ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第98局 初瀬の挑戦

 

 

 

『ついに決勝だね初瀬』

 

『……そうね』

 

『やえ先輩と一緒に全国に行けるのは今年が最後……団体戦で一緒に戦うのももちろん良いけど……個人戦で戦いたい。そう言ったよね』

 

『…………そうね』

 

『奈良県の個人戦出場枠は……3枠。この試合、どっちが勝っても恨みっこなしだからね!』

 

『憧……お前……』

 

『スコア的に、やえ先輩と由華先輩はもう確定。残り1枠を、私と初瀬で争う。言っとくけど、負けるつもりなんてないからね!』

 

 

『……私だって、負けない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初瀬が、閉じていた目を開く。

 

奈良県代表個人戦出場枠残り1つをかけたあの対局。

初瀬が予選で荒稼ぎをした影響もあって、憧に残された個人戦出場の条件は自身が1位かつ、初瀬にラスを押し付けて素点で4万点以上の差をつけるというかなり厳しい条件だった。

 

それをわかっていてなお、対局前に憧は初瀬にあんな声をかけてくれたのだ。

 

その意味を今、初瀬はしっかりと噛み締めている。

 

 

(不甲斐ない対局は、できないな)

 

 

ここまでの個人戦の内容は、奈良県代表として恥じない成績をおさめられていると自分でも思う。

問題は、このグループ決勝戦。

 

初瀬は自分の入ったグループがかなり厳しいメンバーであることはわかっていた。

少なくとも、グループのメンバー表を見た時に思わず顔が引き攣る程度には。

 

しかし、ここを越えなければ、やえや由華と戦うことはできない。

 

初瀬は、このグループ決勝戦を全力で勝ちに行くつもりだった。

 

 

 

 

階段を上がれば、そこには照明に照らされた自動卓。

団体戦で何度も経験したこともあって、この場所には慣れているはず。

 

だというのに、そこに座っているメンバーの威圧感が、初瀬の緊張を加速させている。

 

階段を登りきった初瀬が、両手を力強く握りしめた。

 

 

 

(2位以上にならなきゃ……いや、絶対なるんだ!)

 

 

そう自分に言い聞かせて奮い立たせなければ、心が折れてしまいそうで。

 

だって、このメンバーは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たやんけ、やえんとこの話題のルーキー様が」

 

「ほんまや。なにとぞ、よろしゅうな?強気のルーキーさん」

 

「はあ……なんでよりによってこんな卓に……ほんまついてへんわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背もたれによりかかりながら、余裕な表情でこちらを眺めてくるのは、”関西最強の打点女王”。

 

後ろを向きながらペコリと頭を下げるのは、気弱な表情からは想像もできないほど力強い麻雀を打ってくる”一巡先を視る者”。

 

そして頭を抱えながらこちらが言いたいような文句を言っているのは、”最速の凡人”。

 

 

 

 

 

 

(このメンツを相手に……!!!)

 

 

 

 

岡橋初瀬の、最大の挑戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ!個人戦グループ決勝戦も大詰め!!だいっっっっちゅうもくのGグループ決勝戦が始まろうとしています!!』

 

『団体戦を賑わせた4人がぶつかるこのGグループ……事前にとった「誰が通過してほしいかアンケート」でも、このGグループが1番票が割れました』

 

『神様の悪戯か!こんなところで当たってはいけないはずの4人が激突!!いったいどんな戦いが待ち受けているのか!!』

 

『……構図としては、1年生の岡橋選手が実力派揃いの3年生の3人に挑むような形……。ですが、その岡橋選手も団体戦での闘牌を見た人ならわかるように、十二分に可能性はあると思います』

 

『彼女のファイティングスタイルに胸を打たれた全国の高校麻雀ファンはたくさんいるでっしょう!期待したいところです!』

 

 

 

 

 

 

初瀬が席に着き、自分を落ち着かせるように息を吐く。

全員が高校トップクラスの打ち手。自分は挑戦者だ。

 

 

「なんや、緊張しとんのか?」

 

声をかけてきたのは千里山女子の江口セーラ。

男勝りな気性で、容姿もかなり男子寄りだ。

 

そんなセーラの視線を受けても、初瀬の表情は変わらない。

 

 

「……大丈夫です。胸を借りるつもりで……全力でぶつからせてもらいます」

 

「いいねえ……!団体戦見てる時から思ってたんやけど、めちゃくちゃ良いモン持っとるわジブン。ウチの1年共にも見習ってほしいくらいや!」

 

ケラケラと快活に笑い飛ばすセーラ。

 

強気に言い放ったものの、まだ初瀬は手の震えを抑えることができていなかった。

 

超強豪校のエース級3人。

必須条件は連対(2位以内になること)。

 

厳しい条件だがやるしかない。

 

晩成のメンバーの想いを、憧の想いを胸に、初瀬の挑戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 セーラ ドラ{⑧}

 

 

 

座り順は、東家にセーラ、南家に恭子、西家に初瀬、北家に怜という順番になった。

 

 

タン、と卓に牌を捨てる乾いた音が響く。

見ている側は実況解説の声が聞こえていたり、歓声が聞こえたりと意外と賑やかなことが多いのだが、やっている側は常にこの静謐な空間で打っている。

 

 

麻雀という競技は、その静謐な空間に突如声がかかるパターンがいくつかあり。

 

その内の一つのパターンが。

 

 

「お、んじゃ景気づけにいっちょ行っとくか」

 

 

牌が曲がる時だ。

 

 

「リーチや!」

 

 

大きく振りかぶったセーラの右手から、勢いよく牌が曲がる。

ビリビリと衝撃波でも出ていそうなそのリーチに、初瀬が思わず息を飲んだ。

 

 

『北大阪代表江口セーラ選手、親の先制リーチだああああ!!』

 

『早いですね……戦えそうな形なのは……岡橋選手くらいのものですか』

 

 

恭子がため息をつきながら上家に座るセーラを見やる。

 

 

「……完全にウチんとこの部長と掛け声が一緒なんやけど……」

 

「ええ~洋榎と一緒なんは嫌やな……」

 

本当に嫌そうな顔をしながら、セーラが両手を頭の後ろへと持っていく。

大舞台であるはずなのに、セーラに気負いはない。

いつも通りのスタイルを貫く気だ。

 

 

9巡目 恭子 手牌

{①②②⑥⑦234六七八発発} ツモ{三}

 

 

(さて……どこからでも仕掛けるつもりやったけど……全く追い付く感じやなかったからな……それに)

 

恭子が打ち出したのは{発}。

この形で親が相手では勝負できない。さらに言えば、今の親は江口セーラだ。

 

 

(多恵と洋榎から色々聞いたわ……『打点を追い求める究極の打点派』……そのスタイルで高校トップクラスの実力持ってるっていうんやから恐ろしいわ)

 

通常、手を高くするということはリスクが伴うことが多い。

そのリスクは「待ち」であったり「かかる時間」であったり様々だ。

 

なので、普通は途中で折り合いをつけてこれが最終形、と決めるのだが、この打点女王だけは異なる。

 

恭子が、セーラの河を眺めた。

 

 

セーラ 河

{中①九39八}

{④三東横東}

 

 

(ダブ東を()()()()()するほどの手牌……ヤバすぎるやろ)

 

 

東場の親は東を重ねれば、場風の東と自風の東が重複する、いわゆるダブ東というお得な役を手に入れることができる。

 

ダブ東は脅威で、親に鳴かれるのが嫌だから、という理由で必ず東を一打目に切ると決めている人も少なくない。

 

そのダブ東を外してまで育てた手牌。恭子が撤退する理由としては十分すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなセーラのリーチを見守る解説陣。

健夜が手元にあったファイルから1つの資料を取り出していた。

 

 

 

『面白いデータがあるんですが』

 

『おお!珍しく小鍛治プロが真面目に解説をしようとしています!』

 

『私はいつも真面目だからね?!……コホン。江口選手の平均打点は、ここまで15000点オーバーと、とてつもない数字になっているのはご存じの方も多いかもしれません。しかし実は、それよりも恐ろしいデータがあるんですよ』

 

『うへえ~!とんでもない平均打点ですね!「西の打点女王」の2つ名は伊達じゃないということかあ~!?』

 

『何ソレ初めて聞いたよ……恐ろしいことに今大会、江口セーラ選手は、「満貫未満」を和了ってません』

 

『な、なんと……!!すべての和了りが満貫以上ということですか……!』

 

『それでいて、和了率も一定以上の数値を残しています。……普通ではありえないことです』

 

『とんでもないぞ江口セーラ!!!点数計算が怪しい麻雀中級者の皆さんは、是非彼女のスタイルを真似してみましょう!!』

 

『そういうことが言いたかったんじゃないんだけど?!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初瀬がセーラのリーチに威圧感を感じながらも、負けじとツモ山に手を伸ばす。

 

 

初瀬 手牌

{①①②③⑥⑦⑧⑨北北} {西西横西} ツモ{四}

 

 

満貫の一向聴の初瀬の手に来たのは、無スジの{四}。

 

初瀬は最初から決めていた。この手は押すと。

 

かなり優秀なくっつきの一向聴で、どのような形になったとしても満貫は確約されている形。初瀬はこの状態なら基本親相手でも押すように決めてきた。

 

そうやって確立したスタイルで今までやってきたし、晩成の先輩や仲間に認めてもらってきたのだ。

 

やえに褒めてもらった、絶対にチャンスを逃さないための打ち方。

 

この大舞台であっても、初瀬はその自分の意志を曲げない。

 

力強く、{四}を切り出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

セーラから、声がかかった。

少しショックを受ける初瀬だったが、これは自分のスタイルを通した結果。

こんなことでひるんでいては、初瀬のこのスタイルはやってられない。

 

放銃上等。その覚悟があるからこそ、初瀬は自信を持って押せるのだ。

 

 

とはいえ親に一発で振り込んでしまったのだから、12000は覚悟しなければいけない。

が、それでもいいと初瀬は思っていた。次自分が12000を和了れば良いと。

それが自分の打ち方だと。

 

 

セーラが、ニヤリと対面の初瀬を見やる。

 

 

 

「やえんとこの。……強気な打牌とそのスタイルを実現させるだけの技術、精神(メンタル)……めちゃくちゃええもん持っとる。けどな」

 

 

 

セーラの手牌が、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セーラ 手牌

{④赤⑤⑥⑧⑧456四五五六六}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喧嘩売る相手は選んだほうがええで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初瀬は明確に自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。

 

 

 

 

 


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