インターハイ個人戦3日目。
長かったインターハイもついに佳境を迎える。
前日までのグループ予選で鎬を削った高校生雀士達は、ベスト16にまで絞られた。
泣いても笑っても、個人戦は今日と明日で終わる。
明日の夜には新たな……もしくは連続でのチャンピオンが誕生することになる。
そんな運命の1日であっても、姫松の面々が泊っているホテルではいつも通りの朝を迎えていた。
「恭子、このスクランブルエッグ美味しいよ!やっぱ毎年ここの朝食ビュッフェは格別だなあ……!」
「……高校生活最後のインターハイ個人戦やってのに、どうしてそんな緊張感皆無でいられるんや……」
今日も今日とて恭子は頭を抱えている。
全国の予選を勝ち抜いた猛者達が更に絞られ、ついにその頂点が決まるというのに、この親友はいつもブレない。
美味しそうに朝食を頬張る多恵を見て、その胆力を少し羨ましがる恭子だったが、ふと思い立って少し気になっていた質問を多恵にぶつけてみた。
「……多恵は、1回戦で誰と当たったら嫌やなあとかあるんか?」
唐突な恭子からの問いに、多恵も咀嚼していたスクランブルエッグを飲み込む。
「……うーん、そうだな……」
聞いた側の恭子からしてみれば、もはやここまで来ると誰と当たっても嫌だった。
強くない人間はここまで残っていない。誰と当たったとしても激戦は必至だろう。
多恵は去年この個人戦の決勝戦まで駒を進めている。
そして勝ち進んだ決勝の卓は全員が当時2年生というのだから驚きだ。
だからこそ、今年の注目度は一段と高い。
10年に1度の世代、という奴だ。
多恵はひとしきりベスト16のメンバーの顔を思い浮かべると、ようやく口を開く。
「誰が当たっても強いのは間違いないから、嫌っていうのはないかなあ……って答えは面白くないので……」
「せやな」
多恵の言葉の途中であからさまに恭子が不満そうな顔をしたのを見て、多恵が慌てて方向性を変える。
少し手を顎に当てて考える多恵。
誰が相手ならやりやすいといった感情は無いのだが、流石の多恵でも相性の悪い相手はいる。
「でも、そうだね。勝てるかわからないっていう意味で今年一番怖い人はいるよ」
「……意外やな、やっぱチャンピオンなん?」
「いや……」
多恵がおもむろに自分の学生鞄から今日のメンバー一覧が載っている資料を取り出す。
パラパラといくつかページをめくり、たどり着いた一つのページを開けて、多恵が指さしたのは一人の人物。
多恵が示したその打ち手は、恭子からすると少し意外な人物だった。
『野郎ども集まれええええ!!!!インターハイ個人戦最終日の時間だオラアアアアア!!!!』
『恒子ちゃん落ち着いて?!ただでさえ局の人から口調には気を付けるようにって昨日言われたばっかりだよね?!』
朝からトップギアの恒子の瞳には星が浮かんでいそうなぐらいにキラキラだ。
クレームが来るかギリギリの口調に隣に座っている健夜は気が気ではないが、意外と恒子のキャラ自体が人気なので特に指摘するような人はいない。
『落ち着いてなんかいられません!!今日、高校麻雀界のトップに君臨するチャンピオンが誕生するんですよ?!テンション上げていかないと!』
『そ、それはそうだけど……』
『と、いうわけでこのあとすぐに、抽選会が始まりますよお!!』
と、そこまで言ったところで、恒子がいったん静止。
すぐにくるりと健夜の方へ振り返る。
『なんで抽選やるんでしたっけ』
『この説明昨日したよね?!』
もう……と言いながら健夜は手元の資料を一度整理して、説明する準備を整えた。
『昨日までのグループ予選で、個人戦出場者は16人にまで絞られました。そのメンバーが、今皆さんの画面にも映っていると思います』
『おお~!!やはり強豪校が多いですね!中でも姫松高校は地区代表3人全員が決勝トーナメントに残っているぞ!!』
『流石ですね……。そして、昨日の予選決勝で、1位で通過したメンバーは同じく1位通過した人たちと同じ抽選箱を引きます』
『なるほど!ここで1位通過することの意味が出てくるわけですね!』
『はい。つまり、決勝トーナメント1回戦はどこの卓も1位通過者2人と、2位通過者2人によって構成された卓になります』
健夜の解説が続く。
そんな中テレビでは続々と決勝トーナメントまで駒を進めたメンバーが抽選会場へと足を踏み入れていた。
『なるほどなるほどお……!さて、選手たちも続々と集まってきました!!注目の抽選会はあ~!!CMの!!後!!!』
『ここでCM挟んじゃうんだ……』
去年のこと。
多恵は個人戦で着々と駒を進めていたが、このグループ決勝戦は実は2位通過だった。
2位通過だったおかげでむしろ決勝に進みやすくなった節もあるのだが……決して多恵は狙って2位になったわけではない。
全力を出し切って、それでも1位には追い付かなかった。
当たったのは前年度から高校の頂点に君臨するチャンピオンでもなければ、馴染みの深い関西四強と呼ばれる他3人でもない。
ましてや上級生などではなかった。
多恵はこの相手と何度も大会で対局を繰り返し、そして練習試合でも対局をすることが多くあった。
お互い強豪校の先鋒として親近感もあった彼女と、多恵が仲良くなるのに時間はかからなかった。
地域は離れているものの、ネット麻雀で時間が合えば対局をし、牌譜検討を一緒に行った。
そうして少しづつ少しづつお互い高めあいながら、地力を着実に伸ばした実力者。
そして多恵の輝かしい高校通算の対戦成績の中でも、トップ3に入るほどに相性の悪い相手。
個人戦決勝トーナメント1回戦。
ここまでと同様、上位2名が次の準決勝へと駒を進められるこの対局。
場所はもちろんメイン対局室。
広い部屋の中央。階段を上った先の自動卓にスポットライトが当たっている。
「最悪や……多恵が朝あんな話するからや……」
そこに向かう恭子の足取りは重い。
抽選の結果、恭子は1回戦最初の対局者となった。
最初の対局ということに関しては文句はないのだが、問題は対局者にあった。
この段階まで残っているメンバーというだけで、生半可な実力者は残っていない。
それは分かっていた。
とはいっても、こんな卓になるのは流石に想定外。
グループ決勝戦並みの激戦になりそうな予感に、早くも恭子の胃は痛み始めていた。
「来たわね」
足元を見ていた顔を上げて自動卓の方を見れば、そこには幾度となく見てきたシルエット。
強気な釣り目に、赤いリボンで結んだサイドテール。
見間違うはずもない。
「小走……」
晩成の王者にして、絶対的な卓の王者でもある小走やえその人だった。
「最近ね、なんでかわかんないけどあんた見てるとイライラしてくるのよねえ……」
「なんでやねん……!どうせとばっちりやろ……」
腕を組んで仁王立ちしていたやえの横をするりと通り抜けると、決められていた席へと座る恭子。
「なんでかしらね……まあなんでもいいわ。今日ここでボッコボコにすれば少しは気分が晴れそう」
「なんちゅう不幸や……」
恭子は団体戦から着用しているスカートスタイル。
個人戦は普段から着用しているスパッツで行かせてくれと懇願したのだが、姫松メンバー全員から却下された。
なんなら洋榎に制服を没収されていた。
そんなやりとりをやえと恭子がしていた時だった。
2人の後ろから、1人の選手の気配がして、2人が後ろを振り返る。
その姿を見留めて、やえが、ニヤリと口元を緩めた。
その
『あら、こんなにたくさん新入生が入ってくれたのね……けど、悪いわね。2年生、私しかいないのよ』
初めて会った時は、テレビで見た強気な表情ではなく、どこか寂しさを感じる表情だった。
『あら、いいわねそのスルー。勝負手を高打点で仕上げる意志を感じるわ』
言葉数は少なくても、面倒見がよく、同級生の誰もがその人間性に惹かれていた。
『私は……やえ先輩の力になりたくて……!』
『……また来年、来ればいいわよ。その時は……力を貸して』
この人と、同じチームで打てて本当に良かったと、心から思う。
だから。
「先に卒業するやえ先輩を安心させるために」
目を開けた。
右目には燃える炎が宿っている。
「今日、やえ先輩を倒します」
力強く言い放ったその言葉に、やえが余裕を崩さずに笑みを浮かべる。
「やれるものなら、やってみなさい。由華」
そして最後の対局者が、その場に姿を現す。
「集まっとうな」
すらりとした長身瘦躯。
ただでさえ由華とやえのやりとりを見てげんなりしていたのに、恭子はその入ってきた人物の姿を見て、もう一度大きくため息をついた。
そして同時に、今朝多恵が言っていた言葉を思い出す。
『この子ってさ、団体戦いつも一人だけ特殊な条件で打ってるじゃない?だから皆あんまり気付いてないのかもしれないけど……』
『”縛り”の枷を外した白水哩は強いよ』
北九州最強の高校。
その長い歴史の中でも史上最高の呼び声高い圧倒的エース。
「……始めよか」
東家 姫松高校 末原恭子
南家 新道寺女子 白水哩
西家 晩成高校 小走やえ
北家 晩成高校 巽由華
――――――決勝トーナメント1回戦、開始。
団体戦決勝の実況解説は
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すこやかペア
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知らんけどペア