ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

107 / 221
今回のお話は、少し詳しい麻雀のお話を含みます。
もし麻雀そこまでやっていない方がいらっしゃいましたら、「ふーん」くらいで読み飛ばしちゃってくださいな!




第93局 「上手い」と「強い」

Bグループ最終戦は、静かながらも激しい攻防が続いていた。

 

 

「ロン。2000点です」

 

「うっ……はい」

 

早い展開。

 

塞自身こうなるかも、とは思っていたものの、想像以上の速度で和了りを取りにくる3人に対してどうしても先手が取れない。

 

 

(原村の捨て牌……最初から喰いタンを狙ってたとしか思えない組み方……)

 

和の捨て牌には先に一九牌が並び、その後役牌、そして中張牌。

相手に役牌を重ねられるリスクよりも、自分が重ねたかった意志の表れ。

 

 

(個人戦は半荘一回勝負……このまま速度で先を行かれ続けたら焼き鳥だぞ私……!)

 

麻雀において半荘1回で一度も和了れずにゲームが終了してしまうことを「焼き鳥」と呼ぶ。

ルールによっては「焼き鳥」でゲームを終了するとペナルティがつく。

そのルールでは焼き鳥ペナルティを嫌ってオーラスに着順の変わらない和了りを目指す……といった場面もしばしば見受けられる。

 

このインターハイにはもちろんそんなルールは無いが、気持ちの問題として「一度も和了れませんでした」では悲しすぎるだろう。

 

黙々と次の配牌を受け取る他3人を見ながら、塞はもう一度息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 多恵

 

多恵 配牌 ドラ{⑥}

{①③⑦1266二五七八東南白}

 

 

 

(う~ん、苦しいねえ……いいね。楽しい)

 

配牌を受け取って一つ間を置く多恵。

塞の力は十全に発揮されており、配牌も苦しければツモも苦しい。

先ほどの東2局は配牌オリを選択せざるをえないほどに苦しかった。

 

しかしこの局は親。

ただでさえ短期決戦のこの個人戦で親で配牌オリというわけにはいかない。

 

 

(ま、13巡目までいけば全部入れ替わるんだし、気楽にいきますか)

 

{南}を河へと送り出す。

どんなときもやることは変わらない。

 

一手一手最善を尽くすのみ。

 

 

 

 

 

 

 

11巡目。

 

 

塞 手牌

{④④赤⑤⑥789一二二六七八} ツモ{③} 

 

 

(よし……良い聴牌。先手……!)

 

塞が周りを見やる。

親の多恵は自分の足止めも効いていてとても聴牌しているような捨て牌ではないし、役牌を鳴いている和はまだ手出しが数回しかなく、こちらも聴牌しているようにはみえない。なにせ上家に座る多恵の手からほとんど一九字牌しか切られないので、鳴くこともできないようだ。

 

美穂子の捨て牌もそこまで濃い河をしているわけではないので、どうやら自分が先手をとれたらしい。

 

 

(平和ドラドラ。臆する理由はないね!)

 

塞が勢いよく牌を曲げた。

 

 

「リーチ!」

 

 

『先制リーチは宮守女子、臼沢塞!満貫確定のリーチだあ!』

 

『とても良い手組みでしたね。無駄がなく、そして安全度もしっかりと比較できている……とても丁寧だったと思います』

 

 

リーチを受けて、美穂子がツモ山に手を伸ばす。

 

持ってきた牌を手牌の横に一旦置いたものの、すぐに河へと持っていく。

 

 

 

その牌は、あまりにも自然に横を向いた。

 

 

 

「追っかけますね?」

 

「マジですかあ……」

 

完全に先に聴牌したと思い込んでいた塞は、思わぬ伏兵に額に冷や汗が流れるのを感じる。

 

 

多恵が苦笑いを浮かべながら牌をツモり、そして全員の安牌用に持っていた和が鳴いている{白}を捨て牌へ並べた。

 

 

(せっかくの親だけど……3向聴じゃあね……)

 

多恵が安牌を切ったのを見届けて、和が即座に牌をツモりにいった。

 

 

和 手牌

{⑥⑦⑧⑨3499三三} ツモ{五}

 

 

共通の安牌は無い。

聴牌ではない和は、もちろん真っすぐに行くわけにはいかないのだが、ここで何を切るかの選択を迫られる。

 

和は一通り美穂子の河を見渡した後、今度は塞の河を眺める。

 

 

塞 河

{中東①①24}

{⑨19発横一}

 

 

目を細め、しっかりと情報を集める。

平たい盤面の情報のみを信用し、即座にツモって切る動作を繰り返す機械だった和の姿はそこにはない。

 

和は確かに今、”麻雀”を打っている。

 

 

(ダマの理由は、何でしょうか)

 

見つめる先は相変わらず微笑みを湛えている美穂子だ。

 

ダマという選択は何かしらの意図がある。

 

打点があってリーチの必要がないか、待ちが悪くて変化を待っていたか、河の情報が変化して待ちが強くなったか。

 

 

(全ての可能性を考慮した上で……これですね)

 

和が選んだのは{9}。

これは先制リーチの塞の現物だ。

 

1人の現物で、端っこだから。

その程度の理由でこの牌を切るほど、和は甘い打ち方はしない。

 

 

(この{9}は、良形にしか当たりません。良形の待ちで、現状ラス目の福路さんがリーチしなかったとするなら、打点があるということ。そしてもしそうであるならば)

 

美穂子は現状ラスだ。

一刻も早く点数が欲しいこの状況で、みすみす和了りを逃すようなことはしたくない。

であるならこの{9}が待ちで、さらに良形役アリであると仮定した場合、「リーチをする理由がない」。

 

ダマで待っていれば和や多恵からリーチ者の現物として零れてくるかもしれないのだ。

ちなみに良形役なしなら問答無用でリーチだ。{9}の待ちが極端に悪い河ではない。

 

全ての可能性をはじき出した上で、和が{9}を河へと送り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

しかし、通らない。

 

 

美穂子 手牌 裏ドラ{中}

{⑥⑦⑧23344赤578四四} ロン{9}

 

 

 

「裏は……ナシで8000点です」

 

「……はい」

 

 

当たったことに驚きを隠せないまま、和が点棒を美穂子へと差し出す。

 

確かに和の理論は間違っていなかった。

普通であれば、限りなく当たりにくい牌。

 

しかしこの福路美穂子だけは普通ではない。

 

 

(福路さん……原村さんが{9}固めて持ってるの分かってたな……?)

 

ニヤリと人の悪い笑みを美穂子にぶつける多恵。

その視線に気づいた美穂子は、やはり微笑みを返すだけだった。

 

 

 

 

 

『一発で放銃になってしまったああ!!風越女子福路美穂子選手!満貫の出和了りですぐに点数を戻しました!原村選手は先制リーチの臼沢選手の方を警戒しての{9}だったんですか?!』

 

『今の一連のやりとりは、かなりレベルが高かったですね……すべてをお伝えできる自信がありませんが……』

 

解説の健夜が自信なさげに手元のモニターで先ほどの河とそれぞれの手牌を見つめる。

 

 

『まず、福路選手は前巡で聴牌を入れていましたが……これをリーチしませんでした』

 

『そうでしたね!少し意外な選択でした』

 

『微差とはいえラス目で、一刻も早く点数が欲しいこの場面……{6}の方なら出和了り満貫とはいえ、ここは多くの打ち手がリーチを選択するところです。しかし、ダマを選択した』

 

次の配牌が配られようかというタイミングだが、健夜の解説は続く。

 

 

『風越女子の福路選手は、相手の手牌を読むことがかなり得意な選手です。……もしかすると、{9}が鳴いている原村選手のもとに固まっているのを見破っていたのかもしれません』

 

『そーんなことがわかるんですかあ?!ほへー……』

 

『そのうえで、リーチの一発目に臼沢選手へ強い牌を切ると、他の2人が警戒してしまう。ここにいる他2人の選手……倉橋選手と原村選手がそこに飛び込んできてくれるほど甘い打ち手ではないのは彼女もわかっていたのでしょう。……だから、逆手に取った』

 

美穂子のとった選択。

美穂子は相手の手牌読みの精度はすさまじく、塞の一向聴と和の{9}対子を瞬時に見抜いていた。

 

だからこそ、ダマ。

そして塞のリーチにダマプッシュしてしまえば、今度は和の{9}が出なくなってしまう。

だからこそ、追っかけリーチ。

 

現物待ちを目くらましに使ったのだ。

 

 

 

 

 

和が点箱をパタンと閉じて、目を閉じる。

 

 

(流石福路さん。侮れませんね……ですが、引きずりませんよ)

 

この程度のことで動じない。

美穂子が一段上の打ち手であることは県予選ですでに知っている。

 

この程度のことで動揺しているようでは麻雀は打てないのだ。

 

 

 

東4局 親 和 6巡目

 

 

 

「ポン」

 

動いたのは多恵だった。

 

美穂子から出た{発}を流れるような動作でポン。

{8}を切り出した。

 

和の上家に座る多恵は、通常なら鳴きにくい場面。

親の和へのツモを増やしてしまうことになるからだ。

 

しかし多恵はそうもいっていられない状況。

 

 

多恵 手牌 ドラ{3}

{①②④⑦⑧9東東南白} {横発発発}

 

 

(鳴かないと手にならない上にツモがいつまでもキツいまま……あんなこと言った手前文句言えないけど……臼沢さんちょっと縛りキツすぎませんかねえ……)

 

多恵も思わず苦笑いだ。

確かに力を封じてくれることで昔の麻雀ができるならそれも面白いと思ったことは確かだが、どうもツモが効かなすぎる。

やりようはもちろんあるのだが、このまま手をこまねいていては和了れなさそうなので、今度も多恵は仕掛けに出た。

 

 

 

煮詰まってきた12巡目。

多恵が更なる仕掛けを入れる。

 

 

「チー」

 

美穂子から出た{③}をチー。

{②④}の形で右端へ牌を晒すと、{①}を軽やかに捨て牌へと切り出す。

 

塞が苦い表情でその動作を見つめた。

 

 

(余った……か)

 

多恵の河は明らかに染め手模様。

とはいえもう3人も多恵のことは理解していて、なにも筒子以外が安全などとは思っていない。

 

単純に筒子を余らせて染め手の聴牌が入った場合と、他のターツを持っている可能性を考慮しなければいけなくなった。

 

 

和が、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

和 手牌

{⑦⑧⑨23456八八八九中} ツモ{④}

 

 

 

『おお~っとお!原村選手これは染め手模様の倉橋選手に切りにくい牌を持ってきたあ!!これは一旦字牌でお茶濁しですかね?』

 

『これは真っすぐには向かいにくいところですね……って』

 

健夜が解説を終える間もなく、和が一枚の牌を力強く河へと切り出す。

 

その牌は今まさに持ってきた{④}だった。

 

 

(おっ……)

 

多恵が、嬉しそうな表情で和を見やる。

 

その視線に気付いた和も片手にエトペンを握りしめながら、静かな笑みでそれに返した。

 

 

 

『切っていったあ!強気です原村選手!まだ倉橋選手が聴牌でないと読んで押していきましたかね?!』

 

『……どうなんでしょう……これは……』

 

健夜が顎に少し手をあてて考える。

そんな健夜の様子を恒子は頭にクエスチョンマークを浮かべながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

({②④}チー、チー出し{①}の場合。この瞬間に限りこの{④}は必ず通る。……これも、先生から教わったことです)

 

(偉いねえ原村さん……しっかり同巡で処理されちゃったか)

 

牌理の話。

 

多恵の得意とする牌姿理解と、洋榎等が得意とする手牌ブロック読みの応用。

 

鳴く前の形を想像してみると分かるのだが、{②④}から{③}を鳴いてチー出し{①}の場合の、{④}の当たり方を考えてみる。

 

まず両面だが、当たる前の形を考えると

 

{①②④⑤⑥裏裏(雀頭)} とあったことになり、この{③}はチーではなく「ロン」でなくてはおかしくなる。

 

カンチャン待ちに関しても同じことが言える。

 

{①②③④⑤裏裏}この形であることから、やはり{③}はロンの牌だ。

 

他は割愛するが、全てのパターンを考えても、この{④}は当たり方がほぼ無い。

 

 

既にこの理論を多恵は、「クラリンの麻雀講座」動画で紹介していた。

 

 

 

 

(今の私があるのは、紛れもなく先生のおかげです。だからこそ、高校生同士として戦える今。この最高の舞台で、私は、あなたを超えて見せます)

 

 

和がリーチをかける。

多恵が、複雑な表情で手牌の字牌を落とす。

 

 

機械のように麻雀を打つ「のどっち」はもうそこにはいない。

 

しかし、彼女のネット麻雀での経験は確実に活きていて。

そこにリアル打ちの知識が加わった。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

和 手牌 裏ドラ{⑨}

{⑦⑧⑨23456八八八九九} ツモ{1}

 

 

「4000オールです」

 

 

和が真っすぐな瞳で多恵を射抜く。

 

 

(まいったなこりゃ……)

 

多恵も思わずガシガシ、と頭を掻いた。

和の表情は、あの時ネットで対戦した「のどっち」とは雰囲気も違っていて。

 

 

かつて「のどっち」についていた天使のような羽と、鋭い槍。

 

それらは今、アバターにではなく、他ならない「原村和」についている。

 

 

そんな完全武装した和を前に、多恵はどうしたもんかな、と静かに腕を組むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きいまったああ!!大きすぎる親満ツモでインターミドルチャンピオン、原村和が一気にトップ浮上だああああ!!!』

 

歓声が上がる。

やはり和が活躍すると会場の熱気も増すようだ。

 

机に乗り出して実況を続ける恒子の隣で、複雑な表情を浮かべる健夜。

 

 

 

『……私では全てを伝えられないのが心苦しいですね。……それくらい彼女たちは高い次元で麻雀を打っています。間違いなく、高校最高峰に「上手い」打ち手4人かと』

 

『おおっと!ここで上手い=強いわけじゃないわよ小娘たち。と言わんばかりの解説ありがとうございます!』

 

『そんなこと言ってないよ?!』

 

ケラケラと笑う恒子の横で、はあ、と一息ついた健夜が物思いに耽る。

 

 

(でも、こーこちゃんの言う通りなのかも。上手い=強い競技であれば、どれだけ良かったんだろうね……)

 

自分も「上手い」側ではなく、「強い」側という自覚があるからこそ、この4人の試合を見る健夜は複雑な気持ちだった。

自分たちのような存在が、どれだけ彼女たちのような努力してきた人間の心を折ってきたかなど想像に難くない。

 

だからこそ。

 

 

『……最後まで、貫いてほしいですね』

 

小さく呟いたその言葉は、お世辞でもなんでもない。

紛れもなく健夜の本心だった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。