ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第111局 頂の景色を見に行こう

「ああ~もう!!洋榎のヤツ、結局ウチの書いたカンペなんも使わんかったやんか!!」

 

「まあ洋榎ならいらないんじゃないかとは思ったよね……」

 

 

色々なことが起こった記者会見の後。

 

最後のミーティングを経て、恭子と多恵はホテルの部屋に帰ってきていた。

 

とりあえず制服のまま部屋のベッドに腰掛ける2人。

制服のリボンを緩めながら、恭子がため息をついた。

 

 

「多恵もや、別になにも決勝の前にバラすことなかったんちゃうか?」

 

「まあ、遅かれ早かれバレるなら、むしろ今がいいのかなって。クラリンを応援してくれる人が、姫松も応援してくれたら嬉しいじゃん?」

 

「それでええんか……それはそうかもやけど多恵の身の安全が心配やわ……ネットリテラシーちゅうもんはないんか……」

 

多恵の言う通り、今までインターハイは興味薄くてもクラリンは知っているという層から応援される可能性は高くなった。

とはいえ、高校生であるというのがバレた以上、過激なファンが会いに来るような事態になったらコトだ。

 

そのへんをあまり考慮していないあたり多恵らしいと言えばらしいのだが。

 

 

 

心配する恭子をよそに、立ち上がった多恵が部屋のカーテンを開ける。

 

恭子と多恵が泊っているこの階は7階。外を見ればそこには東京の夜景がびっしりと広がっていた。

 

 

 

「ねえ恭子……」

 

「……どないしたん」

 

外を見つめる多恵の表情が、窓に反射して少しだけうかがえる。

 

その瞳は、静かに伏せられていた。

 

 

「明日、だね」

 

「……せやな」

 

恭子も、少し下を向いて思いを馳せる。

 

 

思い返せば1年前、団体決勝戦で惜しくも2位という結果に終わり、恭子は悔しいながらも、ある一定の充足感を得ていた。

しかしその感情は、ホテルへの帰り道での多恵のあの言葉と表情を見て、来年は絶対に優勝しなきゃいけないという決意に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

『私は、諦めないから。来年必ず勝つから……!……負けて仕方ないなんて、言わないでよ』

 

 

 

 

 

 

 

恭子が、両手を合わせて握りしめる。

それ以降、恭子の胸にはいつも、絶対に姫松に優勝旗を持ち帰るという覚悟があった。

 

 

そしてそれを果たすべく、ついに決勝の舞台にまたやってきたのだ。

 

 

なのにどうして今、こんなにも手が震えている?

 

 

 

「怖い?恭子」

 

窓の鏡越しに、恭子の様子を察したのか多恵が声をかける。

恭子は慌ててごまかそうと手をふりほどいた。

 

 

「こ、こわいわけ」

 

「私は怖いよ」

 

ごまかし終わる前に多恵から発された言葉によって遮られ、恭子の動きが止まる。

 

 

 

「……多恵……?」

 

改めて多恵の方を向けば、多恵も同じように、両手を胸の前で握っていた。

その手は、微かに震えているようにも見える。

 

 

「後悔しないだけの努力をしてきた。実力を出しきれる自信もある。……けど、もし明日負けて、姫松の3年間を優勝できずに終わってしまったらと思うと、本当に怖い」

 

個人戦は、ある。

しかしそれはあくまで個人戦。多恵が目指してきたのは、この姫松のメンバー全員で勝ち取る全国優勝。

 

後悔する必要のないくらいには努力をしてきたし、姫松の皆が最大限の努力をしていたことも知っている。

 

しかし、麻雀と言う競技は常に運が絡むゲーム。

『絶対』は無い。

 

そして多恵と恭子に、「来年」はない。

前世のプロリーグですら、そんな事はなかった。

 

だからこそ、怖い。

 

 

そこでくるりと、多恵が恭子の方に向き直った。

 

 

「でも大丈夫だよね。後ろには皆がいる。恭子もいる……戦うのは私一人じゃない」

 

「……そこでそれ言うのは反則やろ……ああもう!」

 

 

恭子が立ち上がって、多恵の手を取った。

その手を、固く握る。

 

 

「そーや。ウチがなんとかしたる。だから思いっきり、チャンピオンに、小走に、園城寺に。ぶつけて来るんや、多恵の3年間を」

 

「……そうだね」

 

多恵と恭子の視線が合って、二人で笑う。

明日が終われば、団体戦は終わり。姫松の皆と戦う団体戦は泣いても笑っても明日が最後。

 

 

固くなってしまった空気を振り払うように、多恵がクローゼットの方を見つめた。

 

 

「……恭子はもちろんあの制服で出るんだよね?」

 

「……いつものスパッツじゃあかん?」

 

「ダメだね」

 

「……もう駄々こねてる場合ちゃうか……ええわ。やれることは全部やったるわ!」

 

「それでこそ恭子!……ってか普通にあっちのが可愛いよ」

 

 

空気が和み、いつもの雰囲気に戻っていく。

 

その後も2人は笑い合って話しながら、決戦前日の夜は更けていった。

 

 

 

 

そんな和気藹々とした雰囲気の中で、恭子は多恵の笑顔を見て強く願う。

 

 

 

 

 

 

ああ、どうか。

 

 

 

 

明日が終わった時に、またこうして多恵と笑っていられますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――決勝戦当日。

 

 

 

 

 

『きいまったあああ!!!!!!団体戦5位決定戦!!!制したのは清澄高校!!5位という形ですが、清澄高校の名は、確実に全国に刻まれたことでしょう!!』

 

『凄まじい叩きあいでしたね……清澄高校は若いチームなのも、大きいですね。来年、再来年とまた期待できる高校ではないでしょうか』

 

 

 

5位決定戦も大将戦で豊音と咲が壮絶な叩き合いをしたこともあって、会場のボルテージは最高潮にまで仕上がっていた。

 

 

時刻は昼の10時を回った所。

会場では5位決定戦が終わり、結果は清澄が大将戦を制して5位となった。

 

 

ハイライトもそこそこに、息をつく暇もなく会場の熱気は、今日のメインイベントへと移っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、全国の麻雀ファンの皆様お待たせいたしました。今日、全国の頂点に立つ高校が決まります……!!!』

 

『いやあ~、ついに来たねい……』

 

決勝戦の実況解説は、針生アナと咏。

咏の人気も相まって、この2人が決勝の解説を務めることになった。

 

 

 

広い会場に、次々と決勝進出校のメンバーが入ってくる。

 

北大阪代表、千里山女子。

西東京代表、白糸台高校。

奈良県代表、晩成高校。

南大阪代表、姫松高校。

 

 

各高校の先鋒から大将までの5人が、メイン会場の対局室へと集結した。

 

会話はなくとも、表情でわかる。

 

全員が、勝ちを譲る気がないということは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四校の全てをかけた戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『各高校の先鋒の選手はステージに残ってください』

 

 

挨拶を交わした直後。5位決定戦が少し延びた影響もあって、先鋒戦に出場する選手はそのまま会場に残り、他の選手が控え室へと戻る運びとなった。

 

各校の先鋒以外の16人が、会場を後にする。

 

それぞれが先鋒の選手に想いを託しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気張れや!怜!」

 

「園城寺先輩!ファイトです!!」

 

 

 

「おー……頑張るわ」

 

 

 

 

『千里山女子!!その先鋒を務めるは昨年秋に彗星のごとく現れた3年生エース!独特な打ち回しからついた呼び名は“一巡先を視る者”!!未来を視るその瞳に、千里山の優勝は視えているのか?!園城寺怜!!』

 

 

 

怜の横を通り過ぎていく選手の中、竜華が怜の前で立ち止まる。

 

そしてゆっくりと、怜を抱きしめた。

 

 

「竜華。……大丈夫やから」

 

「……うん。これが私にできる精一杯の応援やから。頑張って……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テルテルー、頑張ってねっ!」

 

「宮永先輩、ファイトです」

 

 

 

「……うん。ありがとう」

 

 

『白糸台高校!!インターハイ3連覇目前!!もはや語る必要はないでしょう!最強の高校の史上最強のエース!!宮永照!!!』

 

 

熱狂にも似た歓声が遠くから聞こえてくるほどに、照の人気は高い。

しかし普段通りの姿勢を崩さずにしっかりと相手を見据えるその姿は、まさに王者と呼ぶに相応しい。

 

 

 

「……照。お前に限って心配は必要ないと思うが……」

 

「菫、ありがとう。今日はそう簡単に行く相手じゃない……けど、大丈夫だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やえ先輩!!ファイトです!!!」

 

「ぶっ倒してきてください!!」

 

「やえ先輩……!頑張ってください……!」

 

 

 

「だーれに言ってんのよ。大丈夫。……全部私に任せなさい」

 

 

 

憧、初瀬、紀子の順番で、やえの片手にコツンと拳を当てていく。

この人だから、この人と一緒だからここまで来れた。私達が、晩成を選んだ理由。

全幅の信頼が、ある。

 

 

 

そしてその信頼は、ここに立つやえからも同じ。

 

 

 

 

『晩成高校!!!去年までの孤独な王者はもういません!!強固な信頼で結ばれた絆で、晩成王国が頂点を獲りに出陣です!!晩成の王者(キング)は、インターハイを統べることはできるのか!小走やえ!!!』

 

 

 

 

最後にやえの前に姿を現したのは、由華。

由華はやえから差し出された拳にコツンと自分の拳を当てた後、ゆっくりとやえの拳を握って、頭の付近へと持っていく。

 

 

「……私、晩成に入ってよかったです。やえ先輩と一緒に戦えてよかったです。……だから今日も、やえ先輩についてきて良かったって思わせてください」

 

「……当たり前よ。……しっかりと見てなさい。今日が……私の3年間の集大成よ」

 

 

 

 

やえが睨みつける先に、因縁の相手が待っている。

 

決着をつけよう。

誰が高校麻雀界の()()なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洋榎がまず、背中を強く叩いた。

 

続いた由子が、笑顔で同じように強く叩いた。

 

漫が戸惑いながらも、思い切って背中を叩いた。

 

 

 

 

言葉は、いらない。

 

 

 

 

 

 

 

『姫松高校!!!!2年連続インターハイ準優勝!!関西の“常勝軍団”は、未だ頂の景色を見れずにいます!!あの時選手たちは誓いました。今年必ずその景色を見に来ると!全国の麻雀ファンに笑顔を届けるクラリンは、今一人の選手として全国の頂点に挑みます!!倉橋多恵!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

大歓声が、会場を揺らす。

多恵が大きく、息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

その時、一際強い勢いで、多恵の背中が叩かれる。

 

 

「痛っ!?……」

 

多恵の背中を叩いたその手は、ぎゅう、とそのまま背中を握りしめる。

 

 

 

 

「恭子……」

 

多恵から恭子の表情は見えない。

恭子の髪を後ろで留めているリボンが、小さく震えていた。

 

 

「……必ず……勝つから」

 

 

多恵が優しく笑ったのを感じて、それでも名残惜しそうにゆっくりと恭子の手が離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『舞台は整いました!!!!インターハイ団体戦決勝!!!!』

 

 

 

多恵がゆっくりと目を開いた。

 

 

 

前世も今も、こうして変わらない競技に命を燃やしている。

この時間がたまらなく好きだから。

 

 

 

 

 

  

 

(今度は、私の番だね)

 

 

 

 

 

 

照明が落ちる。

 

対局開始を知らせる、ブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『対局開始です!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、今日こそは。

 

 

何度挑戦しても届かなかった、

 

 

 

 

 

 

 

 

頂の景色を見に行こう。

 

 

 

 

 

 

 


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