ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第97局 和の進む道

 

 

 

 

南4局 親 和 ドラ{④}

 

 

動悸がやまない。

必死で左手に抱えたエトペンを抱き寄せ、動悸を抑え込まんとする。

 

最後の最後に、麻雀の神様は最大級の悪戯を仕掛けてきた。

 

 

和 配牌

{334566677899⑤}

 

 

配牌清一色一向聴。

 

ここから脳死で索子以外の牌を切っていくことは、誰にでもできる。

しかし今はそうではない。

 

上気する頬と、止まってくれない動悸をなんとか抑え込みながら、和の脳はフル回転をしていた。

 

 

(鳴く場所は?カン{8}を鳴いての{36}……弱い。まだそこまで急ぐ場面じゃありません。{36}のポンでカン{8}の聴牌。まだ弱い……{97}のポン。いずれも分断されるだけでいい事はありません)

 

現状和の手にドラはない。

清一色は面前で6翻。食い下がりで5翻になる。

 

ドラがあるなら鳴いて聴牌をとっても跳満になるため、比較的仕掛けをいれやすい。

 

清一色の手牌が入った時、上家から出てきた牌でいちいち長考していては、手牌が染まっていることを看破されてしまう。

上級者同士の対戦であればあるほど、そのラグが命取りだ。

 

 

4巡目 和 手牌

{334566677899東} ツモ{③}

 

 

ツモ切る。

ここまで索子を1枚も引けていないが、和に焦りはない。

4巡程度なら一種類の牌を引けないなどよくあること。

 

次順に、和に待望の牌が入ってくる。

 

 

 

和 手牌

{334566677899東} ツモ{6}

 

 

明確に、和の手が止まる。

 

{6}ポンの想定はしていたが、槓子になるのは想定外。

聴牌は確定。あとは待ち確認と、その後の変化の確認。

 

静謐な空間が、嫌に和の緊張感を募らせる。

 

 

(クラリン先生のようになる……そのために何百回も何千回もやってきたはずです……!!!)

 

和の言う通り、和はこの手の清一色の手牌を何度もミスなくクリアしてきた。

和のデジタルは洗練され、クラリンを目指すというその目標に近づくだけの努力をしてきた。

 

しかし、今この場に限っては、いつも通りを貫けるかはわからない。

 

このインターハイという大舞台。

個人ベスト32の対局。

 

そして何よりも。

 

 

(クラリン先生の目の前で……!!)

 

上家に座る多恵の視線。

 

どんな競技でもよくあることだ。

どれだけ洗練された努力をし、実力を身に着けたとしても、ここ一番の場面で弱い精神が顔をだしてしまうケース。

 

本来の実力を発揮できず、表舞台から姿を消していく人間は少なくない。

 

 

和が{東}を切り出す。

 

この時点で、多恵と美穂子の目が細まった。

 

 

和 河

{⑤六八③東}

 

 

(清一色か)

 

(清一色ですね)

 

塞だって気付いていないわけではない。

明らかに異常な捨て牌と、今のラグ。

 

 

(張ったのか……?ここで親の清一色とか当たったらマジで私空気以下じゃん……)

 

インターハイに出ている中でも、今の些細な違いに気が付けるのはごく一部。

それほどに、和のラグは一瞬のできごとだった。

 

しかし、塞には止まれない理由がある。

見ている側は2位争いは和と美穂子の2人に絞られたと思っているのかもしれないが、塞はまったくあきらめていなかった。

 

塞が、自身の手牌を見やる。

 

 

塞 手牌

{③④赤⑤⑤⑦⑨88三三四四五} ツモ{⑧}

 

 

(高目の{五}をツモれれば、条件クリア……オーラスでこれだけの配牌が入ってくれたんだ。悪いケド、私だって勝ちたいんだ!)

 

 

「リーチ!」

 

卓の緊張感が一気に高まる。

和が染めにむかっていることは明白だし、塞ほどの打ち手が条件の無いリーチなどしてくるはずもない。

 

 

そして注目の和、塞のリーチに対しての一発目。

 

 

和が切った牌は、{⑥}。

 

塞が目を見開く。

 

 

(こんのやろ……!!入り目だからなあ……!)

 

ノータイムで切ってきた和に驚いたのは、何も塞だけではない。

 

美穂子と多恵にも同様に驚きが走っていた。

 

 

(原村さんは、むやみに押すような打ち手じゃない。相当形の良い一向聴か、聴牌。索子の情報は何もなし。切れないな……)

 

原村和がリーチの一発目にダブル無スジを押してきたという事実。

確かに、打ったとしても決勝トーナメント進出を逃す事実は変わらない。

 

であれば押すのが有利なようにも見える。

 

しかし和と美穂子の点差は2300点。ノーテン罰符でひっくり返る点差なのだ。

むやみに放銃して良い立場ではない。

 

 

 

7巡目 多恵 手牌

{112一二六七八九白白白西} ツモ{九}

 

多恵が一瞬打牌に悩んだ。

 

 

 

『この緊張MAXのオーラスぅ!しかし一歩引いたところで見ていると思っていた倉橋選手が手を止めましたよ?これはなんでですかね?』

 

『これは……もしかしたら臼沢選手に打ちに行くことも考えてますか』

 

『差し込みですか?!』

 

健夜の解説は少し当たっていた。

多恵はこの一瞬で差し込みのメリットを考えた。

 

しかし多恵は大して時間をかけることなく、安牌の{西}を切り出していく。

 

 

(倍満無いという保証はないし、何より、ここは私が邪魔する場面じゃないかな)

 

塞もやる気。和は言うまでもなく。美穂子だって闘志を燃やしている。

 

多恵からしてみれば、自身の放銃さえなければ決勝トーナメント進出はほぼ確実だ。

手形が和了れるのであればともかく、この形ではオリが正解だろう。

 

 

 

9巡目 和 手牌

{3345666677899} ツモ{二}

 

 

 

和が止まることは無い。

この{二}も、流れるような動作で切り出していく。

 

『ああ~っとお~!!ここで掴んでしまった原村和!!臼沢選手の和了り牌だあ!!!』

 

『いえ……!これは……!』

 

切り出された{二}は塞の和了り牌。

 

しかし。

 

 

「……ッ!」

 

塞から声は、かからない。

 

 

『見逃しました!!臼沢選手見逃しです!!』

 

『原村さんから出てもウラウラしなければ3位にしかなれませんからね……臼沢選手は決勝トーナメント進出をあきらめていません』

 

この{二}で和了っても、メンピン赤ドラで7700。2位の美穂子を捉えるには至らない。

この見逃しは塞の決意の表れでもあった。

 

 

(これで福路さんからの出和了りもなくなった……でも、ツモればいいんでしょ……!)

 

美穂子からの出和了りで裏1条件も無くなってしまった。

塞ができるのは、ツモのみ。

 

 

 

 

極限まで緊迫した状況の中、和に新たなツモが舞い込む。

 

 

 

 

 

和 手牌

{3345666677899} ツモ{3}

 

 

 

 

 

 

({9}切りで{24578}待ち……!です……ね)

 

 

 

 

瞬間。

和は自分の中で何かが変わったような感覚を感じた。

 

この難しい清一色。持ってきた{3}を見て、即座に正着が{9}切りであることを判断できたこと。

他の打牌候補と比較して、この一瞬で全ての待ちを把握できたこと。

 

 

それは他ならない、これまでの幾年にもわたる努力の成果で。

 

今のはまるで、自分が師と仰ぐ人のそれ。

 

そんな芸当ができたからこそ、自分がやってきたことが無駄ではなかったと、そう思えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

美穂子 手牌

{①①⑥⑥229七七発発中中} ロン{9}

 

 

 

 

 

美穂子から発されたその言葉に、しばらく理解が追い付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Bグループ 最終結果

 

1位 倉橋多恵  38600

2位 福路美穂子 27600

3位 原村和   21100

4位 臼沢塞   12700

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Bグループだいけっちゃくうううううう!!!!!!この激戦を制したのは、南大阪代表倉橋多恵選手と、長野県代表福路美穂子選手だあああ!!!』

 

『みごたえ十分の試合でしたね……彼女たちの麻雀へ向ける想い。確かに感じることができました』

 

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

和は、最後の自身の手牌から目が離せずにいた。

不思議と、悔しいといった思いよりも、最後の最後、土壇場のこの場面で即座に正解を導き出せた驚き。

その感覚にずっと浸っていた。

 

すると。

 

 

「染まってたんでしょ?」

 

「……はい」

 

和にとって最大の師から声をかけられる。

多恵に促されるより早く、和は自身の手牌を目の前に開いていた。

 

 

「おお!{24578}待ち!一瞬で最大枚数に受けたのか……福路さんに{9}を待たれてたのが悔やまれるね」

 

 

(やっぱり先生は先生ですね……)

 

やはり、自らの師は一瞬で自分の待ちを当ててくれた。

そして、自分の選択が正しかったことを再確認させてくれた。

 

 

それが何よりもうれしく……そしてようやく、一筋の涙が和の瞳からこぼれた。

 

 

(あれ……なんで私は……)

 

最後の放銃に、ようやく頭が追い付く。

 

もっと先生と麻雀を打っていたかった。

この甘美な時間をもっと長く過ごしたかった。

 

しかし、最後の打牌だけは、悔いていない。

 

麻雀をやっていて一番嬉しい感覚と、もう多恵と麻雀が打てないという悲しさが混じり合って、和はわけもわからず涙を拭いた。

 

 

 

そんな和の様子を見て、立ち上がり対局室を後にしようとする多恵に、和が慌てたように声をかける。

 

 

 

「クラリン先生!!」

 

 

 

幸い、もうここには誰もいない。

 

苦笑いで振り向く多恵に対して、目を少しだけ赤くした和がお構いなしに最高の笑顔で多恵へと声をかける。

 

 

 

 

 

 

「私、クラリン先生にずっと言いたかったことがあるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の、たった一人の師匠へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私に、麻雀を続ける勇気をくれて、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

何もしてないんだけどな、と苦笑いする多恵。

それでも和は笑顔を絶やすことは無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

原村和の”雀士”としての道は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 


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