―――1年前の夏のおわり。
『決まったああああああ!!!晩成の王者小走やえ!!ここで3倍満をチャンピオンから直撃!!!勝負はまだ、まだわかりません!!』
『チャンピオンが3倍満に放銃した記録は今までありませんでしたから、これはチャンピオンにとっても衝撃かもしれません』
テレビ画面から流れてくる放送対局を、2人の少女が眺めていた。
「こん時のやえ人殺しそうな目しとるやんけ」
「んなこと言ったら辻垣内も確実に10人くらい殺っとるやろこの顔」
愛宕洋榎と江口セーラ。
関西最強の4人と呼ばれる内の2人だ。
2人が見ているのは、この年のインターハイ個人戦決勝。その録画だ。
面子は白糸台の宮永照、臨海の辻垣内智葉、晩成の小走やえ、姫松の倉橋多恵の4人。
2人にとって旧知の間柄である2人と、東京勢2人のぶつかり合い。
日本中で注目を浴びたこの対局は、派手な点数の応酬もあって会場と視聴者を熱狂させた。
圧倒的強さを持つチャンピオンを、誰かが打倒しうるのか。
最後まで可能性を手繰り寄せて戦う3人の姿は、麻雀打ちなら誰もが魅了された。
『ああっとここで切り裂くような一閃!!最後の親番で追いすがる小走やえの手を打ち砕いたのは辻垣内智葉だあ!!』
『……今、チャンピオンが辻垣内選手に鳴かせたように見えました。なんとしても、小走選手の連荘を阻止したかったのかもしれません』
南場のやえの親番が落ちる。
点差もあってこれでやえの優勝はかなり厳しくなった。
「チャンピオン、派手な和了に騙されやすいんやけど、けっこー細かいことやってきてんねんよな。今のアシストもそやけど、無理して最初の和了狙いに行かんかったり」
「……せやな」
チャンピオン……宮永照の強さは、その代名詞と呼ばれる連続和了だけではない。
照魔境によって見抜いた相手の性質。その性質を逆手に取るような打ち回し。
それができるからこそ、彼女は常に頂点にいる。
『ッ……!』
『小鍛治プロ?どうかしましたか……?』
『いえ……』
多恵が300、500の点数を和了した瞬間、解説していた健夜から漏れた声。
「これや」
「ナラビタツモノナシ……か」
普段は綺麗なえんじ色をしている多恵の瞳が、漆黒に染まっている。
智葉が驚いたように目を見開き、やえも心配そうに多恵の方を伺い、ぐるぐると回っていたチャンピオンの右手が静止する。
そこから、怒涛の多恵の連続和了が始まった。
『な、7連続和了ああああ!!!誰が止められるのか?!チャンピオンとは違い、いつでも止められそうなのにも拘わらず、誰も追い付けない!一体何が起こっているんだあ?!』
『打点こそ高くありませんが……この調子ならトップのチャンピオンまで追い付く可能性も十二分にありえます』
「マジで気持ち悪いくらい打牌早いんよなこの多恵……」
「……ウチらと打ってる時かて、こんなんはなかったな」
「なんかあれやな~、多恵と初めて会った時を思い出すわ」
セーラと洋榎が、初めて多恵と出会った時。
洋榎が声をかけて元々知り合いだったセーラに紹介したのが始まりだったが、その時は確かにこんな様子で麻雀を打っていた。
ただ淡々と、機械のように最適解をはじき出す。
セーラからはそんなふうに見えた。
「いつからやったっけ、多恵が頻繁に『バイーン!!』ってほざくようになったんは」
「中1ん時にはもうしょっちゅう言ってたで」
その後やえが入ってきて、4人で麻雀を打つようになった。
セーラと洋榎にとって、あの時間はかけがえのない物で、それは多恵とやえにとっても同じだった。
毎日集まって、ひたすら麻雀を打って、収支を書いて、それに一喜一憂して。
沢山喧嘩もした、それでも次の日には集まって麻雀を打っていた。
誰かが予定があって行けないという連絡があっても、他のメンバーは必ずあの場所へ向かっていた。
あそこに行けば、必ず多恵がいるから。
4人集まらなくても、勉強はできる。
向上心の塊のような多恵に、他の3人もあてられたのかもしれない。
たくさんの知識を吸収して、切磋琢磨しあって、4人は強くなった。
強くなった、はずだった。
『手に汗握るめくりあい……!!!制したのは辻垣内智葉!!!倉橋選手から満貫の直撃だああ!!』
『枚数は倉橋選手に分がありましたが……これも麻雀ですか』
『さあオーラス!!小走選手がトップになるには3倍満のツモ、倉橋選手がトップになるには跳満ツモ、辻垣内選手は満貫ツモ以上が必要です!』
映像は、オーラスに移っていた。
必死に打点を作りに行くやえ、冷静に手牌を眺める多恵。
会場の盛り上がりは、最高潮に達していた。
黙って2人が、その最後を見届ける。
結果は知っている。
それでも、今2人に会話は無かった。
『……ッ!!終局!!!!最後も和了りきったのは辻垣内智葉……!!!2人のリーチを受けてなお和了をモノにしました……!!!』
『辻垣内選手も現実的な条件があったとはいえ……終局間近のこの和了は見逃すわけにはいきませんね。見逃せばツモられる。そんな迫力が2人にはありました。個人戦2位までが世界ジュニアに出れることを考えても、これは納得のいく選択です』
『過去最高のインターハイ個人戦決勝、これにて終局!!勝ったのはやはりチャンピオン!!個人戦優勝は宮永照だああああああ!!!』
会場の熱気が、こちらにも伝わってくるようだった。
そんな大熱狂を生んだ個人戦は、こうして幕を閉じた。
「最後のやえの顔なんやねんw悔しさで歯ぎしりしてんの見えてんでw」
「やえ悔しさが限界突破したときのクセやんなあれ」
はっはっは、と2人の笑い声があまり広くない部屋に響く。
気付けば夕日が窓から差し込む時間帯。
不意に2人の笑い声が止み、静寂が訪れた。
「なあ」
先に口を開いたのはセーラだ。
テレビの前のソファに座っていた洋榎が、後ろに立っているセーラに振り向くことなく返事を返す。
「なんや」
洋榎には分かった。
自身が座っているソファの背もたれを、セーラが力強く
「この場でやえと多恵と座ってんのが、何で
静寂。
ゆっくりと後ろを向いた洋榎の特徴的なたれ目が、セーラの潤んだ双眸を捉える。
「なんでってそら……ウチらが弱いからやろ」
「ッ……!」
この年の個人戦。
セーラは辻垣内智葉に敗れ、洋榎もまた、チャンピオンの前に涙をのんだ。
個人戦決勝で4人で会おうという約束は、果たされなかった。
やえと多恵は、しっかりと約束を守ってくれたというのに。
2人は言っていた。
先に当たるか後に当たるかの違いで、私達もあの2人には勝てなかった、と。
しかしそんな慰めはセーラの心に響かない。
誰が相手でも関係ない。自分は必ず決勝でこの3人と戦って、優勝を勝ち取るんだと信じて疑わなかったから。
声を発さなくなったセーラを見て、洋榎がテレビのリモコンを取りにソファから立ち上がる。
「あんなんバケモンやろ。ま、仕方ないんちゃうか~」
洋榎のその言葉に、セーラが弾かれたように前を向いた。
仕方ない?
それは4人が積み重ねてきた日々を、冒涜するかのような言葉ではないか?
「洋榎てめえええええええええええええええ!!!!!!!!」
一瞬だった。
洋榎のまえに回り込んだセーラが、洋榎の胸倉を掴んで持ち上げる。
「悔しくねえのか!!!!あいつらはあんだけ戦ったんだぞ!!!!それをお前……!『仕方ない』で片付けるのかよ!!!!」
許せなかった。
セーラは悔しくて悔しくて、個人戦が終わってからというもの無力感に苛まれた。
ここ数日はどうして負けたのかを考え続ける日々で、まともに部活にも顔を見せられなかったのだ。
来年こそは必ずぶっ倒すと心に決めて、きっと同じ気持ちだろうと思って洋榎に会いに来たというのに。
そこまで感情をぶつけて、セーラは動きをぴたりと止めて、息を飲んだ。
今日初めて目の前から見た洋榎の表情。
いつもへらへらと笑っている洋榎の目の下。
そこには尋常ではないほどの
「ッ……!!」
セーラが、洋榎を掴んでいた手を放す。
一瞬の沈黙を経て、何も言わない洋榎に背を向けて、セーラが歩き出した。
「……帰るわ」
学生鞄を地面からひったくるように持ち上げると、お気に入りの学ランをたなびかせてセーラが部屋の扉を閉める。
誰もいなくなった部屋で一人、洋榎はテレビ画面に目をやった。
今は個人戦の表彰式を行っている。
満面の笑みでインタビューに答える照と、その隣に智葉。
多恵とやえも、表情は優れないが、その隣に立っている。
ため息が、漏れた。
「悔しくないわけ、ないやろ」
洋榎の手にあるリモコンは、力強く握りしめられていた。
『さあさあ!!!ついにインターハイ個人戦もベスト8まで絞られました!!!!これから行われるのは準決勝になります!!!』
『この準決勝、かなり注目が集まっているみたいですね』
インターハイ個人戦は、ついに準決勝を迎える。
各都道府県の予選を勝ち抜いた猛者達は、ついに8人にまで絞られた。
『ついに……ついに去年の個人戦決勝卓のメンバーが火花を散らします!!』
『それもかなり注目ポイントですが……もっと因縁深いものを、私は感じてしまいますね……』
『おっとお、それもそうですよね……!なんといってもその2人と戦うのは……!』
「おいセーラ、準備はええか」
「誰に向かって言ってんねん。こちとら1年前から、準備完了してるわ」
対局室へと続く、大きな扉を開く。
階段を昇った先には、2人の少女が既に席に座っていた。
「……『守りの化身』に、『打点女王』。去年もその強さに苦しめられたが……やはり上がって来たか」
「その節はどーも。侍さん。……待ってたで。あんたをぶっ倒すこの瞬間を」
セーラと智葉の視線が交錯して火花を散らす。
「愛宕洋榎さん……よろしくね」
「よろしゅう~。お手柔らかにな~」
照を見つめる洋榎のたれ目は、今は全く笑っていない。
2人が席に座って、照明が落ちる。
開局を知らせるブザーが、会場に響いた。
さあ、ぶつけよう。
あの日夢折られた悔しさを。
こんばんは、ASABINです。
個人戦良い所ではあるのですが、次回から幕間を挟んで、団体決勝へとお話を戻します。
理由はいくつかあるのですが、一番大きな理由は、ここから先の対戦カードをやるには、団体決勝のお話が不可欠であると判断したためです。
もちろん、団体決勝が終わったとに個人戦決勝もやりますので楽しみにしていてくださると嬉しいです。
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団体戦決勝の実況解説は
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すこやかペア
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知らんけどペア