点数状況
1位 江口セーラ 33000
2位 末原恭子 28300
3位 園城寺怜 26300
4位 岡橋初瀬 12400
南3局 親 初瀬 ドラ{⑥}
初瀬 手牌
{①④赤⑤⑥334赤578二四赤五八}
初瀬が勢いよく{①}を切り出していく。
どんな牌でもタンヤオの重なりは逃さない。
安全牌など微塵も考えない。今だけは自分の手に真っすぐに行って良い場面だ。
しかしそんな時に限って、手牌は思うように進んでくれない。
3巡目 初瀬 手牌
{④赤⑤⑥334赤578二四赤五八} ツモ{中}
2巡、3巡と静かに巡目は進んでいくものの、初瀬の手は進まない。
配牌が良いということは、それだけ有効牌の数が少ないということなのだから当たり前といえば当たり前なのだが、無駄ヅモを繰り返すたびに、焦る気持ちが初瀬の心を揺さぶる。
「ポン」
そんな焦りを加速させるかのように、1番鳴かれたくない相手に役牌を鳴かれていく。
しかし、最速を走り続ける凡人の脅威にさらされても、初瀬がひるむことはない。
(負けるもんか……!)
ためらいもなく切っていく危険牌。
今恭子は上家。ツモ番が増えたとプラスに捉える。
今はただひたすら、自分の和了りだけを。
7巡目 初瀬 手牌
{④赤⑤⑥34赤578二四赤五五八} ツモ{6}
聴牌。タンヤオドラドラ赤の聴牌だ。
このままでも満貫。
リーチ判断のために初瀬は時間を割く。
ちらりと見やるのは対面。
打点女王の名を欲しいままにする彼女の捨て牌。
セーラ 捨て牌
{⑨③85中⑥}
{白}
{⑥}がツモ切り。後は手出し。
染め手が濃そうな、いかにも打点が高そうな捨て牌。
ダマっていても、{三}は期待できそうにない。
少し待ちが変わることを期待して、初瀬はこれをダマテンに決めた。
{八}を切り出していく。
ちょうどその順目だった。
「リーチ」
明確に初瀬の表情が歪む。
その声の発生源は下家。
翡翠色に輝く
『来たー!!!今度はリーチに打ってでました園城寺怜!!一巡先を視る者のリーチで、3人に緊張が走ります!!』
『厳しいですね……岡橋選手、おそらくここは状況的にも押すしかないと思っているとは思いますが……』
場に直立したリーチ棒を苦々しく見届けるも、初瀬の闘志に曇りはない。
ツモられたら仕方ない。元より自分の勝負手と心中する決意は固まっている。
ここで負けたら、自分の決勝トーナメント進出はほぼ無くなるだろう。
しかし、これだけで初瀬の苦悩は終わらない。
セーラがツモって来た牌を手中に収め、わずかな逡巡。
一瞬目を閉じて何かを小さく呟いたかと思うと、手牌の真ん中あたりから牌を切りだした。
その牌は、力強く横を向いた。
「いっくでえ怜!リーチや!!」
ビリビリと電撃でも走りそうなリーチが、卓上の熱気を加速させる。
見ている人間誰もがこの熱気を感じていた。
セーラ 捨て牌
{⑨③85中⑥}
{白横四}
『お、追いかけたあああ!!??先ほどの初瀬選手のように、江口セーラ選手も園城寺選手に対して追いかけましたよ?!』
『これは……!江口選手は同じ高校のチームメイトだからこそ、対策できるところがあったのかもしれませんね』
そんな強烈に曲げた牌を見るや否や、下家の恭子も黙ってはいない。
「チーや!」
すぐさま手牌の{二三}を晒すと、セーラの河から{四}を拾って、自身は{東}を切り出していく。
この牌は既に3枚切れの安牌だ。
恭子 手牌
{②②⑥⑦⑧七八} {横四二三} {中中横中}
その打牌を見て、驚いたような顔をするのは怜。
セーラの打牌選択は、既に怜の未来予知から外れる一打だった。
「……セーラ、やってくれるわホンマ……」
「ん~?なんのことやようわからんわ」
人の悪い笑みを浮かべて、セーラはどこ吹く風。
怜の視た未来を変えるべく、セーラはここでも打牌を捻ってきたのだ。
一巡の間に場が沸騰する。
間違いなく全員聴牌。
それでも初瀬は諦めない。
山に手を伸ばし、手牌の上に重ねた牌は。
初瀬 手牌
{④赤⑤⑥34赤5678二四五赤五} ツモ{二}
息を呑む。
形だけ見れば、待望の両面変化。
初瀬の目が、対局者の河を見つめている。
怜 捨て牌
{東発一東1}
{2横②}
恭子 捨て牌
{東北981①}
{6東}
尋常ではないほどの恐怖と焦りが、初瀬の脳と体を蝕む。
――――押せ。切れ。……怖い。
――――踏み込め。断ち切れ。……けど怖い。
振り込んだら終わり。
今この瞬間は、安全牌で聴牌を取ることもできる。
逃げたい。
安定を取りたい。
振り込みたくない。
『あなたの麻雀、見てて気持ちが良いわ。……その姿勢、全国でも貫ける?』
『頼りにしてるからね。私も由華も、晩成にあなたが入ってきてくれたこと、本当に感謝してるわ』
『攻めるならどこまでも攻めろ。後悔の無い打牌をしろ。……そのがむしゃらな初瀬の打牌が、晩成に勝利を呼び込んでくれる』
『初瀬!勝とうよ!!』
「リーチ!!!」
自然に出た声だった。
掴んだ牌は{五}。
天高く持ち上げて、河へと叩きつける。
その牌を見て、セーラが獰猛に笑った。
「ロン!」
セーラ 手牌 裏ドラ{西}
{一二三四五六六七七八九西西} ロン{五}
割れるような大歓声。
初瀬がぶつけた渾身の一打は、真っ向からぶつかってきたセーラの手によって砕けて散った。
最終結果
1位 江口セーラ 50000
2位 末原恭子 28300
3位 園城寺怜 25300
4位 岡橋初瀬 ー3600
『試合……終了!!最後まで真っすぐに、力強く打ち抜いた岡橋初瀬選手!最後は江口セーラ選手の強烈な倍満で残念ながらトビとなってしまいました……!』
『とても……とても面白い対局でしたね。結果的に岡橋選手は敗退となってしまいましたが、この対局はきっと見ていた人の記憶に長く残ることになりそうな……そんな対局でした』
『記録ではなく記憶に残る!まさにそんな戦いぶりを見せてくれた岡橋初瀬!強豪校の3年生を相手にこれだけの立ち回りは、来年からにも期待がかかるぞーー!!』
ビーーー、という対局終了を知らせる大き目のブザーが鳴り響いた。
暗かった対局室に照明が点く。
力なく背もたれに体重を預けた初瀬は、小さく息を吐いて天井を見上げていた。
(負けた……か)
不思議と、ショックは小さい。
とても高い天井を見上げながら目を閉じ、初瀬はこの対局を振り返る。
誰かの気配がしてふと目を開けると、初瀬の視界に入ってきたのは、とても楽しそうな笑みで初瀬を見つめるセーラ。
「さいっっっっっこうやないかやえの弟子!!こんなに胸躍る対局は久しぶりやったわ!また打とうな!!」
「は、はあ……」
背もたれに体重を預けていたのに、無理やり肩を組まれた初瀬は、生返事しか返すことができない。
その後セーラはすぐに怜の方にいき、「セーラのせいで敗退になってしもたわ」と頬を膨らませて怒る怜に絡まれている。
初瀬は自分の手を天井にかざして、手の甲を見つめた。
最後の場面。{四}を切っても聴牌は取れた。
{四}は全員に通る牌。
自分の弱い心が、{四}を切ろうとしていた。
しかしそれでは、とても和了れる気はしなかった。
由華に言われた言葉を思い出す。
『自分の手が勝負手なら、怯むことなく危険な牌を切れ』
きっとこの手を狭く打って、怜やセーラに和了られていたら、自分は後悔していただろう。
それどころか、仮に安全に行った先で運よく和了れたとしても後悔していた可能性まである。
そう思うからこそ、トビ終了となってしまった今も、初瀬の表情は清々しいものだった。
「……岡橋と麻雀打つの、心臓に悪いわホンマ……」
初瀬と同じように、恭子もまた背もたれに体重を預けていた。
やはり恭子は強かった。
安定した打ちまわし、最大の武器である速度。
団体戦で由華があれだけ苦しんでいた理由を、初瀬は肌で感じていた。
この卓にいた全員が、確実に自分より格上の相手だった。
それでも自分は最後まで前に出続けることができた。
(……負けた……けど、私は晩成の副将として恥じない麻雀ができた気がする)
もちろん勝ちたかった。
勝つ気だった。
しかし最後の最後、弱気になりかけたところを真っすぐ打ちこめたことに、初瀬は確かな成長を感じていて。
「初瀬、やったか」
名前を呼ばれて、少し驚いたように初瀬が前を向く。
もう一度初瀬の対面の席に腰掛けていたセーラが、先ほどの手で雀頭だった{西}を2枚手で軽く投げて遊びながらこちらを見ていた。
「ええ麻雀やった。今度、ウチらで打ってるとこ来な。やえも来とる、強い連中のたまり場や。……間違いなくお前はもっと強なれる」
「……!」
聞いたことがないわけがなかった。
姫松の愛宕洋榎、倉橋多恵。この江口セーラに、先輩である小走やえ。
関西四強と揶揄されるその集まりは、中学校時代から何度も雑誌やインターハイのテレビで見ていたのだから。
いま自分はその集まりに来いと言われているのだ。
震える手を、膝の上で握りしめる。
「……是非、お願いします!」
セーラが、ニヤリと笑いながら頷く。
今年の個人戦は敗退となってしまった。
初瀬の結果はベスト32。
しかし、まだまだ強くなれる。
初瀬の高校生活は、まだ始まったばかりなのだ。