(はくき)の酒ーーー

 

 文献から詳細に調べた結果、此れが適しているとコヒンは判断し報告した。カーディルも名前は知っている。だが、戦乱の世、ましてや国交すら失われた世界では必要性が無くなってしまっていた。

 

 リンディアの主食は小麦を主とした品が大半を占める。肉やパンに合う酒が市場に流れていて、その全てに()が付いているのだ。

 

 白祈は希少な穀物を限界まで磨き原料とする、更に特殊な製法で仕上げる酒だ。原料それ自体に糖分が含まれない為、一度糖化させた後に発酵させるという面倒な工程をふむ。例えばワインなどは果実に最初から糖分があるため、そもそもが違う。

 

 何より最大の特徴は無色透明である事だろう。濁った白い酒もあるが、それは該当しない。一見澄んでいるモノを更に何度も濾し、最後は約二十分の一に減少すると言われる。

 

 その僅かに生み出された酒を、白祈の間に安置。そして歓迎の相手が来る日まで、祭司……つまりカーディルが祈りを捧げ続ける。まあ、普段から祈りは捧げているから、祭壇にそれを置くだけなのだが。

 

 そうして神々の加護を求めて供されるのが"白祈の酒"で、いわゆる神酒だ。

 

 僅かな濁りも無い酒は、他意のない歓迎の意を表すと同時に白神を象徴している。約150年の時を経て復活した奇跡の酒だった。

 

 

 

 

 

「それをカズキに少しだけ運んで貰えば、更に聖女の加護も加わり……これ以上の歓迎はありますまい。その価値は計り知れませんぞ」

 

 聖女などリンディアの長い歴史にも存在しない。つまり史上初の白祈だ。

 

「ああ。出来るならカズキに注いで貰えれば、それは名実ともに神酒となろう」

 

 正直、余り旨いものではないらしい……と言うか、不味い。そもそも慣れない味だろうし、パンなどには全く合わないのだ。要は一種の神事に当たる。

 

「間も無く納められる筈。予備はありませんから、注意くだされ」

 

「怖い事を言うな……まあ、透明な液体など、誰も酒などと思わないだろう。寧ろ水と間違ってしまいそうだ」

 

「確かに……陛下、これを」

 

「神事の言の葉か……短いな。これなら毎日出来そうだ」

 

「この空欄にはラエティティ女王陛下の名を。必ず2回ですぞ」

 

「分かっている。しかしコヒンよ……正に時代は変わったのだな……まさか我が代で他国との交流が復活するとは。未だに夢の中にいるようだ」

 

「然り。全ては聖女の慈悲ですじゃ。陛下を始め全ての祈りが届いていたのでしょう。リンディアは矢張り偉大でしたな」

 

「ふっ……アストの代では、更に変革が起こるかもしれんぞ?何せ、その聖女が隣りにいるのだ。もし子を授かれば、それは正に神の子であろう」

 

「ほっほっほ……それは素晴らしい未来ですなぁ。しかし殿下も何を遠慮しておるのやら、まさかあそこまで奥手とは。時代によってはもう御子がいてもおかしくない」

 

 コヒンはやれやれと刈り上げた頭を撫でた。

 

「戦いに明け暮れた人生だったのだ。アストはある意味で子供と一緒なのかもしれん。まあ、様子を見るしかあるまい。幸い聖女はアレを嫌ってはおらん」

 

 それは重畳……コヒンは答えるとカーディルと共に笑い合い、その声は白祈の間に届いたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白祈の酒……そんなものがあるのね……」

 

「お祖父様が調べて、それが一番歓迎に見合うと話していました。陛下も賛成されたそうです」

 

「でも、そんなに直ぐ作れるものなの?」

 

「リンスフィアで作る物だそうです、そして現存していると。約一年前に仕込まれたそうですが、カズキがこの世界に降臨した頃ですから……これも運命なのかもしれませんね」

 

 商売ではなく、連綿と受け継いで来た一族がいたのだ。それは何て素晴らしい事だろうと、クインは感動すら覚えてしまう。

 

「まあ!素敵ね!ラエティティ様も喜んでくださるわ。私も味わってみたいけど、無理でしょうね……」

 

「アスティア様、残念ながら余り美味しいものではないそうです。白祈の間にある神器と同じく、祭祀の一部ですから。一口、舌に乗せるだけだそうですよ」

 

「そうなの?それならいいわ。元々お酒は得意じゃないし、誰かさんと違いますから」

 

 その誰かさんはベランダに出て景色を眺めている。リンスフィアと平原はカズキも好きらしく、良くあの場所に立っているのだ。余談だが、街からもベランダは何とか見える為、国民の間ではかなり有名だ。天気が良ければカズキの姿が遠くに見える事もあり、祈りを捧げる者は後を絶たない。

 

 今日も街では噂が立っているだろう。

 

 俺は見ただの、目が合っただの、中には絵に残す為に毎日座り込み待ち続ける者までいる。

 

「カズキが良ければラエティティ陛下に注いで貰おうと願っているそうですよ?神々からの加護を授かれば、それは神酒となりますから」

 

「逆に不遜になりそうだけど……?」

 

 その聖女を妹にしたアスティアは自分を差し置いて曰う。

 

「刻印を与える神々の似姿ですね。ですから行うかどうかはカズキが決めてよいのです」

 

「ああ、そういう……ねえ、あの子間違って自分で飲まないわよね?」

 

「先ずお酒と気付かないと思いますし、そもそも美味しくないなら、一口飲めば諦めるでしょう。でも、最初から少しだけ飲ませた方が良いかもしれませんね……カズキも味を知れば手は出さないでしょうし」

 

 クインはそれをカーディル達に相談し、了承を得た。聖女が真っ先に口にしたのなら、神性も高まるというものだ……そう判断したのだろう。

 

 

 だが、此れが全ての始まりだった。

 

 

 カズキが白祈の酒を飲み尽くした訳ではないが、結果的には事件となり、ファウストナ来訪にすら大きな影響を与える事になる。

 

 そしてアストにもその波は届くのだ。

 

 それは大変ではあるが、幸福を運ぶ。

 

 ただ、当事者はたまった物では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいの?」

 

 神妙な顔をしたカズキは2回目の確認をした。

 

「ええ、飲んでいいのよ?」

 

 アスティアもにこやかに肯定する。

 

 小さな薄い皿状の特注カップに透明な液体が注がれている。真っ白なカップは良く見なければ酒が注がれているか分からなくなる程に綺麗だ。

 

 カズキは不信感を隠さない。アレ程に酒から遠ざけていたアスティアが、今はニコニコと勧めてくるのだ。

 

 何故良いのか、説明はない。

 

 今日のお勉強とやらも逃走したし、何か改善したとは思えない……我ながら、と。

 

 アスティアも敢えて説明を省いていた。此れが白祈の酒で、貴重な神器の一種だとも。少し意地悪なのは承知だが、余り……いや全く勧められた物ではない味もだ。

 

 一種の意趣返しで、いつも困らせるカズキに悪戯を仕掛けているのだ。この後、不味そうに顔を歪めるのを一頻り笑い、仕方が無いなぁと口を拭く。そして説明して謝ればカズキは怒ったりしないだろう。愛する妹は優しいのだ。

 

 後ろに控えるクインやエリも知らん顔だし、カズキは決断した。まあ、許可があるのだから良いのだろう。

 

 先ずは香りを愉しむ。

 

「コレ……」

 

「うん、珍しいでしょ?私も透明なお酒なんて初めて見たわ。凄く貴重なのよ?」

 

 驚いた顔のカズキも可愛いが、早く悪戯が成功して欲しい……そんなアスティアの笑顔は零れんばかりだ。

 

 だが……アスティアは勿論、聡明なクインですら知らない事はあるのだ。この世界の人々にとっては非常に珍しい酒だが、特定の人にはそうでは無い事を。

 

 流通していないどころか、神器である飲み物は誰一人馴染みが無い。当然舌も鍛えられず、ほぼ間違いなく美味と感じられないのだ。ところが……異世界の酒を飲み尽くしたカズキには慣れ親しんだ酒なのだから、世界は不思議に溢れている。

 

 カズキは香りだけで分かった。あの国では日常に溶け込んだ穀物を利用した酒。正直一流どころには敵わない。香りに雑味を感じるし、麹菌(こうじきん)も合わないのだろう。アレは歴史を積み重ねた匠が、やはり連綿と受け継いだ麹菌にて創り出されるものだ。気候や環境にも大きく左右されるのだから、単純に同じ物を作れる訳が無い。しかし……それでも、カズキにとっては懐かしく感じる。

 

 その名は……ニホンシュと言った。

 

 クイッ……慣例に倣い、カズキは一口で口に含んだ。

 

「あっ!だ、大丈夫?」

 

 まさか一気に飲むとは思っていなかったアスティアは吃驚して、思わず心配の声を上げた。

 

 だがカズキは顔色すら変えず、刻印が彩る喉へと流し込む。

 

「カズキ……ご、ごめんね」

 

 アスティアはカズキの優しさが無理をさせたと勘違いしていた。無理矢理飲まされたとはいえ、勧められた以上ちゃんと飲まないと……そうカズキが考えたと思ったのだ。

 

 クインも心配そうに口を濯ぐ水を持って来る。

 

 だが次の聖女の行動で動きが止まってしまったのだ。

 

「ありがとう」

 

 それは、心からの笑顔に見えた。まるで故郷に帰った息子を迎え入れる母の様に、暖かで慈愛に溢れた笑みだったのだ。

 

 その美しさに魂魄を抜かれたアスティア達は、カズキの更なる行動にも動けない。

 

 徐に立ち上がると、小さな酒樽を持って部屋をあとにする。躊躇ない歩みに、クインも見送るのみ。

 

「えっ?」

 

 暫くの沈黙の後、アスティアの声で時間が動き出した。

 

「美味しい……訳ないわよね?あの香りも独特だったし」

 

「え、ええ」

 

「あのー、大丈夫なんですか?持っていっちゃいましたけど」

 

「え……あっ!大変だわ!」

 

 あれは貴重で予備など存在しない酒なのだ。捨てるにしろ、間違ってカズキが飲むにしろ、無くなっては困るのだ。

 

「エリ!取り返すのよ!」

 

「はーい」

 

 

 

 そして何時もの追いかけっこが開始された。

 

 

 

 だが、普段と違うのはカズキが反論を繰り返している事だろう。

 

「嘘、悪い」

 

「カズキ、説明するから先ずは返しなさい!」

 

「飲む、いい、言った」

 

「うっ……そうだけど、事情があるの!」

 

 バタバタと走りながらも器用に会話する聖女と王女だが、普段磨かれた技術だろうか。

 

「お風呂、飲む」

 

「な、何を言ってるのか分からないわ!とにかく返して、ね!?」

 

 湯船に浮かべた酒を幻視しているとはアスティアも分かるはずがない。

 

「一杯、頂き」

 

 全部自分が貰ったと主張する聖女に、アスティアは益々顔が青くなった。

 

「もう、酒樽を抱えてるのに何であんなに速いの!?」

 

「アスティア様、これは拙いのでは?」

 

「分かってるわよ!エリ、作戦は!?」

 

 カズキは見事に騎士がいない廊下を辿り、尻尾を掴ませない。最早これまでかと思ったが、廊下の先から聞き慣れた声が聞こえた。「うわっ……なんだ?」そう呟いたのは間違いなくアストだ。

 

「兄様!カズキを捕まえて!」

 

 案の定、アストが廊下の先に走り去るカズキを見送っている……と言うか本当に速い。

 

「また追いかけっこか?怪我するなよ?」

 

 真相を知らないアストは楽しそうにアスティアに言葉を掛けた。しかし妹の次の発言に兄は血相を変えるしかない。

 

「カズキが持ってるのは白祈の酒よ!全部飲む気だわ!」

 

「な、なに!?」

 

「事情は後で説明するわ!兄様、捕まえて!」

 

「わ、わかった!」

 

 リンディア最高の騎士の一人、そして英雄であるアストが参戦した事でカズキが一気に不利になった。忙しいとはいえ、訓練は欠かしていない。そもそも歩幅も速度も違いすぎたのだ。そして、程なくすると肩で息をする聖女は御用となった。

 

 因みにアストも息切れしており、聖女の逃走技術の凄まじさを示していたりする。

 

「アスティア、悪」

 

「ご、ごめんね。理由があるの」

 

「2回、確認、おかしい」

 

「そのお酒は違うの……えっと、何て言えば」

 

「どうしたんだ?」

 

 息を整えたアストも、疑問をぶつける。

 

「まさか、そのお酒が好きだなんて思わなくて……悪戯のつもりで……加護を、神酒に……えっと」

 

 アストはそれだけで十分察したが、言語不覚を持つカズキには通じない。

 

「悪戯?」

 

「あ……」

 

 カズキは本気で怒ってなどないかもしれないが、アスティアにはそれが分かる余裕などなかった。

 

「カズキ、アスティアは……」

 

「いい、大丈夫」

 

 そう言うと、カズキはその場をあとにする。立ち去るカズキを止められないアスティアは泣きそうになった。クインもアスト達に礼をするとカズキを追う。

 

「アスティア、クインが説明してくれるさ……暫くしたら謝ればいい。大丈夫だよ」

 

「うん……」

 

 これが初めての姉妹喧嘩となり、仲直りまでほんの少しだけ時間が掛かる。カズキ自身もそこまで怒ってはいなかったが、その僅かな時間に事件は起こったのだ。

 

 カズキの悪知恵と、僅かに残る男らしさが生んだ行動がリンディアに騒動を巻き起こす。

 

 それはファウストナ一行が、リンスフィアに到着する僅か十日前の事だった。

 

 

 

 

 

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