ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第115局 二巡先

 

 

 「チャンピオンへの対策はこんなもんやな」

 

 

 決勝前日の夜。

 千里山女子のミーティングルームでは先鋒戦の対策会議が行われていた。

 

 怜を信じている信じていないの話は置いておくとしても、この先鋒戦はあまりにも相手が悪すぎる。

 それを全員が感じているからこそ、この先鋒戦の対策は必須事項と言えた。

 

 準決勝の先鋒戦は、照に相当な点数を稼がれてしまった。怜が必死の流しで善戦したおかげでなんとか他校がトバされる事態にこそつながらなかったが、結局照は実に7万点を稼いで先鋒戦を終えている。

 

 しかし決勝の相手はチャンピオンだけではない。

 残る2人も超高校級の打ち手なのだ。

 

 

 「次ですが……晩成の小走ですね」

 

 大き目のスクリーンの前で話を進めるのは、情報整理担当でもある船Qこと船久保浩子だ。

 データ班とも連携して、彼女が多くの情報を集め、早々と対策を考えてくれている。

 

 

 「去年晩成が進めばウチに当たることになっていたので、その時点で小走選手のデータは集めとりました。……そのデータと今年のデータを見て比べていたんですが……一つ、去年と今年で大きく異なる点があります」

 

 「ほお」

 

 セーラが興味深そうにスクリーンを見る。

 表題には「小走やえのリーチ成功率」と銘打ってあった。

 

 

 「これが去年までの小走やえのリーチ成功率です。やはり他人を抑えつけられる意味合いもあってかなり高い数値になっていますね」

 

 「普通やったら考えられへんくらい高いなあ」

 

 膝の上に怜を乗せた竜華が、船Qの作ったデータを見て感心する。そこにはおそらく膨大な量の牌譜を集めてきた形跡があった。

 

 

 「次に……これが小走の今年のリーチ成功率です」

 

 「うわ……更に高くなってますね」

 

 次に示されたデータを見て、唯一の一年生である二条泉も思わず顔をしかめた。

 元々高かったやえのリーチ成功率は更に高まり、どれだけ恐ろしいリーチなのかを物語る数値になっている。

 

 

 「ですが……ここで一番恐ろしいんは、このデータです」

 

 船Qがパソコンのキーをクリックすると、出ていたやえのリーチ成功率のグラフが、成功したリーチがどのタイミングで成就しているかを示すグラフに変化した。

 

 

 「これが、去年までの小走選手のリーチ後の結果です。流局もそこそこな割合を占めていますね」

 

 「去年の団体一回戦の山八枚リーチなんかは印象深かったなあ」

 

 竜華の膝の上で、怜が手元の資料にも目を通しながら答える。

 去年、やえは3巡目に打ったリーチで山に最大枚数である8枚を残しながら、結局流局までツモれなかった局があった。

 

 千里山はシードでその試合を観戦していたので、その時のことはよく覚えている。

 

 

 「はい。ですが……今年のデータがこちらです」

 

 「……!」

 

 船Qが示したデータに、4人の表情が変わる。

 スクリーンの表示には、リーチ後3巡目までのツモ率が跳ね上がっていることを示していた。

 

 

 「へえ……やえのやつ、リーチの流局が激減した上に、数巡でのツモ和了がアホみたいに増えてるっちゅうことか」

 

 「なんやそれ、鬼に金棒……いや王者に鉄槌やないか」

 

 「ははは……小走さんに鉄槌振りかざされるんは怖いわあ……」

 

 去年までのデータであれば、やえのリーチには完オリに徹することも一つの手ではあった。

 やえはツモ和了の確率が高い打ち手ではなく、状況によってはオリで局を流すことも有利に働く。それが去年までの船Qの見解。

 

 

 「つまり……宣言牌が狙われてるから回らなくちゃいけないんやけど、回るとツモられるっちゅうことですよね?……え?詰んでません?」

 

 泉がはっきりと嫌そうな顔をしながらそう答える。

 泉の感覚は正しく、字面にすると相当厄介であることがわかる。

 

 

 「かなり嫌なことは確かですが……あくまで私の意見ですが……リーチを打ってくれた方が助かる場面もあると思っています」

 

 「それはウチも同意見やな。あいつはダマで待ち構えてる方が厄介や。後の状況変化についてこれんリーチ打ってくれたほうが、やりようはあると思うで」

 

 「確かに、小走さんにダマで待たれてると、どこまでも追いかけてこられるような感覚になるんよね……どこを狙われてるんかわからんくなるっちゅうか……」

 

 竜華はやえとの対戦経験が何度かある。

 セーラほどではないにせよ、その時の感覚は貴重な情報だ。

 

 

 「ダマやとなあ、どっかの誰かさんが準決勝でボッコボコにされた白糸台の次鋒強化版みたいな感覚よな」

 

 「ちょ、その話はやめてくださいって!決勝は負けませんから!!」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめて怒る泉と、ゲラゲラと笑うセーラ。

 泉は準決勝で白糸台の弘世菫にこっぴどくやられている。

 

 

 「まあその話は置いておきまして……小走のリーチはとても強力ですが、それこそ、もう一人の同卓者のリーチほどではありません。踏み込める場所は必ずあります」

 

 「……せめてウチが二巡先まで視れればなあ……」

 

 「怜。それはダメだからね」

 

 「……はーい」

 

 

 怜が発した言葉を遮るように、竜華が怜の顔を覗き込む。

 常に体力を消耗する怜の能力は、諸刃の剣だ。一巡より先の未来を視ることはリスクが伴う。

 竜華は勝ちたいのはもちろんだが、それ以上に病弱な怜の体が心配だった。

 

 

 そんな竜華の視線から逃れるように資料に目を通す怜の瞳は、至極冷静に対戦相手の情報を整理していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 2本場 親 やえ

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 王者の捨て牌が横を向く。勢いづいたやえのリーチが、わずか5巡目にしてかけられた。

 

 

 

 『晩成の王者小走やえ!!!たたみかけるようにここでリーチに打って出ました!!!』

 

 『ひゅう~。これは子の立場だとひとたまりもないねい……』

 

 『連荘が怖いのは何もチャンピオンだけではありません!この人のリーチも恐ろしい!……立ち向かえる人はいますか?』

 

 『チャンピオンは手が追い付いてないから厳しそうだねえ……クラリンもちょっと今回は手が遅いかなあ……唯一千里山のコだけが戦えそうだけど……相手はあの王者。厳しいんじゃね?知らんけど』

 

 咏の解説は、何も悲観的になっているわけではない。

 「小走やえのリーチ」という条件が、ただ単に真っすぐ進めば良いことではないことを示している。

 

 故の、難しさ。

 

 

 

 多恵がツモ山に手を伸ばして、やえの現物を切った。

 ツモ番は怜に回ってくる。

 

 

 (嫌や嫌や……リーチかけられるんはわかってたけどな……)

 

 怜は一つ息をついてから、未来視を発動する。

 

 自分が切る牌を、()()()に定めてから。

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ロン』

 

 

 

 

やえ 手牌 ドラ{五}

{③④赤⑤78999四五六六六} 

 

 

 

 

 

 

『12000』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 怜が一度視線を落として、目を閉じる。

 

 これ以上やえにツモられれば、点差は開くばかり。

 

 やるなら、ここしかない。今は、今だけは。

 

 

 『自分だけ』がやえの当たり牌を知っているから。

 

 

 

 

 

 

 (ごめんな、竜華。やらしてもらうわ。これは皆のため。ウチかてな……千里山の皆で優勝したい……!)

 

 

 

 

 

 怜の()目がエメラルドに輝く。

 

 

 

 (もう一回……!一巡じゃ足りひん。二巡……!二巡先や……!)

 

 

 

 怜の頭に押し寄せる、情報の波。

 自分が打牌をしてから起こる全て。

 

 

 

 体が崩れそうになるのを両手で押しとどめ、なんとか体勢を元に戻す。

 

 怜の視線が行った先は、下家だった。

 

 

 (チャンピオン……!そこまでするんか……!)

 

 

 驚いたような表情で怜が照を見る。

 

 怜は手牌から{九}を切りだすと、照の切り番を待った。

 

 

 

 照は何事もないかのように牌をツモると、一枚の牌を選んで河へと送る。

 

 切られた牌は……ドラの{五}。

 

 全くもってリーチ者のやえにも通っていないこの牌に、やえの表情がピクリと動いた。

 

 

 

 「……!」

 

 

 「ポン……!」

 

 

 動いたのは怜。

 ドラの{五}をポン。

 

 

 

 怜 手牌

 {③④⑤三23456七八} {横五赤五五}

 

 

 怜は手牌から{2}を切り出す。

 

 {七八}のターツは切りだせない。切ってしまえば、やえの当たり牌である{六}を使えないから。

 

 怜の視た未来が、わずかな怜の道筋を照らし出す。

 

 

 

 

 

 (今日は私だけの戦いやない……私を支えてくれた、皆に恩返しがしたい。その気持ちが、私がこの能力に目覚めた理由やと思うから)

 

 

 

 

 

 

 弱く、戦うことができなかった自分が、突然戦う力を手に入れた。

 

 それはきっと、今この瞬間のため。

 

 弱い自分でも、ずっと一緒に特訓に付き合ってくれた仲間のため。

 

 

 

 

 

 「……ツモ……!」

 

 

 

怜が力強く一枚の牌を引き和了る。

 

 

 

 怜 手牌

 {③④⑤456三六七八} {横五赤五五}  ツモ{三}

 

 

 

 「2200、4200……!」

 

 

 

 

 

 『鮮やかにかわし切りました園城寺怜!!満貫のツモ和了りで小走選手の親番を終わらせます!!』

 

 『いやあ~!まあ、このコの場合当たり牌をおそらく確定でわかってるからこその打ち回しって感じだねい……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局終了時 点数状況

 

 白糸台 宮永照   85500

 晩成  小走やえ 126100

 姫松  倉橋多恵  87800 

 千里山 園城寺怜 100600

 

 

 

 

 

 

 

 怜が大きく息を吐く。

 一つ大仕事を終えることができた。

 

 しかし、まだ。まだ終わっていない。

 

 

 (分かってはいたんやけど……ヤバすぎるやろこの先鋒戦……)

 

 

 

 

 

 

 怜の視線が動くと同時、怜の上家が、右手をゆっくりと卓の中央に伸ばす。

 

 

 無機質な瞳が、勢いよく回るサイコロの出目を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『最後の一人についてですが……』

 

 『これは江口先輩と清水谷先輩、そして私の見解は一致しています』

 

 

 

 

 『この先鋒戦。園城寺先輩にとって一番対策の方法が少なく、厳しい戦いを強いられるのは間違いなく……』

 

 

 

 

 

 『姫松の倉橋多恵です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (さあ……前半戦ラスボスクラリン戦……ってとこやな)

 

 

 

 

 

 聖剣を抜いた白銀の騎士が、今怜の目の前に立ちふさがる。

 

 

 

 

 

 


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