ここからまたペース上げていければと思います!
東4局 1本場 親 和
点数状況
東家 臼沢塞 18500
南家 福路美穂子 24300
西家 倉橋多恵 27700
北家 原村和 29500
塞は自身が劣勢にあることを理解していた。
元々このメンバーの中では一段劣るであろうことはわかっていたし、しかしだからこそ全力で臨む意味があるとも思っていた。
幸い、ここにいるメンバーは運量でゴリ押されるような打ち手ではない。ほんの少しだけ運がこちらに向けば、塞にも決勝トーナメント進出の望みはあると思っていた。
(それも、甘い考えだったね)
自身の点棒を眺める。
まだ絶望するような点数ではない。
それでも、塞はこの都合5局で彼我の実力差を感じ取ってしまった。
長い年月をかけて習得された、技術の差。
しかし塞が手を止めることはない。
(実力では劣ってるのなんかわかってる。でも、私には、これがある)
右目にかかったモノクルをかけなおす。
相手の手牌進行と、超常的な力を抑え込むモノクル。
その「塞ぐ」力は十全に目の前に座る騎士へ影響を与えているのだ。
和の勢いは止まっていない。
和はネット麻雀をやりこんでいた時期から、上手い和了りを一つ和了れると勢いに乗れるタイプの打ち手だった。
もっとも、和本人は「そんなオカルトありえません」と一蹴するのだが。
8巡目 和 手牌 ドラ{八}
{②③④⑤⑥899五六七八八} ツモ{①}
「リーチ」
寸分の迷いもないリーチ。
和が点箱から取り出した千点棒がわずかな時間宙を舞う。
『きたきたきたああ~~!!!インターミドルチャンピオン原村和!!たたみかけるように先制リーチだあ!!!』
『愚形残りとはいえドラドラ……彼女なら間違いなく曲げますよね』
個人戦でも注目を集める和のリーチに、会場からも歓声が上がる。
一つ息を置いてから、塞が山へと手を伸ばした。
塞 手牌
{赤⑤⑤⑥⑥⑦23455六七西} ツモ{④}
(追い付いた……ッ!)
西は虎の子の安全牌。
カン{8}のターツを払っている途中に持ってきた{西}を引っ張ったのが功を奏した。
安全牌でリーチを打てる。
「リーチ!」
塞が牌を曲げる。
(原村和は親から先制愚形曲げが多い。行くよインターミドルチャンピオン……!)
塞が勢いよく牌を曲げられるのには、多恵をしっかりと塞げているということが大きかった。
確実な脅威となりうる存在だが、今は幾分恐れなくていい。
多恵はかなりデジタルな打ち手なので、この状況の2人リーチに向かってくる可能性は低い。
2人からのリーチを受けて、美穂子は少し困ったような表情を浮かべると、共通の安牌である{1}を手から切り出した。
「……チー」
多恵の発声に、塞と和が少し驚く。
(倉橋が鳴いた……?)
(……先生は滅多に一発消しをしません……こういった2家リーチだと特に……とすると)
多恵の切り出しは安牌の{白}。攻撃的な打牌ではない。
多恵 手牌
{①②79一二三八発発} {横123}
『倉橋選手!これを鳴いていきましたがまだまだ形が苦しいですよね?』
『そうですね……この半荘ずっと配牌もツモも厳しいですから……本来彼女は鳴きが多いタイプではないのですが鳴いていきましたね』
和と塞が警戒をあらわにしながらも、持ってきた牌をツモ切る。
リーチをした以上、これから先この局でできることは無い。
あとは、この局の動向を眺めるだけなのだ。
美穂子が持ってきた牌を右端において、少考する。
美穂子 手牌
{⑨⑨123456889五五} ツモ{赤五}
聴牌。
一気通貫確定の聴牌が取れる形だ。
{8}は和の現物で、塞にも比較的通りやすい牌。
ここまでの情報で聴牌をとることは確定として、あとは牌を曲げるかどうか。
(倉橋さんはおそらくノーテン……勝負手ですし、いかせてもらいましょう)
{7}の場況は良いとも言い難い。
しかしリーチが2人かかっている以上、持ってきた場合は無条件で河へと流れる。
であれば、この愚形聴牌にも勝機はあるのだ。
「リーチ……いかせてもらいます」
控えめな、それでいて苛烈な美穂子のリーチに、卓内がピリピリと緊張感で焼ける。
『3人リーチだあああああ!!!!ここがBグループの運命を分ける分岐点となるのか?!局の行方はまったくわからなくなったぞおお!!』
『この{8}……倉橋さん』
健夜が気付いたのは一瞬。
美穂子の宣言牌{8}は、多恵に急所の牌だ。
しかしそれで聴牌を取りに行くと余る牌は……ドラの{八}。
『おおっと!これを鳴いて前に出ると親の原村和にズドンだぞお?!どうなる倉橋多恵!!!』
恒子の勢い溢れる実況が卓に聞こえているはずはなく、卓内は依然として張り詰めた緊張感で満たされていた。
美穂子の手から放たれた{8}。それを見て逡巡する多恵。
ままならない配牌。
育たない手牌。
しかし、いつまでも嘆いていては仕方ない。
それでも最善を尽くし続けるのが、多恵の麻雀。
一つ、大きく息を吐いた。
しかし多恵がほどなくして答えを出す。
「チー」
鳴いた。
『鳴いた!鳴きました!倉橋選手まずい、あぶなああああーい!』
『恒子ちゃん良く見て?!』
興奮のあまり頭を抱えて天井を見上げる恒子を、健夜がたしなめる。
多恵が切り出していたのは、{発}だった。
多恵 手牌
{①②一二三八発} {横879} {横123}
(この急所は鳴かなきゃ和了れなさそうだったからね……ただ、ドラの{八}を切るには見合ってない)
多恵の少し暗い瞳が、冷静に場の状況を映している。
この{八}は3人に誰にも通っていないドラ。
ペン{③}の2000点聴牌をとるにはあまりにも見合ってないのは、割と誰にでもわかることだ。
ここから、多恵の長い航海が始まる。
10巡目 多恵 手牌
{①②⑦一二三八} {横879} {横123} ツモ{九}
({⑦}……福路さんには現物。原村さんには……比較的通りやすい。ただ、本命は臼沢さん。これを通す価値があるのか?……私が洋榎ならよかったんだけど……)
局収支。多恵が信じるのはそこだ。
多恵が洋榎であったなら、相手の手牌を全て見透かしたかのような打牌で放銃を回避しながら回り続けることができたかもしれない。
しかしそれは無いものねだり。
多恵が築き上げてきたものは局収支による打牌選択。
一巡一巡で変わり続ける情報を脳内で処理して、この牌を切る価値が見合うかどうかを計算し続ける。
(見合わない。臼沢さんに通っているスジが8本。無スジ7、3、自身はノーテン。回る)
多恵が{②}を切り出す。
これも完全安牌というわけではないが、{⑤}が通っていて、河の情報からほぼ当たり方がない事を把握することができた。
12巡目 多恵 手牌
{①⑦一二三八九} {横879} {横123} ツモ{七}
再び聴牌。
今度は先ほどと状況が変わる。
同じ巡目で{④}が通ったことにより、{⑦}の当たる確率がグッと下がったのだ。
もう一度、計算をし直す必要がある。
多恵が、右手でゆっくりと頭を抱えた。
深く、深く思考の海へと沈んでいく。
(聴牌。ペン{⑦}とシャンポンの可能性……ある。原村さんにすら当たる可能性がある2000点愚形聴牌の局収支……)
熟考の末切り出したのは{①}。役なし聴牌だ。
重要なのはこの{⑦}が実は当たっていないとか、そういう話ではない。
多恵が信じるのは局収支。
それに見合ってさえいれば当たる牌も基本は打つべきだと多恵は考えているし、実行している。
人読みやブロック読みなど、その全ての読みは多恵にとってあくまで局収支を計算するうえでの要素でしかない。
それに、見合わなかった。
当たる可能性のあるこの牌を、3人に対して切る価値が無いと判断した。
まだ、多恵の航海は続く。
14巡目 多恵 手牌
{⑦一二三七八九} {横879} {横123} ツモ{八}
多恵の手が、ぴたりと止まる。
掴んだドラの{八}。このツモで、多恵のチャンタや三色での和了りはほぼ厳しくなったと言える。
『倉橋選手!絶妙なバランス感覚で形式聴牌をキープしていましたが、ここで万事休すかあ?!』
『これは……流石に厳しそうですね。オリに回ることになりそうです……』
流石にこのドラは打てない。
それは視聴者も観戦している他選手たちも全員がそう思った。
これで流局か残り少ない和了り牌を誰かが引いて終わりかな、と考えモニターを眺めた健夜が、ゾクリと寒気に襲われる。
多恵の吸い込まれそうな深紅の瞳は、恐ろしく冷たく卓全体を見渡していた。
16巡目 多恵 手牌
{⑦一二三七八八} {横879} {横123} ツモ{⑥}
『聴牌し直し……!恐ろしい執念だ倉橋多恵!!海底間近にしてもう一度聴牌を組みなおしたぞお?!』
『安牌の{一}を、絶対に切らない……手牌を崩さないで形式聴牌に向かうのを最後まであきらめない……まさしく、すさまじい執念ですね……』
和が、またも右手を頭に当てて、深い思考の海に沈んでいく多恵を見て、心臓が高鳴るのを自覚していた。
(先生……あなたはやっぱり、最後まで最善を選ぶことをやめないんですね……!だからこそ……だからこそかっこ良い……!)
ほぼ情報は出切った。
局は終盤。河にはこれでもかというほどの情報が転がっている。
それら全てを、多恵は頭に叩き込む。
(原村さん残りスジ……臼沢さん残りスジ……福路さん残りスジ……だから、全部に3をかけて……自身は役なし。だけど)
多恵の出した選択は、{七}を押すという選択だった。
『押した!押しました!この{七}はスジとはいえ押してます!』
『ええ……彼女の中で、形式聴牌に価値があると踏んだんですかね……』
解説を聞いていた一つの控室。
ソファに座る少女は、黒く美しい長髪をさらりと流して、普段はかけている眼鏡を外し、鋭い視線をモニターへと投げた。
「違う。ヤツが見ているのはその先だ。ただの形式聴牌に意味は無い」
「と言いマシテモ……」
静観していた彼女が唐突に抗議の声を上げたことに驚きを隠せないメガンだったが、では多恵の狙いはどこなのかと視線を巡らせる。
そして、気付いた。
「マサカ……!」
17巡目 多恵 手牌
{⑥⑦一二三八八} {横879} {横123} ツモ{⑧}
『ツモったああ!ツモってしまった?!が!役がありません!』
『しかし、これはこれで良かったですね。安全牌の{一}を切って聴牌を取ることができます』
確かに、これで聴牌は確定。
何を切っても聴牌なのだから、形式聴牌という目標であればここで達成はしている。
が、多恵は、またも鋭い視線を卓全体へと見渡す。
『……あれれ?倉橋選手、切る牌迷ってますよ?』
『……完全安牌は{一}だけだと思いますが……』
と、そこまで言ってようやく健夜は気付く。
もう一度モニターを眺め、彼女は戦慄する。
多恵の、最後の狙い。
『ち、違う……この巡目……!』
『ほえ?』
多恵がゆっくりと牌を切りだす。
切り出した牌は今持ってきた{⑧}。
その牌に、卓に座る全員が息をのむ。
(さっきっから倉橋さんを塞げてる気がしない……いや確かに当たることほぼ無さそうなのはわかるけど……!手詰まってるのか?!)
(違います。先生がこの期に及んで手詰まり放銃などあり得ません。なら、狙いは一つ)
(……まさか……!倉橋さんは
洗練された山読み。
{⑥⑦}のターツが残った16巡目に少し勝負したのは、この時のため。
17巡目に持ってきてしまった時は少し待ち選びをもう一度やりなおさなければならないかとも考えたが、それでもやはりこの待ちは優秀で。
気付けばツモも多恵の努力に応えてくれている。
通常。最後の牌は南家の人間がツモることになる。
しかしこの卓では多恵が2回鳴いたことによってツモ巡がズレている。
そしてその最後の牌が誰の所へ行くのか。
ようやく答えにたどり着いた3人も、リーチを打っているのでツモ順をずらすことはかなわない。
麻雀は、最後の牌で和了ると役が付く。
多恵がゆっくりと最後の牌へ手を伸ばした。
長い長い、苦しい航海の先。
その手は、海の底に沈んだ宝を、ゆっくりと拾い上げるように。
「ツモ」
多恵 手牌
{⑥⑦一二三八八} {横879} {横123} ツモ{赤⑤}
「2100、4100」
『きいまったああああああああ!!!!まさかまさかの海底ツモ!!!ゴリ押しで引き寄せたああああ!!!!』
上がる歓声。
その中で健夜の体が小さくぶるりと震える。
『……違うよ恒子ちゃん』
『へ……?』
『最善を重ね続け、最後まで和了の可能性を追い求めた……これは努力の和了り』
『た、たしかにい!!失礼いたしました!!長い努力の末、倉橋選手大きな大きな満貫ツモです!!!』
勢いよく実況をしながら、横目で健夜を見やる。
震える声音で、興奮したように話す健夜を、恒子は珍しいと思った。