『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』は、今回のお話で、ついに100話を迎えることができました!
早いもので、連載開始から4ヶ月。
応援してくださる皆さまのおかげです。
そんな100話を記念してお届けするのは、あったような、なかったような、多恵のお話。
色んな事に突っ込みたくなるかもしれませんが、笑顔でスルーしていただけると幸いです。
ふと、多恵が目を開ける。
「ここ……は……」
多恵の目の前に広がっているのは、懐かしい光景だった。
決して広くはない、ビルの一室を借りたような部屋に、自動卓が8台ほど所狭しと並んでいる。
部屋の中は殺風景だが、風通りの良い3階で、外の喧騒は特に気にならない。
窓からは眩しいほどに日の光が差し込んでいる。
奥にある小さな黒板のようなものには、ここのマスターが日替わりで作ってくれるランチのメニューが書かれていた。
忘れもしない。
ネット麻雀漬けでろくに牌捌きもできなかったときに、足繁く通った雀荘。
しかしそれは、「倉橋多恵」としての記憶ではない。
麻雀プロとして活動していた、いわば前世の記憶。
プロになった後もよく、この雀荘にはお世話になったものだ。
最後に、マスターに挨拶できなかったことをこっちに来てから悔やむほどに、多恵はこの場所に愛着があった。
(どうして私がこの雀荘に……?)
夢なのかもしれない。
そう思い自分の頬をつねってみるが、しっかりと痛みが伝わってきたことが、これが夢ではないことを証明する。
そんな呆けている多恵の後ろから、よく聞き馴染んだ声音で声がかかった。
「な~にボケっとしてんのよ。今日は大事な日でしょ?早く準備するわよ!」
「……やえ……?」
見慣れたサイドテール。
いつになく楽しそうな表情で多恵の肩を叩くその姿は、見間違えるはずもない。小走やえだ。
しかしここでおかしな点が出てくる。
間違いなく今多恵は「倉橋多恵」であり、その親友である小走やえもこうして隣にいる。
であるのにも関わらず、この場所は、こっちの世界では来たことがない。
前世の記憶そのまんまなのだ。
「……やえ。どうしてここに……?」
混乱した頭を整理する暇もなく、思わず出た問いは、やえからすると随分的外れだったようで。
「何言ってんのよ。今日はトッププロ2人と打てる一年に一度の大切な機会でしょ!早く座るわよ!」
トッププロ……?と。
多恵の頭はいまだに混乱していたが。
やえに引きずられるままに最奥にある自動卓へと向かう。
そこには、2人の”男”が先に卓についていた。
「……ッ?!」
多恵が、呆然とそこに立ち尽くす。
目の前に座る2人の存在が、信じられなかったから。
心臓が跳ねる。
「『倉橋』プロ、キャプテン!今日はよろしくお願いします!」
そこに座っていたのは、多恵が前世で一番と言っていいほどにお世話になった、所属していたチームのキャプテンと。
前世の、『プロ雀士倉橋』だった。
多恵が、プロになり、チームに所属した直後。
プロとしてのいろはを教えてくれたのは、間違いなくここにいるキャプテンだった。
何故その『キャプテン』という呼称を、やえが使っているのかすら分からないが、もともと突っ込みどころしかないような状況なのだ。
あえて聞くようなことを多恵はしなかった。
キャプテンは、所謂トッププロと呼ばれるうちの一人で、実績はもちろん、人望も人一倍にある雀士だった。
プロの世界でキャプテンを知らない人はおらず、キャプテンの存在こそが、多恵の所属していた『オーシャンズ』を優勝候補と呼ばれるチームへと押し上げていた。
そのキャプテンが、今目の前にいる。
伝えたいことは山ほどあるはずなのに。あまりの衝撃で言葉が出ない。
なにせもう一人、目の前にいるのは。
「じゃあ、始めようか」
前世の、自分自身だったから。
自分たち以外誰もいない雀荘に、パシン、パシン、と牌を打つ音だけが響く。
いつも、この音だけは気持ち良く耳に飛び込んでくる。
とても冷静でいられる状態ではなかったが、言われるがままに多恵は席についていた。
麻雀を打つことは、自然にできている。
何年も何十年も、続けてきた動作。
「2人とも、随分上手くなったね」
「いえいえ!まだまだですよ!」
下家に座るやえが、上家のキャプテンからの賛辞に笑みをこぼす。
不思議なもので、局を重ねるうちに、多恵の心は少しづつ落ち着きを取り戻していた。
一半荘を終えたタイミングで。
勇気を振り絞って多恵は口を開く。
「キャプテン、お……私、あの」
言いたいことが山ほどある。
落ち着きを取り戻した多恵の口が、少しずつキャプテンへ想いを告げる。
その言葉達は、堰を切ったように溢れ出した。
「最後、勝てなくてごめんなさい」
「最後、ろくに挨拶もできなくて、ごめんなさい」
「……仲間ができたんです。オーシャンズと同じくらい、大切で、信頼できる仲間が」
うん、うん、と。
寡黙なキャプテンは、決して口をはさむことはなかった。
自然と、自分が『プロ雀士倉橋』であったこともわかっていて。
この状況が良くわからないままに、多恵は全ての感情を吐き出していた。
一つ、間を開けて。
多恵は一番言いたかったことを伝える。
「自分に『麻雀』を教えてくれて、ありがとうございました」
二コリ、とキャプテンは微笑むだけだったけれど。
確かに思いは伝わった。
それだけで、多恵は嬉しかった。
そして、対局がまた再開し。
真剣に牌を選びながら。
対面に座る”男”と向き合った。
「そっちは、どうなん?麻雀は楽しい?」
「もちろん。……やえもいる。他にもたくさん、信頼できて、心強い味方がいて。それに加えて、麻雀を愛する人たちが世界にたくさんいて……楽しいよ」
「そっか……それはなによりだな」
「そっちはどうなの?まだ、つまらないって、華がないって言われてるの?」
「いんや。そんなことないよ。……色々考えたんだけどさ。結局俺は、不器用だし。努力して努力して、積み重ねることしかできないから。そんなことを繰り返してたらさ、自然と、応援してもらえるようになってきたよ。ちょっとずつだけどね」
「そっか……かっこ良いじゃん」
「まあ、決勝でダブリーに北で放銃したけどな!ダブリー何故か字牌で当たるあるあるに苦しめられてるわ!」
「はは!……私なんか天和と地和連続でツモられたよ」
「ははは!話盛るにしたってもっとまともな盛り方しろよ!面白くないぞ!…………え?」
楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
気付けば外は夕暮れで。
多恵達が書き込んでいたスコアシートも、もう1面を使い果たしてしまった。
夕日の差し込む自動卓。
その上に風で揺れる、スコアシート。
倉橋p +18
多恵 +45
(勝てた……のか)
麻雀は偶然の競技。
この1日で実力を確実に測ることは難しいけれど。
前世の自分に勝てたことに、安堵している自分がいる。
多恵が生まれ変わって努力してきた日々が無駄ではないのだと、感じることができたから。
やえが満足そうに、大きく伸びをした。
「はあ~っ!楽しかった!お二方、とっても勉強になりました!ありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ、いい刺激もらえたよ」
プロ2人が、席を立つ。
キャプテンが荷物をまとめ、2人そろってその場を後にしようとしたちょうどその時。
隣にいた『倉橋』が、そういえば、とこちらを振り向く。
その目は、確かに多恵を見つめていて。
「俺たちは、優勝したよ」
「……!!!!」
それは、前世で多恵が果たせなかった悲願。
最後の最後で、自分の敗北のせいで、見ることのできなかった、頂の景色。
嬉しさと悔しさがないまぜになる多恵に、更に声がかかる。
「だから……次は、そっちの番だな?」
「そう……だね!」
満面の笑みで、多恵が返す。
ひらひらと手を振って出ていく2人に、多恵が深々と頭を下げた。
(キャプテン……ありがとう。あなたのおかげで、今の私がある)
そして、今度こそ誰もいなくなったドアを見つめて、前を向く。
(そして前世の私。ありがとう。……今度は……私の番だ)
多恵が決意を新たに、制服を強く握りしめる。
多恵の優勝は、姫松の優勝。
前世の自分にできたのだ。
今の自分に、できない道理はない。
なにより、前世も今も、関係ない。
”麻雀を愛する心”は、いつも、いつまでも変わらないのだから。
その目に、心に。燈火が燃えている。