ハッピーシュガーソルトライフ   作:ロータスlotes

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さと×しおは今回出てきません。

叔母さんの話になります。


第五話 アノ人

「またあの人ですか・・・・・・」

「みたいだな」

 

男はそう呟いて、嘆息した。

 

これで何度目だろうか。

 

あのマンションでの火災は、事故ではない放火によるものだということは、鑑識の調べで分かっている。

 

ガソリンが撒かれて、そこから引火したということを。

 

そしてガソリンのついた服に、指紋が検出されている。

 

あのマンションに住んでいて、ガソリンを所持している。

 

容疑者、というよりも物的証拠からもはや犯人と言ってもいいあの女。

 

だというのに。

 

男は新人刑事に任せた事情聴取の記録を捲る。

 

容疑に対して、容認も否認もしない。

 

ただ一言「分かりません」としか答えない。

 

もうそれが5日もこの状態だ。

 

そう言って、頭痛を抑えるようにこめかみを指でぐりぐりとするが、痛みは消えない。

 

そして問題は、軒並み担当させた新人刑事たちが皆、休職願いと出していることだろう。

 

 

精神科にかかった奴もいる。

 

 

この聴取を取った奴も、さきほど「正義って何なんですかね」と呟きながら部屋を出ていった。

 

こいつもだめかもしれない。

 

はぁ~とわざとらしいぐらいにため息をついて、男は立ち上がった。

 

 

すると、近くに陣取っていた部下の一人で刑事の元井、この部唯一の女性が話しかけてきた。

 

「楠瀬警部補、どちらに?」

「事情聴取だ。やわな新人じゃ埒が明かない」と短く告げると、「では、私も立ち会います」と立ち上がろうとするのを手で制した。

 

「問題ない。俺は立派な大人だ、事情聴取ぐらい一人で出来る」

 

楠瀬警部補と呼ばれた、男は冗談のつもりでそう言うが、元井には通じないようだ。

 

「危険です。この5日で新人を2人、・・・・・・いや今日の子で3人は使い物にならなくなったですよ」

 

約2日に1人のペースで潰している計算だ。

 

それも言葉だけで。

 

取り調べをしているほうと、されているほうという圧倒的に弱い立場でありながら、楠瀬はその手口に単純に興味があった。

 

そして、それは元井と一緒で見れない。そんな気がしていた。

 

 

「取り調べは一人でやる。それが俺のやり方だ」

「では、私は別室で監視させてもらいます」

「だめだ」

 

「なんでですか?!」と元井が食い下がる。

 

さて、なんていうか。ぶん殴って女は黙ってろと言えれば、話は早いがここ警察署でお互い刑事。

そんなことは出来ない。

 

「その目のクマ。化粧でも隠せてないぞ」

「――――っ、ね、寝てないのは楠瀬警部補も一緒です!」

「いや、そんなことないぞ。俺は新人に事情聴取させている間にぐっすりだ。お前も少しは仮眠を取ってこい」

「ですが、心配なんです・・・・・・」

 

心配だと、なんで俺がこんな小娘にそんなことを心配されないとならないんだと楠瀬は憤りを感じた。

 

「分かった。もういいこれは命令だ。元井刑事、仮眠を今すぐ取ること。以上だ」

 

楠瀬がそういうと唇を尖らせながら、元井は「分かりました・・・・・・」と全然納得していないながらもそう返事をしてくれた。

 

「あの・・・・・・」と部屋のドアノブに手をかけながら、元井が振り返る。

 

今度は、なんだと少しイラッとする。

 

「どうした?」

「これが終わったら、約束の美味しいものちゃんと奢ってくださいよ」

 

・・・・・・一瞬の逡巡、思考を巡らせて、楠瀬はああっ~と思いだす。

 

元井が書類整理よりも、事件を追いたいと駄々をこねるので、旨いもの食わしてやるから黙ってやれといったことをあったはずだ。

 

「ああ、この事件が解決したらな」

「ふっふふ、絶対ですよ!」と元井が機嫌を直して部屋を出ていった。

 

何がそんなに嬉しいのか、スキップをし兼ねない雰囲気だ。

 

・・・・・・まぁいいと楠瀬は余計な思考を振り払い、刑事の頭に切り替える。

 

これから、事情聴取だ。

 

さて、蛇が出るか、何がでるのか。

 

そんなことを思いながら、事情聴取の部屋へと向かった。

 

「あら、こんどの刑事さんは随分渋めなのね」

 

部屋に入ると、件のアノ人に声をかけられる。

 

窓はない。

 

灯りはついているが薄暗い部屋。

 

机と2つの椅子。

 

机に載っているライトが照らすのは、一人の女性だ。

 

浮かび上がる桃色の髪と張り付いたような笑み、握れば折れてしまいそうな華奢な体。

 

今回の容疑者、松坂という女性だ。

 

「事情聴取させてもらいます」

 

楠瀬は女の軽口は無視して、椅子に座る。

 

台帳を取り出し、ペンを持つ。

 

「いくつか質問させていただきます、正直にお答えください」

「は~い、刑事さん質問です。お名前を教えてくださ~い!」

 

小学生がするように元気よく挙手をして、女は質問してきた。

 

何がそんなに楽しいのか、無邪気な子供のように目を輝かせている。

 

「・・・・・・聴取を担当する楠瀬だ。以降、質問はこちらする」

 

楠瀬がそう厳しく言うと、分かっているのか分かっていないのか。

 

名前を聞いたその雰囲気のまま、「はぁ~い、楠瀬刑事さん!わぁかりまっしたー」と元気よく女は答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

だが、数十分後、

 

「はぁ~」と楠瀬は深いため息を吐くことになる。

 

気のせいではない頭痛

 

「お疲れですかー、楠瀬刑事」

 

誰のせいで。

 

調書は、一向に進まない。

 

ほかの新人達に任せた時どうよう、雑談には答えるが、肝心な事件のことには「わっかりませーん」としか答えない。

 

 

 

そのくせ、こちらが質問疲れをしていると、「楠瀬刑事は、いくつなんですかー」などとのんきな質問をしてくる。

 

もちろん、無視だ。

 

しかし、埒が明かない。

 

疲労もあいまって楠瀬の怒りが湧き上がって来ているのを感じる。

 

今すぐにでもこの女をぶん殴ってしまいそうで、机の下で見えないように拳を握りしめる。

 

ライトに浮かびかる張り付いたような笑みの女の顔面を、

 

「殴ればいいんじゃないですか?」

 

はっとしたように楠瀬は顔を上げた。

 

 

「なに?」と思わず声が漏れる。

 

それに女は、「ははっ、ねぇ殴って発散しちゃいましょう」と笑いながら身を乗り出してくる。

 

溜め込むのよくないですよーと言ってくる。

 

イカれてる、純粋に楠瀬はそう思った。

 

女を真正面から見据える。満面の笑みを浮かべてこちらも見ている。

 

クスクスとした笑いはこちらをバカにしているようで、俺が出来ないとでも思っているのか。

 

「楠瀬刑事って――――」

「――――いい加減にしろ!!!」

 

 

拳を、思いきり机の上に叩きつける。

 

その衝撃で、バンッと机がなり、上に載っていたライトが跳ね、ペンが吹っ飛ぶ。

 

弛緩した空気が張り詰めるのを感じる。

 

女の表情が、キョトンとした顔に変わる。

 

楠瀬はそれに満足した。

時折、こういうこちらが大人しくしていると勘違いしているバカなやつがいる。

 

体罰を恐れる体育教師じゃないんだ。

そういうやつには、こうやって脅してやれ――――。

 

―――クスッ。

 

 

ペンが床をカラカラと転がっているなか、小首を傾げて女はこちらを見ながらクスリと笑った。

 

「それがあなたの“愛”なのね」

 

“愛”歌に詩、古典に現代、使い尽くされて安い紛い物でしかないその言葉。

 

そのはずなのに、女の言う“愛”、それはとても楠瀬の心に纏わりついてきた。

 

だが、この衝動が“愛”であるはずがない。

 

破壊衝動、相手を暴力で屈伏させたいだけ、およそ理性ある人がするようなことではない。

 

この獣じみた―――

 

「―――獣欲、それも愛なのよ」

 

思考を先読みされる言い知れむ苛立ち、いやそれは恐怖と言っていい。

 

支配されるような、とても不快な感覚。

 

「黙れ」

 

「ねぇ私で発散させてしまいしょう」

 

女は、黙らない。嬉々として身を乗り出してくる。

 

さぁ殴れとばかりに。

 

「ほらほら、どうしたーの?」

 

「黙れ」

 

「んぅんーん? なんで我慢しちゃうのかな。私とあなた二人きりなのに」

 

「黙れ」

 

「気持ちよくなっちゃおう!」

 

「黙れと言っている!」

 

楠瀬の叫び、それはもはやこの女に向けたものではない。

 

自分に、「辞めろ!」と言いつけるように、押さえつけるような慟哭。

 

だが、女はそんなことを気にした風もなく、むしろ煽るようにここだよっと笑いながら自分の頬を指で指し示す。

 

「大変な仕事だもん分かるわぁ」

「殴れないと高を括ってくる生意気な態度をとる子もいるのよねー」

「一発殴って、言うことを聞かしたほうがお仕事がスムーズだもんね」

「いいのよ、そうしてそれがあなたの仕事なんだから」

 

黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、

 

 

「それとも・・・・・・」

 

黙れと、

 

「正義を執行するのが怖いの?」

 

瞬間、けたたましい音が部屋に鳴り響く。

 

椅子を蹴り飛ばしたガタンという音、そして吹き飛ぶ女の短い叫び声と、椅子やらライトやら落ちるガシャーンという音。

 

 

「はぁはぁはぁはぁ」

 

心臓が痛いほどに高鳴ってうるさい。

 

右手の拳に残る鈍い痛みがどくどくと響く。

 

楠瀬のは見る自分の右手に飛び散った生々しい血、そして女のほうを突っ伏して倒れている。

 

ため込んでいたものが消えた爽快感と高揚、同時にやってしまったという後悔の念が湧き上がりつつあるとき、女は立ち上がる。

 

キレた唇、そこから流れ出る血を舌で艶めかしく舐めとり、聖母のごとくほほ笑む。

 

「これがあなたの愛。いえ、あなたはこれを正義と呼ぶのね」

 

「正義・・・・・・?」

 

心臓がその言葉に呼応するように高鳴る。

 

「そう正義!」

 

女がすべてを受け入れると言っているかのように、来たもの全てを受け止めると言わんとしているように両手を広げる。

 

「正義よ。喋らない容疑者、生意気な犯人、権利だけ主張する無知な市民、それにあなたは正義の鉄槌を持って、理解せるのよ」

 

そうだ。それが一番手っ取り早い。

俺は、何も殴りたいわけではない。はやく事件を解決したいだけだ。

 

「「正義の名のものとに」」

 

女とハモる。

 

思考の先読み、意外と先ほどよりは不快ではなくなっていた。

 

「そう、正義を執行するのよ、楠瀬刑事」

 

女の言葉に導かれるように、出てくる自分の奥底に眠らせていたはずの自分が、起き上がってるくるのを楠瀬を感じていた。

 

それに、恐怖はない。むしろ心地よくなってきてさえいた。

 

女に近付く。

 

「まずは、そうね」と女が楽しそうに小首を傾げて、考えるように唇に人差し指を当てている。

 

楠瀬が女と目と鼻の先ほどまでに近付くと、閃きました!と言わんばかりに手をパンと鳴らす。

 

「言うことを聞かない容疑者に、あなたの持っている太くて堅い大きな警棒で痛めつけるていうのはどうかしら」

 

「もう一度聞く、なぜマンションでガソリンを撒いた」

 

答えなど返ってこない。女に答える気はない。

 

そう分かり切った質問に、

 

 

「わっかりませーん!」と女が小馬鹿にしたような返事をする。

 

それを聞くと、正義が膨らんでいくのを感じた。

はち切れんばかりで痛いぐらいだった。

 

 

膨らみきった女が太くて堅い、大きな警棒と称するものを取り出す。

開放され、これから正義を執行できると喜ぶそれが跳ねる。

 

「正義を執行する。両手を壁につけて尻をこちらに向けろ」

 

「はぁ~い、刑事さん」と女が素直に従う。

 

「最後にもう一度だけ聞こう。マンションを放火したのはお前だろう理由はなんだ」

 

甘ったるく、耳に、心に、体に、まとわりつくような声で、

 

「わっかりませーん」と女は言った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あの聴取から2日が経った。

 

 

「わっかりませーん」という言葉がいまだに耳を離れないと楠瀬は感じていた。

 

 

「まだ事件は解決していません。仮釈放となりますが連絡はつけられるようにしてください」

 

「はい、了解しました。楠瀬刑事!」

 

「ビジッ」と自分で言いながら敬礼する女。

 

それに腰に手をあてて嘆息する部下の元井。

 

いや今は元井から楠瀬になったのだった。

 

思い出すあの日、女との事情聴取を終えて、刑事部屋に帰ると元井が戻ってきていた。

 

時計を見れば数時間は経過していたようだった。

 

仮眠を取ったからか、元井は機嫌と体調がすこぶるよさそうだった。

 

かくいう俺も長年のアカが取れたような爽快感に見舞われていた。

 

だから、油断をしていたのかもしれない。

 

「楠瀬さん、物的証拠が見つかりましたので、押印をお願いします」

 

おう、と気軽に元井からの書類を受け取る。

 

それは、『婚姻届』だった。

 

それもご丁寧にすべてが記入されていて、あとは、俺が印鑑を押すのみだった。

 

「バカな」と呟くと同時に、元井から『物的証拠』がつきつけられる。

 

ノートパソコン、そこには傍聴室と思われる部屋の映像で、女の上げる嬌声と俺が猿みたいに腰を懸命に振っているものだった。

 

「・・・・・・ふぅ~、脅す気か、元井」

「ええっ、傍聴室で容疑者を強姦、マスコミは食らいつくでしょうね」

「・・・・・・ほかに交渉の条件は?」

「ないです。印鑑を押すか、刑事を辞めさせられて性犯罪者になるか選んでください」

 

元井は、大真面目な顔でそんなことを言う。

 

選択肢はあるようでない脅迫に俺は、

 

「楠瀬さん、逮捕です」

 

と言った元井の笑顔を俺は忘れることは出来ないだろう。

 

「ではでは、失礼しまぁーす!」と甘ったるい言葉に現実に引き戻される。

 

女が手を振りながら、スキップするように去っていく。

 

途中、女が唐突に立ち止まる。

 

一本の木の前で。

 

 

なんだと、俺は女の目線を追うと枝に、番・・・・・・にしては大小大きさが違う鳥が2匹留まっているのが見えた。

 

あいにく鳥の種類に詳しくはないが、そんなに綺麗でも珍しくもない単なる小鳥に見えるが、女はそれが気になるのかじっと見ていると、もう1匹小鳥が飛んできた。枝に留まり、2匹に近づいていく。

 

が、無防備なそれは小鳥を怒らせたのか、小さめの小鳥を守るように威嚇する。

 

そして、ついに2匹は羽ばたいてしまった。

 

1匹取り残された小鳥は、しょぼくれたように項垂れていた。

 

 

「追えばいいんじゃないかしら」

 

女が小鳥に話しかけていた。

 

女の言葉が分かる・・・・・・わけがないが、小鳥はそれでも顔を上げる。

 

女と目と目を合わすと、瞬間羽ばたいて、大空へと飛び立つ。

 

あの2匹を追ったのか、それともどこか違うところへと向かったのか分からない。

 

「そう、それも愛なのよ」

 

と女は満足げにうなづきながらもスキップするように警察署を出ていった。

 

あれは、なんだったのか大空を見上げてみても、何も分からなかった。




叔母さんの下の名前って分かってないんですよね。
私、気になります
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