ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第102局 和了る意志

『キタキタキターーー!!一巡先を視る者園城寺怜!!この緊迫した場面でリーチを打ってきたぞおお!!!その瞳には一体何が見えているのか?!』

 

『一巡先の結果じゃないかな……』

 

 

このグループ個人決勝戦では、恒子がマイクを取り上げるようにして熱のこもった実況を続けている。

恒子から放たれる溢れんばかりの熱は確かに視聴者に届いていた。

 

 

『こうなると他3者はなんとかしてずらしにいかなければ、と思うところですが……ずらすのが正解かどうかも怪しいですから難しいですね』

 

 

健夜の言う通り、このリーチはただ鳴いてずらせば良いというものではない。

怜は今まで一発ツモが和了れる時限定でリーチを打ってきたのだが、最近はずらされる前提でリーチを打ってくることもあるので対局者はやりづらいことこの上ない。

 

怜が複数の未来を視られるようになった故の強みがしっかりと機能していた。

 

そんなリーチだからこそ、セーラが頭の上で腕を組んで愚痴を漏らす。

 

 

「かあ~!怜のリーチは嫌やなあ~!」

 

「私からすれば、セーラのリーチの方が嫌やけどな……」

 

しぶしぶといった感じでセーラが切り出したのは{二}。

怜に対しては現物の牌だ。

そして、恭子には鳴かれそうな所。

 

”あの”3人と麻雀を長く打ってきたセーラだ。

どこかの守りの化身ほどではないにせよ、相手の手牌構成がわからないわけはない。

 

 

この{二}に、恭子が少考する。

 

 

(どっちや……ズラすんが正解か……罠か……)

 

ここで怜に一発ツモをされてしまうのは痛い。

初瀬が和了ったことでトビ終了の可能性は減ったとはいえ、現状怜は2着争いの相手だ。

ここで大きいのを和了られてしまうと、1回勝負のこの局では手痛い一撃となってしまう。

 

そう考えれば、恭子の選択肢は一つだった。

 

 

「……チーや」

 

晒したのは{三四}。

難しい表情で恭子がセーラから放たれた{二}を拾いあげる。

 

どちらでもツモられる可能性があるのであれば、一発という偶発役を回避するために鳴く選択肢をとらざるを得なかったのだ。

 

 

そしてそれを、怜も理解している。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

怜の手牌が開かれた。

 

 

 

怜 手牌  裏ドラ{9}

{⑨⑨234789三四五八八}  ツモ{⑨}

 

 

 

「2000、4000やな」

 

 

 

 

『決まったああああ!!!!末原選手の鳴きもなんのその!しっかりとツモって園城寺怜選手が2着浮上です!!』

 

『今の感じだと、どうやら鳴かれる前提でリーチをしていたような気がしますね』

 

 

怜がゆっくりと差し出された点棒を点箱へとしまう。

恭子も少し悔しそうな表情で怜を見つめた。

 

 

(鳴くのはわかってたって顔やな……)

 

(そら末原ちゃんやったら鳴くやろ……末原ちゃんは常に最善を選ぶんやから)

 

恭子の読みまで信じ切って、怜が一歩決勝トーナメントへと近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

東家 江口セーラ 38000

南家 末原恭子  25300

西家 岡橋初瀬   6000

北家 園城寺怜  30700

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局 親 怜

 

 

東3局の満貫ツモで流れを掴んだのは怜だった。

まだ能力の方は本調子とはいかないものの、配牌とツモに恵まれ、いち早く聴牌形を作り上げる。

 

 

怜 手牌 ドラ{5}

{②④⑥⑦⑧12256四五六} ツモ{7}

 

 

カン{③}の聴牌。

怜が力を使って一巡先を視るも、次のツモは{③}ではない。

{1}を切ってダマテンに構えた。

 

 

(ま、出たら和了るけどな……)

 

今の怜は万全ではない。

毎巡次が視えるわけではないし、この巡目に関しては、{③}が出てくるといった情報は得られなかった。

 

 

 

 

7巡目 怜

{②④⑥⑦⑧22567四五六} ツモ{2}

 

待ち変えのチャンスと共に、怜によぎったとある予感。

過程こそ見えなかったものの、わずかに見えたのは、確かに自身のツモる動作。

 

 

 

(今一瞬……見えたで)

 

怜が点箱を開ける動作で、空気が一瞬にして張り詰める。

 

 

「リーチ」

 

流れるような動作で{④}を河に放ち、取り出した千点棒はまたしても怜の目の前に直立した。

 

 

 

『またしても園城寺怜のリーチだああああ!!!カン{③}をやめて{②}単騎!この変則的な待ち変えは!!』

 

『十中八九、ツモりますね。このままなら』

 

 

解説陣の言葉に、会場も沸き上がる。

怜のこの不可思議なリーチは一発ツモであることがあまりにも多い。

観客とてそれを知らない者のほうが少ないのだ。

 

 

ツモ山へと手を伸ばすセーラも、ここで怜に満貫程度をツモられようものなら1位が逆転する。

当然無策では挑まない。

 

セーラから切られた{3}に反応して、恭子がわずかに動きを止める。

 

が、今度はそのままツモ山へと手を伸ばした。

 

 

 

恭子 手牌

{⑧⑧45二三三四四赤五八八九} ツモ{九}

 

 

(それ鳴いても聴牌取れるんやけどな……残った形も悪すぎやし、さっきはこれを鳴いてあかんかった……こんどはスルーで様子見や。そしてこの逡巡にも意味がある)

 

{3}を鳴いて聴牌を取ると、残った形は{⑧}と{八}のシャンポン待ち。

{八}が既に2枚切られているこの状況であれば、その聴牌は取りにくい。

 

そして先ほども同じような状況から鳴いてツモられた。

変化をつけてみようというのは恭子なりに出した一つの答え。

 

ノーチャンスで安全になった{九}を切り出していく恭子。

これで一発ツモをされると痛いが、まだ追い付けない点差ではない。

そう割り切って恭子は一つ息をついた。

 

 

 

 

 

 

同巡 初瀬 手牌

{③④⑦⑦⑧13赤567五六七} ツモ{②}

 

 

初瀬が、同巡で追い付く。

 

 

『岡橋選手、聴牌……ですね!{2}待ちは勝負するには少し苦しいかー?』

 

『今江口選手から{3}が切られ、場況は悪くないように見えますが……実際は園城寺選手に暗刻ですか。どちらにせよこの状況に限っては、リーチはほぼできないでしょう』

 

健夜の解説はもっともだった。

カン{2}待ち自体は悪くないとしても、初瀬が押したのを見てそうやすやすと切ってくれるほどこのメンバーは甘くない。

 

そして一番大きな理由は、今が”園城寺怜のリーチ”中であるということ。

だいたいが一発でツモられるというこのリーチに対して、わざわざリーチ棒を1本無駄にする必要はないだろう。

 

さらに言えば、園城寺怜は”一巡先を視る”。

ここで初瀬に聴牌が入るのを見越して……余る{⑧}を狙われているのだとしたら?

ただでさえ今初瀬から7700以上の打点を和了れば、初瀬をトバして怜は勝ち抜け。怜からすればこの上ない結果だろう。

 

そう考えればこの聴牌打牌を切る事さえできなくなる。

 

幸い安牌はいくつかある。

ここは親のリーチの一発目。4000オールと言われてしまっても、初瀬には一応まだ点棒が残る。

現物の{8}あたりで怜がツモるのかどうかを見守るのがベスト。

 

誰が座っていても、この場はその判断を下すだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ!」

 

 

 

到底あり得ない発声が、卓に響いた。

 

放たれる{⑧}が、勢いよく曲がる。

激しく叩きつけられた牌が、初瀬の河に並んだ牌達を無理やり躍らせた。

 

 

 

『り、リーチ?!?!岡橋初瀬選手!!ここでまさかまさかのリーチ選択だああ!!!!』

 

『これは……一見やりすぎのようにも見えますが……彼女のポリシーなのでしょう。園城寺選手の手が8000オールでない保証もありませんし、どうせやられるなら最後まで自分の姿勢を貫きたい……そういった想いが見えますね』

 

『園城寺怜選手のリーチに対して鳴く選手こそ多いものの、リーチを仕掛けていったのは彼女が初めてではないでしょうか!?『攻めない麻雀は晩成の麻雀ではない』そう宣言した彼女の言葉に、どうやら嘘は無かったようです!!』

 

初瀬の瞳は、諦めて自暴自棄になっているような瞳ではない。

 

むしろそれとは真反対。

強い意志のこもった瞳が、3人を睨みつけていた。

 

 

たとえ和了れる確率が1%に満たなくても。

リスクの方が大きかったとしても。

 

和了り逃しだけは絶対にしない。

 

初瀬の信念は、この場この状況であっても全く揺らがなかった。

 

 

 

あまりのできごとに、一瞬呆気にとられる3人。

 

しかし恭子がすぐさま次の最善を選んだ。

 

 

 

「……ポンや!!!」

 

 

一瞬山へと手が伸びかけた怜が、恭子の発声によって咎められる。

 

恭子は{⑧}を2枚晒して右端へ置くと、手から{九}を切り出した。

 

 

(これはおそらく、園城寺の読みから外れたイレギュラー。園城寺の表情見れば流石にわかるわ。……仮にウチの推測が正しかったとすれば、園城寺のツモ牌は岡橋に吸収されたことになる……元々のツモが岡橋んとこに行くのは不安やけど、この聴牌はとらせてもらう……!)

 

目が回る速度で動いていく場の状況を、恭子が必死に追いかけていた。

最初のセーラの{3}を恭子が鳴いていれば、初瀬の所に行った牌が、怜のツモ。

もし仮に怜がそこに調整をかけていたのだとすれば、この時点で怜の有利は消えている。

 

であるからこそ、ここで恭子が聴牌さえとってしまえば怜からの直撃チャンスへと変わる。

一瞬で状況が逆転したことになるのだ。

 

 

しかし、勝負は恭子が予想もしなかった意外な形で決着となる。

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!!」

 

 

初瀬 ドラ{5} 裏ドラ{発}

{②③④⑦⑦13赤567五六七} ツモ{2}

 

 

 

「2000、4000!」

 

 

 

 

 

『ツモったああああ?!!?なんという強引……!晩成の若き狂戦士(バーサーカー)は”一巡先を視る者”の予測すらも超えるのか?!』

 

『とてつもないですね……常に綱渡りでありながら、いつでも攻める、和了る、という強い意志を持っている……対戦相手からすると見ている以上にやりにくい相手かもしれません』

 

 

初瀬のあまりにも強引なツモ和了りに、会場も異様な雰囲気に包まれる。

その雰囲気は、もしかするとここから1年生の初瀬がこの高校トップクラスの上級生を相手に番狂わせを起こしてしまうのではないかという期待から来るものだった。

 

誰もが予想だにしない展開は、熱狂を呼ぶ。

 

 

 

 

 

点棒を渡しながら、怜は初瀬のツモった{2}を静かに見つめていた。

 

 

「……ちょっと失礼やでー」

 

3人に聞こえるか聞こえないか程度の声。

怜は自分の目の前にあった王牌の、一番()()の牌を1枚だけめくった。

 

その牌を確認した怜が、少しだけ微笑む。

 

 

 

 

(……まだ、私も強くなれそやな)

 

 

 

 

恭子は確かに見た。

 

卓の中央に流れていく牌達。

その中の1枚。

 

 

 

怜によってめくられた牌は、{②}だった。

 

 

 


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