「考える足」と呼ばれている足が展示されている美術館を訪ねた。

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考える足

 ある雑誌の合評会の席上だったが、「考える足」と呼ばれている足があるのを知っているか? と聞かれて、答えに詰まった。

 考えるのは、そもそも頭の役目ではないのか? と、理屈にかなった反論をしてみたが、相手は真面目に取り合ってくれなかった。話題の提供者はアポリネールの研究家で、シュールレアリスム派の詩人だから、たいして飛躍した発想ではないのだろうが、こっちは飛び方の下手な不自由人だから理解に苦しんだ。ひょっとして、ブレーズ・パスカルの著書「瞑想録」の中の、

「人間は自然のうちでも最も弱い一茎の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」

 という有名な「考える葦」が誤用されたのでは? と素朴な疑問を投げかけたが、一笑に付されてばつの悪い思いをしてしまった。それ以来この足のことが気がかりだったが、美術批評家の青木が電話をかけてきて、S市の市立美術館に目的のものがあるという情報を提供してくれた。

「ぜひとも見に行ってきたまえ。一見の価値はある。盲亀の浮木、うどん華の花の類さ。まあ損はしないから」

 からかうような浮わっ調子な口ぶりが気になった。会合の時、例のやりとりを面白そうに聞いていたのを思い出した。青木を信用しないわけではないが、冗談の好きな男だし、半信半疑ではあった。彼のご推薦の展覧会を大いに期待して出かけてみてがっかりしたケースも何度かあったからだ。……しかし、好奇心の虫は無闇にふくれあがって、胸の内側でむずむず動きまわる。どうしても実物にお目にかかりたくなり、検証の旅に出た。

 

 上野から東北線に乗った。平日のがらんとした車内で、のんびりとチャペックを読んでひとり笑いをしたり、名物の釜飯弁当を食べたりしながら二時間半も揺れただろうか。S駅前の広場に降り立った時は午後の二時過ぎ、数台の車が右往左往していたが、人影はまばらだった。「地方都市の午後の閑散」……と、そんなフレーズをしきりに頭に浮かべながら、駅前の案内板で美術館を捜した。

 

 

     *

 

 美術館には、たしかに「考える足」があった。つまり、そういう題名の彫刻だった。……ブロンズ製の片足で、くるぶしより五センチほど上までのものだが、大理石の台にしっかりと据えられていた。踵が上がっていて、爪先はぴったりと台に付いて足を支えている。ちょっと爪先立って歩きかけてストップしたポーズなのだ。今にも動きだしそうな気配が見えた。作者は不詳だった。

 竹橋の近代美術館に、永遠の静謐を保っている高村光太郎の手の彫刻があるが、どこか似た点がないでもない。しかし、ムーブマンに一見の価値はあるにしても、足であるという以外に何の変哲もなかった。他の展示品に興味もないので、「考える足」だけをじっと見つめ続けた。

 

【挿絵表示】

 

 パンフレットをどっさり抱えて背の高い館員が通りかかったので、

「これが『考える足』ですか?」

 と、思わず疑問を呈した。館員氏は、洞窟のような目でじろりと一瞥した。顔が骨ばっていて、美術館員というより怪奇映画の主役のようだなと思った。何て愚かな質問をするのだろうと言わんばかりに眼鏡の奥に軽蔑の色をにじませて、

「そうですよ。題がそうなっているでしょう」

 と、ぶっきらぼうに答えた。私は、東京からわざわざこれを見に来たんだと事情を説明し、

「どうしてこれが『考える足』なのですかね?」

 と、重ねて尋ねてみた。すると、

「そりゃああなた、作者が『考える足』って題を付けたからでしょうが……」

 木で鼻をくくったような突っけんどんな答えが顔に痛かった。どうも答えになっていない。美術館員ともあろうものが、遠来の客に対しての態度がなっていないぞ、礼儀もわきまえないのかと腹が立った。彼は、かかわり合いたくないという気持ちを角ばった肩に乗せたまま、さっさと立ち去った。

 

 美術館を出て町をめぐり歩いてみたが、たいした名所にもお目にかかれなかった。その日はここで宿泊することにした。三月も初めのこと、行楽シーズン前のせいかホテルは閑散としてほかに客はいないようだった。どこが盲亀の浮木なんだ。題なんて気まぐれに付けたに違いない。だまされたとは言わないが、それに似た失望を感じた。無駄足のようだったが、まあ、わたしのような探求趣味者には、当てはずれは、支払い義務のある税金のようなものだし、必要な贅沢なのだ。と、自分に言い聞かせた。

 

     *

 

 夜中にふと目が覚めた。時計を見ると二時少し前だった。カツン……カツン……と、妙な音が聞こえた。街路をたたいている音のようだった。工事かと思ったが、音はしだいに近付いてくる。カツンの音と、次のカツン……との間に二秒ほど間がある。……あたりは静寂に包まれ、この町にはこの音だけが存在しているかのようだった。夜警の足音にしては、間隔があるのがおかしい。

 音は、ホテルの玄関を入ると、やがて階段をあがって二階の廊下をひとしきりめぐり、わたしの部屋のドアの前でぴたりと停止した。……背筋に冷たいものが流れ、声が出せなかった。

 ノックの音はしなかったが、たしかにだれかが来意を告げた。……

 

【挿絵表示】

 

 ドアが音もなく開くと、廊下の光に照らされて足がひとつ、特徴のあるポーズから、まさしく昼間見た彫刻「考える足」であることがわかった。足はしばらくじっとしていたが、やがて一歩一歩跳ねてベッドの脇まで来ると、ひょいと跳躍して布団の上に乗っかった。ずしりと加わった重圧は、予想以上に重かった。

 それから、考える足は喋った。足が口を利くのはおかしいが、たしかに話をしたのだ。声は、何かこう……地上的でない、……バッハの無伴奏チェロ曲のようだった。

「今日はようこそ訪ねてくださった。わたしは『考える足』と呼ばれています。君のような人物の来訪を待っていたのです。それというのも、自分の思想を伝えたい為なのです……」

 足は、そんな風に切り出した。

「人間とは何か?……果たして人間とは何だろうか? この疑問にとらわれてから、記憶出来ないほど長い間この問題を考え続けてきたのです」

 足は、まるで著名な講演者のように語った。流暢な言葉もさることながら 堂々とした態度は、周囲の空気を圧するものがあった。

「わたしは人間がもたらした文明について考えました。そして、文明こそが人間を人間たらしめているに違いあるまいと、悟りました。このすばらしい文明の発展を可能にしたものは果たして何か? 文明の功労者はだれか? これを見つけることこそ、人間とは何か? という問いかけに答えることだと結論づけたのです」

 考える足はそこまで言うと、ベッドから飛び降りてしばらく床の上をゆっくりめぐり歩いた。それから、またサイドテーブルの上にひょいと飛び乗ると、親指と人さし指を交叉させてから、踵を更に高く持ち上げてポーズをとった。背面から光を浴びたその姿は、神々しくさえあった。

「さて、文明の発展をつらつら考えてみたのですが、文明の拡大発展は、すべからく伝達という行為なしにはありえなかったと言っても言い過ぎではないでしょう。火の発見、石の鏃の製造方法、日時計や車の利用方法、牛の使い方、魚の食べ方、こうした発見や発明は、すべて伝達されることにより、その存在を確固たるものにしたのです。では、こうした情報伝達の担い手は何者なのか?……その者こそ文明の功労者なのです。……そしてその該当者こそは、[足]に他ならないことをわたしは認識したのです。……マラトンの戦況が伝わったのも、シルクロードで東西文化が交流したのも、キリスト教や仏教の布教も芭蕉の紀行も、ピラミッドの建設も伊能忠孝の測量も、広重の浮世絵も、すべて足あればこそ可能だったのです。今では、乗物や電送機械の発達により、かつての栄光の座を奪われようとしていますが、それでもなお、足の役目は偉大なのです。……わたしは、足の偉大なる功績を知ってからというもの、意識のことごとくを足に集めることに専念しました。そのせいでしょうか、身体の他の部分が急激に退化して行ったのです。頭が病んで欠落し、手が萎えて消滅し、そして胴体が腐り果てましたが、足だけは生き続けたのです。足だけは、独立独歩独り立ちして、立派に生き残ったのです。今でもわたしは足のみで思考し、足のみで行動しています。これからも人格を備えた『考える足』として、自分の生涯を生き続けようと思います」

 考える足は、そこで深い溜息を吐いた。少し長い演説をやり過ぎて疲れたといった風で、踵を下ろして五本の足指をしきりに動かした。しばらくしてから やおら爪先をあげると、宣言でもするように力強く言った。

「地球を最もよく知っているもの、それは足です。それも観念的な知識じゃあない。足が地についた、極めて具体的かつ現実的な把握なのです。地球の微妙な凹凸や振動をすべてキャッチできるのです。だが、今はまだわたしに対する一般社会の理解は、残念ながら十分ではありません。わたしが足のみにて完全な人間であり、しかも最高の人間存在だ、というこの明白な事実を認識する者が稀だということは、慨嘆すべきことなのです。そんな訳で、わたしは孤独に苦しむこともあるのです。どうかこれを機会に、わたしに対する理解が深まるようピーアールをお願いしたいのです」

 考える足は、そこで足指の先を天井に向けてポーズをとったが、さしずめ虚空を見つめて沈思するといった風情だった。それから最後に、

「ああ、それにしても、今日はよく喋りました」

 と呟くと、ふたたび床の上へ飛び降り、もと来たとおりに表へ出ていった。カツン……カツン……という足音は、やがて夜の静寂の中に消えた。

 

     ※

 

 翌朝、食事もそこそこに美術館へおもむいた。開館直後だったので他の客はいなかった。「考える足」は、同じ場所に全く同じ爪先立ちの格好で鎮座していた。ブロンズ像特有の潤沢な光を湛えているばかりで、微塵の変化もなかった。

(幻覚だったのだろうか? とんだミステリーを体験したと思ったが、あれはみな想像の産物だったのだろうか?)

 思わず苦笑がもれたが、それにしても夢まぼろしにしては手ごたえがあり過ぎる。どうも腑に落ちなかった。その時館員氏がこちらに歩いてきた。

「おはようございます。ご滞在でしたか。よく眠れましたか?」

 昨日と大違い、にこやかな挨拶をしたのには驚いた。彼は、つかつかとためらいもなく「考える足」に近づくと、

「ああ、また汚れている」

 とつぶやいた。よく見ると、ブロンズ像の足の裏に乾いた泥がこびり付いているではないか。とたんに昨夜の記憶が生々しくよみがえった。

「こういうことがよくあるんですよ。だれが悪戯するのかなあ、ここいらには程度の低いのがいますからねえ」

 館員氏は軽やかに笑いながら、持っていた雑巾で彫像の足の裏を無造作に拭いた。

 

「考える足」の要請もあったことだし、世の足諸公のピーアールの為に、この一文を草した訳だ。


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