黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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a sequel(15) 〜見習い侍女カーラ〜

 

 

 

 

 

 今日は色々な意味で大切な日となる。

 

 今のリンディア王国にとって初めて、国を分けての会談。

 

 遥か昔には当たり前だった国同士の繋がりが、此処から再び始まるのだ。それは交易であったり、人の交流であったり……長い時間を掛けて文化の融合も進むだろう。

 

 共に神々を信奉する国として手を携えてゆく。

 

「神々よ……どうか、そのお慈悲を我等に」

 

 カーディルにとって日常だった白祈の間は、救いを求めるだけの場所ではなくなった。

 

 最初の一手としては良くはない。カズキこそが復興の旗印であり、事実上の御加護そのもの。だが、肝心要の聖女は昨晩保護されて、心と体を傷つけてしまった。クインからの報告では、あの美しい黒髪は見る影も無く……言語不覚の刻印は負荷により爛れてしまったらしい。

 

 だが、誰がそれを責められようか。

 

 人には支え切れない刻印がカズキにもう一つあるのだ。3階位は神への架け橋と呼ばれ、人の領域を僅かに超えた先にある。その刻印こそが慈愛……誰もが持つ筈の心の形なのに刻印として刻まれた少女。

 

「それこそが聖女足らんとする全てなのかもしれん……」

 

 聖女が望み成すべき事なら我等は受け入れるのみ。

 

「癒しの力に頼るしかない……ラエティティがリンスフィアに居る間に戻ってくれればいいが」

 

「何としても平穏に会談を終えなければ……カズキ抜きでは心許ないが、時間を稼ぐしかあるまい」

 

 歓迎の宴で供するはずだった"白祈の酒"は未だに此処にある。カズキが一口含み、その胸に抱き抱えたらしいコレは、正しく神酒だろう。本来の役目を果たして貰うためにも、もう少し此処に居てくれ……カーディルは白祈の酒に手を添え、これからの時間を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしいな……最近の自分は妙に子供じみている気がする。だから色々と思い返していたのだが……

 

 顔面蒼白。自分では見えないがカズキは自身が今その状態だと確信した。

 

 昨晩の失態……髪を脱色し家出、からの飲酒、更に不法侵入しての確保と、典型的な小悪党を演じてしまった。以前の自分なら余りの情け無さに、見つけ次第ブン殴っていただろう。

 

 だが、顔面蒼白の理由は其処だけでは無い。無論禁酒令が発布されるのは恐ろしい事だ。しかし、それも理由の一つでしか無いのだ。

 

 気付いてしまったのだ……単純で酷い事実に……

 

 柔らかいベッドの上で頭を抱えて泣きそうになっている。カズキの身体が全部乗るほどの枕に顔を埋めて、聞こえない程度の呻き声すら上げていた。

 

 その事に気づいたきっかけは分からない。しかし、現実なのだ。

 

 

 

 もしかして……私って、無職ではなかろうか?

 

 

 

 最近の自分を振り返ってみよう。

 

 朝は中々の早起きで、先ずは顔を洗ってベランダに出る。雨の日は例外だけど殆ど毎日だ。暫く景色を眺めているとクインが現れる。何時も笑顔で着替えを手伝い、髪も整えてくれて……時間がある時はアストやアスティア、カーディルと朝ご飯を食べる。

 

 その後はゴロゴロして偶にお勉強。だけど、化粧やドレスの種類、女性らしい仕草を習うのは恥ずかしくて脱走。

 

 汗を掻いたら温いお湯で体を拭く。今日も逃げ切ったと満足しているうちに昼食と午睡。

 

 午後はアストの部屋で仕事を邪魔して、カーディルの顔を見たり、ケーヒル達が訓練してるのを見学する。

 

 仕事らしいと言えば、街に慰問?に行ったくらい。

 

 何をしてたかも判らない内に夜が来て、お酒を催促。最近は巨大な台所に侵入して物色までした。捕まったけど。

 

 そして昨日の蛮行、だ。

 

「酷い……悪い」

 

 昨日の私は何を血迷ったのか……

 

 アスティアもクインも殆ど話を聞いてくれなかったけど……寧ろよくあれだけで済んだものだ。

 

 おかしいな……前は色々働いてたし、働く事はそこまで嫌いじゃなかったのに……

 

「私、バカ」

 

 反省しよう……いや、働こう。

 

 

 

 

 でも、今の私に何か出来るのか……だからカズキは頭を抱えている。

 

 そして大抵は碌な事にならないのが最近の聖女なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カズキ……貴女、何してるの?」

 

 昨晩の事を慰めようとアスティアは聖女の間へ向かった。まだ掛ける言葉すら見つからないが、せめて手を添えるくらい出来るはずだ。寝坊しているエリは当然放っておいて早起きしたのだ。そして聖女の間の手前、長い階段をクインと上がっていた時……灰色の髪を揺らすカズキを見つけて、そして何とか言葉を絞り出した。

 

 クインは訳が分からないと階段に一段足を掛けたまま微動だに出来ない。

 

「仕事」

 

「仕事って……」

 

 もう随分前になるが、アストがカズキを街に連れて行った事がある。城に閉じこもりきりの聖女の気分転換になるよう、侍女に変装して出掛けたのだ。其処で初めてロザリーに会ったりしたのだが、カズキはその時の侍女服に再び身を包んでいた。

 

 その手には何処から入手したのか、箒と塵取り。

 

 小さな可愛いお尻をフリフリしながら、見事な箒捌きを披露している。

 

「避けて」

 

「あ、はい」

 

 クインの足元をサッサッと掃き取ると、次の段に移動。妙に手際が良くてクインも思わず素直に避けてしまった。

 

「な、何してるの?」

 

「仕事」

 

 それはさっきも聞いたけど、聞きたいのはそうでは無くてね……アスティアはモゴモゴと口籠る。

 

 アスティアもクインも気が遠くなるのを感じた。

 

 目の前の少女は世界を救済した聖女で、まだ公言はされて無いがリンディアの王子であるアストの想い人だ。つまり順当に行けば次期王妃で……いや、そうで無くても神々に愛された使徒で……5階位の刻印を持つ……ある意味神にも等しい……

 

 そんな聖女が殆ど人の通らない階段を箒で掃いている。しかも侍女服を装備済み。

 

 クインは明晰な頭脳を使って意味を探したが、やはり分からない。そもそも専属の侍女は自分で、仕えるべき相手はカズキなのだから……

 

 素早く階段を掃き終えたカズキはもう一度二人の前に来ると、言葉を紡ぐ。世界に唯一人、神々の使徒、聖女が紡いだ貴重な言葉は「雑巾」だ。

 

「窓、洗う、桶」

 

「カ、カズキ……ちょっと部屋で話をしましょう。ね?」

 

「仕事」

 

 それ、もう3回目だから……アスティアは内心叫ぶと、努めて冷静を装いカズキの手を取った。

 

「とにかく、少し話を聞いて……クイン、何か言いなさいよ」

 

 漸く正気を取り戻したクインが、最適解で優しく答えた。

 

「雑巾の事、教えますから」

 

「そう?」

 

 素直に言う事を聞くと聖女の間に三人は歩いていく。聖女の手には箒、階段には塵取りが残されて寂しそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クイン、お茶を……カズキ、座りなさい」

 

 クインより先にお茶を入れようと立ち上がるカズキを静止した。

 

「し……」

 

「仕事でしょ? 今は話を聞いて欲しいの。お願い、ね?」

 

「お願い……分かった」

 

 漸く椅子に腰を落ち着けたカズキは、アスティアをジッと見つめている。

 

 愛する妹の考えている事が分からない……内心頭を抱えてアスティアはニコリと笑う。

 

「クインが来てくれるまで待ってね?」

 

 私一人では無理……更に内心呟く。

 

「はい」

 

 アスティアは昨晩からどうやってカズキを慰めて良いか悩んでいた。

 

 封印された聖女の刻印は癒しの力を齎せない。しかし変わらず慈愛の刻印は在り、昨日は泣いていたのだ。ごめんなさいと何度も謝って……パジは決してカズキを責めたりしないのに……聖女は諦めたりしない、刻印に抗ってでも癒しを施そうとした。

 

 カズキは十分過ぎる程に戦ったのだ。血肉を捧げ、更には魂魄すらも削った。ヤトが降臨しなければ今頃は……アスティアは今でもあの姿を夢見る事がある。腕を失い、いつ迄も眠ったままのカズキがベッドへと沈み込んで消えてしまうのだ。どんなに手を伸ばしても届かない、そして暗闇が襲う。

 

 最近見なくなっていた悪夢が昨晩再び現れた。それ程にカズキが痛々しくて、悲しかったから。

 

「どうぞ……ククの葉の抽出液を垂らしています。落ち着きますから」

 

 芳しい紅茶の香りに僅かに清涼感を感じる。疲れた時や心が乱れている時によく飲まれるものだ。

 

「ありがとう」

 

「入れる、方法、勉強」

 

 カズキはまだ諦めてない。

 

「クインも座って」

 

「はい」

 

 今回は流石にクインも固辞しなかった。

 

「さて……クイン、お願い」

 

 クインに丸投げのアスティアだったが、仕方ないのかもしれない。聖女の間に三人が居て、ほんの少しだけ沈黙が支配した。

 

「カズキ。雑巾は用意しますから、朝からお掃除をしていた理由を教えてくれますか?」

 

「仕事」

 

「……何故仕事を?」

 

 アスティアもクインも、それは何回も聞いたからね、そう言いたいのを我慢する。

 

 目線を逸らし、まるで本心を悟られたく無いと俯くカズキ。それを観察していたアスティアは、昨日のカズキの哀しい嘆きを思い出した。そしてその予感は当たったと、次のカズキが紡いだ言葉が教えてくれたのだ。

 

「私、出来ない、何も」

 

「駄目、役に立つ、ない」

 

「仕事、頑張る?」

 

 アスティア達は思わず涙が溢れてしまいそうで天を仰ぐ。治癒院に向かっていた時、アスティアは言ったのだ。癒しの力は失われた、だから諦めろと伝えなえければならないのか、と。

 

「何か役に立ちたいから……出来る事をしていたの?」

 

「そう」

 

「カズキ……」

 

 強く抱きしめて、大声を上げたくなる。

 

 貴女は充分過ぎる程に人々の為に頑張ってきたと、これ以上自分を責めないでと叫びたかった。

 

 だが、カズキはそんな言葉を探してなどいないとアスティアは叫ぶ心に蓋をする。

 

「アスティア様、ちょっと……」

 

「カズキ、少し待っててね?」

 

「雑巾?」

 

「そ、そうね」

 

 夏の為、暖炉に火は灯っていない。二人は暖炉の前に移動するとカズキの今後について話を始めた。

 

「私、泣いちゃいそう……カズキはどうしたら分かってくれるの? もう自分を癒す時だって……」

 

「力の有無が問題では無いのです。聖女の証は癒しの力では無く、慈愛の刻印なのかもしれませんね……」

 

「聖女の刻印ばかりに目が奪われるけど、慈愛は3階位だものね……」

 

「はい……アスティア様、カズキの要望通りにしましょう。侍女として働いて、いえ……見習いでよいです」

 

「カズキを働かせるの?」

 

「頭から否定はしない方が良いと思います。それに……何かをしていれば、哀しい気持ちから離れる事も出来るでしょう。つまり、気分転換になれば、と」

 

「そうね……そんな考え方もあるわね」

 

「勿論本格的に仕事をしなくていいですし、カズキの気が晴れるなら……私が見ておきます。あとは……」

 

「なに?」

 

「昨晩の陛下のお言葉を思い出して下さい。カズキの優しさを利用する様で心苦しいですが、丁度良いと思います」

 

「お父様の……カズキをどうするか、ね?」

 

「はい」

 

 クインの投げ掛けは昨晩の記憶をアスティアに思い出させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、伏せるしかあるまい」

 

 それが、カズキの様子を聞いたカーディルの言葉だ。

 

「でも、お父様……ラエティティ様に嘘をつき続けるの?」

 

 一足先にラエティティと会話したアスティアは、その人柄を知ったが為に心が痛んだ。

 

「難しい問題だ……今のカズキを聖女としてお披露目するのは、些かの悪い可能性がある」

 

「アスティア、カズキには負担を掛けたくないんだ。体力も落ちているだろうし、何より今は癒しを自らに向けて貰いたい。それに……そもそも聖女が居なければ成り立たない会談などにする訳にいかないよ」

 

「兄様……」

 

「アスティアから聞いたラエティティならば大丈夫かもしれん。しかし……カズキとの出会いが拙い。たった一人街に出て、髪も肌も見る影は無い……私なら勘繰るだろう」

 

 聖女を無理矢理にリンディアに従わせている……それは暴力であったり、人質を取ったり。そう疑うかもしれない。理由はあっただろうが、ケーヒル達騎士から逃げる素振りすらラエティティは見たのだ。

 

 更にカーディルは続ける。

 

「親書やアスティアから聞いた話を総合すると、ラエティティは神々への信奉が非常に強い女王だろう。使徒である聖女が不遇な扱いを受けていると少しでも疑えば、会談など吹き飛んでしまう。そして、その疑いを晴らす事が今は出来ない」

 

「そんな……カズキに聞けば分かる事です」

 

「ああ……言語不覚が無ければ、だな。一度疑われたらカズキの言葉すら無理に言わせていると思うだろう。彼らは真相を追う事もしない。此処はファウストナではなくリンディアだからな。最悪は偽物と思われる可能性すら有る」

 

「アスティア、いつ迄も隠す気はないよ。カズキが元通りになれば、堂々と紹介すればいい。それまでは出来るだけ聖女の間に居てもらおう。いいかい?」

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、カズキに侍女見習いのカーラとして働いて貰う……そういう事ね?」

 

「はい。そうすればカズキは今迄通りに城内を自由に歩けるでしょう。聖女の間に閉じこもる必要がありません。ラエティティ女王陛下に出会っている以上、姿を隠すのは逆効果の可能性もあります」

 

「でも、どうやってカズキに説明するの?」

 

「お任せ下さい。私が説明します」

 

「分かったわ。それでいきましょう」

 

「では」

 

 見ればカズキは大人しく待ってくれていた。いや、ティーポットを触っているのは、本当に勉強しているのかもしれない。どこか微笑ましいカズキにアスティアは漸く笑う事が出来た。

 

「カズキ、お待たせしました」

 

「雑巾、ある?」

 

「ええ、勿論ありますよ。その為にも少し話を聞いて下さい。いいですか?」

 

「はい」

 

 城内の仕事に着くならばクインは上司に当たる……多分カズキはそう考えたのか、背筋を伸ばして聞く態勢になった。

 

「カズキ。貴女自身の気持ちと関係なく、皆カズキが聖女だと知っています。それは分かりますか?」

 

「聖女……はい」

 

「カズキがいきなり侍女の格好で働き始めたら、吃驚しますよね? 先程の私達の様に」

 

「う? ごめん、なさい、分からない」

 

「聖女が侍女、みんな、吃驚します。私達も」

 

「驚く?」

 

 うんうんとアスティアも頷き、カズキの正解を教えてあげる。

 

「だから、変装しましょう。変身です」

 

「うん」

 

「お城で働くなら、侍女のカーラ……カーラに変身。どうですか?」

 

「カーラ……名前?」

 

「そうです」

 

「変身……雑巾、ある?」

 

「侍女に変身なら、教えますよ? 私が先生です」

 

「働く、良し?」

 

「はい」

 

 契約成立だ……先ずは仮契約だとしても頑張れば本採用になる。そうすれば無職とはサヨナラだ!

 

 クインもアスティアも、カズキがそんな事を考えているとは思いもしない。見習いどころか本気で求職してるなど、想像の埒外だった。

 

 仮に……聖女の救済を金額的価値に置き換えたなら、リンディアどころかファウストナを買ってもお釣りが来るだろう。まだあるかもしれない他国すら例外ではない。それがカズキ以外の人々の常識であり、事実だ。

 

 その奇跡を齎らした本人を除いて。

 

 こうして……カズキ改め、見習い侍女カーラが誕生したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無事に就職が決まった。
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