ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第95局 デジタルの頂点

 

点数状況

 

東家 臼沢塞   16400

南家 福路美穂子 22200

西家 倉橋多恵  36000

北家 原村和   25400

 

 

 

 

 

 

 

 

海底ツモを掴み取り再びトップに立った多恵は、少しばかりの手応えを感じていた。

右手を2度、握って開く。

 

 

(臼沢さんの力が引いてきた……?やっぱり、ずっとツモと配牌を封じるのは無理みたいだね)

 

多恵の視線の先には、額に伝う汗を袖でぬぐう塞の姿。

 

そもそも塞の能力は、基本的に1局ごとだ。

相手の力に応じて、状況に応じて。今までは塞はそうしてこの塞ぐという能力と付き合ってきた。

 

しかしこのメンバーでは、塞が塞ぐ対象とする人物が一人しかいない。

ツモを止めること自体は他2人にもできるのだが、速度感がわからない以上、むやみに塞ぎに行くのは上策とはいえないだろう。

それを塞もわかっているからこそ、こうして多恵1人を徹底マークすることになっている。

 

多恵が能力を塞がれることに対して全く無抵抗だったために、塞側は体力を消耗するような感覚にこそ陥っていないが、それが逆に塞に気味悪さを与えていた。

 

 

(え……?私の力、効いてるよね?)

 

最後となってしまった親番の配牌を理牌しながら、対面に座る多恵を見やる。

能力を塞ぐことはできている実感があるのだが、手牌自体を塞げている感覚はもう塞には無かった。

 

そもそも、1局限定でここぞという場面につかうはずの力を常時1人に向けるというのが困難なのだ。

塞自身、一度豊音相手にやったことがあるのだが、3局で体力は全てもっていかれた。

 

 

(実際ツモはもう止められてない……いつまでも頼っていられないか……親番、とにかく今は頑張れ私……!)

 

左手を握って作った拳を、トントンと2回太ももに叩く。

 

このままやられっぱなしでは終われない。

 

 

 

 

 

南1局 親 塞 ドラ{2}

 

3巡目。

 

美穂子が5ブロック手の内で作れたことにより、役牌の{発}をリリース。

これに反応したのはやはり多恵だった。

 

 

「ポン」

 

滑らかに右端へと運ばれる3枚の牌を横目に、和が山へ手を伸ばす。

 

 

(……この半荘……どうも先生の1鳴きの基準を修正する必要があるようです)

 

和にしてみれば、多恵の打ち方は何千回と見てきた身だ。

役牌1鳴きの基準など、誰よりも知っている。

しかし今日に限ってはどうやらその物差しでは測れない。半荘1回勝負という条件を差し引いても、和は幾分納得がいかなかった。

 

そんな怪訝そうな和の視線を受けて、多恵も少し苦笑い。

 

 

(まあ、多少良くなってきたとはいえ、鳴かないと進みが悪いからねえ……)

 

和の考える通り、多恵は基本面前派だ。絶対に鳴かないとかほとんどの牌を鳴くとか、そういった偏りは無く、鳴くべき牌を鳴いてスルーする時はスルーする。

その基準が若干面前に寄っている程度の、王道の打ち回し。

 

しかし今回に限って言えば有効牌が入ってきにくいのだから、鳴く選択肢が多くなる。

 

そして何と言っても、多恵は面前派であるが、鳴くスタイルができないわけではない。

 

 

 

 

 

 

8巡目。

 

美穂子が多恵が5巡目に捨てた{四}を見て、外すターツの候補だったカン{八}のターツを外しにかかる。

 

安全度も比較して、美穂子は{七}を切り出した。

 

「チー」

 

それをまたも鳴いたのは多恵。

手牌から{六八}のターツを晒すと、これを右端へと持っていく。

 

美穂子と多恵の間で視線が交錯した。

 

 

(そんな早くにリャンカンを固定したんですか……!?)

 

(……こうでもしないと切ってくれないでしょ?)

 

{四六八}で持っている所から{四}を切る。

聴牌打牌ならまだしも、一向聴の段階でこれを切ってしまえば、赤があるこのルールでは{赤五}などを逃してしまうリスクが伴う。

 

しかし多恵はこの状況で、そのロスよりも{七}の出やすさを優先した。

 

 

 

 

 

 

 

10巡目 美穂子 手牌 ドラ{2}

{①①②②②③234四五九九} ツモ{③} 

 

 

聴牌。

一盃口の確定する嬉しいツモ。

美穂子はためらいなくこの手を曲げる。

 

 

「リーチ……です」

 

 

 

 

 

『おお~~っと!!ここで長野代表福路美穂子選手からのリーチだああ!!』

 

『決勝トーナメントに残れる2着圏内……ではなく、トップをとりに行くリーチですね』

 

 

健夜の言う通り、美穂子は2位抜けなど目指していない。

もちろんオーラスで4、3位であれば2位抜けを目指すが、今この瞬間に限って言えばトップを取りに行っている。

 

その意志を感じながら、多恵はツモ山へと手を伸ばした。

 

 

多恵 手牌

{⑥⑦22567} {横七六八} {横発発発} ツモ{9}

 

少しだけ河を見渡すのと同時に、全員の表情を確認する。

 

 

対面に座る塞は、全く目は死んでいない。団体戦で多恵が戦った白望同様、強い精神力を持っているようだ。

 

リーチを打ってきた美穂子は、にこりとこちらに微笑んでくる。去年戦った時にも思ったが、やはり美穂子は上手い。

 

下家に座る和は、じっとこちらの様子を伺っている。自分を超えてみたいと言ったあの言葉に、どうやら嘘はないようだ。

 

 

(嬉しいな……よし。全力でやらせてもらうよ……)

 

多恵の瞳が、もう一段階暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『おおっとおお~!?倉橋選手、リーチに対して無スジをつかまされたあ!トップ目ですし、ここはオリですよね?』

 

唐突に横にいる健夜へと向いてきた恒子に驚きながらも、健夜はモニターをもう一度眺めた。

 

 

『……そう簡単には言い切れません。安牌あるにはありますが、ここから安牌が続くかもわかりません。自身は3900点の聴牌で、3着目からのリーチ。今言った以上のことを、今倉橋さんの脳内で緻密に計算されているのだと思います』

 

『ええ~っ!そんなに考えることがあるんですかあ?!私ならすぐオリちゃうけどなあ……』

 

『……彼女の所属する姫松高校の大将……末原恭子選手、知ってますか?』

 

『もちろん!!団体戦決勝、鮮烈でしたからねえ~!!』

 

『あれだけ速攻、鳴きを得意とする彼女のインタビューで、「鳴いた後の押し引きは倉橋選手から教わった」と言っていました』

 

『なんと!』

 

『手牌読み、人読み、自身の和了率、放銃率、ノーチャンスワンチャンス、和了価値指標……それらの情報をもとにはじき出される局収支。この全てが彼女の頭の中を飛び交っているはずです』

 

『????な、なんだかよくわからない単語がたくさんでてきましたがとにかく倉橋選手の頭はすごいことになっているようです!!!』

 

『ほんとにそれで伝わるかなあ?!?!』

 

 

健夜の解説が行われている間も、多恵の脳内は止まることなく回転している。

時間にして5秒ほど。

 

 

右手を頭に当て、ちいさな声で「すいません」とだけ呟いた多恵。

 

切り出されたのは{9}だった。

 

 

端牌とはいえ、無スジを押してきた多恵を見て、卓内を緊張感が満たす。

 

和のツモ番へと局は動いていた。

 

 

(先生は確実に聴牌。福路さんも下手なリーチで先生がすぐにオリてくれるとは思っていないでしょうし……両面以上の可能性は普段より高そうですね)

 

冷静に手牌を見やる和。

自身の手はそこまで育っておらず、共通の安牌を抱えておいて正解だった。

字牌を切りだしていく。

 

美穂子の持ってきた牌は和了り牌ではなかった、これも切り出す。

 

 

多恵 手牌

{⑥⑦22567} {横七六八} {横発発発} ツモ{8}

 

 

そうして多恵が持ってきた牌は、またしても無スジ。

 

今回は時間を使うこともなく、即座にその牌を河へと切り出す。

 

 

『これもいったあ~!!!でもでも、全部行くぞ~ドコドコとかそういうわけじゃあないんですよね?!』

 

『もちろんです。しかし論理に基づいて押されているとわかっている福路選手は……気が気ではないでしょうね』

 

 

リーチの後は無防備。

その後持ってきた牌がどれだけ危ないと思っても、手の内に入れることは許されない。

 

 

 

「ロン」

 

美穂子の手から、多恵の和了り牌がこぼれた。

 

 

 

 

多恵 手牌

{⑥⑦22567} {横七六八} {横発発発} ロン{⑧}

 

 

「3900」

 

 

「……はい」

 

 

 

『押し切ったああ!!決め切りました倉橋多恵!!決勝トーナメント出場を大きく引き寄せる3900の和了り!!』

 

『大きいですね……打点以上に大きい和了りだと思います』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 美穂子 ドラ{⑨}

 

5巡目。

 

 

早ければ後3局で終局。

その事実が、少しずつ3人の焦りを呼んでいた。

 

点差ができてしまい、親の無い塞は打点が欲しい。

 

 

(もう塞ぐとかそういう話じゃない……最低満貫……って言いたいところだけど、そんな時間くれるわけもないよなあ……!)

 

誰かの手牌進行を止めるために塞ぐことよりも、自身の手を形にしないと勝負にならない。

 

塞は今局、比較的軽い手牌故に、なんとか面前でのリーチまでこぎつけたいと考えるのだが、なかなか道は険しい。

誰かの手出しが入るたびに、聴牌なのではないかと疑ってしまう。

 

 

そんな緊迫した状況で、美穂子が静かに手牌を眺めた。

 

 

 

美穂子 手牌 

{⑧⑨235678一三九九白} ツモ{四}

 

 

カンチャンから両面へと変化したことを少しだけ喜んで、{一}を切り出していく。

ネックは残っているものの、形は悪くない。

 

 

 

 

和 手牌

{①②②⑦⑧334二二三赤五西} ツモ{⑦}

 

縦に重なってくる和の手牌。

とても安心できるような点数ではないため、和ももちろん和了りに行くつもりなのだが、なかなか聴牌が遠い。

 

今まで得てきた全ての知識を総動員させても、ままならないことなどたくさんある。それが麻雀だ。

 

四対子になった手牌をめいいっぱいに受けるか少しだけ悩んだ後、和は{西}を切り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

決着は、不意に訪れた。

 

 

 

多恵 手牌

{①②③234赤567四五七七} ツモ{六}

 

 

 

700(7本)1300(13本)

 

 

 

『決まったあああ~!!!流れは完全に倉橋選手に傾いているのかあ?!流れるような2700点のツモ和了りで、トップをキープう!!!』

 

『場に切れていて場況も大して良くはない平和聴牌……確実にダマで和了りきりましたね。隙がない……』

 

 

 

点数状況

 

東家 臼沢塞   15700

南家 福路美穂子 16000

西家 倉橋多恵  43600

北家 原村和   24700

 

 

『き、気付けば2着と2万点近くの差がついているうう~~!!!倉橋多恵!!圧倒的すぎる!!誰もこの騎士を止めることができないのかあ~!?』

 

『冒頭でもお話したように、3人の実力が低いわけでは決してありません。……逆に言えば高いからこそ。同じタイプの打ち手だからこそ、大きな壁を感じているかもしれませんね』

 

 

 

 

確実で精密な地力の差が、じわじわと3人の首を絞めつける。

 

 

 

一つの剣だけを片手に握った姫松の騎士に、3人の戦士は付け入る隙を見出せないでいた。

 

 

 

 


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