黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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a sequel(19) 〜嫉妬、そして〜

 

 

 

 

 

 癒しの力……戦士である自分にとっては治療の一種だと思っていた。魔獣の爪や牙、あるいは体積と膂力に任せ腕や脚に傷付けられた身体に対する力だ。

 

 自分に限らずファウストナ戦士団には、それを恐れる者などいないだろう。心身共に戦う為に鍛えられ、小さな頃から戦士であれと支えあった。

 

 だから、いま起きている現象は新鮮で懐かしい。小さな頃、父や母に抱かれた時に感じていたのかもしれない。記憶の遠い彼方へと流れ、存在すら忘れていた。

 

 隣りを歩む侍女見習いは其れを齎してくれた。

 

 ダグマルの店に入る前から心の疲労が消えていくのを感じてはいた。でも……今は、違う。

 

 見ないようにしていた心の傷を、カーラが癒してくれた……刻印に縛られていた自分を助けてくれたのだ。

 

「カーラ……」

 

 ん?と此方を見上げて瞳の色を見せてくれる。

 

 その視線の先に自分が居る……ただそれだけなのに、幸福を覚えるなんて。

 

 そうか……これこそが……

 

「いや……まだ時間がある。次は何処に行く?」

 

 この時間がずっと続けばいい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 象徴的な白から赤へリンディア城は変化していく。

 

 陽の光は横から届き、色彩は赤く淡い。夜を迎えるまで少し、しかしリンスフィアは活気を失ったりしていない。寧ろこれからが本番とばかりに多くの人々が街に繰り出している。

 

 恋人同士、家族連れ、友人達、買い物を頼まれたのか兄弟らしき二人が荷物を嬉しそうに抱えている。きっと今夜はご馳走様なのだろう。

 

 かなり広い道なのに人波で石畳すら見えない。

 

 野菜を並べた台の後ろで男が声を掛けている。肉切り包丁片手にガツンガツンと骨ごと断ち切る主人は、次の注文に答える。にこやかに笑う女性の手は、客と談笑しながらも茶葉を詰めていった。

 

 大量の薪を束ね積まれた前では値交渉と呼ばれる戦いが繰り返される。衣服や靴を特別だぞと叩き売る若者は、昨日も同じ事を言っていた筈だ。両脇に並ぶ店々からは明かりと笑い声が溢れて、リンスフィアを染めていく。

 

「本当に素晴らしいな……皆が笑顔だ……」

 

 それは本心だった。ヴァツラフは羨望の感情を抑えられず、どうしても祖国と比較してしまう。母ラエティティがあそこまでリンディアに特別な想いを抱く理由が分かった気がしていた。

 

「アレは……銀細工か」

 

 其処だけポツンと人集りが消え、無愛想な親父が腕を組んでいる。ドカリと地面に腰を下ろした前に黒い敷物が投げ出され、数点の細工物が並ぶ。気の小さい者ならば間違いなく近づかないであろう親父だが、ヴァツラフには関係がない。カーラを促し、人集りを何とか抜け出した。

 

「……らっしゃい」

 

 ボソリと低い声を出した親父は、そのまま黙ってしまう。本当に売る気があるのか疑わしいが、逆に興味を唆られるのがヴァツラフだった。自分の槍や鎧を生み出すファウストナの職人達は、皆が例外無く無愛想なのも理由の一つだ。揃って一流の男達ばかりなのだから。

 

「ほう……親父、手に取っていいか?」

 

 無言で白い布を手渡し、ほんの僅かだけ頷く。膝をつき苦笑したヴァツラフだが遠慮なく気になる商品を持ち上げた。勿論指の油が付かないよう、渡された布越しだ。

 

 その指輪は一見ただの輪でしかない。しかし夕日に照らせば、陰影が匠の技を浮かび上がらせる。僅かに掘り込んだ其れは何かの文字だろう。信じられない程に細かな細工だった。

 

 目を細め、左右裏表をじっくりと確認したヴァツラフは大きく首を振った。

 

「見事な細工だ。これは親父が?」

 

「……ああ」

 

「カーラ。何か一つどうだ?」

 

「一つ?」

 

 隣りに立っていたカズキは初めて細工に関心を持った。ヴァッツが何か土産でも買うのかなと時間潰しに周囲を見渡していたのだ。言われるがまま両膝を折り視線を落とした。クインの教育が生きたのか、侍女服の裾は膝裏に畳む。その仕草は当たり前だが女性らしい。クインも嬉しいだろう。

 

「この指輪……侍女では逆に邪魔になるか……」

 

 細かな作業、水を使う仕事、時には食事やお茶を用意するのだ。リンディアで指輪をしている侍女は見掛けなかったヴァツラフは指輪をそっと置いた。

 

「なら、これは?」

 

 続いて取り上げたのは革紐に銀の飾りをつけた髪紐だ。侍女服に近い青色はカーラの灰色の髪にも合うだろうと選んだのだ。銀細工は小さいが花が幾つも並び、今にも風に揺れそうな程に精緻だった。

 

「……ヴァッツ」

 

「どうした?」

 

「私、お金、無い、手」

 

 お金を持って来てないと真顔で返され、ヴァツラフは言葉に詰まってしまう。当然金など出させる気は無かったし、今日のお礼のつもりだった。言わなくとも、それくらい気付きそうなものだが……自分がおかしいのだろうかとヴァツラフは考えてしまう。

 

 今まで相手にしてきた女達は男から与えられる気配を見事に感じ取っていたものだ。ましてやカーラ程の美貌なら、今まで近寄ってきた男も多かっただろうに。良し悪しに関係なく女なら慣れもする筈だが……

 

「カーラ、今日のお礼だ。俺が出すから選んでくれ」

 

「お礼? なんで?」

 

「なんでって……」

 

 楽しかったし、何より癒しを与えてくれた……それを言葉に出し掛けたとき、続いて片言の声が届く。

 

「仕事、案内。お礼、なし」

 

 その意味を理解したヴァツラフは心が軋む音を聞く。俺は仕事とは思っていなかったと。先程の眩しい笑顔も役目だと言うのか……と。

 

「男なら選べ。で、無理矢理でも渡す。それでいい」

 

 ずっと黙っていた親父がボソリと溢し、思わず二人はギョッとしてしまった。

 

「今日は店じまいだ。決めるなら早くしろ」

 

 やはり売る気がないのでは?そう疑うヴァツラフだが、さっきの台詞は彼なりの助言だったのだろうと苦笑する。

 

「そうだな……では、コレを……」

 

「あっ……」

 

「どうした?」

 

 小さな声が横から聞こえ、カーラの様子を伺う。どうやら片付け始めた親父の手元を見ているようだった。重ねた木箱の二段目、隠れていた細工に目を奪われている。ヴァツラフの目には普通のブローチにしか見えない。敢えて言うなら他の商品には無い色合いだろうか。

 

「見るか?」

 

「うん」

 

 あっさりと受け取り、そっと両手で優しく支える。同じ品が幾つも箱にあり、一種の量産品と分かる。値段も大した事は無いだろう。細工は変わらず見事だが、それでも他との差は明らかだった。

 

「これ……」

 

「嬢ちゃん、知ってるみたいだな」

 

 丸い縁の中に、一人の女性がいる。横顔と風に靡く髪、胸に両手を当てて真っ直ぐに前を見ているようだ。上半身だけだが成人と分かった。

 

「カーラ、誰なんだ?」

 

「お母さん」

 

 靡く髪は夕陽にも負けない赤、何かの鉱石か瞳は黄金色。抱く両手は無限の愛を示す。

 

「良く知ってるな、正解だ」

 

「うん」

 

「リンスフィアでは有名なのか?」

 

 すると突然に親父は饒舌になる。

 

「これから誰もが知る事になるんだ。リンスフィアだけじゃない、世界が感謝する。名はロザリー。聖女様の母、そしてその身を賭してカズキ様を救った。彼女が居なかったら救済は果たせなかったんだ」

 

 あの丘に埋葬されている。今は王家の号令で道を整備中だ……遠くに見える丘を指差し、親父は再び無言になった。

 

「聖女様の母、か」

 

「ヴァッツ、此れ、いる。いい?」

 

「ああ、勿論だ。親父、幾らだ?」

 

 ついでに髪紐も渡して、値切りもしない。

 

 

 

 カズキは嬉しそうに紙袋を受け取る。

 

 それを眺めながら、ふと疑問が頭に擡げた。ロザリー……何処かで聞いた気がする、と。

 

 

 

 

 

 

 

 空には夜の闇が訪れていた。しかし店から漏れ出る明かり、そして周囲にも大量の灯が灯り暗さを感じない。近寄ってきたノルデの手にはランプがあって足元を照らしている。

 

「ヴァツラフ殿下。そろそろお戻りになられては?」

 

 質問の形式をとっているが、実際には指示に近いだろう。ましてや若い女性を連れているのだから当然だ。

 

「済まない、遅くなってしまった。直ぐに戻ろう」

 

 明日は中休みだが、その後も会談は続くのだ。

 

「はっ!ではご案内します」

 

「頼む」

 

 先導を始めたノルデは、時に後ろを振り返りながら歩みを進める。

 

 隣にカズキを伴い、何処か厳しかった視線も和らいでいる。そうノルデには見えた。だから失礼と知りながらも口を開くしかない。

 

「ヴァツラフ殿下、如何でしたか?リンスフィアは」

 

「ああ、素晴らしいな……街も人も、皆が生きている。我等が忘れてしまっていた人々の営みが此処には在ると思えた。我が祖国もそうありたいものだ」

 

「カ、カーラは……失礼を働きませんでしたか?」

 

 ノルデは口籠もりながらも、何とか言葉にする。それこそがノルデの知りたい事だから。

 

「ん? いや、助かったよ。楽しかったと言っておこう」

 

 そう返しながらもカズキに笑顔を向ける。そしてカズキはそれを嬉しそうに見返した。ノルデに不安が募っていく。聖女の隣りには我が王子こそが立つと信じているからだ。

 

「そ、そうですか。それは良かった」

 

 全く良くは無い! 内心叫びながらもノルデは無理矢理に前を向く。

 

 リンディア城は見えるのに、酷く遠くに感じられてノルデを苛むのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五段上がった先にある城門は大きく開け放たれている。篝火も焚かれ煌々と光を放つ門の前には、間違いなくリンディアの王子であるアストが立っていた。それを見たヴァツラフは別れる前に覚えた違和感が再び擡げるのを感じる。

 

 何故そこまで……そう言う疑問だ。例え自分を迎える為だとしても、その違和感は消えたりしない。その表情は固く視線がカーラに向かっていれば当たり前だろう。

 

「ヴァツラフ……遅かっ……リンスフィアはどうだった?気になる事があれば何でも聞いてくれ」

 

「いや……堪能させて貰ったよ。カーラがいてくれて良かった」

 

 間違いなく歪んだ眉を見て、アストの乱れた心を感じる。聞きようによっては、穿った見方が出来るだろう。まさかと思い選んだ言葉は、アストへと突き刺さったのだ。

 

 そしてヴァツラフの心も沸き立つ。

 

 目の前の王子は聖女を一途に想う一人の男だと聞いていた。しかしアストは間違いなく嫉妬している。聖女ではなく侍女見習いのカーラを見詰めているのだ。無論文句を付ける気はない。リンディアにはリンディアのやり方があるだろうし、この時代に妃が一人である方が不自然とも言える。

 

 しかし……ヴァツラフは何処かでアストへ同族意識を持っていた。この時代だからこそ、一人の女性をひたすらに愛する。その美しさに憧れを抱くと勝手に思っていたのだ。

 

 だから友になりたかったし、もっと話がしたかった。それが勝手な期待だとしても、それがヴァツラフの本心なのに……

 

 先程まで自分の隣を歩いていた女性の手を取り、まるでこの女は自分の物だと言わんばかりではないか。アストはカーラをクインに預け、再び此方を向く。何故か怒りが湧き、ヴァツラフはアストを睨む。そして、この感情は伝わっただろう。隠す気もない。

 

「……ヴァツラフ、君も休んだらいい」

 

「アスト、カズキ様から報せはあったのか?」

 

「いや……未だマリギにいるのだろう。その内に戻ってくる」

 

 小さな紙袋を持ち立ち去ったクイン達を眺め、二人の男は言葉を紡いだ。まるで他人事のように話すアストにヴァツラフの怒りはより強まっていく。

 

「そういえば質問があったな」

 

「何でも聞いてくれ」

 

「カーラの事だ」

 

「ああ……なんだ?」

 

「彼女だけ、聖女への想いに違いがあった。皆が例外なく讃える聖女だが、カーラは……あくまで穿った見方だが、何処か否定的だ。まるで聖女など居ないかのように」

 

「……何と答えたんだ?」

 

「救済の礼は不要、弱いだけ。もっと沢山の人々を助ける事が出来た筈だと」

 

 アストは俯き、言葉を返すことも出来ない。ヴァツラフにはそう見えた。だが暫くすると振り絞る様にアストは呟く。

 

「私が言えるのは……聖女は、カズキは何処までも優しい、人々の為に全てを捧げる事すら厭わない、愛おしくて放ってはおけない……そんな女性だ。あれ以上、自分を責める必要なんて無いのに」

 

 ならば何故……そう返したくなったヴァツラフに言葉は重ねられた。

 

「もう休もう。夜も遅い」

 

「……ああ、また明日」

 

「また」

 

 そうして二人の王子は別れ、夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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