【疾走騎士】ゴブリンスレイヤーRTA ドヤ顔W盾チャート   作:もふもふ尻尾

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パート11 裏 後編 『せやけどそれはTDN夢や』

「ンアッーー!」

 

 《突風(ブラストウィンド)》で飛び上がり、地下から脱出した疾走騎士達。

 しかし些か勢いがありすぎたようで、穴を抜けてから数メートル程地上から離れてしまう。

 

「ヌッ!」

 

 疾走騎士は一人先に地上へと着地。そして続けて落下してきている魔術師と依頼人を見上げた。

 魔術師はともかく、気絶している依頼人はこのままだと頭から地面に叩きつけられてしまうだろう。

 彼は盾をその場に置いて、二人を受け止めるため両腕を広げる。

 

 

「オォン!」

 

 ……そして、柔らかい感触が疾走騎士を押し潰した。

 

「その……ゴメン、大丈夫?」

「はい、なんとか」

 

 魔術師はすぐに立ち上がるが、意識を失くしたまま吹き飛ばされた依頼人の方は疾走騎士の上で転がったままだ。

 魔術師が依頼人を引っ張り上げ、それによって疾走騎士はようやく立ち上がる事が出来た。

 

「えっと、知り合いなの? この人と」

「そんなところです」

 

 疾走騎士が依頼人を背負って遺跡の出口、自分達が入ってきた大扉へと歩き出す。

 

「取り敢えず安全な場所へ……村の跡地へ戻りましょう。あそこなら夜営も出来るはずです」

「確かに、今から私達の街まで戻るのは危険かもしれないわね」

 

 この暑い時期、日が落ちるのは遅い方だが、既に辺りは暗くなり始めていた。

 

「そういえば私、夜営自体初めてなのよね……」

 

 学院に通っていた頃は相当勉学に取り組んだが、それでも冒険者としては知らないことばかり。

 夜営に関しての知識もからっきしだが大丈夫だろうか? ……と、彼女はそんな不安を抱いていたが──。

 

「軍に居た頃はほぼ毎日夜営でしたよ。任せてください」

「ん、じゃあよろしく」

 

 頼り甲斐のある彼の言葉に魔術師は笑みを溢す。

 崩れた足場を避けるようにして広場の隅を通り、二人は遺跡を後にした。

 

───────────────

 

「《インフラマラエ(点火)》」

 

 私達は日が落ちる前に村の跡地へと到着した。

 疾走騎士が集めた小さな木の枝や枯れ葉を組み合わせ、私が呪文で火を点ける。

 疾走騎士曰く、こうして風の精の通り道を作る事によって、火の精がより活発になるらしい。

 

「てっきり《火矢(ファイアボルト)》を使うのかと思いましたが、そんな使い方も出来るんですね」

「師匠直伝よ。私もこんな使い方、今までやらなかったし、学院でも教わらなかった。でも消耗もしないし、凄く楽なのよ」

 

 こんな使い方、きっと学院であれば教授達に酷く叱られているだろう。

 しかし今の私にとって大事なのは呪文を唱える事ではなく、呪文を上手く『使う』事だ。

 私が彼にとって『使える』存在であるかどうかは、そこに懸かっているのだから。

 勢いよく燃え上がった薪がパチパチと音を立て始めた。どうやらうまくいったみたいね。

 

「それは凄い」

「ホント、どこまでも凄い人よね。師匠って」

 

 知識も経験も、私は未だあの人の足元にも及ばないのだ。

 いつか必ず──と言いたい所だが、その道のりは長く険しい物であり、その背は今だ遥か先。

 いつになったら追い付けるのか見当もつかない。

 

「いや、それをあっさりと物にできる貴女も凄いですよ」

「ふぁっ!? べ、別にこれはそんな難しい事じゃあ無かったし!? やろうと思えばやれる事よ!」

 

 彼の言葉が嬉しくて、そして安心して、でもやっぱり恥ずかしくて、私はいつものように顔を背ける。……顔が熱いのはきっと焚き火のせいだろう。

 

「……あれ? クォクォア……?」

 

 傍に寝かせていた依頼人がようやく目を覚ましたようだ。体を起こし、マスクの上から頭を押さえている。

 

「目が覚めたみたいね。調子はどうかしら?」

「確か私は……そうだ! デーモンが!」

 

 はっと顔を上げ、狼狽えた様子の依頼人。

 しかしそのデーモンは既に退治済みだ。私は彼女を安心させる為にもその事を話す。

 

「大丈夫。アレはもう私達が倒したわ」

「た、倒した……? あなた方はもしかして、ギルドから来た冒険者ですか?」

「そういうこと。ほら、頼まれてた物資よ」

 

 私は袋に詰められた物資をそのまま依頼人へと差し出した。

 

「あ、すみません。確認します……」

 

 それを受け取った依頼人は袋を広げると、中身を確認しているようだ。

 ……暫くして袋を閉め直すと、唐突に被っていたマスクを外す。

 

「本当にありがとうございました。物資を届けて頂いただけでなく、危ないところまで助けて頂いて……」

 

 ……女性だった。

 金色の髪に青い瞳、同じ女性の私でも思わず見とれてしまうくらいに整った可憐な容姿。それが依頼人の素顔──。

 これにはさすがの私も吃驚し、つい声を上げてしまう。

 

「ちょ、ちょっと待って。女の人? マスクで全然気付かなかった。声もこもってたし」

「すみません。これが我々医師の正装でして……」

 

 つまり疾走騎士は彼女と知り合いって事? 話した事があるって言ってたわよね? 一体どういう関係なのかしら……。

 

「しかし、あの遺跡の調査は早々に切り上げるべきでした。まさかあれほど巨大なデーモンが隠れていたとは……よく倒せましたね?」

「あぁ、それは殆どコイツのお陰なんだけど……って、あれ?」

 

 焚き火の前で座っていた筈の疾走騎士がいつの間にか居なくなっている。

 辺りを見渡すと彼のものだとすぐに分かる足跡が残されていた。

 

「もうっ、一体どこにいったのよ」

 

 勝手な行動は心配するから止めて欲しいって、以前にも言ったのに……。

 そうして肩を落とす私の様子を依頼人が伺っていた。

 

「お仲間が居るのですか?」

「ええ、ちょっと探してくるわね。すぐ近くに居るはずだから」

「分かりました。私はその間に食事の準備をしていますね」

 

 依頼人は渡した袋の中から食材と鍋を取り出した。

 どうやら私達の分も用意してくれるらしい。

 

「いいの? じゃあお願いするわ」

 

 その場から離れ足跡を辿っていく。

 先には小さな川が流れており、そこに疾走騎士の姿はあった。

 彼は盾を布切れで拭いていたが私の気配に気付いたようで、首を傾げながら立ち上がる。

 

「あれ? どうしました?」

「どうしました、じゃないわよ。勝手に居なくなったらビックリするじゃない。何してたのよ」

 

 彼は置いていた盾を持ち上げて答える。

 

「盾を洗っていました。流石に衛生上良くないので」

「あぁ……」

 

 色んな意味でマズイ場所に突き刺さってしまった彼の盾。

 まあ、一刻も早く綺麗にしたくなる気持ちは分かるわね……。

 

「もう終わったのよね? じゃあ戻りましょ。依頼人が私達の分の食事も用意してくれるって」

「それは助かりますね。干し肉だけでは味気ないと思っていた所です」

「どうせアンタ吸い込んで終わりじゃないの……」

 

 そうして依頼人の下へと戻る途中、辺りは完全に闇夜に覆われていた。

 疾走騎士は足元に気を配りながら歩き、私はその背後にぴったりとついて歩く。

 彼の背中は、この闇夜から私を護ってくれているような気がして、それがなんだか心地良かった──。

 

「ねえ、疾走騎士」

「はい」

 

 私の声に、彼らしい単調な返事が返ってくる。

 

「あの依頼人が女性って知ってたの?」

「勿論です。貴女にもお伝えしたはずですが……」

「えっ!? いつ!?」

 

 つい声が上ずってしまった。

 自分の記憶を辿るも全く覚えがない。一体いつ聞いたのだろうか?

 

「デーモンと遭遇した際です。『彼女(・・)を連れて隅に隠れていて下さい』と言いましたね」

「……そんな咄嗟の事、分かるわけないわよ」

 

 呆れた私は項垂れて大きくため息を吐く。

 しかし頭をぶんぶんと振って気を取り直し、次の質問に移った。

 本当に聞きたいのはこちらだ。さっきの質問は出方を伺う牽制に過ぎない。

 

「……で、なんだけどさ」

「はい」

 

 私はなるべく自然体を装いつつ問いかける。

 

「彼女とは……どういう関係?」

 

 あの依頼人の素顔を見た時、私は疾走騎士が彼女と知り合いであることに恐怖した。

 もしこんな綺麗な人と疾走騎士が良い仲だったらどうしよう……と。

 知るのは怖い、だけど知らないままでいるのはもっと怖い。だから私は意を決して聞いたのだけれど──。

 

「…………一度会った事がある。それだけです」

「え、それだけ?」

 

 そんな恐怖はあっさりと霧散した。

 

「はい。それが何か?」

「う、ううん! それなら良いの!」

 

 言えるはずないけれど、私は心の底からホッとしていた。

 もし彼が私の前から居なくなってしまったら、私はまた進むべき道を見失ってしまうだろうから……それがどうしても恐ろしくて、考えたくもなかったのだ。

 しかし、彼が続ける言葉に私は別の不安を抱く事になってしまった。

 

「ただ、自分と彼女はあまり良くない出会い方をしてしまいましてね……」

「え、じゃあ仲悪いの?」

 

 それはそれで……気まずいわね。私が板挟みになる状況を想像してしまい、どうしようかと悩んだが、疾走騎士は首を横に振ってそれを否定した。

 

「どちらが悪い訳でもなく、それこそちょっとしたすれ違いから起きてしまった事でして……蒸し返さない為にも、ここは知らぬ存ぜぬを貫こうかと考えていました。彼女と会ったのはコレを被っていない頃だったので、気付かれる事はないでしょう」

 

 成る程。だから依頼を受けた時に様子が変だったのね……。

 疾走騎士は自身の兜を指先で叩いている。確かに彼の言うように、顔が完全に隠れている今の状態であればバレることはないだろう。

 

「そ、そう。何だか大変ね……」

 

 何とか絞り出した気休めの言葉に対して誤魔化すように彼は笑った。

 兜で顔は見えないけれど、その笑いが決して良い感情を含んだ笑いなどではないのだと、声と雰囲気ですぐに分かる。

 

「人との繋がりが、良いものであるとは限らない……という事ですよ」

 

 それは呆れたような、そして諦めたような、乾ききった笑いだった──。

 

───────────────

 

「貴方が私をあのデーモンから助けて下さったと聞きました。本当にありがとうございました」

「いえ。命が助かって何よりです」

 

 戻ってきた私達を迎えた依頼人は深々と頭を下げつつ感謝を述べた。

 それに対して疾走騎士は当たり障りの無い言葉を返している。

 どうやら彼女は疾走騎士が顔見知りである事に気が付いていない様子だ。

 

「体の具合はもう大丈夫なのよね?」

「はい、お陰様で。……あ、食事の用意、もう暫くかかりますので、休んで待っていてください」

 

 豆と肉のスープをかき混ぜながら微笑む彼女はまるで、絵画のようだ。

 こんな綺麗な人と知らないふりをしたいなんて、よっぽどの事があったんでしょうね……。

 時間を潰すため疾走騎士が装備の手入れを始めたので、私はそれを横から眺める事にした。すると突然彼が口を開く。

 

「あの悪魔(デーモン)。見たこともない種でしたね」

 

 遺跡で遭遇した悪魔(デーモン)の事だろう。

 規格外の巨体を持ち、爆発の魔法を駆使するうえ、更に空を飛ぶ悪魔(デーモン)

 ……こうして特徴を並べただけでもホントよく勝てたわよね私達。

 

「確かに、やけに図体がデカかったわね…………あ! 思い出したわ! 多分アレ、『はぐれ』じゃないかしら!」

「『はぐれ』……ですか?」

「あのデーモン、昔の文献で見たことあるわ。その昔、混沌の勢力は悪魔(デーモン)を自分達の拠点の番人として使役していた事もあるらしいの。でも、魔神王が勇者の手によって滅ぼされると、置かれていた番人ごとその拠点が放棄された。そうやってほったらかしになった悪魔(デーモン)が、『はぐれ』になって残ってしまう場合があるって。つまりアレは『はぐれ悪魔(デーモン)』って訳ね」

 

 私が人差し指を立てて得意気に話すと、疾走騎士は珍しく手を止めてそれを聞いていた。

 

「へぇ、よくそこまで覚えていますね」

「魔術師なんて本の虫みたいなものよ。でも、私もたまたま読んだ本なのよね。まさかこんな所で役に立つなんて思わなかったわ」

 

 話が終わると彼が再び装備の手入れを始めたので、私は依頼人の様子を伺いに向かう。彼女が調理していたスープがぐつぐつと煮立っており、私の食欲をそそった。

 

「凄く美味しそうね」

「もうすぐ出来上がりますよ」

 

 彼女の声は、聞く者を魅了する玲瓏な声であり、話をしているだけでも心地よさを感じてしまう程だった。

 医者にはそんな技能も要求されるのだろうか?

 

「ねえ、貴女医者なのよね? なんであんな遺跡の奥まで足を運んだの?」

「実は私、医者の他にもウィッチハンターを兼業しておりましてその調査に。ただ今回は深入りしすぎて失敗してしまいましたが……」

「ウィッチ……ハンター?」

 

 その言葉に私の心臓が跳ねる。私に呪文の師事をしてくれている人もまた魔女なのだ。もしこの人と師匠が敵対者だったら? そんな不安を抱いた。

 

「そうだ、貴女は悪い魔女に心当たりはありませんか?」

 

 ど、どうしよう? どう答えるべきか。いやきっと大丈夫、師匠は悪い魔女なんかじゃあないもの。

 ……でも念のため確認しておこう。

 

「その魔女ってどんな人なの?」

「ヤク決めて箒を股に挟んで『飛んじゃうぅっ!』とか言うような魔女です」

「知らない。多分ソレただの変態だと思うのだけれど」

 

 良かった絶対違う人だわコレ。私は胸を撫で下ろした。

 すると依頼人が疾走騎士に視線を向けているのに気付く。

 

「あの方にも確認してきます。少し鍋を見ておいてもらって構いませんか?」

「あ……わ、分かったわ」

 

 そうして彼女が疾走騎士の方へと向かっていった。大丈夫かしら? 下手を打って気付かれなければ良いのだけれど……。

 

「何でしょう?」

「………? あの、何処かでお会いしましたか?」

 

 ちょっと! 開口一番で早速気付かれてるじゃない! なんで!?

 

「その声、どこかで聞いたことがあるような……」

 

 あっ……確かに声は隠せないわね。

 ヤバいわよヤバいわよ。どうするの疾走騎士!?

 

「…………なんの事でしょう?」

 

 すっとぼけた! そこまで顔を合わせたくないのね……。

 仕方ない、ここはフォローしてあげましょ。

 

「た、多分気のせいじゃないかしら? こんな兜鎧、見たら絶対忘れないわよ?」

 

 すると依頼人は顎に手を当てて暫し考え込んだあと、納得したのか小さく頷いて頭を下げた。

 

「確かに……すみません、どうやら私の記憶違いだったようです」

 

 ほっ、どうやら誤魔化されてくれたみたいね。

 

 その後三人で食事をとり、私達は睡眠を取る為に見張りの順を決める事となった。

 

「夜警に慣れている自分が間になりましょう。あと呪文の回復を優先させる為にも、彼女には先に休んでもらいたいところです。構いませんか?」

 

 どうやら見張りは依頼人、疾走騎士、私の順番になるようだ。

 

「成る程、良い采配だと思います」

「じゃあ悪いけどよろしくね」

「はい、ごゆっくりお休み下さい」

 

 ぱちぱちと音を立てる焚き火に薪をくべる依頼人に見張りを任せ、私達は眠りについた。

 

 

───────────────

 

 

 立木に背をもたれさせながら互いに寄り添い合うように眠る二人の冒険者を、天に浮かぶ双つの月が照らしていた。

 

「良い一党ですね……」

 

 二人を見てぽつりと漏らす。

 火が衰えないよう焚き火に薪をくべて、ぼんやりと空を仰ぎ見た。

 

「失敗をしないというのは……私にはやはり困難なのでしょうか……」

 

 私は人の命を救う医師、にも拘らず自らの失敗が元で彼らを危険な目に遭わせてしまった。

 もしこの二人のどちらか、あるいは両方が命を落としていたら? 私は危うく『あの時』と同じ過ちを犯すところだった。

 

 救える筈の人を大勢死なせてしまった『あの時』から、私は迷い続けている。

 人を救う為に、人の命を奪わなければならない時もある。

 この世界では良くある事だ。理解は出来る。

 それでもやはり、納得はいかない。

 私は人を救いたい。だから私はここに居るというのに……。

 

「……彼は今、どこにいるのでしょう」

 

 唯一生き残った一人の青年。彼にはまだ謝る事すら出来ていない。

 気を失った彼を介抱した後、目を離した隙に彼の姿は消えていたのだ。

 その行方を探そうにも、疫病の蔓延した村の焼却を依頼した都には生存者無しとして報告せざるを得ず、一切の手掛かりは失われていた。

 

「交代です」

 

 ふと声が聞こえた。その声が、あの時に聞いた彼の声と一致したような気がして、私の心が大きく揺れる。

 

「……? 泣いているのですか?」

 

 いつの間にか起きて来ていた騎士の冒険者。彼に言われて初めて私は自身の涙に気が付いた。

 

「す、すみません……何でもありませんので……」

 

 慌ててそれを手で拭おうとした所で、彼は何も言わずに小さな布切れを差し出した。

 その優しさが今の私には染み入って、今度は笑みが溢れてしまう。

 

「お優しいのですね、貴方は」

 

 私はそれを受け取って目尻を拭った。

 そうだ、ようやく思い出した。

 彼の声は、あの時の青年の物とよく似ているのだ。

 

「ただ臆病なだけですよ」

 

 しかし、今の彼の声には感情という物が凡そ感じられない。

 あの青年はもっと優しそうな声だった。

 やはりただ似ているだけで、私の勘違いなのだろうか?

 

「あの、やはり貴方は──」

「寝てください。寝て朝日を拝めば、多少気分も晴れるでしょう」

 

 こちらの言葉を遮り、彼は焚き火の前へ座り込んだ。

 ……それ以上は聞くことが出来なかった。

 もし彼があの青年だとしても、私にはそれを追求する権利がない。

 そして彼には私を拒む権利がある。

 それ程の事を、私は彼にしてしまったのだから。

 

「そう……ですね」

 

 私は俯いて彼に背を向けた。再び感情が溢れそうになり、手に持った布切れを握りしめる。

 

「……あぁ、そうそう。忘れていました」 

 

 そんな私を見かねたのか、彼が声を上げた。

 

「ある青年が、為すべき事を為し終えた後、会いたい人が居ると言っていました。その人は医師で、金色の髪に青い瞳をした美しい女性だったそうです。恐らく貴女の事ではないかと思いますが、心当たりはありますか?」

 

「! は、はい! きっと私です。彼は元気でしたか!?」

 

 私は振り向いて、兜に被われた彼の目を見つめて問い掛ける。

 

「……ええ。立派な医師になって欲しいと、貴女の事を応援していましたよ」

 

 その言葉を聞いた私は、先程とは違う理由で涙が溢れそうになり、再び空を仰いだ。 

 私が泣けば、きっと彼が怒られてしまうから。だから私は泣かない。

 目を瞑り、深く息をついて、目の前の彼に笑顔を向けて言葉を紡ぐ。

 

 

「…………ありがとうございます」

 

 

 やはり私はこの仕事に向いていないのかも知れない。

 

 それでも、たとえ向いていなくても、やはり私はこの仕事を続けたい。

 

 迷いの晴れた私の心は、既に朝日のように晴れ晴れとしていた────。

 

 

 

────────────────

 

 

 ……夢を見ていた。

 

 私がまだあの剣士と武闘家の二人と、一党を組んでいた時の夢……。

 

 

 水薬を買うお金すら無かった私達は、神官を誘い仲間に加えたあと、四人で(・・・)ゴブリン退治へと向かった。

 

 

 しかし、そこで私達はゴブリンに待ち伏せをされ、不意を打つ形で襲われてしまう……。

 

 

 《火矢(ファイアボルト)》を放ち、一匹のゴブリンを仕止めるも、私はゴブリンの攻撃を受け、毒に侵された。

 

 

 夢なのに、体が毒に蝕まれていく感覚がまるで本物のようで……息が苦しく……なる……。

 

 

 あぁ……もうダメ……なの……ね……誰か…………私を…………。

 

 

「こ……ろ…………て……」

 

 

 

 

 …………疾走騎士。

 

 

 

 

「わかった」

 

 

「待ってください! まだ助け……」

 

 

 

 

 

 残念、私の冒険はここで終わってしまった。

 

 

 

 

───────────────

 

 

「っ……嫌な夢ね」

 

 目が覚めると全身に汗が滲んでいた。

 やけにリアルで、まるで現実のような夢。今でもさっきのが本当に夢だったのかと疑いたくなる程だ。

 ……あるいは、今見ているのが夢なのではないかとも。

 

「疾走騎士……!」

 

 少し離れた場所で火の番をしている疾走騎士を見て、私の不安が解れていくのが分かる。

 よかった、あいつも私もここに居る。 

 先程の夢では居る筈の人間……そう、疾走騎士が居なかったのだ。

 彼が居なければ、きっとああなっていたのだろう。

 うまく説明出来ないけれど、私は心の中で確信していた。

 きっとあの夢は『彼と出会えなかった私の物語』なのだろう。

 

「そんなのお断りね」

 

 立ち上がり、火の番をしていた疾走騎士の下へ歩く。

 この男がここに居て、だから私がここに居る。

 私にとってはそれで十分。

 たとえあそこで私が死んでいた物語があったとしても、或いは別の要因で生き残った物語があったとしても、今の私には関係のない事。

 

「ん……疾走騎士、交代よ」

 

 今の私にとって何より大切なのは、この男と一緒に居る『私自身』の物語。それ以外はどうでも良いのだ。

 

「はて、まだ少し早いと思いますが?」

「アンタばっかりに苦労させたくないのよ。あんなのと戦ったんだし、ちょっとでも多く休みなさい。アンタが万全な方が私も安心出来るし……」

「それは有り難いですが、無理はしてませんか?」

「アンタのお陰でこっちは全然疲れてないの。呪文もちゃんと回復したわ。だからこれくらいの恩は返させなさい。もちろん別の事でもそう。私は何でもするって、最初に言ったでしょ?」

 

 この言葉に偽りは無い。あの時は思わず口にした言葉だが、今は心からそう思っている。

 とはいえ、それは冒険者として彼に全面的に協力するという意味だ。決して他意はない。

 

 だけどもし、もしも彼が冒険者としての私ではなく、女としての私を望んだら? ……なんて事を考えてしまうほど、私はこの男に惹かれているのだろう。

 

「ありがとうございます。貴女が一党で良かった」

「うん、私もそう思ってる。じゃあお休み」

 

 

 

 ……私はアナタが望んだ事なら何だってする。

 

 

 

 だから私を置いていかないでね……疾走騎士。

 

 

 




Q.眠ってる魔術師ちゃんに対して聖職者の姿をした亡霊が念力みいなの送ってるんですが?

A.成仏してクレメンス……。
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