ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第99局 死の恐怖

『決まったあああああ?!?!決まってしまった!?裏ドラこそ乗らなかったものの開幕早々重すぎる一撃!!!打点女王江口セーラ親倍和了だああああああ!!!!!』

 

『こ、これは……完璧に手を仕上げ切った江口選手を褒めるしかないですね……岡橋選手はここから持ち直せるかが鍵となってきます』

 

『この個人戦グループ決勝戦は25000点を失うとその時点で終了!!首の皮1枚つながりましたが、何かを放銃した時点で勝負がついてしまいます!』

 

 

モニターにアップで映っているのは、今まさに親倍を初瀬から和了ったセーラ。

その獰猛な表情は視聴者の注目をさぞかし集めていることだろう。

 

 

「はっはっは。あかんなあ~セーラと正面からぶつかるのは得策とは思えんなあ」

 

「晩成の副将のコのスタイルだから仕方ないとしても……セーラ飛ばしてるね……」

 

さきいかをかじりながら、無事決勝トーナメント進出を決めた洋榎が恭子のグループ決勝戦を眺めている

その横には、難しい表情でモニターを眺める多恵もいて。

 

 

「セーラからすればいつも通りの手順なんだろうけど……ほんとどこまで高くすれば気が済むんだか……」

 

「アイツ単純にアホやからなあ。高くならんと嫌そうな顔すんのホンマ笑えるで」

 

この2人にしてみれば、セーラとは何万局と共に打った仲だ。打ち筋や特徴などは嫌と言うほどに知っている。

 

そんな2人だからこそ、後ろで試合を見ていた漫は一つ質問をしてみようと思い立った。

 

 

「あの、江口さんってなんであんな高い手しか和了らへんのにバランスよく和了れてるんですかね?」

 

率直な疑問だった。

 

通常、高い手を作ろうと思っても上手くいかないことの方が多いし、毎回高い手を狙っていたら速度が間に合わない。

それこそ今回の卓で言えば、常に最速を行くことのできる恭子がいるわけで、毎回高い手を狙っていては半荘1回勝負で1度も和了れない、なんてこともありうる。

 

そのはずなのに高いレベルで麻雀を打ち続けている江口セーラは何故戦えているのか。

 

 

「漫ちゃんその答えはね、セーラの手組みを見てれば結構面白いことがわかるかもしれないよ?」

 

「手組み……ですか」

 

変わらず漫の顔には疑問符が浮かんでいる。

 

モニターに視線を移してみれば、既に1本場の配牌が配られていた。

 

 

セーラ 配牌 ドラ{8}

{⑥⑦1359一九九東南南白} ツモ{中}

 

 

 

『おっと、江口セーラ選手今度は打って変わって厳しい手牌になりましたね。対子が2つと両面が1つです!』

 

『国士に行くにしてはこころもとない8種……江口選手はどうしますかね』

 

 

セーラは理牌を終えるのとほぼ同時、手の内から1枚の牌を切っていった。

その牌は、{⑥}。

 

 

『おっとお?!唯一ある両面を崩していったぞ江口セーラ?!これはもう点数も持ちましたし、配牌から諦めですか?!』

 

『いえ……これは恐らく……』

 

 

セーラの打牌に、実況の恒子だけではなく漫も驚いていた。

苦しい手牌に唯一あった両面を落とす。漫からすればかなり異質に見える。

 

 

「今みたいな苦しい手、セーラはオリたんじゃないし、ましてや国士一本狙いってわけでもない。セーラのモットーは”和了るなら高い手を”……この形から普通に速度的に追いついてほしいなんて思ってなくて、手牌が進んで、戦えるような打点を作ってぶつけに行く。それがセーラの打ち方」

 

「安全も買いながら高い手を作りに行く……それが高打点の秘訣ですか……」

 

「まあ、それにしたって上手くいきすぎやけどな!アイツはそういう星のもとに生まれてると思った方がええわ。……ま、それを和了り牌止めて1000点でぶっ潰すのがホンマに快感なんやけどなあ~!」

 

「洋榎先輩性格悪すぎです……」

 

何かを思い出したように恍惚な表情を浮かべる洋榎に、引き気味の漫。

改めてセーラの手牌を見直すと、確かに手が高い方高い方へと向かっていた。

 

 

「と、するとやっぱ初瀬は厳しいですかね?」

 

「そんなことはない……って言いたいけど、この半荘1回勝負で親倍はキツすぎるね。他2人が上手い打ち手じゃなかったら2着狙いもできそうだけど、他の2人も超高校級……苦しい展開だね」

 

セーラ以外の2人も、恭子と怜というトンデモない打ち手だ。

初瀬はしょっぱなからかなり厳しい状況に追い込まれたと言える。

 

洋榎も大体考えていることは同じなようで、浮かない顔でモニターを眺めていた。

 

しかし、そこに待ったをかけたのは意外な人物。

 

 

「ん~ウチはそうは思わないのよ~」

 

「ゆっこ?」

 

控室の電気ケトルを使ってお湯をわかしていた由子が、顔を出した。

 

 

「初瀬ちゃんはね~強い子よ~?こんなことでへこたれる子じゃないのよ~、まだまだ諦めない限り、チャンスはあるのよ~!」

 

にっこりとほほ笑んで、握った右手を前に突き出す由子。

団体戦で2度戦ったこともあり、由子は初瀬の気概と実力を買っていた。

 

そんな由子の言葉に、洋榎と多恵も目を合わせて恥ずかし気に笑う。

 

 

「……由子の言う通りだね。……勝負はまだわからない。なにせあのコは団体戦で私達を何度もひやひやさせた晩成の副将なんだから」

 

「せやな!それにこのまんまセーラにいい思いされんのも癪やし、重たいパンチでいてこましたれ!」

 

漫がモニターに映った初瀬の表情を眺める。

団体戦では敵だったが、今は個人戦。一人の友達として、漫は初瀬のことも応援していた。

 

 

(気張りや、初瀬……)

 

1年生で個人戦に残っている選手は残り僅か。

1年生の代表としても、初瀬には悔いのない戦いをしてほしいと心から思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポンや!」

 

 

恭子のポン発声で、初瀬はふと我に返った。

 

かすんでいた視界を今一度確保し、自分の手牌を見なおして、ブンブンと首を横に振る。

 

 

(呆けてる時間なんかないぞ私……!)

 

重すぎる1撃。相手が打点女王と呼ばれるほどに強い打ち手なのは知っていたが、まさか東発から親倍を放銃することになるとは思っておらず、初瀬は少なからず動揺していた。

 

何か放銃すれば即、死。

明確な死の恐怖が、初瀬の背中に突きつけられている。

 

 

どんな状況でもいつも通りのスタイルを貫く。

それがどれほど難しいことなのか初瀬は痛感していた。

 

 

初瀬が気持ちの整理をする間にも、局は進んでいく。

 

 

 

「ロン!2000は2300!」

 

 

 

恭子 手牌

{③④⑧⑧678二三四} ポン{⑦⑦横⑦} ロン{②}

 

 

 

恭子の鳴き仕掛けに、振り込んだのはなんと怜。

 

 

「あらら……一鳴き聴牌やったか」

 

「……園城寺……?珍しいこともあるもんやな……」

 

訝し気な表情で点棒を受け取るのは恭子。

それもそうだろう。この園城寺怜という少女のことを知れば知るほど、こんなところで振り込むような打ち手ではないのはわかる。

 

 

セーラがそこそこ育っていた手牌を閉じながら、怜の方を眺めた。

 

 

(やっぱ”視え”なくなっとんな、怜)

 

未来視。

園城寺怜の代名詞とも言われるその力は、言葉通り1巡先の未来を視ることができる。

当然のように彼女の放銃率は人間離れした数値で低く、更には一発ツモ率がとんでもないことになっている。

 

そんな彼女が放銃。

普通ならあり得ないことだ。

 

 

(たまには視えんねんけどな……団体戦決勝の後から、毎巡視ることができなくなってしもた)

 

未来視の消失。

 

チームメイトで親友の竜華からは「怜が体を壊さんならそれでいい!」と言われたものの。

ある程度馴染んだ能力が使えなくなってしまうというのはいささか不便なものだった。

 

しかし、怜はまるで気落ちしていない。

 

 

(”視えないほうが良い”……ワガママにもほどがあるんやけどな。あの時、ウチは本気でそう思ったんやから、これも一つの罰なのかもしれへんな)

 

 

団体戦決勝先鋒戦。

凄まじい戦いとなったあの先鋒戦は、高校麻雀史に残る名勝負とも言われるようになっていた。

 

その戦いの熱量は、今も怜の体を焼いている。

 

 

(手を抜いてるわけやないけどな……この状態でも、戦えること証明したい……なんてな)

 

不思議と怜に焦りはない。

怜の力は、進化の途中にあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局 親 恭子 ドラ{中}

 

 

なんとか和了りを拾った恭子。

少し上の空だった初瀬か、形の整ってきたセーラからの出和了りかだと思っていただけに、怜からの放銃は想定外だった。

 

 

(差し込み……?岡橋が振り込む未来が視えたんか……?まあええ。今はとにかく親番に集中や)

 

疑念は尽きないが、あまり考えすぎても仕方ない。

恭子が回したサイコロの出目は7。対面に座る怜の山から配牌が取られていく。

 

そんな中で、やはり初瀬は東1局に受けたショックを消化しきれないでいた。

 

 

(……やっぱり相手が強すぎるのか……?)

 

チームメイトからエールはもらった。

チームメイトだけでなく、地元、他校、様々な人から。

 

しかしそれでも、今回はあまりに相手が強大すぎる。

この席に座るまでは絶対に勝ってやると勢い込んでいた初瀬だったが、同卓してみると受けるプレッシャーが違う。

 

 

初瀬の頭は、ぐるぐるとネガティブな思考が回ってしまっていた。

 

そんな中でもしっかりと打牌ができているのは、日頃の練習の成果なのかもしれないが。

 

 

 

「ポンや」

 

 

またしても親の恭子からかかったポン発声に、初瀬は嫌な汗をかく。

 

同卓してみればわかる。

この打ち手だけは、いつロンと言われるかわかったものではない。

放銃上等といつも思っている初瀬だったが、放銃=死になる今の状況では恭子の存在は恐怖そのものだった。

 

 

そしてもっと恐ろしい恐怖が、3巡後に襲い掛かる。

 

目の前の少女が腕を振りかぶった。

 

 

「ウチもリーチや」

 

卓にたたきつけられた{1}が、ビリビリと衝撃を放つ。

 

 

 

セーラ 手牌

{337799東東西中中発発}

 

 

 

『こ、この手をリーチと行きました江口セーラ!!まだまだ稼ぎたりないのかあ?!』

 

『……どうやらこのリーチの意図は、それだけではない気がしますね……』

 

 

 

 

思わず身体全体が震えるのがわかる。

 

体中が、このリーチを怖がっている。

もうすぐそこまで死が迫っているのを感じる。

 

恭子はツモ切り。安牌だったのでそのまま切った形だろう。

初瀬が、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

初瀬 手牌

{①②③赤⑤⑥335四赤五六八八} ツモ{⑦}

 

 

聴牌。

 

しかしセーラの捨て牌を見れば索子の染め手であることは明白。

この{3}は厳しすぎる上に、恭子にも通っていない。

 

 

『おおっと!岡橋選手聴牌……ですがですが!!この形はあまりにもあまりにもかあ?!』

 

『こーこちゃんそれじゃ伝わらないよ……』

 

 

 

極めつけはセーラが索子の染め手だと判断した恭子が早めに索子に見切りをつけたせいで、この{4}は既に2枚見え、頼みの{八}も2枚見えている。セーラが染め手であるこの状況では、手牌に使われていることの方が多いだろう。とても場況が良いとは言えない待ち。

 

幸い、筒子は形が良く、索子の形も悪くない。

恭子にも比較的通りそうで、セーラへの安牌である{八}あたりで回って、聴牌を組みなおす。

今の初瀬にはそれしか選択肢がないように見えた。

 

震える腕を支えて、右手で{八}を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回る?

 

そんな時間がどこにある?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バチン!と大きな音が響き、ギョッとした様子で恭子が初瀬を見やる。

 

そこには自分の両手で両頬を叩いた初瀬の姿。

 

 

 

 

 

(何を弱気になってるんだ!!ここで回るのは私の麻雀じゃないだろ!!)

 

この打ち方を認めてくれたのは、他の誰でもない、憧れの先輩だから。

 

 

 

 

――――どんな時も前向いて、腕振って。貪欲に和了りを勝ち取りにいきなさい。

 

 

 

 

目を閉じればいつだって聞こえてくるあの時の言葉。

あの瞬間から、初瀬は1度たりとも後悔するような和了り逃しをしたことはない。

 

 

勢いよく、初瀬が点箱を開ける。

 

残されたのはこの千点棒ただ一本。

 

 

 

 

 

ただ一本、あればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチィ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

驚きに目を丸くした恭子と怜の横、セーラの表情が目に見えて明るくなる。

 

 

(それでこそウチが認めた1年や!!勝負といこうか!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩成控室。

 

 

まだ東2局とは思えないほどの熱狂が、そこにはあった。

 

 

 

「いっけえええ!!!初瀬!!」

 

「そうだ!初瀬それでこそお前なんだ!!」

 

憧と由華が、鬼気迫る表情の初瀬にエールを送り。

 

それを心配そうな表情で後ろから眺める紀子もいて。

 

 

そんな控室で、やえが真剣な表情でモニターを眺めた。

 

 

「そうよ。どんな時も前を向きなさい。あなたなら……できるわ初瀬。その刃……セーラに届かせてみせなさい」

 

 

 

持った武器は「攻撃」の一つだけ。

それでも愚直に戦い続ける。

 

 

 

 

 

 

初瀬は進んだ。死の恐怖に抗い、あらんかぎりのリーチ棒を投げうって。

 

 

 


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