黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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カズキ「酒、酒を……くれ……」




a sequel(9) 〜酒場のある風景〜

 

 

 

 

 

 "力の刻印"

 

 ヴァツラフにとってそれは誇りであり、同時に呪いでもあった。ラエティティと同じ赤髪と琥珀色の瞳は、何一つおかしくは無い。神々の加護はあれども、自分は皆と同じ人なのだ。

 

 今朝ラエティティの元を訪れた時もそうだ。応対に出た女官の眼には尊敬と畏怖、いや……それは恐怖の色。刻印はヴァツラフをファウストナ最高の戦士へと変えたが、あの恐怖の色にヴァツラフは何時も心が傷んだ。

 

 その気になれば女官の細い首など簡単にへし折る事が出来る。魔獣の腕すら上手くすれば一撃の元で切断も可能だ。守るべき国民に手を下すつもりなどヴァツラフには無い……だがその民が自分に心を開く事などないのだ。

 

 二十歳を超えるヴァツラフは女を何人も抱いた。誰もが耳元で愛を囁くが、その奥の恐怖は隠せていない。一時の快楽は満たされても、その心は何時も渇いたまま……

 

 だから……リンスフィアに住う民が物珍しそうに自分を見ても、其処に恐怖の色がない事が嬉しいのだろう。リンディアの人々は自分の様に陽に焼けていない。しかし案内役のケーヒルの方が目立っているかもしれない程だ。今は鎧も脱ぎ、肩も露出していないから刻印は見えないだけだが……ふと、刻印を見られたくないと思う自分が居る。

 

 

「長旅で心まで疲労したか……戦士団団長が聞いて呆れるな……」

 

「ヴァツラフ殿下、何かありましたかな?」

 

 ラエティティ達を乗せた馬車に並走するケーヒルは、ヴァツラフが何か呟いたかと反応する。

 

「いや、大丈夫だ。外からのリンスフィアも素晴らしいが城壁内も格別だ。それに活気がある」

 

「はは、お褒めに預かり光栄です。先程抜けた大門は開国から続く歴史ある物、そしてこの通りもその名残りだそうです」

 

「確かリンディア王国は数百年以上の時を重ねた古き国。素晴らしい事ですね」

 

 ゆっくりと進む馬車はそれ程の音を立てず、ラエティティも会話に混じり、王都内の様子を何度も言葉にしていた。リンディアが用意したその馬車は、日除けこそ付いているものの周囲を観察し易い構造となっている。緩やかな風も通り、女王の髪も揺れる。

 

 ファウストナの戦士もいるが、リンディアの騎士が前方に配され、誘導していた。王都の民も噂には聞いていたのか、其処まで騒いではいなかった。まあ、物珍しそうにはしているが。

 

「女王陛下。その言葉、王も喜ばれるでしょう。魔獣に蹂躙された戦場は少し離れていますが、此処が崩されなかったのは僥倖だったのかもしれません」

 

「つい半年前に魔獣が侵攻してきたとは信じられないですね……本当に素晴らしい……」

 

 戦後復興の最中ではあるだろうが、皆には笑顔があり命の輝きが見える。リンディア王の治世が順調なのは明らか……ラエティティはファウストナとの差を嫌でも感じていた。

 

「いえ……我等も絶望の淵に立たされましたぞ。城壁も崩れ、多くの騎士や森人がヴァルハラへと旅立ちました。今も家族の死から立ち直る事が出来ない者も居るでしょう。それでも……立ち上がれたのは、神々の加護が今も在ると感じるからです」

 

「聖女様……聖女カズキ様が座す街、ですからね……」

 

「はい。あそこに見える……ええ、尖塔の半ばに聖女の間がありまして、天気の良い日にはあのベランダに姿を見せてくれます。遠くからも黒髪が揺れるのは何とか分かりますから、民の間では有名ですな。時には街に降り、治癒院などを慰問する事もありますし」

 

「神々の愛を全身で受ける聖女様なら、目に入るだけで祝福があるのでしょう。お会い出来るのが楽しみですが、緊張しますね」

 

「はは……私も何度となく会っていますが、誰にも別け隔てなく接するお人ですよ。寧ろ気軽過ぎて、初めて会った者が戸惑う程です……はっはっは」

 

 実は酒好き酔いどれ聖女で、お転婆でもあるとは言えないケーヒルだった。今頃は家出した時間を楽しんでいるだろう。もしかしたらその辺りでグラス片手に笑顔を浮かべているかもしれない……いや、そんな事があれば街は大騒ぎだろうし考え過ぎか。ケーヒルはラエティティ達に分からないよう苦笑する。

 

「慈愛は誰にも降り注ぐのですね……」

 

 ヴァツラフまでも聖女の間を眺め、何かを考えている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オ、ジジィ、酒、強い?」

 

 親父さん、強い酒をくれ……そう言葉にしたつもりだが、当然相手には違う伝わり方をしてしまう。

 

「ああ!?誰がジジィだ!俺はまだ若い!余計なお世話だ……てか、いきなり酒強いとか何なんだ!?」

 

 振り返った店の主人ダグマルは、厳つい顔を更に歪め怒りの声をぶつけた。見た目は50にも迫ろうかと誤解される顔立ちだが、実は三十後半の彼は気にしている。眉も目も全てが茶色いダグマルは、少しだけ薄くなった茶色の頭髪を思わず触った。

 

 まだ早朝だが、この店は深夜から開けている。森人がよく利用するので、時間を他の店とずらしているのだ。因みに森人は「森にいなければ酒場を探せ」とよく言われる。事実、満員とは言わないが、中々の盛況だ。

 

「あん?なんだ?」

 

 ダグマルを囲む様に長いテーブルを配しているが、その隅の席にスタスタと歩く小さな人影。高めの丸椅子にヨイショヨイショとよじ登り、フゥと息を吐いた。

 

「今の、嬢ちゃんか?」

 

 遠慮なくジロジロとダグマルは観察する。周囲の客も思わず注視してしまう不思議な雰囲気を少女は持っていた。

 

「オ、ジジィ。ハゲ……早く」

 

「やっぱりテメェか……可愛い顔して喧嘩売ってんだな?よし、買ってや……」

 

「「「ギャハハ!!」」」

「ダグマル、本当の事言われたからって怒るなよ!」

「そうだそうだ!」

「嬢ちゃん、もっと言ってやれ!俺が許可するぜ!」

 

「うるせえ!テメェらツケ払わせるぞ!」

 

「おっと……嬢ちゃん、ダグマルさんは若い……見ろよ、あの頭を……ププッ」

 

「一人残らずブン殴ってやるからな……」

 

「ダ、グマル?酒、強い?」

 

「変なとこで切るな……俺はダグマルだ。酒なら当然強い……なんだよその質問は……」

 

 服装は間違いなく森人のものだし、何処かの隊商で下働きでもしてるんだろう……ダグマルはそう判断した。しかし……勿体ねぇなと内心呟く。顔立ちは相当な美人だが、髪はボロボロで斑模様な上に寝癖も酷い。後ろ姿だけなら老婆に間違えそうだ。首回りには何かを巻いているが、垣間見える肌は赤く爛れている。一言で言うと、美人が台無し、だ。瞳は酷く綺麗で益々違和感が強まるのだ。

 

「酒、飲む、強い」

 

「何を言って……」

 

 此処で漸くダグマルは気付く。多分言葉が不自由なのだろう。首回りの爛れも関係があるかもしれない。

 

「飲む、くれる!」

 

「ははあ……背伸びしたい年頃か……周りも酒好きだらけだろうし、偶に居るよな。まあ、女の子は珍しいが」

 

 ふむ……ダグマルは少しだけ考える。

 

 普通なら果実の搾り汁で薄めた物を出すところだが、ハゲ呼ばわりした意趣返しをしてやろう……少し強めの酒を舐めれば、泣き出して消えて居なくなる。

 

「嬢ちゃん、強い酒がいるのか?」

 

「そう!ハゲ、ジジィ!」

 

 嬢ちゃん、つまりカズキは「早く、親父!」と言っているつもりらしい。

 

「……いいだろう。泣いても知らないからな」

 

 若い娘への最後の心配も消え去り、蒸留酒を手に取った。小さなグラスに注ぐソレは勿論原液のままだ。森人なら若い頃から飲む奴はザラに居るし、眠っても仮眠する場所もある。酔った女に手を出すほど落ちぶれてもいない。そんな事を思考しつつ、ダグマルはグラスを差し出した。

 

「小さい……」

 

「……それを飲めたら次を注いでやるよ。言っとくが、中々強い酒だからな?気を付けろよ?」

 

 カズキ語を何故か理解したダグマルはやはり気遣ってしまう。

 

「次、よし」

 

 カズキは香りをまず愉しむ。久しぶりの酒だし、周りに天敵はいない。つまり、飲み放題だ。

 

「好き、香り」

 

「ほう……」

 

 慣れない奴なら匂いだけで、顔を顰めるだろう。だが、カズキは心から愉しんでいた。濃い赤銅色の液体を横から眺めたあと、グラスの縁を唇に付ける。

 

 一口だけ含み舌で転がした。鼻に抜ける強い香りを味わうと、喉に通す。まるで熱湯を飲み込んだかの様に食道と胃が在るのを強く感じた。

 

「ん」

 

 再びグラスを傾けると、今度はグイと残り半分を飲んだ。注目を集めていたカズキの周りはザワつく。量は大した事ないが、あれはかなり強い酒の筈だ。

 

「お、おい……大丈夫か?」

 

 まさかそんな勢いで飲むとは思っておらず、ダグマルは焦る。普通は舐める様に味わうものだから。

 

「ジジィ、美味い、好き」

 

 最早ジジィ呼びすら気にならず、思わず唾を飲む。そう言うと、残りを流し込むカズキはニコリと笑った。

 

「すげぇ……」

「飲んじまった」

「なんだあの嬢ちゃんは……」

「負けた」

「なんか見た事ある様な?」

 

 早く頂戴と、グラスをカタンと置いた。

 

「ジジィ、氷、半分」

 

 ハーフロックで飲みたいとカズキは曰った(のたまった)。だが、それにより酒場は更に騒然とする。氷は高級品で今は夏、最も価値が高まる時期だ。この世界には製氷機も冷凍庫も存在しない。ましてや魔獣の所為で手に入り辛くなる一方だったのだ。

 

「何処のお嬢様だ……氷なんてまあ、あるが」

 

「氷」

 

「持って来るのはいいが、手持ちはあんのか?」

 

「?」

 

「金だよ、か、ね!」

 

 ロザリーから貰った肩掛けの皮製ポーチから小袋を取り出すと、カズキはダグマルに見せる。そしてダグマルはガクンと顎を落として固まった。

 

「ば、ばか……何でそんな大金……早く仕舞え」

 

「足る、無理?」

 

「何処かの大隊商のお嬢か?それにしては世間知らずだが……あの戦争で褒賞が出たとか?マファルダストの幹部……いやいや……」

 

「氷、半分」

 

「あ、ああ。ちょっと待ってろ」

 

 地下室の奥深く、藁に包んだ氷の塊りを削り出しに行く。もう残り僅かだ。

 

「まあこの冬は心配いらないか……聖女様のお陰で森にも入れるだろうし、北も随分拓かれたからな……」

 

 今は誰もが希望を持っている。アレも、コレも、諦めていたあんな物も……そんな話題で一杯だ。騎士や森人の苦労が報われた訳だが、やはり聖女の救済が全てだろう。ダグマルも遠目なら見た事がある。

 

「ほんと、夢みたいな話だな……」

 

 そう呟きながら、妙に金を持った生意気な客に氷を持って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖女だ!」

「ああ、間違いない!」

「加護が舞い降りたぞ!!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 ダグマルの店は喧騒の中に在った。店にいる客は酒を掲げて声を上げている。誰もが笑顔を浮かべ、その幸運を神々に感謝していた。

 

「せ、聖女、違う!」

 

 カズキは酒を楽しむのも忘れ、必死に否定に走っていた。だが、酔いに任せた男達は「いや、君は聖女だ!」と聞く耳を持たないのだ。

 

「口、閉めて!違う、聖女」

 

 ダグマルは余りに必死な顔で否定の言葉を紡ぐ少女に苦笑した。

 

「まあ、恐れ多いわな。騎士に知れたら怒る奴もいるかもしれん」

 

「酒の女神!カズキ様が癒しの聖女なら、君は酒の聖女だな!ガハハ!」

 

 頑張って否定するカズキに初老の森人が肩をバシバシと叩く。

 

「諦めろ、奴等に施しなんてするからだ。まあ、俺はツケが帳消しで万々歳だな。いいじゃないか、酒の聖女……プッ、ククク」

 

 このリンスフィアで聖女を騙れば、間違いなく袋叩きになるだろう。子供から大人まで老若男女が聖女に祈りを捧げているのだ。なので目の前のお嬢様が必死に否定するのは理解出来る。

 

「必死過ぎるような気がするが……」

 

 お嬢様は男達の背中や腕を叩きながら、血相を変えて違うと叫んでいる。まるで、外に漏れるのを恐れている様だ。

 

 先程革のポーチから金を出したカズキだったが、その額は今客に出している全てを賄える程だったのだ。律儀に説明するダグマルだったが、お嬢様には中々通じない。何とか理解した時には、いや理解したのか怪しいが……全部払うと言い放った。

 

 そして、店は大騒ぎとなり、お嬢様が酒の聖女様へと相成ったわけだ。

 

 最早耐えられないのか、ダグマルに「次、来た」と言い残し店を出ようとしていた。多分、また来る、だろう。

 

「嬢ちゃん!待ちな!」

 

 何?急いでるから……そんな焦った様子で振り返ったカズキにダグマルは大小二本の瓶を渡した。この店で数少ないガラスの瓶には液体が波々と満たされている。

 

「まだ貰い過ぎだ。これを持って行け、それと次に来たらまたやるよ、お土産。嬢ちゃん程の酒好きなら知ってるだろうが、こっちの酒は銀月だ。月が丸くなる日に開けろよ?必ずだ」

 

 如何にも高級そうな酒は名を銀月と言い、満月の夜に飲み始めるのが昔からの風習だ。由来は失われたが、その時期だけは伝わっている。瓶は小さいが、白い布に覆われているようだ。大きい方のもう一本は裸なのだから、違いは明らかだろう。

 

「銀月、丸、ん?貰う?」

 

 無理矢理押し付ければ分かった様で、嬉しそうな顔色に変わった。

 

「いい?」

 

「ああ、また来な」

 

 ギュッと瓶を抱えると、まだ騒がしい店から出るべく、カズキは扉を背中で開ける。

 

「聖女様!またな!」

「ありがとう!」

「もう一度聖女様に乾杯だ!」

 

「うっ……か、帰る。静かに」

 

「後で黙らせておく。安心しろ」

 

「ん!ありがと、ダ、グマル、ジジィ!」

 

 最後まで酷い台詞を吐きながら、カズキは走り去って行った。斑ら模様の髪は力が無いのか、余り風に踊りはしない。それでも素早い足捌きは中々のものだった。

 

「くっ……最後までジジィ呼ばわりしやがって……」

 

 聖女様か……確かに瞳だけなら、あの聖女にそっくりなんだろう。髪や首に巻かれた布の隙間から見える肌に反して、瞳だけは最後まで輝きを放ち、綺麗な若草色をしていた。

 

「なんか見た事あるんだよなぁ」

 

「あん?」

 

 客の一人が背後で話している。走り去る姿を見送っていたのだろう。

 

「知ってるのか?」

 

「うーん……見覚えがある、気がする。美人だったし、忘れるのもおかしいけど」

 

「まあ、印象には残る奴ではある。あの口とか」

 

「ははは!確かに!ダ、グマルのジジィ!つまみを頼むぜ!」

 

「うるせぇ!料金を倍にするぞ!」

 

「俺はついさっきツケが消えたんだ。高いの持ってこいよ!」

 

 小突き合いながら、二人は店の中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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