ハッピーシュガーソルトライフ   作:ロータスlotes

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逃亡からなぜここに至ったかのお話になります。


第三話 しおのある風景

「それどういうことですか?!」

 

空港ロビーに私の叫び声が響く。

 

何事・・・・・・そう言った感じで、通行人が振り返ってこちらを見ているのが分かるが、そんなことどうでもよかった。

 

「お客様、落ち着いてください」

「落ち着いてられません! ESTAの申請が通ってないって・・・・・・」

 

現在は、21時を回ろうとしていた。

もうすぐ海外行の最終便が出発する時刻となって、わたしとしおちゃんはそれにとっくに搭乗しているはずだった。

 

なのに、

キャリーケースの重量を図っている時に、唐突に職員のおねーさんに呼び止められ、今に至る。

 

「現在、アメリカ本国からESTAの番号が間違っているとの指摘が入っておりまして。再申請しているところでございます」

「それにしてもかかり過ぎです」

「おっしゃりたいことはわかります。ですが、アメリカは現在早朝の時間でして」

職員のおねーさんは、私たちは頑張っているんですと言ってくる。

 

ESTA、短期の米国渡航に必要な入国審査制度に必要な番号。

 

それが間違っていたようだ。

 

 

海外、一番の懸念は言葉の壁で、片言でも喋れる英語圏がいいだろうと思ったのがアダになった。

 

見せられた画面には、

すーちゃんから渡されたパスポートに挟まっていたESTAの番号が確かに一桁3と8とが間違っていた。

 

 

でもだ、すーちゃんは確かに去年海外に妹と行っていたと言っていたし。

間違っているのならその時分かるはずだ。

 

可笑しい。何かが可笑しい気がした。

 

「でもすーちゃん―――私は昨年これで海外に行ったんです。間違っているなんて」

 

私はそう言い縋ると、職員のおねーさんはキーボードをカタカタと打ち鳴らす。

 

「確かに昨年渡航されておりますね。本来ならあり得ないことことなんですが、その時は見逃されていたのではないでしょうか。ですが、今回は指摘が入ってきておりますので、」

 

今回だけ、わたしとしおちゃんの時だけ、ダメそんなことあるのか。

 

 

まるで、世界が、わたしとしおちゃんの、ハッピーシュガーライフを邪魔しようとしている。

 

 

そんな私を嘲笑うかのように、追い打ちをかけるようなことを職員のおねーさんは言ってきた。

 

「もうなもなく本日の最終便のお時間となります。お客様、大変申し訳ございませんが、明日の便への変更をお願い申し上げます」

「そ、そんな・・・・・・」

 

なんで、なんで、こんなことになる。

 

思わず後ずさってしまった。

 

すると、パリンと音がなる。

 

私は恐る恐る足元を見ると、ガラスの床にヒビが入っていた。

 

カタカタカタカタカタカタカタカタ、とキーボードを打つ音がまるで死神の足音のように聞こえてきた。

 

そのたびに、パリン、パリン、パリン、とヒビが割れ、亀裂が走る。

 

ガラスの下に広がるのは、おどろおどろしいソコが見えない深い闇だ。

 

 

止まる思考、職員のおねーさんの言葉も、ロビーの喧騒も聞こえなくなってきた・

 

だというのに、それだけははっきりと聞こえた。

 

「次のニュースです」

 

はっとして天井に掲げられた巨大スクリーンを見上げる。

 

「住宅街のマンションで火災が発生。現在消防車が4台出動する大火災となっっております」

 

夜の闇を振り払う、煌々と燃え上がる炎。

 

まるでキャンプファイアーでも囲うかのようにスマホを片手に群がる野次馬に、マイクを持ったリポーター。

 

「住宅街のマンションで火災が発生。出火原因や死傷者に関しては現在分かっておらず、確認中とのことであり、」

 

テロップには、住宅街のマンションで放火?!とでかでか出ており、パトカー何台もランプを光らせている。

 

こんなことしている暇はないのに。

 

今一秒でも早く、一歩でも遠くに行きたいのに。

 

じゃないと、こうしている間にもアイツが来るんじゃないか。

 

警察が事情聴取に来るのではないか。

 

そんな気がして、気が気じゃなく何度も後ろを振り返ってしまう。

 

どうする。どうすればいい。

 

 

こうしている間にも、パリン、パリン、亀裂が広がり、今にも崩壊してもおかしくないほどに広がっている。

 

ポケットから甘いお菓子が零れ落ちる。

 

ピーズのような小さな欠片。

 

それがヒビの隙間に入り、底の見えない深い闇の中へと落ちていく。

 

待っていかないで、それは私の大切な愛の粒なの。

 

 

掬っても、指の隙間から零れ落ちてしまう。

 

このままじゃダメだ。

 

思考がぐるぐるとしてきた。

口の中が、苦い。

 

このままじゃあしおちゃんと、しおちゃん、わたしのシュガーエンジェルがいなくなってしまう。

 

・・・・・・だめ。そんなの絶対にだめ。

 

「ちゃ、―――ちゃん」

 

 

なんとしてでも、何をしてでも、しおちゃんは、しおちゃんとだけは―――

 

 

じゃないと、わたしは、

 

 

「――――さとちゃん!!」

 

 

・・・・・・・・・・・・突如、口の中に甘さが広がる。

 

わたしを飲みこもうとしていた闇が消える。

 

目の前には、天使。しおちゃんがほほ笑んでいた。

 

 

熱、唇に残った微かな熱。

それでわたしはしおちゃんにチュッとされたんだと気づいた。

 

えっへへといいながら椅子をチョコンと飛び降りしおちゃん。

 

わたしは膝をついてしおちゃんを目線を合わす。

 

「しおちゃん・・・・・・どうしよう。飛行機乗れないってどうしたらいいんだろう」

「行こう。ここを出よう、さとちゃん!」

 

しおちゃんは、あっけらかんとそう言う。

 

 

「ここ出ていく?」

「うん、ヒコーキに乗れないならそうしたほういいと思う!」

 

まっすぐでキラキラした瞳で、何の迷いも曇りもない瞳で、そう言う。

 

「しおちゃんは、怖くないの」

 

言ってから気づく。

 

これは質問であって質問じゃない。

 

どうするか、この問題は二人の、ハッピーシュガーライフの運命を大きく変える決断。

 

ああ、わたしは怖いんだ。

 

間違えたら、もし間違えた選択肢を選んだら、もうしおちゃんと一緒に居られなくなるかもしれない。

 

その恐怖で押しつぶさそうになる。

 

だけど、

 

「大丈夫だよ」

 

天使が両手を広げる。抱きしめてくれる。

 

「海外じゃなくてもいいよ。私、さとちゃんとならどこでやっていけるから!!」

「しおちゃん・・・・・・」

 

ぎゅぅぅっと私はしおちゃんを抱きしめ返す。

 

ふわふわで、ぽかぽかで、あまあまな、シュガーエンジェル。

 

体の震えが止まる。

 

熱が戻る。

 

足に力が入る。

 

しおちゃんの手を取って立ち上がった時、足元にあったガラスの床は、いつの間にかなくなっていた。

 

「うん、行こう。しおちゃん、ここではないどこかに」

「うん! そうしたほうがいいと思う」

 

 

もう迷いはなかった。

 

キャリーケースを持ってすぐにしおちゃんの手を引いて、すぐにその場から駆け出す。

 

「えっとそう致しましたら、お客様はこちらが明日の飛行時間になっておりまして、こちらか午後の時間帯で好きな・・・・・・あれ、お客様、・・・・・・お客様ぁ!!!」

 

 

後ろでこちらを呼ぶ叫び声が聞こえる。

 

 

こちらの後ろ髪を引くように、

 

こちらの足首をつかむように、

 

迷いそうになる。

 

転びそうになる。

 

でもしおちゃんが手を引いてくれている。

 

天使がその翼を広げて、一緒に跳躍してくれる。

 

もう声にも、手にも引っ張られない。

 

わたしたちは自由だ。

 

空港を抜け出す。

 

早くどこかに行きたくて、適当なバスに飛ぶように乗り込む。

 

大きなキャリーケースを持った人たちがすし詰めだったがなんとか2席空いていて座れた。

 

プッシューと扉が閉まり、バスが出発する。

 

どこ行きかは分からない。

 

バスは暗闇の中を進んでいく。

 

みんな帰国後のなのか、誰も喋れず寝入っているようだ。

 

 

エンジンの駆動音だけが響く社内で。

 

声も自然と小声になる。

 

「大丈夫かな」

 

しおちゃんの耳元に囁く、握った手を強く握り返してくれた。

 

 

「大丈夫だよ」

「そうかな」

 

「うん!」としおちゃんが大きくうなづく「だって」と自信満々に返してくれた。

 

「わたしとさとちゃんが、相談して決めたことだもん!」

 

相談、二人の共同作業。

 

そうわたしたちは、大切なことを二人で決めると決めた。

そうしたから、しおちゃんは大丈夫だとそう言っている。

 

そうすれば後悔しないと。

 

「うん、きっと大丈夫だね」

 

わたしがそう言うと「もちろんだよ」としおちゃんがこちらに寄りかかってくる。

 

「そうだよね」とわたしもしおちゃんの頭に頭を乗せる。

 

ツインテールがぴょこぴょこ揺れる。

 

ふさふさの髪の毛、その間からいい匂いがしてくる。

 

幸せな匂い。

 

「私たちなら、なんとなかなるよね・・・・・・しお、ちゃん?」

 

しおちゃんの反応がない。

 

ちらりと下を見ると、しおちゃんは、寝息を立てていた。

 

「ふっふふ」と口から笑みがこぼれる。

 

しおちゃん寝っちゃったみたい。

 

安心したのかな。

 

ここまで走りぱなしだったからな。

 

寝ているしおちゃん、可愛い・・・・・・。

 

ぷにぷにとした柔らかな頬っぺを指でツンツンしながらそんなことを思う。

 

しおちゃん、わたしのシュガーエンジェル。

 

絶対に離さない。

 

わたしは、しおちゃんをぎゅぅぅっと抱きしめる。

 

そうしている間にいつの間にか、わたしも寝てしまっていた。

 

どうやらかなり寝てしまったようだ。

 

暗かった世界は、少しずつ白んできていた。

 

 

終電なのだろう、眠そうにするバスの運転手に起こされてわたしたちは温かいバスを追い出された。

 

降りるとき、すし詰めだった社内にはわたしたち二人しかいなくなっていた。

 

バスが走り出す。

 

寂れたバス停。

 

周りには何もない。

 

あるのは、ザァーザァーと音を立てる海だけだった。

 

都会にはない、潮の匂いが鼻腔を突き抜ける。

 

吐く息は白い。

 

春先、朝はまだまだ寒い。

 

わたしたちはキャリーケースからパーカーを取り出して羽織ってお互い寄り添いながら、とりあえず海に沿って歩きだした。

 

一晩寝たからか。しおちゃんは思いの外元気だったのが救いだった。

 

「さとちゃん、あのザァーザァーといってるの何?」

「海だよ、しおちゃん。波の音がしてるんだよ」

「海、あれが海?! わたし知ってるよ、すっごく多きて、しょっぱい水なんだよね!」

「そうだよ~。しおちゃんは、物知りだね~」

「えっへへ、でもなんで水がしょっぱいんだろうね」

 

うーん、なんだっけ、確か。塩酸の水に、だんだんナトリウムが反応して塩化ナトリウムになったからで・・・・・・なんて言っても分からないよね。

 

「それはね、神様が水に塩が入れたからだよ」

 

わたしがそういうとしおちゃんは嬉しそうに跳ねた。

 

「しお、しおが入ってるんだ! わたしと一緒!」

 

「――――っ、そうだね。しおちゃんと一緒だね」

「じゃあじゃあ、この匂いもそうなの?!」

「うん、これは潮の匂いだね」

「わたしと一緒だ!!」

 

しおちゃんがそう言って、深呼吸する。

 

「しょっぱい~」と笑う。

 

塩水に、潮の匂い。

 

それはしおちゃんと一緒。

 

海なんて辛くて、粘ついて、不快なだけだと思ってたけど、そう考えると好きになれるかもしれない。

 

わたしもしおちゃんと一緒に深呼吸する。

 

冷たい空気と潮の匂いが肺に充満する。

 

しおちゃんが肺いっぱいに入ってくる。

 

スッキリとした気分になる。

 

なんだか、ここでなら見つけられそうな気がした。

 

 

わたしとしおちゃんのお城。甘くて少しの塩味が効いた素敵なお城。

 

その想像に足元が軽くなる、海岸を歩く。

 

どれくらい歩いたか分からないほど歩くと、一軒の古ぼけた民家が見えてきた。

 

そうわたしとしおちゃんの第二のお城へとつながる家が。




次話は老婆の話をサクッとして甘々な話を書きたいと思います。
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