東二局 親 やえ
衝撃的な開幕。
鮮烈なやえの跳満で幕を開けた後半戦。
その結果を一人早く知っていた少女が、背もたれに寄り掛かった。
(今のは……どうしようもないな……)
いくら一巡先が視えると言っても、わずか二巡で決着がついてしまうのであればできることは少ない。
相手が相手である故に、こういった何もできない局というのは存在してしまう。
しかしそのことを悔やんでいたら次には進めない。
自分のできる最善を。この場でも怜は冷静だった。
怜が目を閉じて、休憩時間のことを思い出す。
(なんとか竜華にはあの力使ったことバレんかったし、後半も頑張らんと……)
―――休憩中。千里山女子高校控室。
少し気怠げに帰ってきた怜を、千里山の面々が迎え入れる。
「怜!!大丈夫なん??」
「おー……心配してくれるんやったら太もも貸してや~」
フラフラと歩いたかと思うとソファにダイブする怜。
仕方がないといった風に竜華が隣に座ると、怜の頭を太ももの上に乗せた。
「ええやん怜!あとはやえさえ潰せばトップで帰ってこれんでー!」
「そんな簡単に言わんといてな……」
結果だけ見れば、怜は前半戦を二着で終えることができている。
しかし怜は正直今自分が2着という位置にいる実感がなかった。
(こちとら必死こいてしがみついてるっちゅうのに、なんか他は後半戦が本番みたいな空気なってていややわ……)
実際の所、怜の疲労は確実に溜まっている。
最後の方は視界にモヤがかかったような感覚だったし、頭痛はひどくはないにせよ、確かにあった。
このままぶっ続けで後半戦に入っていたら、かなり厳しかっただろう。
「園城寺先輩。最後のチャンピオンの和了ですが……あれはデータにはない和了です。なにがあるかはわからない上に漠然としていて申し訳ないのですが……気を付けてください。おそらくチャンピオンは何かを隠しています」
「まあ、そうなんやろな。クラリン慌てて出て行っとったし……」
焦ったように対局室を後にした多恵の表情は、今でも怜の頭に残っている。
「後半戦も気張りや、怜。別に負けたってええ!俺が絶対なんとかしたるわ!」
「わ、私も頑張りますから!!」
「ホンマかあ~?」
「ホ、ホンマですって!」
セーラと泉が、怜の前に来て励ましてくれる。
それにつられて、笑顔になる千里山の面々。
(ええなあ……やっぱみんなと優勝したいなあ……)
目を閉じれば、いつでも浮かんでくる。
病弱で、何の役にも立たなかった自分を、毎日のように看病してくれていた皆。
怜シフトなんていう物まで作って、自分を支えてくれた仲間。
(今日勝てれば、なんでもええか)
怜が目の前に掲げた手を、軽く握りしめる。
その右手が、竜華の両手によって包まれた。
「……怜。危ない力……使ってへんよね?」
「……使ってへんよ?」
「……そか」
心配そうな竜華の声音を聞いて罪悪感が芽生える怜だったが、これも必要なこと。
「ほな……行ってくるわ」
前半戦と後半戦の間のインターバルは短い。
少しでも体力を回復できたことを喜んで、怜がもう一度対局室へと向かう。
「いったれ!怜!」
「園城寺先輩ファイトですよ!!」
皆の声援を受けて、にっこりと笑った怜がゆっくりと控室の扉を閉める。
「嘘つき……」
小さく呟いた竜華の言葉は、誰にも届かず虚空に消えた。
1巡目 照 配牌 ドラ{白}
{④⑤⑥⑦⑧⑨134二二四六} ツモ{5}
照が配牌を眺める。
またしてもダブルリーチチャンス。照はいつもと変わらない無表情でその配牌を眺めると、対面に座るやえを見やった。
(小走さん……去年より更に速くなってる……きっと去年まで
想いとは裏腹に、油断は無い。
驕りではなく、照の頭には冷静な判断の結果のみがあった。
『チャンピオンまたも聴牌です!本当にどうなってるんでしょうねこれは……!』
『おあつらえむきにドラ無し役なし……安い手にするなら相当早そうだけどねえ?』
『しかしこちらもお伝えしましょう……!』
カメラのアップが、やえの手牌を映す。
やえ 手牌
{①①③③1一一五赤五八八白白}
『晩成の王者がきっちりチャンピオンの余り牌を狙っています……!』
『まあチャンピオンの方もそれは察してるみたいだし?2度同じことやるとは思えないケド』
咏の言う通り、照もやえの聴牌は感じていた。
先ほどと同じ、狙いをすましたように待ち構えている重い鈍器の影。
その気配を感じると、照はあまり迷わずに{六}から切り出した。
『聴牌を外しました!まあ外すなら妥当なターツを外したといえますかね?』
『いやー知らんし。まあ小走ちゃんの当たり牌が読めてんなら、結局索子の周辺もってくるしか勝ち目は無い気するけどねえ?知らんけど!』
2巡目 照 手牌
{④⑤⑥⑦⑧⑨1345二二四} ツモ{四}
再度聴牌。しかし出ていく牌がまたもや{1}だ。これでは意味がない。
『チャンピオンもう一度聴牌ですが……やはりあまり牌が小走選手に放銃になってしまいますね』
『小走ちゃんツモ切りだったし、切らないっしょ。この{四}……ツモ切りじゃね?』
咏の言う通り、やえの当たり牌が{1}だと見当がついているならば、この{四}は切るしかない。{二}か{四}の選択だが、後の和了率を考えれば{四}が妥当だろう。
しかし照が切り出したのは、{二}だった。
『……わたくし、嘘をつきました』
『……その言い方何ネタなんですか……?』
てへ、と舌を出しながら、咏が謝罪を入れる。
しかしこの二択であったことは事実で、そこまで不自然な打牌でもない。
照の打牌に若干の違和感を覚えながらも、やえが山に手を伸ばす。
やえ 手牌
{①①③③1一一五赤五八八白白} ツモ{二}
({二}……?今チャンピオンが切った牌……?)
少し考えるやえだったが、結局この{二}を切り飛ばす。
照が待ちにしにくい{1}を抱えていることは確実で、{二}で回ったことも十分に考えられるからだ。
照が1枚の牌をツモ切った後、もう一度やえにツモ番が回ってくる。
やえが山に手を伸ばし、自身のツモ牌を盲牌したところで。
猛烈な悪寒がやえを襲った。
やえ 手牌
{①①③③1一一五赤五八八白白} ツモ{二}
同じ牌。
(こいつ……!!まさか……!)
{1}を切っていたらツモっていたとかそういうことではない。問題は、この{二}が、次巡の照の
自分の打ち方を貫いてきたやえだからこそわかる、最悪の結果の予感。
怜が鳴いて巡目をずらすこともかなわず、照のツモ番へと巡目が進む。
『ははあ~なるほどねい!チャンピオンの狙いが読めたよ』
『……と、言いますと?』
『小走ちゃんは宣言牌を仕留める……かっこいいねえ。実に痺れるよねい』
『は、はあ……』
咏がいつものようにケタケタと笑いながら、言葉を紡ぐ。
表情は笑っていても、その瞳は実に真剣だ。
その真剣な瞳は、照の狙いを読み切っている。
『……じゃあその宣言牌を、小走ちゃんの現物にしちゃえばいいのさ』
照の手から再び{二}が切られた。
この牌に、やえから声はかからない。……いや、かけられない。
多恵と怜がまずいと思い仕掛けを入れるも、チャンピオンには関係がない。
聴牌さえ入れてしまえば、もうやえは怖くない。
(しまった……!)
一度開かれればもう戻れない。
地獄の門が、今開く。
「ツモ」
照 手牌
{④⑤⑥⑦⑧⑨13456四四} ツモ{2}
「300……500」
一度対戦したことがある者なら誰でも知っている。
誰よりも重いこの1000点の点数申告が、地獄への入り口だということを。