インターハイ団体戦決勝。
その先鋒前半戦が終了した。
大方の予想を覆し、インターハイチャンピオンである宮永照がラスでの折り返す波乱の展開。
一方で前半戦をトップで折り返すことができたのは晩成高校の王者小走やえ。
そのやえは、足早に控室に戻ってくると、すぐさまモニター前のソファへと腰を下ろす。
「やえ先輩!!ナイストップです!!」
「やえ先輩流石……!跳満ツモ痺れました!」
その隣にすかさず座ったのが憧と初瀬の1年生コンビ。
あの人外魔境ともいえる先鋒戦で前半戦トップをとって帰ってきたやえを迎え入れるためにあらかじめスタンバイしていたのだ。
しかしその中央に座ったやえの表情は決して良いものとは言えなかった。
そしてそのことに気付いた由華と紀子が、やえの近くに歩み寄る。
「やっぱり……チャンピオンが大人しすぎるのが気になりますね……」
「去年の印象とだいぶ違うような……」
「そうね。最後の和了といい……気味悪いわ」
やえもなにかにイラついたように足を組みかえる。
しかしその違和感の正体がわからないからこそ、やえのイラつきは加速する。
「私と多恵を相手に様子見でも決め込んでるつもり……?いい度胸じゃない……」
調子は良い。思考もいつも以上にクリアだし、ツモも来てくれている。
このまま押し切る。
拭いきれない違和感を抱えながらも、そう心に決めたやえは、いつかもらったおまもり用の小さい麻雀牌をポケットの中で強く握りしめた。
多恵が早足で会場の廊下を歩く。
その間も常に思考は止めることなく、今の半荘を振り返っていた。
(園城寺さんが去年よりもずっと強くなってること以外は、基本的に想定内だった……けど、最後の和了りのせいで、後半戦が怖すぎる。ただの気まぐれであってほしいところだけど……!)
多恵の頭をめまぐるしく回るのは、最後の照の和了。
河から拾える情報が多いからこそ、照の配牌が浮かび上がる。
切らないほうが受け入れ枚数の多い選択だった初打の{⑦}。手役が絡んでいないことから、これは純粋に出和了率を上げるための打牌であったことは明確だ。
このような打ち方をしてくるチャンピオンを、多恵は知らない。
少なくとも去年までは絶対にやっていなかった選択。
良くも悪くも、自身の手牌に一直線だった彼女の打牌からは考えられない選択。
気づけば姫松の控え室の前にたどり着いていた。
勢いよく、多恵が控室のドアを開く。
「恭子!」
「言われんでも、もうやっとるわ」
多恵の目に飛び込んできたのは、恭子の後ろ姿。
その周りには全員が集まっていて、中央のパソコンを覗き込んでいる。
多恵もすかさずその間に入った。
「データ班総出でそっこーで集めてもらったデータが……これや」
「これは……!」
表示されているのは、照の平均聴牌速度。
連続和了を得意としている彼女は、平均聴牌速度が異常なほどに速い。
それこそ、インターハイに出場している選手全員と比べても群を抜いてトップなほどに。
しかしそれは去年も同じだった。欲しいのは、前年との違い。
「去年に比べて今年一年間の公式記録の方が……若干やけど聴牌速度がはやなってる。それに伴って……和了の内わけがツモが多かったのが出和了りの割合が増えとる」
「つまり……チャンピオンは若干打ち方を変えてるっちゅうことですか?」
「変えてる……ちゅうより、進化してるんちゃうか」
漫の質問に答えたのは洋榎。いつもはやる気なさげにたれ下がっている洋榎の瞳は、今は静かにデータを見つめていた。
「間違いない……オーラスの和了でわかった……宮永さんは、明らかに去年より打ち方が変わってる」
恐ろしいほどの違和感は、今この瞬間に確信へと変わった。
多恵からすれば想定外だった。
一昨年負けてから去年対戦するまでの一年間、特に照の打牌に変化はみられなかった。
圧倒的な強さでねじ伏せるその麻雀は、ある意味単純明快でわかりやすい。
そしてその圧倒的な力にねじ伏せられたのは去年も一昨年も同じ。
であるからこそ、多恵は去年とある程度同じ状態の照を予測して対策を練ってきたのだ。
それが今、通用するかどうかが怪しくなってきている。
多恵が顎に手を当てて考えていたのは数秒。そんな時、後ろからぽんと肩に手を置かれた。
振り返れば、何度も苦境を共に乗り越えてきた洋榎と、そしてその後ろには、姫松の皆。
「ま、どっちにしろ、やることは同じや。……仮にチャンピオンが技術を磨いてきたとしてもや。……多恵の3年間が……いや、麻雀を打ってきた日々が、それに劣るとは思えんな」
「洋榎……」
「そうやで多恵。休憩時間もそんなにあるわけやないんやし、気持ち切り替えんと。必ず、勝つんやろ……!」
「多恵先輩なら絶対勝てますよ……!いえ!チャンピオンに勝てる人は多恵先輩しかおらんです!」
「そーなのよー!多恵ちゃんごーごーよー!」
多恵が、少し驚いたように目を丸くした。
重なって見えたのは、少し、昔の記憶。
(ああ……そういえば、前世もそうだった……こうして応援してもらえることが、どんなに力になったか……)
今の状況は、前世で最後になってしまったリーグ戦のファイナルで、チームメイトに送り出してもらった状況に非常に似ている。
あの時は、トップを持ち帰ることはできなかったけれど。
今もなお、こんなにも背中を押してくれる仲間がいる。
「……そうだね。絶対、勝つよ」
今度こそ、負けられない。
白糸台高校控室。
「テルテルおかえりー!」
「ただいま」
無表情で控室に戻ってきた照を迎え入れたのは、やはり淡だった。
ほっぺたを押し付ける淡を意に介さず、照はそのまま近くの椅子へと腰を下ろす。
「……照、大丈夫なのか?」
照を心配して近くに来たのは、同級生でもある菫だ。
結果だけを見れば、照は前半戦ラスで終了。
もちろんだが、菫が照とチームメイトになってからは初めての出来事だった。
しかし照の表情は、驚くほどに変化がない。
「うん……皆強いのはわかってたし……前半戦は、起家になっちゃったら厳しいかもなって思ってたから……」
「そう簡単に言うがな……後半戦は、大丈夫なのか?」
菫も流石に困り顔だ。
照は連続和了というその特性上、親番の存在が非常に大事になってくる。
その点前半戦は起家で、そして照は照魔境を使うために東一局は和了らないことが多い。
となると、東場の親番は手放すしかなく、大量加点を目指すことができるのが南場の親番だけになってしまうのだ。
そうなってしまった故の、ラス。
しかし照はこの状況でも特に焦ってはいない。
「ま、テルテルこの一年なんかガチってたもんね?めっちゃ気合入ってるってカンジだったし!」
「確かに……最近の宮永先輩には鬼気迫るものを感じましたね……」
淡と誠子の言葉に、湯飲みをもっていた尭深も無言でうなずく。
白糸台のメンバー全員の視線が、静かに目を閉じた照に集まった。
ゆっくりと、照がソファから立ち上がり、持っていた本を机の上に置く。
その拍子に、ブックカバーがひらりとはがれた。
むき出しになった表紙には『麻雀講座!これで君も超デジタル麻雀!』の文字。
とても当たり前の話で。
自分が1年間努力をしていた間、相手がなにもしないで待っていてくれるはずはない。
インターハイチャンピオンは、この一年で多くの知識を得た。
全てを理解したわけではない。それでも、自身の打ち方に使えるものは何でも使おうと思ったから。
「……じゃあ……リベンジ、してくる」
負けた記録の無いチャンピオンが、リベンジに燃えている。
『さあ、いよいよこの時がやってまいりました!インターハイ団体戦決勝先鋒戦!その後半戦が今始まろうとしています!!』
『この半荘で、先鋒戦が終わる……まあまず間違いなく言えるのは、前半戦と同じような展開には……ならなさそうだねえ?知らんけど!』
休憩時間に少し落ち着いていた会場も、後半戦開始前には既に最高潮にまで盛り上がる。
超強力な高校しか残っていないこの団体決勝という舞台。
そのエース区間。
この半荘1回がすんなりと終わりはしないことは、咏に言われずとも見ている者全員が予感している。
各校の先鋒4人が席に着いた。
先鋒後半戦 開始
東家 千里山 園城寺怜
南家 晩成 小走やえ
西家 姫松 倉橋多恵
北家 白糸台 宮永照
東一局 親 怜 ドラ{③}
衝撃的な開幕劇は、局が始まってすぐに訪れた。
1巡目 照 手牌
{⑦⑦⑦⑨⑨2456三四五七} ツモ{八}
聴牌。
ダブルリーチも打てる場面だが、照はここでリーチをしない。
照の連続和了は、最初の打点はできる限り低い方がいい。
最速で聴牌を入れられたことは良いが、打点が上がってしまっては意味がない。
状態が良いことを確かめつつ、まずはこれをツモのみに仕上げようと、照は河へと{2}を放った。
照がその牌を切った瞬間に手をぴたりと止める。
嫌な予感がした。
それは前半戦の時も感じた、重すぎる何かが振り下ろされる音。
河に放った{2}が、
「ロン」
やえ 手牌
{①②③1399一二三七八九}
照の表情が、わずかに強張った。
「12000」
『こ、後半戦東一局は一瞬で決着!!!ダブルリーチができる選手が2人いましたがどちらもリーチせず!!チャンピオンの聴牌打牌を砕いたのは、やはり王者小走やえ!!前半戦からの勢いが止まりません!!』
『配牌見た時に気付いたけどよお……や、こりゃ小走ちゃんそーとー仕上がってんね』
一気に盛り上がる会場内。
怒号にも似た歓声が、会場内に響き渡っていた。
対局室にも伝わる確かな熱気を感じながら、片目を燃やしたやえが真っすぐに照を見つめる。
多恵も、チャンピオンも、怜もこの1年間努力を惜しまなかった。
それはここに仁王立ちする、やえも同じ。
「簡単に……最初の和了りができると思わないことね」
やえの低い声を聞いて、チャンピオンの目がゆっくりと伏せられた。