嵐のような先鋒戦が終わってしばらく。
ようやく会場の空気が落ち着いたころには、話題は次の次鋒戦に移っていた。
モニターには次鋒戦の選手の名前が羅列されている。
次鋒戦
姫松高校 上重漫 (1年)
晩成高校 丸瀬紀子(2年)
白糸台高校 弘世菫 (3年)
千里山女子 二条泉 (1年)
「次鋒戦はどうなるかな……」
「白糸台の3年生強いよね」
「いやいや、姫松の1年生も侮れないよ」
「晩成もあんま目立たないけどちゃっかり仕事してんだよなあ」
「千里山の1年生も中学時代から有名らしいよ」
さまざまな憶測が飛び交う。会場は次鋒戦が始まるのを今か今かと待ち続けていた。
千里山女子控室。
「……戻ったで」
「怜!!」
扉を開けて戻ってきた怜に抱き着いた竜華。
「怜、体調は大丈夫か?」
「おかげさまでな~……途中、あヤバいかもって思ったんやけど、クラリンが本気モードになってくれたおかげで助かったわ」
「あれ本気モードって名付けたんですか……」
船Qは今回の先鋒戦が始まる前から、多恵がなんらかの力を打ち消すことができる可能性に気付いていた。
その情報はもちろん怜にも伝わっており、とりあえず怜は本気モードと名付けたようだ。
「結局、かなり点数減らしてもうたな……みんなごめん」
怜が深々と頭を下げる。
前半戦が調子よかっただけに、確かに点数は減ってしまった印象だ。
しかしそれを責めるようなことをする人間は、ここにはいない。
怜が最後まで点数を戻すために努力をしていたことを、わからないメンバーではない。
「怜は最後まで頑張ってたもん!全然問題なんかないで!」
「せやせや!後はウチらに任せて、怜はゆっくり休みー!」
バシバシと肩を叩くセーラの姿を確認して、怜もようやくホッとできたようだ。
自分は確かに点数を落とした。しかし、それは元々織り込み済み。
ここからは力強い仲間たちが戦ってくれるのだから、後は託すだけだろう。
「……泉、頼むな」
「……!はい……!」
弱弱しく笑った怜の表情を見て、泉が拳を握りしめる。
(やってやる……!私だって、千里山のレギュラーなんだ……!)
思わず力が入るそんな泉の背中に、手が置かれた。
後ろを振り返れば、入学してから3ヶ月、目標にし続けた先輩の姿。
「力、入れすぎんなよ。どーせ次はオレや。全部取り返してきたるから、好きなように打ち」
「……ッ!はい!いってきます!」
ひらひらと手を振る全員を見届けて、泉が控室を後にする。
セーラからの言葉はありがたかった。後ろに控えている先輩がどれだけ強い人なのかも知っている。
好きなように打っていいというのは、本心なのだろう。
もちろん泉もそのつもりでいた。
しかし、泉にはこの次鋒戦で、どうしても負けられない相手がいる。
準決勝でコテンパンにされた白糸台の弘世菫はもちろんなのだが、泉にとって、因縁ともいえる相手が、姫松にいるのだ。
中学時代は全くの無名でありながら、関西の強豪、姫松高校でレギュラーを勝ち取っている選手が。
それも、自分と同い年でありながら、だ。
(これは団体戦……だけど、同じ1年には負けたくない……!)
泉が前を向く。
好戦的な瞳は、既に対局室の方へと向けられていた。
この次鋒戦は絶対に負けられない。
『さあ、あまりにも劇的な幕切れで気持ちの切り替えが難しいところですが!これから次鋒戦が始まります!』
『次鋒戦も面白いメンツだよねえ~。団体戦では目立たないことが多いって言われる次鋒戦だけど、裏を返せばより実力がでる区間でもあると思うし、楽しみだねい』
『なるほど!次鋒戦は実力がでる区間なんですね?』
『いや、知らんけど。テキトーに言った』
『……』
次鋒戦に出場する選手が、卓の中央に集まった。
一人ずつ、席を決める風牌を引き、席順が決まる。
牌をめくるのは、菫、紀子、泉、漫の順。
席決めを終えた全員が、席に着いた。
照明が落ちる。
ブザーが鳴り響いた。
次鋒戦 開始
東家 姫松 上重漫
南家 千里山 二条泉
西家 白糸台 弘世菫
北家 晩成 丸瀬紀子
東一局 親 漫
漫 配牌 ドラ{②}
{②②④⑥4689一二東東南} ツモ{2}
漫が手を胸に当てて深呼吸したのち、もう一度配牌を見る。
公式戦では必ず行う、自分を落ち着かせるためのルーティーン。
これも多恵からの教えだ。
(ダブ東が対子、ドラが対子……ええ感じや。多恵先輩が稼いでくれた点数、必ず守って、もっと伸ばすんや……!)
切り出しは{9}から。
ダブル役牌である{東}と、ドラが2枚あるだけで満貫、12000だ。漫は多恵や恭子から習った知識をフルに動員させて、どこから鳴いていくかを事前に決める。
打点がある程度保証できているので、仕掛けやすい。ダブ{東}は無論ポンだ。ダブ{東}は鳴くだけで他家を制限できる。
それだけ親の2翻というのは偉い。
一巡目に、泉から{東}が出てきた。
手形がある程度整っている泉は、鳴かれたくないという意味合いもあり初巡に{東}を切ってきた。
「ポン!」
漫からすれば願っても無い僥倖。ここから鳴ければ、後は和了に向かって一直線に進めば良い。
どこからでも鳴いていける。
上家に座る紀子の目が、少し細められた。
タン、タン、と卓に牌を並べる音だけが響く。
あれから7巡が経過していた。
8巡目 漫 手牌
{②②⑥⑦2468一二} {東東横東} ツモ{北}
(進まない……!)
漫の手は、あれから全く進んでいない。変わったことと言えば、両面受けにできる{⑦}を引き入れたことくらいだ。
自力でツモが利かないのは仕方がないとして、もっとおかしなことが、この卓で起きている。
(晩成の捨て牌……)
漫が、上家に座る紀子の捨て牌を眺めた。
紀子 捨て牌
{南99東八④}
{北①}
(晩成の人に上家に座られたら嫌やなあと思って席決めしたのが、ホンマにそうなってまうなんてな……)
準決勝で丸瀬紀子という打ち手をある程度理解できたからこそ、漫は紀子に上家に座られるのは嫌だった。
晩成のメンバーの中では鳴きを駆使するタイプの打ち手で、その鳴きは必ずしも自身の和了に向かうものではない。
どちらかといえば、鳴きが得意というよりも、「自分が和了できそうにない時にどうするか」という対応に優れた打ち手だ。
恭子からも、そう説明を受けている。
軽く歯噛みして紀子の方を見つめる。
捨て牌の{9}は対子落とし。こんな序盤に対子落としなのかと思えば、自分が{④}を切った直後に打{④}。
つまりはおそらく、一つも鳴かせてくれる気はないのだろう。
紀子 手牌
{⑥⑥⑨137一三四八九白中}
(悪いけど姫松の1年生……容赦なく潰させてもらうね)
由華の陰に隠れているだけで、紀子もなかなか口が悪い。
紀子の手牌はボロボロ。赤も無ければドラも無い。
漫にダブ{東}を鳴かれた時点で、紀子はこの局はオリに徹することを決めていた。
ほぼ配牌オリ。この判断を下せるのが、紀子の強みでもあった。
漫が悔しそうに手牌から切る牌を選ぶ。
本来この手は索子は1ブロックだけにしたかったのだが、このままターツオーバーの形で進行を続けるのはリスクが大きすぎる。
全員に安全な{北}は一旦手に留めて、もう河に2枚見えてしまったペン{三}のターツを払うべく、{二}に手をかけた。
「ロン」
ビクり、と漫の肩が跳ねる。
漫の右肩を、高速で打ち出された弓矢が射抜いた。
菫 手牌
{赤⑤⑥⑦一三四五六七八九西西} ロン{二}
「5200」
『決まった!!先制の和了は白糸台高校の弘世菫!!まさかまさかのチャンピオンマイナスから始まった白糸台の決勝戦ですが、白糸台にはこの人がいます!』
『平和の両面リーチにいかず、場況の良いカン{二}の一通で狙い撃ち……らしいねえ?シャープシューターさんよお』
菫の和了に、会場が沸く。
漫が「はい」と小さく返事をしてから、点棒を払う。
点棒授受の時間も、菫の瞳は、力強く漫を捉えていた。
獲物を、決して逃さないように。
(まさかこんなことになるとはな……悪いが……姫松の1年生)
漫以外の3人の視線が、漫に集まる。
(こうなるかも、とは思っていたんやけど……)
漫はこの1局で早くも実感することとなる。
この次鋒戦、間違いなく。
(全員
漫は、集中砲火を受ける。