ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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明けましておめでとうございます。







番外編6 クラリンと末原恭子(挿絵アリ)

 

 インターハイを控えた、ある日の姫松高校。

 

 

 

 「今日家に来て欲しいやって?」

 

 

 

 いつも通り部活の時間が始まり、自主練習にいそしむ生徒達を見ながら、そろそろミーティングのために集合をかけようかと恭子が席を立った瞬間の事だった。

 

 丁度隣にきた多恵が、恭子の袖を掴んで話しかけてきたのだ。

 

 振り向いた所にいた多恵がちょいちょいと手招きをするものだから、大きな声では話せない内容だと察し、恭子がやれやれといった様子で耳を多恵に近づかせる。

 

 

 「そろそろインターハイだし、動画何本か作っておきたくて……あと今日生配信もやる予定だから、そこに恭子が出てほしいんよ」

 

 「……う、ウチが出るんか?!」

 

 

 大きな声を出した恭子を、多恵が口元に人差し指を当てて制止する。

 周りの生徒が何人か振り返っているのに気付いた恭子が、慌ててもう一度多恵の耳もとに顔を近づけた。

 

 

 「な、なんでウチが出る必要があるねん」

 

 「いや、それがね?最近私の動画に足りない物を考えてたんだけど……」

 

 「お、おお……?」

 

 「気付いてしまったのよ、私は」

 

 

 うんうんと頷きながら話す多恵だが、恭子はいまいち話が飲み込めない。

 いったい何が足りないと自分が呼ばれる流れになるのか。

 

 

 

 

 

 「私の動画に足りないもの、それはね……」

 

 「なんや」

 

 

 訝しげに多恵の顔を覗き込む恭子とは対照的に、多恵が顎に手を当ててどや顔で言い放つ。

 

 

 

 

 

 「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ……」

 

 

 

 「……は?」

 

 「そして何より……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「速さが足りないッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 席を立ちあがって恭子と肩を組む多恵。

 

 

 

 

 

 

 「……頭打ったんかワレ」

 

 

 

 

 恭子と多恵の距離感はいつも通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 いつも通り自主練が長引き、すっかり夜になってしまったため、一旦恭子の家に寄り、恭子が着替え等を持ってから多恵の部屋へと訪れる。

 明日は午前オフからの午後自主練ということもあり、恭子が多恵の部屋に泊まることになったのだ。

 

 恭子と多恵は牌譜検討をしてたら朝……なんてことがザラなので、泊まること自体は少なくない。

 大体が麻雀の話をしていたら夜更けになっているのだ。

 

 

 「ほえ~……これで撮影しとるんか」

 

 「ま、撮影って言ったってスマホスタンドで麻雀卓映してるだけなんだけどね」

 

 多恵の部屋には、中央に自動卓が鎮座している。

 そのほど近くに動画編集をする用のデスク、あとは本棚とベッドという簡素な部屋だ。

 その本棚にも所せましと麻雀本が並んでいる。

 

 その麻雀卓に備え付けられたスマホスタンドを眺め、感心する恭子。

 

 

 「じゃ、さっそく動画撮影していこうか!」

 

 「いや待て待て、そんなん急に言われてもやな……」

 

 「大丈夫!恭子はいつも私と牌譜検討するみたいな感じで、素直な意見を言ってくれればいいからさ!」

 

 「そうは言ってもやな……」

 

 「あとは多恵って呼ばずにクラリンって呼んでくれれば問題ないよ!」

 

 

 恭子の心配をよそに、テキパキと動画撮影の準備を始める多恵。

 

 恭子はあまり受け答えに自信がなかったため最初は断ろうとも思ったのだが、こう多恵の楽しそうな顔を見ると断りづらい。

 

 

 (はあ……まあ少しだけ話せばそれでええか……)

 

 ため息を一つつくと、恭子は断ることをあきらめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『はい!どうもみなさんこんばんは。モロヒッカケのリーチを打ったら必ず親に追いかけされる、クラリンです。今日も元気に麻雀動画やっていきたいと思います』

 

 

 :キター!

 

 

 :わかり過ぎて禿げた。

 

 

 :あの絶望感といったらないね

 

 

 :おてて!

 

 

 

 

 

 

 多恵が手元の動画を映しつつ、いつもの口上を述べる。

 

 

 (毎回ようこんな苦笑いしか出えへん麻雀あるある思いつくもんやな……)

 

 隣で聞いている恭子は、早くもげんなりとした顔だ。

 

 

 

 『今日はですね!麻雀動画中級編、速度に関するお話やっていこうと思いますよ!』

 

 

 :ほう、速度ですか。

 

 :永遠の課題だね

 

 :中級編いいねー

 

 

 

 

 

 『しかしですね……不肖クラリン、速度に関してはあまり自信がありません……難しいですよね、ここは鳴くべきなのか、それとも鳴かないべきなのか……速度に比重を置きすぎて放銃……なんてことも少なくありません』

 

 

 :嘘こけおい

 

 :いつも生配信で打点と速度の絶妙な鳴き判断してるやろが

 

 :誰にでもわかる嘘でワロタ

 

 

 

 

 

 

 『そこでなんと!!今日はスペシャルゲストをお呼びしております!』

 

 

 :ガタッ

 

 :スペシャルゲストやと……?!

 

 :のどっちでも呼んだんちゃうか

 

 :そろそろプロでも出てくるんじゃない?

 

 

 

 

 コメント欄がにわかにざわつきだす。

 

 わかってはいたが、視聴者数がエゲツない数字になっていることに、恭子はたじろいていた。

 

 

 (これホンマにウチが出てええんか……?)

 

 恭子の心中はもう既に穏やかではない。

 実際の所そうでもないのだが、恭子からすれば、そもそも多恵には教わることばっかりで、自分が与えた知識など無いに等しいと思っているのだ。

 どんな知識でも、多恵にはかなわない。そう思ってしまっているからこそ、恭子はこの場に自分が出ていく意味がないのではないかと考えてしまう。

 

 ネガティブな思考が、ぐるぐると恭子の頭の中をめぐっていた。

 そんな時。

 

 

 

 『ということでお呼びします!速度のことなら私に聞け!知る人ぞ知る浪速のスピードスター!Bさんです!!』

 

 

 『ちょ待てやおい』

 

 

 

 :wwwwwwwwww

 

 :初っ端からゲスト半ギレで笑うwwwww

 

 :声だけだとプロかどうかはわからないね……

 

 :速さのプロって言ったら何人か思い浮かぶけど……クラリンが呼びそうな意味での速さって人は思いつかないわ

 

 

 

 緊張もどこへやら。

 いきなり飛び出した多恵のふざけた呼び方に、いつも通りのツッコミが出てしまった。

 

 

 

 『あれ?浪速のスピードスターBお気に召さなかった?』

 

 『お気に召さなかった?じゃあらへんわ!なんやねんそのB。クソダサいやんけ』

 

 

 :関西弁女子キターー!

 

 :確かクラリン関西住みだし、本人もたまに関西弁出てるからね

 

 :いきなり辛辣で笑うwww

 

 

 

 我を取り戻して加速していくコメ欄にビビる恭子。

 一つ咳払いをして多恵の横の席に座り直した。

 

 

 『もうええわそれで……』

 

 『はい!というわけで今日はこのBさんと動画やっていきたいと思いますよ!ちなみにこのBさん、速度はもちろんですが、私にはできないような鳴きや戦術を駆使して麻雀を打つ、相当な打ち手です!腕は私が保証しますよ!』

 

 『いや言い過ぎやろそれは……』

 

 

 :クラリンにそこまで言わせるとは……

 

 :やっぱりプロなのでは?

 

 :スピードスターBさん……

 

 

 

 嬉しいやら恥ずかしいやらで、感情をどこにぶつければいいのかわからなくなった恭子は、とりあえず赤面しながら席に座る。

 

 

 『それじゃあやっていきましょう!まずは基本的なこの場面から!』

 

 

 

 多恵がそう言って手元の麻雀牌を手際よく集めていく。

 

 

 

 7巡目 手牌 ドラ{5}

 {④⑤⑦⑦34678二四六七} 

 

 

 

 『この手牌で、上家から{三}が切られました。さあ、これは鳴く?鳴かない?』

 

 

 :急所っぽいし鳴きたいけどな

 

 :これを鳴くやつは下手

 

 :鳴いた方が和了れそうに見えるけど……

 

 

 

 『コメントでもちらほら意見が割れていますね。ではBさん、意見をお願いします!』

 

 『これは、スルー有利や……ですね。手牌は6ブロックで必ず一つのターツは不採用になる形……とするとこのカン{三}を鳴いてしまうと、外すターツは良形の両面ターツになる。他の両面のどこかであまりにも切られてる牌があるとかの特殊な場合を除き、これはスルーが無難や……だと思います』

 

 

 :なるほど!

 

 :ちょこちょこ素が出てるの可愛い

 

 :なるほどなあ……急所って思っちゃったけど別にこのターツいらないのか

 

 :クラリンとお友達のおてて……

 

 

 『ただただ鳴いていけば良いというものではありませんね!愚形ターツはついチーやポンの声が出がちですが、こういったケースもあるので気をつけましょう!』

 

 

 そう言い終わると、多恵が恭子の方を振り向いて片目を閉じる。

 まずは一つの役目を果たせたようで、恭子はほっと胸をなでおろした。

 

 

 

 『では次の問題に行ってみましょう!この手形です!この手牌で、対面から{7}が出ました。これをポンしますか?』

 

 

 

 8巡目 手牌 ドラ{五}

 {②②⑤⑥⑦3赤577二二五六}

 

 

 

 :今度は愚形多いし、ポンして2pか2m切りがよさそう。

 

 :打点もある程度あるし、これは鳴いて良いのでは?

 

 :ちょっともったいない気もするんだよなあ……

 

 :愚形だらけのドラドラだし、これは仕掛け有利と見た。

 

 

 

 

 今度は先ほどよりもコメント欄の意見が割れている。

 にこにことその様子を見守る多恵に対して、恭子も顎に手を当てて様々なことを考えていた。

 

 

 『それでは意見を聞いてみましょう!スピードスターBさん!』

 

 『その呼び方やめいや……結論から言うと、これはスルーやな』

 

 『おお!それは何故でしょうか?』

 

 『{7}をポンして打2pか2mなら、確かにドラドラ3900の一向聴やな。けど、この手に可能性があった567の三色を殺す上に、残るターツのカン{4}も不自由……この{7}はスルーが有利やと思う』

 

 

 :……確かに

 

 :ドラドラ愚形でも鳴かない方がいいことがあるんか

 

 :スピードスター、鳴かない選択が冴え渡る(?)

 

 

 恭子が冷静な目で並べられた牌を見つめる。

 そんな恭子の様子を隣で見ている多恵が、嬉しそうに恭子の表情を見つめていた。

 

 

 『なるほど!それではスピードスターBさん、この形から鳴く牌を教えてもらえますか?』

 

 多恵がその質問を言い終わるか終わらないかといった速度で、恭子が手牌を並び替えていく。

 

 

 『この状態は{赤5}が使い切れるかどうかが鍵になる。せやから、{4}{6}は鳴きやな。{6}は三色の可能性も残る牌やから、絶対に鳴きたいところや。{②}、{二}も鳴き。いずれも打{7}とすることで、さっきは不自由だったカン{4}の所がリャンカンになって{赤5}が使いやすい。両面の{四七}も鳴きや。三色にならない{四}も見逃せへんな。3900とはいえ{赤5}が使いやすくなるのは大きな利点や』

 

 

 恭子が思った以上にすらすらと理論を述べていく。

 これには多恵も驚いていた。

 

 

 :す、スピードスター

 

 :全部鳴く箇所決めてるんだな……

 

 :やっぱレベル高い所になればなるほど、鳴きの逡巡が命取りなのか……

 

 

 

 

 多恵が嬉しそうに恭子の横顔を見つめる。

 

 

 (変わったなあ……恭子は)

 

 

 初めて会った時は、どこか近寄り難い雰囲気があった。

 しかし、恭子と多恵はこの三年間でとても長い時間を共に過ごした。

 たくさん麻雀談義をした。

 

 恭子がこうしてたくさん意見を言ってくれるようになって、多恵は少なからず刺激を受けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動画撮影が終わった。

 

 多恵が録画をしていたスマートフォンの電源を落とす。

 

 

 「つーかーれーたー!!!」

 

 「ははは!ありがとう恭子!めちゃくちゃ楽しかったよ!」 

 

 「そら多恵は楽しいやろうけどな!!」

 

 

 大きく伸びをする恭子と、笑顔でそんな恭子をねぎらう多恵。

 

 

 「気が気やなかったわ……ホンマもう勘弁やで」

 

 「ええ~好評だったからまたやろうと思ったのに……」

 

 「無理や無理!今度は洋榎にでも頼み!」

 

 恭子が、席を立つ。

 

 多恵の部屋にあるベッドにでもダイブしてやろうかと思ったところで、多恵が恭子を呼び止めた。

 

 

 「ねえ、恭子」

 

 

 「……なんや」

 

 

 いつになく真剣な声で話しかける多恵に、恭子がもう一度麻雀卓の方へ振り向く。

 

 

 

 「恭子はさ、私の動画見に来てる人たちのコメントみて……どう思った?」

 

 「どうって……難しい質問やな」

 

 

 『クラリンの麻雀動画』と銘打って配信する多恵の動画には、たくさんの麻雀好きが集まっている。

 ネットで麻雀をする者、家族で麻雀をする者、はたまたプロを志し、麻雀に励む子供……。

 

 そして、麻雀を好きではいても、打っていないであろう人も。

 

 

 

 「……みんなが、楽しそうに麻雀の話するんやな、って思ったわ」

 

 「そう。そうなんだよね」

 

 

 多恵が一つの麻雀牌を持って、綺麗な外切りで牌を打ち出す。

 

 

 

 「この世界だとさ、麻雀をやめちゃった人って、少なくないと思うんだ。才能という壁に当たって、麻雀を嫌いになっちゃったような人」

 

 「……せやな」

 

 

 恭子自身、この話は他人事ではない。

 恭子の周りでも少なくないことであった。圧倒的な才能の差に気付き、牌を持つことをやめてしまうということは。

 

 

 

 「でも、そんな人にこそ、もう一度私は麻雀を打ってほしいと思う。確かに、才能はあるよ。私も恭子も、それはわかってる。……でもね、それは努力をやめる理由にはならないと思うから」

 

 

 「……」

 

 

 恭子は黙って、多恵の話を聞いていた。

 才能の差を感じたことはある。バケモノ染みた和了を連発されたことだって、少なくない。

 

 

 

 「やれることを、精一杯やる。少なくともそこで努力して得た経験や知識は、嘘をつかないと思うんだよね……それに、単純な話、楽しく皆で打つ麻雀は良い物だと思うしね!……綺麗ごとって言われたら、それまでだけどさ!」

 

 

 「……せやな……少なくとも私達は、そうやってここまで来たんやから」

 

 

 恭子が、窓の方を眺める。

 

 

 もう外は真っ暗、夜空には星が瞬いていた。

 

 

 

 

 「インターハイ、絶対勝とうね」

 

 

 「……当たり前や」

 

 

 

 恭子と多恵が笑顔で話す。

 

 

 

 

 

 

 

 今年証明しよう。

 

 

 私達(姫松)の麻雀が嘘ではないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけで神挿絵また頂きました……!
今回はいつも描いてくれる友人が、「こんなシーンを描きたい」と自ら言ってくれたんです。作者涙出ちゃった。

次回からまた本編に戻りますよ!




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