東3局 親 多恵
点数状況
東家 宮永照 91000
南家 小走やえ 91000
西家 倉橋多恵 109000
北家 園城寺怜 109000
『いよいよ始まった団体決勝!その先鋒戦!開幕は園城寺怜選手と倉橋多恵選手の跳満ツモで幕を開けました!』
『同じ跳満ツモだけど……質はちょっと違うよねえ……知らんけど!』
この先鋒戦、会場は既に凄まじい熱気に包まれていた。
この日を楽しみに会場に足を運んだ者もいれば、テレビの前にかじりついて応援する者もいる。
全国数多の麻雀ファンが、この歴史的一戦をその目に焼き付けようとしていた。
そんな日本中の注目を集めるこの先鋒戦は、前半戦東3局へと移っている。
『この2局、チャンピオンと小走選手は傍観する立場になっていましたが、この2人に限ってこのまま終わることはないですよね』
『そらそーだろ!……つーか、もう既になんか始まってるぜ?』
咏が見つめるモニターの先。
そこにはポーカーフェイスで打ち続ける照の姿があった。
4巡目 多恵 手牌 ドラ{3}
{②②④赤⑤⑥⑧34589一二} ツモ{五}
親番の多恵の手牌は悪くない。
赤ドラに上手くいけば平和がつけられそうな手牌。
多恵は即座に河を確認し、場況は良いとは言え既に{三}が2枚切れなのを見ると、手牌から{二}を河へと放った。
柔軟な二向聴戻し。
「ロン」
特徴的な少し高目の発声に、多恵の表情が少し曇る。
照 手牌
{⑦⑧⑨556677三四南南} ロン{二}
開かれた手牌を見て、照以外の3人の目が見開かれた。
「
(2000だと……!?)
開かれた手牌はなんてことのない平和一盃口。
しかしチャンピオンという打ち手を研究している人間ほど、この和了が信じられない。
『来ました!!チャンピオン宮永照!!!最初の和了は2000点の出和了りです!!』
『……2000……普通チャンピオンは連続和了の最初の打点は1000か1300だったはずだけどねい……』
宮永照の恐ろしさは、『連続和了』にある。
最初に和了る打点は低くても、そこから少しづつ打点と速度を上げていき……やがて最高打点に到達する。
これだけ聞けば途中で止めれば良い、と思うかもしれないが、それができればこの少女は「チャンピオン」と呼ばれるまでに至っていない。
それだけ絶対的で、圧倒的支配力を誇る連続和了なのだ。
そのチャンピオンに去年1番近くまで迫った一人の少女が、ポツリとモニターの前で言葉を漏らす。
「宮永……流石にそのメンツが相手では『仕方ない』か」
「……どういうことデス?」
眼鏡をかけて足を組んでいる智葉の隣。
メガンがカップラーメンにお湯を注ぎながら、智葉の言葉に反応した。
「去年聞いた話だが……宮永は基本、連続和了の最初の和了りを、1000か1300で和了る。そうすることでより連続和了の恩恵は強まり、速度も上がる」
「なるホド……デハ今の局、チャンピオンは{7}を切って平和のみにすればよかったのデスね?」
今の局、直前の照の打牌は{4}だった。
本来なら普通の打牌であるが、低打点で和了することに意味があるのなら一盃口を崩す{7}切りが正しく見える。
そうすれば平和のみの1000点だった。
「そうだ……しかし、そうできない理由があった」
智葉が、ゆっくりとモニターを見つめる。
メガンも直前に入った聴牌を思い出して理解した。
モニターの画面に、一人の打ち手の手牌が映っている。
やえ 手牌
{①①⑦⑧⑨89七八九西西西}
「宮永は東一局の照魔鏡で感じたのだろう。このメンツを相手にするには、生ぬるいことは一切できない、とな」
「恐ろしい打ち手デスね……」
宣言牌殺し。
やえの照準は、確かに照に合っていた。
だからこそ、照は2000点の聴牌を取らざるを得なかった。
「小走……良い仲間を得て、ついにその刃はチームのために振るわれるようになったか……願わくばもう一度、相まみえたいものだな」
モニターの中のやえは、照に最初の和了を許してしまったというのに、怖気づいている様子は全く無かった。
東4局 親 怜
『チャンピオンの和了……!また始まってしまうのでしょうか……!それにしても、倉橋選手はかなり放銃の少ない打ち手ですが今回は放銃に回ってしまいましたね……』
『あんなの誰が避けられるんだよって感じだけどな!……確かにクラリンは放銃は少ない。けどね、あのコは根っからのデジタルなわけよ。クラリンの動画見てる人達は知ってるかもしんねーけど!知らんけど!』
『知ってるのか知ってないのか……まあ、確かに私も何度か彼女の動画は見たことがありますが……超がつくほどのデジタル派ですよね』
『そーそー!……それを現実の麻雀に高い次元で落とし込んでるのが彼女の強さの理由なわけだけど……じゃあ今の状況100回繰り返したとして、本当に親番であの牌姿からオリるんですかって話なんよなあ』
『そういった精査の繰り返しをしているからこそ、放銃もあり得る……ということですか』
『ま、そういうことじゃねえの~?つーかあんなの警戒してたら麻雀にならねーだろ!知らんけど!』
そこまで言い終わった後、咏は自身の扇子で口元を隠す。
(ま……もしかしたら次は止めるかもだけどね……それがあのコの強さなわけだし)
咏は既に、多恵の強さの理由の大部分を感じ取っていた。
怜が親番の配牌を眺める。
……と共に一つため息をついた。
照が最初の和了を手にした。してしまった。
その意味がわからないほど、怜は愚鈍ではない。
(まず間違いなく、次の局も速攻でチャンピオンに手が入る……準決勝を経験したから分かる。けど……そう簡単にはさせへんで)
念には念を入れて。
怜の右目は早くも1巡目から緑色に輝いた。
怜の未来視が、一巡目のやりとりを全て映し出す。
(……ッ!1枚目にウチが切ろうとしてた{⑧}をポン……!させへん)
直接和了に結びつくかはわからない。
しかし手が進むことは事実。
絶対にこれは鳴かせないと心に決めた怜は、字牌から切り出していく。
照が最初のツモを手中に収めると、手から1枚の牌を切った。
その様子を見届けて、多恵も警戒心を強める。
多恵 手牌 ドラ{五}
{⑦49二五六九九南西白発中} ツモ{七}
(宮永さんはまず間違いなく1段目で和了りにくる。それまでにできることは……?)
手牌は悪い。
そんなことはわかっている。では何をすれば照の連続和了を止められるのか?
諦めて手をこまねいている時間はない。多恵は最善を目指すために、{中}から切り出した。
『倉橋選手、字牌から切り出していきました。手牌も悪いですし、遠くても染め手を目指したくなる配牌ですが……』
『ま、普通の場ならそうだろうねい。……でも今は普通じゃない。そんなことしている時間がないことは、あのコが一番よくわかってる』
多恵の狙いは、怜かやえが鳴いてくれること。
他家に役牌が重なるまで持つという選択肢もあるが、それでは遅い。
今この瞬間配牌で対子が入っていることを期待して切り出していくしかないのだ。
そんな多恵の思惑もむなしく、その{中}に声がかかることはなく、怜にもう一度ツモ番が回ってくる。
切る牌を決める前に怜がもう一度未来を視ようとして……その表情ははっきりと青ざめた。
「ツモ」
2巡目 照 手牌
{⑥⑦⑧333678四五七七} ツモ{六}
「1000、2000」
実にあっけなく、その手牌は開かれる。
『2連続和了……!!!あまりにも早すぎる……!!!どうやら始まったようです!チャンピオンの連続和了!!』
『この巡目じゃあ……やれることも少ないねえ……』
『そしてこのまま迎えてしまいます……!』
怜が最終形を確認して、捨て牌を見る。
({⑧}をポンせんかったら、カン{⑦}を自分で入れるんか……バカげてるでホンマ……!)
怜の視線を受けても、照の表情に変化はない。
パチり、と横にある起家マークを「南」に変える。
なんの感情も感じられないその動作。
照の右手は既に回転を始めていた。
その手が、風を纏う。
照の……チャンピオンの親番だ。
南1局 親 照 ドラ{中}
「ツモ」
その声がかかるのにかかった巡目は、わずか4巡。
音をたてて回る照の右手によってツモられた牌が、照の手元へと叩きつけられる。
照 手牌
{③④赤⑤⑥⑦345二三四五五} ツモ{②}
「2600オール」
『3連続……!!!徐々に徐々に打点が上がっています……!』
『これ以上はかなり痛手になる。わかっちゃあ……いるんだろうけどねい』
止まらない。止めることができない。
怜はうつむきがちに唇を噛んだ。
(ズラしても、違う選択を取っても和了られる……どないすればええねん……!)
考えている間にも、次の配牌は上がってきてしまう。
照の纏う黒いオーラが、徐々に大きくなっていく。
照の右手の回転が、竜巻を起こしそうなほどに激しくなっていく。
南1局 1本場 親 照
唐突に照が卓の右端を、左手で掴む。
その動作に、3人が表情を歪ませた。
勢いよく回転する右手でツモられた牌は、またも照の手元へと叩きつけられる。
「ツモ」
照 手牌
{②②③③④④6677二七七} ツモ{二}
突風が巻き起こった。
余りの暴風に、3人が思わず目を覆う。
「3300オール」
『圧倒的……!!!チャンピオン宮永照!!!4連続和了で一気にトップに踊り出ました!!!』
『他3人はまずいね。これ以上の失点は……命取りだ』
会場は既に異様な空気に包まれている。
止まらない照の連続和了。
ともすれば、ここでいきなり決着をつけてしまいそうな照の勢いに、誰もが息を飲んでただ見ていることしかできなかった。
南1局 2本場 親 照
照の猛攻は止むことがない。
5巡目にして聴牌が入る。
照 手牌 ドラ{⑥}
{③④④33445赤5六七八八} ツモ{八}
ダマで満貫、12000の聴牌。
リーチを打てばツモると跳満になるため、照はこの手をダマに構える。
ツモっても、出ても良いように。
ギュルギュルと音をたてて回転する照の右手から、{④}が河へと勢いよく放たれた。
その牌が、轟音と共に砕け散った。
「ロン」
やえ 手牌
{②②②④④⑤赤⑤⑤⑧⑧} {⑨⑨横⑨} ロン{④}
「誰の前で好き勝手に和了ってんのよ」
振り下ろされた
照の右手の回転が、収まった。
『ば………倍満!!!晩成の王者小走やえ!!!この状況下でチャンピオンから倍満の和了!!!!連続和了を強烈な一撃で止めました!!!』
『ひゅう~!……チャンピオンも、まだ追い付いていないはずと思ったんだろうねい』
照がその表情を今日初めて驚愕に染める。
(照魔鏡で見た結果では、小走さんはまだこの速度には追い付いてこれないはず……。……ッ!)
違う。
照は気付いた。
まだ追い付けないはずの速度を、加速させた人間がいることに。
照がやえが鳴いていた{⑨}の……1枚横を向いている牌の先に勢いよく目を向ける。
『去年の悔しさ……忘れたとは言わせないわよ?』
『当たり前だよ。……私はこの日を、1年間待ち続けた。今日こそ……必ず勝つ』
『……いい目じゃない多恵。あんたとの決着もそうだけど、そうね……まずはあのいけすかないチャンピオンとやらを倒すとしましょうか』
一人じゃない。
照が細めた目で見る先。
そこには腕を組んで、マントをたなびかせ仁王立ちするやえと、その隣で長剣を鞘に納めながらこちらを見つめる多恵の姿があった。