黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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誤字脱字報告を頂きました。ありがとうございます。何回チェックしても無くならない誤字脱字。何故なんだろう……


a sequel(21) 〜二人の王子〜

 

「……エリ、見て」

 

 お昼をかなり過ぎた頃、リンディア城内の訓練場へと向かう途中だった。城をくるりと囲うように外廊下が走り、見事な彫刻で飾られた柱と柱の間から見えたのだ。陽射しは強いが、アスティアとエリが居る廊下には届いていない。風も通り、気持ちが良いくらいだ。

 

「カズキ、じゃなくてカーラですかね?」

 

 青い侍女服に身を包んでいるのが見える。

 

「ええ……今日もヴァツラフ様と街を散策するのよ……1日では回り切れないって」

 

「リンスフィアは広いですからねー。本気で回れば数日じゃ足りないかもしれません。昨日は南街区でしたっけ? いいなぁ……楽しそう……」

 

「はぁ……」

 

「どうしたんですか?」

 

 酷く不安そうなアスティアの顔色を見て、エリとしても心配になる。二人は長い付き合いだが、アスティアは基本的に笑顔の絶えない王女なのだ。

 

 馬車に乗り込んだ二人と護衛の騎士達が走り去る後ろ姿を見送ったアスティアは、再びゆっくりと廊下を進む。すぐ後ろにはエリもいて会話が続く様だ。

 

「エリは心配じゃないの? 二人を見て」

 

「え? 何がですか?」

 

 チラリとエリを見ると、心から分かっていない表情にアスティアは不思議でしょうがなかった。

 

「何がって……カズキが兄様以外の男性と……勿論ヴァツラフ様から頼まれた仕事なんだけど……あの子、分かっているのかしら……」

 

 言葉にすれば、アスティアの不安はより強くなっていく。女性としての常識はまだ教え切ってないし、髪と荒れた肌以外は聖女としての美貌を失っていないのだ。同性であるアスティアから見てもカズキは間違いなく可愛いらしい女の子で……あの王子は誰が見ても力強く、兄とは違う魅力を持つ男性だ。

 

「むむ……つまり、カズキが浮気するのでは!?って気にしてるんですね! ふふふ、アスティア様も大人になりましたねー」

 

「うっ浮気って……馬鹿な事言わないで!」

 

 思わず振り返り、真っ赤な顔で怒鳴り付ける。しかしエリはニンマリと嫌な笑みを浮かべ、まあまあと分かった風な顔を返すのだ。それが腹立たしくて、いつもの様に両頬を抓った。いつもより少し強めだ。

 

「ひてて……ひたいでふ……」

 

「アスティア様、この様な場所で……はしたないですよ。お気をつけ下さい」

 

「ひっ……! ク、クイン!?」

 

 丁度背後の曲がり角から聖女専属の侍女クインが現れ、アスティアの背中にほんのり怒りの篭った声がかかる。

 

「聖女の間では大目に見ますが、貴女様はこのリンディアの王女……衆目のある場所では気を引き締めて下さい」

 

「ご、ごめんなさい……気を付けます」

 

 此処で言い訳などしないアスティアにクインは微笑みを返す。流石リンディアの誇る花、アスティア王女だと誇りに思ったほどだ。

 

「はい。それで、どうされました?」

 

「カズ……カーラの事でちょっと……さっき姿が見えたから……」

 

「なるほど。先程ヴァツラフ殿下と街の案内に出ました。夕方には戻るそうですが……」

 

「その……クインは心配にならない?」

 

 主語は伏せてあって内容すら含まれていないが、クインはアスティアの気持ちが理解出来た。つい先程も同じ心配を胸に見送ったのだから当然かもしれない。

 

「そうですね……気にならないと言えば嘘になります。カーラにはまだ早いと感じますが、お相手には関係ないでしょうから」

 

「やっぱり……」

 

「それに……ヴァツラフ殿下から変化を感じたので、実はそれを考えていました」

 

「変化って?」

 

「向ける視線、二人の距離、何よりカーラの表情……僅か1日なのに随分近付いたと……案内役はヴァツラフ殿下達ての御要望だそうです」

 

「……兄様は? どうしてるの?」

 

「特には……昨日すれ違いがありましたし……声をかけづらいのかもしれません」

 

「大変だわ……どうしましょう……」

 

「お二人の個人的な事とはいえ、凡ゆる影響があります。これからのリンディア、いえ世界にすら……」

 

「もう……兄様ったら何をしてるのよ……カズキが離れて行ったらどうする気……?」

 

「もしファウストナに行くなら……」

 

「あのぉ……お二人とも……」

 

 おずおずとエリが会話に混ざってくる。ヒョコっと右手を上げているのが幼く見せた。グルリとアスティアとクインが顔を向けるものだから、エリはビクリとしてしまう。

 

「なに?」

 

「つまり……カズキがヴァツラフ殿下に惹かれていくのが心配なんですか?」

 

「当たり前でしょ……何を聞いてたの?」

 

「はあ……」

 

「エリ、何かあるのですか?」

 

「えっと……そんな事、心配しなくても……あの二人なら大丈夫だと思いますけど……」

 

「……クイン、エリがこんな事言ってるけど?」

 

「人の気持ちなんて、どう変わっても不思議じゃないでしょう? カズキは聖女の前に一人の女性なのよ?」

 

「クインの言う通りよ。余計なお世話かもしれないけど兄様に話をする。確か……今なら執務室ね。エリ、訓練場はまたにするわ」

 

 クインを伴うアスティアの背中を見ながら、エリは首を傾げて追いかける。だがエリは不思議だった。

 

「あの二人……誰が見ても両想いなんだけどなぁ……?」

 

 その呟きは誰にも届く事なく、廊下に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日明後日の会談で、ほぼ全ての結論に至るだろう。元々敵対するつもりは無い上に、ファウストナの逼迫した状況から決裂は考えられない。リンディアも復興の最中とは言え、聖女が直ぐ側で見守る街と国なのだ。日々届く報告は殆どか明るい内容ばかりだった。

 

 全てが前に進んでいる。

 

 明るい時代へ、魔獣のいない世界へと。

 

 ふと見上げれば、変わり易い天候なのか雲が流れてくる。執務室を出た時は星の光が見えていたのに。十三夜月も隠れてしまった。

 

 日中は汗ばむ陽気だが、冷たくなった風がアストの頬をくすぐった。その冷たい空気に当てられている筈なのに、自分の体温は高いだろうと自覚している。

 

 今日の侍女見習いとしての仕事を終え、カズキは部屋に戻ったのは先程聞いた。ヴァツラフとの散策は問題なくすすみ、ファウストナの王子は上機嫌だそうだ。

 

 夕方に執務室に現れた妹は、こちらの仕事も意に介さずに喋り続けた。

 

 曰く……

 

 

 今日もヴァツラフと二人街に出て行った

 

 二人はより親密になっている

 

 クインから見ても雰囲気が変わった

 

 このままにするのか

 

 一人の男性として、もっとしっかりして欲しい

 

 

「しっかり、か……」

 

 片手を頭に置き、これから訪れる聖女の間に想いを馳せる。

 

「なんて言えば……困ったな……」

 

 今まで何度も訪れているはずなのに、緊張してしまう。アスティアに言われるまでもなく、このままでは駄目だと思ってはいた。だが日々の仕事に追われて考える余裕がなかった。

 

「いや、考えないようにしていたのか……」

 

 もしかしたら怖いのかもしれない。カズキに否定され、ただの兄だと言われてしまうことに。魔獣も死の恐怖すら抑える心なのに、まるで子供に戻ったみたいだ……アストは自嘲を止められない。

 

 貴重な樹液を何度も塗り重ねた光沢のある黒い扉、聖女の間の前に立った。警護の騎士達は気を利かせたのか距離を取る。無論聖女の間へ続く廊下から目は離さないだろう。

 

 いつ迄も立っていてもしょうがないと、右手を上げる。だが命令を必ず聞くはずの手は動かない。ただ扉を2、3度叩くだけの簡単な任務なのに。

 

 ギギ……

 

 何もしていないのに、黒い扉が開いた。

 

「クイン、は……ん、アスト?」

 

 廊下にいるはずの騎士にクインへの言付けを頼もうと、カズキが隙間から顔を見せた。目の前に立つ男を見上げ、それが誰なのか気付く。

 

「や、やあ」

 

 心構えも言葉も用意していなかったアストは吃る。情け無いことに挙げた手は僅かに震えていた。

 

 カズキは更に扉をよいしょよいしょと開き、再びアストに向き直った。

 

「どうぞ? アスト」

 

「ありがとう」

 

 あっさりと聖女の間に入り、見慣れた筈の部屋を見渡した。気にした事もなかった柔らかい花の香りが鼻をくすぐり、フワリと香ったのがカズキ自身だと理解する。

 

 トコトコとアストの横を通り過ぎると、もう慣れたのかお茶の用意を始めた。

 

「星空の……」

 

 濃い群青色したワンピースの裾に星空があしらっている。何度も破いた服は再びカズキを包んだようだ。髪が灰色でなければ外と同じ夜が訪れただろう。

 

「こっち」

 

 促されたアストは窓の側にある丸テーブルへと向かう。普段カズキが休んでいるベッドが視界に入り、何故だが目を逸らしてしまった。

 

 腰掛けたアストをチラリと見て、無音の中でお茶が用意された。カチャリと置かれたカップには薄紅の液体と小さな白い花が一つ浮いている。鼻を抜けるハーブの香りは少しだけアストを落ち着かせてくれた。

 

「どぞ、召し、上がる?」

 

「ああ、頂くよ」

 

 口に含めばより強い香りと僅かな苦味が感じられて、自分好みだと嬉しくなる。

 

「美味しい……カズキ、本当に上手だな。香りも最高だ」

 

「良かった」

 

 カズキに薄く笑みが浮かび、再び胸が高鳴ってしまう。同時にヴァツラフと交わした笑い声とは違う笑顔に嫉妬を覚えもするのだ。

 

 アストの真正面ではなく左隣りに腰掛け、カズキは瞳を向ける。

 

「どうして、アスト」

 

 どうしたのと聞くカズキを抱き締めたい欲求が襲い、内心驚くアストは頑張って表には出さなかった。変わりに口が勝手に動く。

 

「少し散歩に行かないか?夜なら涼しいし、静かだから……遠くには行かないけど」

 

「ん?散歩……分かった」

 

 あっさりと了承するカズキを見てアストはホッとする。特に決めていた訳ではないが、不自然では無かった筈と胸を撫で下ろした。半分残ったお茶を飲み干して立ち上がる。

 

「準備を……クインを呼ばないと……」

 

 扉を見たアストの手にそっと添えられたカズキの手は温かい。力が抜け、幸せが訪れる。

 

「行こう」

 

「……ああ」

 

 リンディアの王子と聖女は扉を開き、其処から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体を動かしたい。頼めるか?」

 

「そうですな……会談ばかりでは気疲れもお有りでしょう。私も名高いファウストナ戦士団の戦い振り、興味があります」

 

「決まりだな。何処でやる?」

 

「少し歩きますが、城内にも訓練場があります。夜とはいえ明かりも届きますし、夜間の訓練もありますからな。今は誰もいませんし、騒がしくないでしょう」

 

 リンディア最高の騎士ケーヒルとファウストナ戦士団団長のヴァツラフとの試合となれば、金を払ってでも見たい者が大勢いるだろう。しかし、二人には当然そんなつもりなどないし、二人だけなら思う存分腕を振るえるのだ。

 

「それは良い。手加減など無用だぞ? ケーヒル殿」

 

「ははは、此方こそ御手柔らかに頼みますぞ? 老骨には堪えますからな。では、ご案内しましょう」

 

「頼む」

 

 生まれも育ちも違う二人だが、魔獣相手に何度も死闘を繰り返してきたのだ。何処かに親近感はあるし、何より他国の戦い方には興味が尽きない。ファウストナにいた頃から話には出ていたが、漸く念願が叶ったかたちだ。

 

 二人の男はゆるりと歩みを進めながら会話が続く。

 

「そういえば、リンスフィアを散策されたとか。如何でしたかな?」

 

「お世辞抜きで素晴らしいと思った。ファウストナにも資料は有ったが、実際に目にすると印象は変わってしまったな。それと……聖女カズキ様の歩んだ道も案内して貰った。救済を成した場所も立ち寄ったが、未だに信じられない。体が震えたのを覚えている」

 

「直接間近で見た私でも神の奇跡以外に思えませんから、それも当然でしょう。今でこそ街は平和ですが、あの時は絶望に溢れておりましたから……」

 

「ケーヒル殿、質問がある」

 

「はっ、何なりと」

 

「救済の日、カズキ様は大変な怪我を負ったと聞いた。アストの話では魂魄すら捧げたと。今は北の街に慰問に向かわれているのは知っているが、お身体は大丈夫なのか?」

 

 ラエティティと話した内容は当然伏せているし、ケーヒルが真実を話すとは思えない。それでも何かが分かればと言葉にした。

 

「……正直万全とは言えないかもしれません。平和の訪れた世界ですが、聖女は今も慈愛を強くお持ちですので……つい最近も……いえ、それはいいでしょう。ご質問の答えですが、カズキ様は間違いなく世界を見守っています」

 

 取りようによって変わる曖昧な返答だが、ラエティティの考察を否定はしていない。聖女が死んだとしても、神々の御許へと抱かれている筈だ。そして今も救済した世界を見守っている。

 

「そうか……話は変わるが」

 

「何でしょう?」

 

 少しだけ安堵したケーヒルを見て、更に言葉を紡ぐ。

 

「カーラは何者なんだ?」

 

「……何者、とは? ただの……」

 

「ただの侍女見習いか? 違うだろう?」

 

 少しだけ戦意を込めヴァツラフはケーヒルを見た。だがそれに動揺するような男などではない。

 

「確かには事情はあります。しかし、それが何か?」

 

 貴方には関係ない事だと暗に伝える。一歩間違えば不敬に当たるだろう。しかしケーヒルは戸惑ったりはしなかった。

 

「いや、余計な事だったな。数日も共に居ると、身近に感じてな……そろそろ目的地か?」

 

 話を逸らしたヴァツラフだが、内心は確信へと変わっていった。やはり何かあるのだと不信が募る。

 

「あの先です……おや?」

 

「あれは……」

 

 訓練場の前、その入り口に配置されたベンチの一つ。そこに二人の人影が見えた。

 

 片方はヴァツラフと同じ位の長身の男。白銀の髪は男にしては長いだろう。少しだけ肩に掛かっている。細身だが、背中だけでも鍛えられた戦士だと分かる。

 

 その隣に座っているのは小さな女の子だ。いや、身長こそ小柄だが大人になりかけの女性とも言える。灰色の髪には見覚えがあるし、侍女服こそ着ていないが今日も街を共に歩いた。

 

「カーラ」

 

 聞こえたのだろう、二人の男女は振り返る。

 

 間違いなく、リンディアの王子アストと、侍女見習いのカーラだった。

 

「ヴァツラフ、か……」

 

 まるでカーラを隠す様にヴァツラフの前にアストは立った。

 

 そして二人の王子は真正面から視線を合わせ、暫しの無言の時間が流れていく。

 

 言葉は必要なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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