黒神の聖女〜言葉の紡げない世界で〜   作:きつね雨

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a sequel(22) 〜全ては聖女の為に〜

 

 

 

 

 

 この季節の天候は変わり易い。

 

 蒸し暑さこそ無いが風の流れは早く、先程まで見えていた月明かりもボンヤリと雲を照らしている。雨は降らないだろう事が朗報と言えるのかもしれない。

 

 散歩と言っても夜のリンディア城では行ける場所が限られる。篝火はあるが大量に設置している訳ではないし、人員もあの戦いで大きく減じたのだ。

 

 資源も人も、各街や村の復興や森の開拓に注がれている。王城に手を加えるべきとの言もあったが、カーディルは城よりも民にと願った。

 

 無計画に歩むアストは内心少しだけ頭を抱えている。カズキが喜ぶところなど、あるだろうか?と。

 

 庭園は薄暗く、危険だ。

 

 昼間なら花を楽しむ事も出来たが、言っても仕方が無い。アストの隣りには特に不満も言わず歩くカズキが居る。愛おしさは溢れてくるが、何を話せば良いのか。

 

 自分はこんなに情け無い男だったのかと笑うしかない。

 

「アスト」

 

「あ、ああ。なんだい?」

 

「ロザリー、お、はか? いつ?」

 

「ロザリーのお墓だね? もう少しだ」

 

 見上げるカズキに視線を合わせ、言葉が伝わったのを確認する。

 

「街の人も沢山手伝ってくれているんだ。特に賃金は払えないのに、皆が毎日……」

 

 ここで綺麗な瞳に疑問の色が浮かび、アストは言葉を切った。

 

「?」

 

「皆、手伝ってくれている。もう少しだけ待ってくれるかい?」

 

「分かった」

 

 少し会話して緊張が解れたのを感じ、これも癒しの力なのかなと笑ってしまう。

 

「ロザリーもカズキと早く会いたいだろう。準備出来たら一緒に行こう」

 

 コクリと頷き顔を上げて周囲を見渡すカズキは、遠くに見える庭園に気付いた。暗いからよく分からないが、聳え立つ大木は嫌でも目立つのだ。言語不覚に強く縛られていた頃、鏡の前でアスティアが教えてくれていた。後になって、あの白い世界で理解した事だ。

 

「ボタ……ボタニ、湖?」

 

「えっ!? カズキ、分かるのか?」

 

「前に、アスティア、教える。白、世界」

 

「アスティアが……」

 

 白、世界……その意味は分からないが、間違いなくアスティアの言葉は伝わっていたのだ。

 

「いつか、行こう、一緒に……遠く?」

 

 アストは心がジンワリと温かくなるのを知って、それでも僅かに残っていた緊張も溶けて消えていくのが感じた。

 

「確かに遠いな……でも必ず連れて行く。絶対だ」

 

「嬉しい」

 

 何度見ても飽きない微笑を見て、カズキの左手を自然に取ることが出来た。優しく、でも離したくないと力を込める。カズキは、チラリと繋がれた二人の手を見てそのまま前を向く。

 

 足音は響き、それ以外は沈黙が流れていく。でも嫌な時間なんかじゃないとアストも前を向く事が出来た。

 

 視線を向けた先、ぼんやりと火に照らされた広場が目に入った。其処は長い年月を掛けて騎士達が踏み固めた訓練場。今や雑草すら生えず地肌だけが露出している。魔獣との戦いに備え多くの男達が木剣片手に日々を過ごした、そんな場所だ。

 

 カズキを態々連れて行くような場所では無いが、少し案内だけするか……アストは「こっちに」と促して、ゆっくりと近づく。

 

「此処は、訓練場だ。カズキは初めてだろう?」

 

「訓練?……うん?」

 

「其処に座って……」

 

 長椅子に何枚か落ちていた葉っぱと土埃を払い、腰掛けるよう伝える。そして小さな小屋から重い木剣を引っ張り出して、ゆっくりと剣舞を見せることにする。。別に自慢なんてするつもりは無く、この場所を分かり易く説明するのに丁度良いだろうと思っただけだ。

 

 ……ビュ!

 

 ザザッ!ブブン、シュッ!!

 

 上段に構え、振り下ろす。右足を引き、払いを二度、そのまま空間に突きを入れた。僅か数瞬、突きの姿勢を保つ。木剣は微動だにしなかった。

 

 アストからすれば本番には程遠い速度だが、それでも鍛え上げた剣技は風を裂く音を奏でたのだ。そして力を抜く。

 

「訓練する場所だ。騎士の皆が日々鍛えている。カズキが癒してくれた世界だけど、今も訓練は欠かしていない」

 

 ポカンとアストの剣舞を見ていたカズキだが、パチパチと小さな手を叩き拍手を贈る。やはり本物の戦士は違うと感心するしかないのだろう。

 

「はは……実際には隊としての訓練が多いけどね。カズキに拍手されると嬉しいよ」

 

 木剣を長椅子に立て掛け、アストはカズキの隣に座った。ほんの少し近付けば身体が触れ合う、そんな微妙な距離。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう。もう疲れが全部消えてしまったよ」

 

 本心だった。やはりカズキは癒しの力を司る聖女なのだと思い、同時に自分の隣に佇んでくれている事に幸せを覚える。こんな幸せが訪れるなんて、夢なのではと疑ってしまう程だ。すぐ側にいるカズキの存在を感じようと、感覚を研ぎ澄ました。

 

「いつで、も」

 

「うん?」

 

「いつでも、言って。大丈夫」

 

 何処までも綺麗な翡翠色が自分を見上げている……目を合わせてもカズキは視線を外さない。だから、その色に吸い込まれそうになろうともアストは見詰め続けた。

 

 あの黒髪はくすんだ灰色になって、首回りの肌は傷んだまま。もしかしたら跡も残るかもしれない。目の前の少女は我が身を顧みず人々を想う聖女だ。だが、見た目が少し変わってもアストの気持ちに変化など無い。寧ろ……より高まり強くなったと思う。

 

 ほんの少しだけ左手と右手が触れ合って、互いの体温が届く。遠くに思えるのに、すぐ側に在る。強く感じるのだ。

 

「カズキ……綺麗だ……私は、君の事を」

 

 

 

 

 

「カーラ」

 

 背後から低い男の声が届いた。アストもカズキも振り向き、近づいて来る二人が視界に入る。巨体を揺らすのは間違いなくケーヒルだ。アストに僅かだけ目礼する。

 

「ヴァツラフ、か……」

 

 少しだけ絡んでいた指を離し、アストは腰を上げた。そしてもう一人の男、ヴァツラフの前に立つ。

 

 ケーヒルは回り込み、カズキの近くで立ち止まり静かに待つ様だ。

 

 二人の男、リンディアとファウストナの王子は向かい合い暫し無言の時間が続く……カズキが立ち上がる音がするまで動かなかった。

 

「アスト、こんな時間に()()か?」

 

「……君こそ、どうしたんだ?」

 

「一緒さ。ケーヒル殿に付き合って貰って一汗掻こうと、な。会談ばかりじゃ身体も鈍ってしまう。俺は元々一人の戦士だ」

 

「そうか……なら邪魔はしない。私達は行くよ」

 

 カズキの手を再び取ろうと、アストは視線を外す。いや、外しかけた。

 

「アスト、ケーヒル殿にも負けない腕だと聞いている。一手、手合わせ願いたい」

 

「……いや、私は……」

 

「話したい事もある。同じ王子として、一人の友として。カーラ、構わないか?」

 

 ケーヒルの方を伺っていたカズキは少しだけ驚き、勢いで頷く。もしかしたら意味は伝わっていないかもしれないが、今は関係ない。ヴァツラフの心は粟立ち、沸々と何かが溢れそうだった。

 

 何か、ではない。これは……怒り、そして嫉妬。失望や自身への戸惑いなのだろう。母の考察は確実とは言えないかもしれない。しかし、もし真実を捉えているのなら、目の前に立つアストは聖女を差し置いて此処にいるのだ。亡くなったしまった聖女に寄り添う事は出来なくとも、心だけでもと……

 

「……分かった。私もヴァツラフの戦士としての力に興味はあった。ここなら明るいし、ちょうどいいだろう」

 

「決まりだな。ケーヒル殿、済まないが……」

 

「いやいや、構いませんぞ。寧ろお二人の試合、楽しませて頂きます。宜しければ私が審をとりしょう」

 

「光栄だ、頼もう」

 

 

 

 顎髭を撫でながら、目尻には笑みが浮かぶ。ケーヒルとしても、騎士と戦士の戦いには興味が唆られる。何より……

 

「良いきっかけになるかもしれん……」

 

 聞こえないよう呟くケーヒルから見ても、アストとカズキの関係にはヤキモキされたものだ。情勢が動かないとき、何かを起こすのは外圧と決まっている。ヴァツラフがそうなのか分からない。しかし、明らかにカズキを意識しているのだ。カーラとカズキ……状況は複雑だが、戦う者なら剣と槍を交えれば良い。

 

 二人は両国を代表する騎士と戦士。騎士団長と戦士団団長、幸い煩わしい観客も目撃者もいない。思う存分にぶつかればいい。二人にとって最も大切な人なら直ぐ横で見守っているのだから。

 

 若人達が広場へと足を進めるのを見て、もう一度呟く。

 

「若いとは……素晴らしいな……」

 

 万が一、破片や武器が飛んでくるとも限らない。ケーヒルはカズキの側に控え、聖女を僅かな危険からも守るよう集中する。勿論、二人から目を離さない。

 

「ケーヒル?」

 

「ん? おお、どうした?」

 

「怪我、鎧、なし」

 

「心配か……そうだな……二人は一流、一撃すら軽くは無い。だが、万が一の時は私が止める。大丈夫だ」

 

「……分かった」

 

 アスト、ヴァツラフ両名は広場の中央に並び、距離を取った。まだ構えてはいないが、空気は張り詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 槍の代わりだろう。ヴァツラフは細い棍棒を手にしている。リンディアにも槍はあるが、伝統的に剣を使う。森人も小剣を必ず装備していて、森では長めの武器は忌避されるからだ。

 

「ヴァツラフ、それで大丈夫なのか?」

 

「これか? 問題ないな。我が国では訓練時に"棍"を使う事もある。寧ろ重みもあってしっくりくる程だ」

 

「"棍"か……聞いた事がある。ならば遠慮は要らないな」

 

「当たり前だ」

 

「では……」

 

「アスト」

 

「……どうした?」

 

 ヴァツラフは離れた場所にいるケーヒルと、その後ろで此方を伺っているカーラを見た。話し声は聞こえないだろう。読唇術を駆使すれば可能だろうが、態々それを行う時ではない。

 

「遠回しな話しなど俺は好まない。はっきりと言うぞ?」

 

「ああ」

 

「俺はカーラをファウストナに連れ帰りたい。無論彼女が認めてくれたならだが。カーラが侍女としてリンディアに仕えているのは知っているが、これは正式なファウストナ王子としての言葉だ」

 

 その訴え自体に驚きは少なかった。アストも自覚している嫉妬の矛先は目の前のヴァツラフなのだから。男としてカズキに惹かれているのは分かっていた。何より自分もそうなのだから。

 

 だが……何と返すべきなのか……

 

 カーラはカズキ、聖女なのだと伝える? だが、それに意味はあるのだろうか? ヴァツラフが聖女と知ったからと諦めるのか?

 

 自分に置き換えてみればいい。この瞬間カズキが聖女でなくなったとして、この気持ちは消えてなくなる?

 

 否だ。

 

 自分もヴァツラフも、聖女であるかどうかに意味などないのだ。二人ともカズキの在り様と優しい心に惹かれている。癒しの力など消えて無くなっても構わない。

 

 ならば、答えは決まっている。

 

 今と同じ……戦うのだ。くだらない言い訳など必要ない。カズキの心を決めるのはカズキ自身なのだから……少しだけ俯いていた視線をヴァツラフに戻す。

 

「……もし、カーラがヴァツラフを選ぶなら……私に止める権利などない。だが、彼女の意思こそが大切だ。無理矢理や立場を利用しないなら」

 

 無理矢理?立場? それは自分の心に問えるのか!どの口が……死んだ聖女を演じさせる罪の深さを、城を抜け出したあの日を知らないとでも言うつもりなら……そう叫びたいヴァツラフは歯を食いしばり、努めて冷静に返す。今は感情に左右される場合ではない。囚われたカーラを必ず助ける。此処でアストの心を折ってしまえばいい……

 

「……そのつもりだ。カズキ様にお会いしたいが、それも叶いそうにない。カズキ様に伺いをたてる必要はないか?」

 

「うん? いや、聖女に聞く必要などない。何故そんなことを?」

 

 やはり……そうなんだな、アスト……

 

「……いや、必要がないならいい。では、始めるか」

 

「……ああ。ケーヒル、頼む」

 

「はっ」

 

 ヴァツラフの質問の意図は不明だが、これ以上話しても仕方が無い。はっきりと気持ちを伝えなければ……そうアストも強く思い、この戦いにも勝つと決めた。同時にヴァツラフも、アストに打ち勝ち勝者としてカーラに向き合いたいと思っている。

 

 くしくも両王子は試合の域を超えた決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 リンディアのアストは正眼に構え、ファウストナのヴァツラフは左前半身で構える。

 

 ヴァツラフの持つ棍はアストの木剣の倍は長いだろう。当然間合いも変わり、戦い方にも大きな差が出る。対魔獣として鍛えた技術ながら、根本が違うのだ。

 

 カズキはケーヒルに促され、先程長椅子に腰掛けなおしていた。興味津々なのは丸分かりで、瞳はキラキラと輝いている。

 

 まさか自分という女を争って戦っているなどと、想像もしていないのだろう。世の女性の大半が憧れる二人の王子による取り合いも、聖女には関係がないらしい。

 

 白銀の髪を風に揺らし、微動だにしない碧眼のアスト。短く刈り揃えた赤髪と琥珀色の瞳を持つヴァツラフ。身長は殆ど同じ、体格はヴァツラフが上。アストが美を併せ持つ王子ならば、ヴァツラフは男らしさを全身から放つ丈夫(ますらお)だ。

 

 ケーヒルは右手を高く上げ、そして振り下ろした。

 

「はじめ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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