ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第118局 吊り出し

 

 点数状況

 

 白糸台 宮永照   79400

 晩成  小走やえ 120000

 姫松  倉橋多恵  95700

 千里山 園城寺怜 104900

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場は、異様な空気に包まれていた。

 

 インターハイ決勝。その先鋒前半戦。もうオーラスを迎えるというところまできて、この点差。

 去年までのインターハイを見ている者からすれば、今起きていることがどれだけ異常なのかがわかる。

 

 

 『さあ……前半戦はついにオーラスを迎えます……!迎えるのですが……!一体だれがこの時点でこの点差を予想できたでしょうか……!』

 

 『いやあ……流石に私も驚いたねえ……まさかこんな順位で折り返しを迎えそうになるとは思わなかったよ……』

 

 この前半戦について、感想は様々あるだろう。

 苦戦が予想されていた怜の予想以上の善戦。

 やえが大きな4000オールと6000オールをツモってのトップ維持。やはり今年の晩成は違うと思わせてくれる闘牌でもあった。

 

 しかし、何よりも大きな事実が、目の前で起きている。

 

 

 『チャンピオン宮永照が……!ラス目で折り返しを迎えようとしています……!普段と何ら変わらないように見えるその瞳は、一体何を思うのか……!』

 

 『もちろん過去2年間では1度も無かったことだよねえ……もちろんこっから親番があるわけじゃないし……こりゃ先鋒戦から波乱になるんじゃねえの?知らんけど』

 

 高校麻雀界のチャンピオンと呼ばれた打ち手が、ラスでオーラスを迎えている。

 

 その事実は、全国の麻雀ファンを震撼させるものでもあった。

 

 

 そんな異様な空気の中、冷静にモニターを見つめる2人の人物。

 

 臨海女子の辻垣内智葉とメガンだ。

 

 

 「宮永……迷いはないようだが」

 

 「単純に南場の親番が潰されたのが大きかったデスね」

 

 照は今回起家。

 東場の親番は照魔境を使う影響で自身の和了をあまり見なかった。

 

 照の「連続和了」という特性上、どうしても打点を伸ばすには親番が必要になる。

 その爆発契機になるはずだった南場の親番は、多恵とやえの2人がかりの仕掛けによって潰された。

 

 もうその時点で、照に大きな加点できるチャンスは潰えていたのだった。

 

 会場の歓声を遠くに聞きながら、智葉がそっと置いてあった紅茶に手をつける。

 

 「去年、倉橋と小走が悔しい想いをした。世俗の目にはきっとそう見えているのだろうな」

 

 「……?どういうことデスか?」

 

 「なに……与太話だ」

 

 智葉はモニターの奥で無表情に牌を見つめる照を見ながら、去年のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年前。世界ジュニア大会当日の夜。

 

 

 智葉と照が大会一日目を終えてホテルへの帰路についている時のことだった。

 

 唐突に立ち止まった照に反応して、智葉も足を止める。

 

 今日も獅子奮迅の活躍を見せた照だったが、その表情は今日一日中優れなかった。

 

 

 「私……ここにいていいのかな」

 

 「……どういう意味だ?」

 

 智葉からすれば、照のこの言葉の意味が分からなかった。

 照は圧倒的な力でもって団体戦を制し、その勢いのまま個人戦も制した。

 誰が何と言おうと、彼女こそが日本一の高校生雀士であるし、それに異を唱えるものなど日本中探してもいないだろう。

 

 その照が、自分がここにいることに疑問を抱いている。

 

 

 「お前は圧倒的な力でインターハイチャンピオンになったんだ。一体何が引っかかっている?」

 

 「……」

 

 照は今日も圧倒的な結果を残した。

 世界を相手に全く臆することなく、自分の強さを証明してみせた。

 

 その表情は、一度も明るくはならなかったが。

 

 しばらくして智葉が、一つの結論にたどり着く。

 

 

 「……個人戦決勝か」

 

 「……」

 

 照の沈黙が、その場での肯定を意味していた。

 

 インターハイ個人戦決勝。

 結果的に照はチャンピオンになったのだが、その内容はとても僅差だった。

 特に最終局面。

  

 照は最後の3局を、和了することなくチャンピオンになった。

 

 対局終了時、チャンピオンになったことが決まった瞬間だというのに、照の表情は蒼白なままだった。

 その時の照の表情を、智葉は今も鮮明に覚えている。

 

 

 「……気にするほどのことではないと思うがな。……あの倉橋の力に対して、私は多少戦うことができた。それだけのことだろう」

 

 「……本当に、そうなのかな」

 

 個人戦の最後。多恵から溢れ出した波動のようなものは、照を無力にした。

 地面に、引きずり下ろされた。

 

 対局が終わった時照にあった感情は、とても喜びとは言い難いものだったのだ。

 

 

 「サトハさんがいなかったら、私は多分ここにいない。きっとここにいたのは、別の人だったと思う」

 

 「そうは言うがな、そもそもお前じゃなかったら決勝の舞台まで来れないだろう。あれは完全に別種の強さを備えていただけだと思うがな……」

 

 照の表情は曇ったまま。

 照は今日もこの気持ちを抱えたまま一日を終えてしまった。

 

 少しの沈黙。

 

 隣を通り過ぎていく車の音がやけに煩い。

 

 

 「……来年も、倉橋さんと戦うことはあるかな」

 

 「あるだろうな。あれは相当な打ち手だ。間違いなく来年も上がってくる」

 

 「じゃあ……」

 

 「そうだな。お前のその鬱屈とした想いを晴らすにはそれしかないだろう」

 

 

 普段感情の起伏が薄い照が、はっきりとした声音で告げる。

 

 

 

 「……リベンジかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去年のことを思い出していた智葉が、目を開く。

 

 

 「あの時宮永は確かに『リベンジ』という言葉を使った。それの意味するところは、あいつはあの日負けたと思っているということ」

 

 「あのチャンピオンが……知りませんでシタ……」

 

 メガンが目を丸くしてモニター内の照を見る。

 いつもと変わらないように見えるその姿はしかし、内なる闘志を秘めていた。

 

 智葉が静かにティーカップを机の上に置く。

 

 

 

 

 「……宮永。あの時、お前は悔しいという気持ちを感じたんだろう?……ぶつけてみろ」

 

 

 戦況を見つめる智葉の表情は、少しだけ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 怜

 

 多恵の親番もしのぎきり、前半戦はオーラスを迎えていた。

 怜からすれば戦果は上々。この親番で満貫クラスをツモることができれば理想的だ。

 だが。

 

 (戦えとる……けどなんやこの不気味な感じは……)

 

 痛む頭とぼやけ始めた視界を感じながら、怜は周りを見渡す。

 始まる前に予想したようなとんでもない打点の応酬にはならず、今もなお静かなせめぎ合いが続いている。

 

 不気味なことは間違いないが、この展開自体は怜の臨む所だった。

 

 (点差が開かへんのは大歓迎……必ず僅差で次につなぐで……)

 

 

 

 

 

 

 7巡目 やえ 手牌 ドラ {八}

 {①②③④赤⑤⑧⑨⑨345四六} ツモ {⑥}

 

 

 聴牌。

 手が早そうな多恵から出てきそうな待ちになったものの、流石にカンチャン待ちではリーチとは打ちづらい。

 多恵は組み替えることも容易にできるだろうし、何より親の怜に対応できなくなるのはまずい。

 

 

 (想像以上に厄介ね園城寺……)

 

 やえもまさか怜がここまでやるとは思っていなかった。

 油断していたわけではないが、自分の親番も多恵の親番も怜に流されたことは素直に驚きだったのだ。

 

 聴牌を取るかどうかを考え、三色の手替りもあることから、やえはこれをダマに選択する。

 もしこの順目で多恵に{五}を処理されたら痛いが、これは致し方ない。

 

 手から{⑧}を切り出していく。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 弾かれるようにやえが、上家を見る。

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {⑥⑦344556二三四八八}

 

 

 

「7700」

 

 

 

 

 

 開かれたのは、照の手牌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ぜ、前半戦終了!!!なんとなんと!前半戦を制したのは小走やえ!!チャンピオン宮永照は最後に和了を手にしたものの、ラスで折り返しを迎えることとなりました!!!』

 

 

 『……チャンピオンがこの状況でこんな和了り方……正直見たことない気がするねぇ……』

 

 大きめのブザーが、前半戦が終わったことを示してくれる。

 

 しかし照以外の3人は、今何が起こったのかを理解できずにいた。

 

 

(なによその河……!聴牌を考慮しなかったわけじゃないけど……)

 

(そもそもチャンピオンが親番のないオーラスで急に高打点を和了る記録なんかあったんか……?)

 

 照の河と手出しを一通り思い出してから、多恵が驚いたように照の方を見やる。

 

 

 

 

 照 河

 {⑦東白91六}

 {④}

 

 

({⑦東白1④}が手出し……とするとおかしな点がいくつかある。筒子の形は{④⑥⑦⑦}になってたはずで、それなら落とすとしても切り順は{④}→ {⑦}の順番になるはず。宮永さんはあまりにも手が早くて見逃されがちだけど、こういった手組みは丁寧にやる人だったはず……とすると)

 

 前半戦は完全に抑え込むことができたと少し安堵していたのも束の間、嫌な汗が多恵の額から流れていた。

 

 

 (吊り出し……!宮永さんは明確に私たちからの出和了りを狙ったのか……!)

 

 

 照が席を立つ。

 

 他の人から見れば、なんらおかしなことはない、チャンピオンが抑え込まれたという前半戦。

 

 しかし最後の和了りだけで、他三者は言いようのない嫌な感覚に襲われていた。

 

 

 (片鱗はあった。やえの親番に対して園城寺さんに鳴かせるためのドラ切り……)

  

 

 多恵の中で、一つ確信があった。

 去年までの照ではありえなかった一つの結論。

 

 

 

 

 (宮永さんはおそらく、技術面を相当鍛えてきてる……!恭子に最新のデータ洗い直してもらわないと……!)

 

 

 

 宮永照は成長している。

 

 唯一弱点になり得るファクターだった技術面。もしそこを照が仕上げてきたとすれば……そしてもし、これが連続和了に絡んでしまったら。

 

 ただでさえ最強の域にいたチャンピオンが、更なる進化を遂げていたのだとしたら。

 

 

 

 

 

 多恵はすぐに席を立つと、姫松の仲間が待つ控え室へと急ぐ。

 

 会場を早足で歩く道の途中も、多恵は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

 

 


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