ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第114局 王者の打ち筋

 

南2局 親 やえ

 

 

 

点数状況

 

東家 白糸台 宮永照   97800

南家 晩成  小走やえ 101000

西家 姫松  倉橋多恵 100100

北家 千里山 園城寺怜 101100

 

 

 

 

 

 

 

『誰が予想できたでしょうか……!前半戦南2局にあってトップからラスまでその差3300点!!まだまだ前半戦の行方はわかりません!』

 

『……過去のインターハイも、先鋒戦は大きな差が開くことが多かったからねい……南2局でこの点差はかなり珍しいんじゃねえの?知らんけど』

 

『……去年ももう南3局には点差が開いていました。この僅差はやはり先ほどの小走選手の一撃が大きいですかね?』

 

『そらそーだろ!あれが無かったらチャンピオンにあと何回和了られてたかわからないぜ?』

 

 

 

 インターハイ団体決勝先鋒戦は、大方の予想を裏切り、超僅差での南場を迎えていた。

 観戦者側からしても火力が高い選手が集まっただけに、この僅差はどこか無気味さを感じさせる。

 

 それこそ、嵐の前の静けさのような。

 

 

 怜が額に流れていた汗をぬぐい、点数状況を確認する。

 

 

(平らな展開は、むしろありがたいわ。こっちとすれば、仮に私がラスでも、点差がつかなければそこまで悪い結果やない。……けど)

 

 思い出すのは、先ほどの和了。

 自分ではどう頑張っても止められなかった連荘を、多恵とやえの連携によって歯止めをかけた。

 

 それも、強烈な一撃で。

 

 

(……私が何もできないんは、嫌やな……)

 

 僅差決着は望むところ。しかしなにもせずにこの2半荘を終えることは、したくない。

 千里山の皆の期待にこたえたい。

 

 怜の中にその想いは確かにあった。

 

 幸い、チャンピオンの親番は落ちた。

 ここからは加点を目指していい場面。

 

 

 

7巡目 怜 手牌 ドラ{②}

{②②②④④778三四五七八} ツモ{六}

 

 

 タンヤオドラ3の聴牌。

 ダマで高目満貫だが、両面に取ったときに{9}の方では役がない。

 

 なので基本的にはリーチをかけたい手。

 

 

(ダマで満貫あるんやったら、シャンポンにとってダマもありやけど……)

 

 とにかく、聴牌をとることが最優先。

 安全かどうかを確かめるべく、怜の未来視が発動する。

 

 

 

 しかし一瞬で、怜の未来視はその役目を終える。

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

『ロン』

 

 

 

やえ 手牌

{赤⑤⑥⑦6667二三四赤五六七} ロン{8}

 

 

 

『11600』

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(どっち切っても当たる形……)

 

 

 視えた未来は、自分の切った牌に鉄槌が振り下ろされる未来。

 正面を見れば、やえの細めた目は確かに自分を捉えている。

 

 聴牌すら取らせてくれない王者の支配力に苦笑いしながらも、怜は{④}を切った。

 

 

(しゃーないやんな。回るしかあらへん)

 

 これが怜の未来視の強さ。

 リーチをかけなければ基本放銃はないこの力は、やえに対してはかなり有利だ。

 やえにしてみれば直撃を取ることがほぼ不可能なのだから。

 

 

 

8巡目 怜 手牌

{②②②④778三四五六七八} ツモ{8}

 

 

 聴牌し直し。

 怜にとってはこれ以上ない僥倖。一度崩した勝負手の聴牌をもう一度とることができたのだから。

 

 

(当たり牌を吸収できた……これは大きいんちゃうか)

 

 怜はもう一度未来視を発動する。

 彼女だけが視れる、緑色の世界。

 

 怜はこの手が一発ツモであれば、即座にリーチをかけるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ッ……!!!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

『ロン』

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥⑦666二三四赤五六七}

 

 

 

 

『7700』

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(追いかけてきとるんか……!)

 

 

 またしても怜の聴牌打牌は、王者の鉄槌によって砕けて散った。

 

 怜の聴牌をとらせない、絶対的な宣言牌殺し。

 

 

(とんでもないわ……ホンマ)

 

 怜がため息をついて、{8}を切り出す。

 放銃を回避できているだけマシか、と思う怜だったが。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥⑦666二三四赤五六七}

 

 

 

 

「4000オール」

 

 

 

 

 その巡目に決着はついた。

 この王者は、ツモでもきっちり和了ってくる。

 

 

『晩成高校小走やえ!!!ここで大きな大きな4000オールの和了!!均衡した点数から一歩抜け出します!!』

 

『ひゃ~……園城寺としちゃあ、きつい一局だったかもしれないねえ……』

 

 

 自身の手を封じられ、回っている最中に和了られる。

 晩成の王者小走やえが、王者である所以。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 やえ

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

 

 その発声は6巡目にかかった。

 やえの、先制リーチ。

 

 

 

 

『ひゃー!怖いねえ小走のリーチ!なんも打てなくなっちまうねえ!』

 

『そういえば、面白いデータがあるんですが』

 

『お、いいねい。そういうの実況解説っぽいしいいよな。知らんけど』

 

『……。リーチ成功率という点で姫松の倉橋選手が全国1位なのは、知っている方も多いかもしれません』

 

『ま、あれよな、全国でそこそこの半荘数打ってる中でってことよな』

 

『そうですね。……実は倉橋選手だけでなく、姫松高校自体がチーム平均のリーチ成功率が非常に高いんです』

 

『はえ~!確かに皆要所のリーチ決めてるイメージあるねえ!』

 

『そしてここに、もう一つ、「リーチ率」というデータがあります。成功か失敗かを問わず、純粋にリーチを打った回数が反映される数値ですね』

 

『……あ、うん、何か読めたわ』

 

『はい。このリーチ率……晩成高校が断トツの数字を叩き出してます』

 

『はっはっは!!だいたいあの副将のせいだろ!知らんけど!!』

 

『攻撃を重んじる晩成高校……スタイルに差はあれど、その姿勢は一貫しているように見えますね』

 

『いいねえいいねえ!王者の育てた晩成王国が今日一日どんな戦いを見せてくれるのか……楽しみじゃねえの』

 

 

 リーチを打ったやえの視線が、3人を貫く。

 

 やえがリーチを打つということは、後の状況変化を考慮する必要が無いということ。

 

 

 

多恵 手牌 ドラ{七}

{③④⑤⑥⑦234二四四七八} ツモ{九}

 

 

 多恵の打牌に迷いはない。

 即座に{⑦}を打ち出す。

 

 

怜 手牌

{⑨⑨⑨34赤56二三四五九九} ツモ{2}

 

 

 怜も未来視を終えると、やはりか、といった表情で{九}を切り出していく。

 

 

 

照 手牌

{①①②②③③199七八八九} ツモ{2}

 

 

 照も即座に{1}を切った。

 やえの特性を照が知らないはずがない。

 

 

 全員の手牌進行を遅らせた。

 

 このメンツであれば、それでも即座に切り返されてしまう可能性はある。

 自分のことをよく知る多恵などは特に。

 

 それでもやえは、リーチを打った。

 

 

 一巡、あれば十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝前夜。

 晩成高校ミーティングルーム。

 

 ホワイトボードと大きめのモニターが設置された室内に、晩成高校の面々が集まっている。

 

 前に出て話しているのは主将であるやえ。

 

 

「と、これで大将戦の話も終わりね。……由華、戦えるわね?」

 

「はい。……必ず勝ってみせます」

 

 由華の瞳には、闘志が燃えている。

 準決勝で恭子に敗れた分、リベンジに燃える気持ちはやはりあるのだろう。

 

 そんな様子を眺め、満足そうに頷くと、やえは持っていたレーザーポインターを机の上に置いた。

 

 

「よし。……明日はついに決勝。……その前に、私からあんたたちに言っておくことがあるわ」

 

 今日この室内にはレギュラーメンバーだけではなく、控えのメンバーも揃っている。

 今年の晩成高校の最後の舞台。その前夜のミーティングなのだから当たり前ではあるのだが。

 控えの選手たちはそれぞれ他校の選手のデータ集めや、牌譜などの資料作りを各々が担当し、形は違えども晩成の力になってくれた。

 

 そんな晩成の選手全員をやえが正面から見渡して、一つ咳払い。

 

 そして次の瞬間やえがとった行動に、その場にいる全員が驚く。

 

 

 

 

 

 

 やえは、深々と頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。今私がここにいるのは、間違いなくあんたたちのおかげ」

 

 

 

 

 やえは頭を下げたままで、表情は見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は全国制覇をしたいと思って入学した。他の誰でもない、自分のために。だから正直、高校は多少強ければどこでもいいって思ってた。……でも途中何度も何度もくじけて、団体戦での全国制覇は、諦めるしかないんじゃないかって思う日もあったわ」

 

 

 

 思い出すのは、苦い記憶。

 先輩や同級生とぶつかり、孤独になった記憶。

 

 

 

「……けど、あんたたちが入ってきて、部内の雰囲気が少しづつ変わっていって……。気付いたら、ここは私にとってかけがえのない場所になってた。……だから今年、心の底から、あんたたちとこの晩成高校で全国優勝したい。そう思った」

 

 

 

 

 

 

 やえが、顔を上げる。

 その表情は、凛としていて。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、ありがとう。……私はあんたたちが……晩成が大好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは中学までのやえには無かった、新しい感情。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やえ先輩~~~!!!!!」

 

「やえ先輩!!!」

 

 

 憧と初瀬が、こらえきれずにやえに飛びつく。

 その目には涙が浮かんでいた。

 

 

「ちょ、離れなさい!わかったわかったから!!」

 

 その様子を紀子が後ろから涙をぬぐって眺めている。

 

 

 

 由華が、自分が座っていた席を立って後ろを振り向いた。

 

 

「明日!!!!必ず!必ず優勝旗を晩成に持ち帰る!!!我らの、やえ先輩のために!!異論のある者はいるか!!!」

 

 もちろん異論のある者などいない。

 

 やえの話を聞いているときから、もう室内で涙を流していない者などいなかった。

 

 

 由華はもう流れる涙を拭うことすらしていない。

 声はガラガラで嗚咽交じり、それでも由華は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいる全員がっ!やえ先輩と共にこの場所にいることを誇りに思っていい!明日見せつけよう!!私達が……!晩成こそが!全国の覇者……!()()であると!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 夜のミーティングルームに、晩成の歓声がこだまする。

 

 

 晩成王国の士気は、測り知れないほどに最高潮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩成高校控室。

 

状況はやえがリーチを打った所。

全員が回る選択をとらされ、その分やえに猶予ができた。

 

 

「やえ先輩やっちゃえ!!」

 

憧が手をぐるぐると振り回してやえのツモ番を待つ。

初瀬もその隣で祈るように両手を握っていた。

 

 

紀子も真剣な顔つきでモニターを眺めていて……隣に立つ由華が何か呟いたのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「やえ先輩。見せつけてきてください……」

 

 

その表情は、やえの勝利を疑っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一巡。

 遅らせた一巡さえあれば。

 

 

 王者の右腕が、晩成の勝利を手繰り寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

やえ 手牌

{⑥⑦⑧⑧⑧234三四五六七} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

「6100オール」

 

 

 

 

 

 

 

 

『親跳だ!!!大きすぎる6000オールのツモ和了り!!王者小走やえ!!この舞台でも躍動しています!!!』

 

『相手を回らせて、その間に自らの手で決める。いいねえ……実に、実に王者(キング)だよ小走やえ……!』

 

 

 

 やえが点棒を握りしめた。

 

 その瞳が、対局者3人を貫いている。

 

 1年時も、2年時もその夢はかなわなかった。夢に挑戦する権利すらもないほどに早く、姿を消していた。

 

 しかしその夢は今、現実に手の届くところまで来ている。

 目の前に、最高の好敵手がいる。

 

 

 

 掴め、栄光を。

 

 小走やえは、王者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見せしようか」

 

 

 

 

 

 その声は低く、鮮明に響いた。

 

 

 さあ、全国に見せつけよう。

 

 

 

 

 

 

 

「王者の……打ち筋を」

 

 

 

 


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