ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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大変お待たせしました。
お詫びといってはなんですが、いつもより2倍の文章量でお届けしますよ!


第139局 晩成の魔法使い

 「やえ先輩。私が勝つ方法教えてください」

 

 「……随分と唐突ね」

 

 

 インターハイ団体戦決勝を明日に控えたミーティングの直後だった。憧がやえに話しかけてきたのは。

 

 それぞれが散り散りになり、晩成の生徒がミーティングルームから姿を消す中で、椅子に脚を組んで腰掛けていたやえの目の前に、憧は毅然とした表情で立っている。

 

 

 「無理なお願いなのは分かってるんですけど……それでも、私はあの人たちに勝ちたいんです。やえ先輩が同レベルと認める、あの人たちに」

 

 「……憧。あんた初瀬が良い結果残したからって少し焦ってるんじゃない?」

 

 「ギクッ……それも無いと言えばうそになります……ケド!でも、一番の理由は、晩成の皆で優勝したいから。その確率が少しでも高くなるようにしたいからです!やえ先輩もさっき言ってましたよね、私と由華先輩が、この団体決勝で晩成が優勝するための鍵を握ってるって!」

 

 先ほどまで行われていたミーティング内で、確かに憧の言うように明日の決勝戦のキーパーソンは憧と由華だと言われた。

 憧と由華に共通して言えること……それはどちらも、実績上の格上を相手にすることになるということ。

 

 その中でも特に、中堅戦は顕著だった。

 

 

 「わかってます。私が普通にやって勝てる可能性があまりにも低いこと。でもだからこそ!千里山と姫松はここで点棒を落とすなんてこれっぽっちも思ってないはず!そこをもし獲ることができたら、晩成は絶対に勝てると思うんです!」

 

 「……」

 

 明日の対戦相手のデータに目を落としていたやえが、ゆっくりと憧に視線を合わせる。

 入学してきた時から変わらない、真っすぐな瞳。

 

 (自分が負けなければ、晩成は負けることが無い。本気でそう信じてるって顔ね。後ろの2人も、前の2人も信頼してるわけか……)

 

 事実、憧は本気でそう感じていた。

 自分があの面子を相手にどうにかして食らいつき、トップを獲ることができたなら、晩成は必ず優勝する。それだけ信頼できる要素が、周りのメンバーにはあるんだ、と。

 

 (その想いに、応えたい)

 

 両手を強く握りしめたまま動かない憧に、正面から相対する。

 

 「いいわ。勝つための方法……教えてあげる」

 

 「ほんとですか!!」

 

 「といっても、そんな簡単じゃないわ。そもそもそんな簡単に勝てる方法があるなら、とっくのとうに教えてるわよ」

 

 「それも……そうですね」

 

 突然身を乗り出してきたかと思えば、やえの言葉にしおらしく表情を曇らせる。

 相変わらず喜怒哀楽の激しい後輩だなと思いつつも、それを可愛らしい後輩だと思うやえもいて。

 

 「……まずはセーラだけど……たしかにあの火力バカの相手を正面からしようとするのは、得策ではないわ。一度の怪我が、とんでもない重傷を負わされることになることになるかもしれないからね」

 

 「あんなのと正面から殴り合ったらペッちゃんこになりそう……こわ……」

 

 「前にね、私達4人でタッグ打ちをやったことがあったのよ」

 

 「タッグ打ち……ようは4人で麻雀をやりながら、2人ずつのチームに分かれたってことですか?」

 

 「そう。なんてことのない、麻雀スタイルの議論の中でたまたま、ね。向こうは多恵と洋榎。こっちは私とセーラ。どうなったと思う?」

 

 そう問われて、憧はなんとなく想像してみた。

 超攻撃型の2人と、鉄壁の守備を誇る2人……。

 

 「……なんかやえさん達が圧勝するか完敗するかの極端な結果になりそうですね」

 

 「当たらずとも遠からず、といったところね。結局私達は3半荘で1度も連帯できなかった。最初の半荘なんて私とセーラを合わせて和了無し。完封ね」

 

 「ええ……」

 

 「それだけ完璧に止められたのよ。当たり牌も、勝負手も。それぐらいあの二人は阿吽の呼吸だった。悔しいくらいにね」

 

 「……」

 

 「それはタッグ打ちだけに留まらず、普通の対局をしている時もよくあることだったわ。2人の鳴きと和了の発声が、私とセーラの間隙を縫って必ず現れる。ほんっと、忌々しいったらありゃしない」

 

 「……」

 

 「それでいて、最後の最後に、多恵は洋榎を出し抜いて高い和了を決めるのよ。私達の手を封殺し、守りの化身の防御をかいくぐって、最後の最後に笑う。それが多恵の勝ちパターン。最低な性格してるわよホント」

 

 やえの昔話を聞きながら、憧は黙ったまま。

 憧は少しずつ気付いていた。今やえが何故こんな話を自分に聞かせるのか。

 

 明日、やえは憧にどんな麻雀を打ってほしいのか。

 

 「さて……もうわかるわよね。3ヶ月という短い時間だったけれど、私から教えられる攻撃の全ては、あなたたちの(ココ)に刻み込んだはずよ。その攻撃力は、局の終盤必ず活きてくる。重要なのは局の序盤。これも、この3ヶ月で教えてきたこと」

 

 

 やえは分かっていた。自分の指導だけでは、きっとこの後輩達の技術面を最大限まで伸ばしてあげることはできないと。

 しかし、やえは幸いなことに、一人ではなかった。晩成では一人ぼっちになってしまったかもしれない。けれど、彼女には記憶があった。経験があった。

 自らと共に切磋琢磨し、一緒に高みを目指そうとした最高の強敵(トモ)が。

 

 やえはためらわなかった。

 晩成のメンバーたちに、自分だけではなく、多恵や洋榎の牌譜を数多く見せて、盗めるものは全て盗めと強く言った。

 

 

 

 『ねえ初瀬これ見てよ!倉橋多恵こんなところから仕掛けてるんですケド……意味わかんなさ過ぎて無理。しんどい』

 

 『ちょっと待て憧、江口セーラこれリーチ打ってんだけど。ダマ倍満なのになんで曲げてんだ意味わかんねえ……』

 

 

 良い影響を与えるか、悪い影響を及ぼすか。

 それは彼女たちの努力次第。

 

 しかしこと「攻撃」という観点で、彼女たちは貪欲だった。

 自らのスタイルに落とし込めるものは、なんでも落とし込もうとした。

 

 生じた疑問を疑問で終わらせず、何故この行為が優位に働くのかを必死で考えた。

 

 そしてやえが憧にとって一番勉強になるであろうと思って数多く彼女に与えたのは……『倉橋多恵』の牌譜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『多恵』になってみせなさい。簡単なことじゃないわ。アイツの麻雀へ注ぐ情熱と、向き合った時間を知っている私だから分かる。けどね……あなたならできるはず。それがセーラの攻撃をしのぐ一番の近道。そして隙さえあれば……晩成の魂で、強引にでも和了りを勝ち取ってみせなさい」

 

 「……!はい!」

 

 勝機を見出したかのように、憧が元気に返事をする。

 その表情に、もう不安はない。

 

 

 「それとね、憧。勘違いしているようだから言っておいてあげる」

 

 「……?」

 

 

 

 

――私はあなたが“勝てない”だなんてこれっぽっちも思ってないわよ?

 

 

 

 

 

 この信頼が、いつだって晩成の後輩達を奮い立たせるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 1本場 親 セーラ

 

 

 『江口セーラが止まらない!!千里山の打点女王が、このインターハイ団体戦決勝で大暴れです!!』

 

 『自分のスタイルを貫くことに迷いがないよねい……やられてる側としちゃあたまんねえだろーなあ』

 

 

 獰猛に笑うセーラが、今この卓を支配している。

 静かに目を細める洋榎と、手元の湯呑みに口をつける尭深。

 

 

 (止める……!使えるのはなんでも使う……!それが、守りの化身であったとしても……!)

 

 守りの化身が、「動けるか」と問うてきた。

 それはこの荒れ狂う打点の暴力の中で、それでも前に進む勇気があるのか、という確認。

 

 そんな問いに対して、憧が弱気な反応を示すことなどあり得ない。

 

 憧にも意地があるのだ。

 

 そんな中で憧は早くも訪れたピンチに、まず最初の正念場の予感を感じ取っていた。

 

 

 

 憧 配牌 ドラ{1}

 {①1377一一三七八中白南} ツモ{西}

 

 

 (いやしんどっ!!)

 

 良いとはとても言い難い配牌。

 この配牌を一目見た段階で、この状況……江口セーラの勢いが止まらないこの状況で、憧はこの手を面前で仕上げるのはほぼ無理だと直感する。

 

 そうしたら、次に憧の脳内で行われるのは、“何に役を求めるか”だ。

 

 

 「……」

 

 少考。

 この手のあらゆる可能性を模索する。

 

 憧が切り出したのは……{7}だった。

 

 

 

 『新子選手が選んだのは{7}ですか……対子の牌を崩していくこの選択……どういうことなんでしょう、三尋木プロ』

 

 『いやわっかんね~!これはマジでわっかんねえな?まあ役牌の類は手に留めておくのはわかるんだけどよ。なんでわざわざ対子の牌に手をかけたんだろーな?本線は役牌……チャンタ……ギリ下の三色か?まあそう考えるとどの役になるにせよ、{7}の対子は不要……か。字牌達は安全度で持ってる方が良いって判断なんじゃねーの?知らんけど』

 

 

 咏の解説の通り、憧の狙いはチャンタ、下の三色。または役牌。

 どれになるにせよ、{7}は対子で使うことが少ない。その上、字牌達を素直に切り出してめいっぱいに構えるほどの手ではない。

 その全てのバランスを考慮した第一打が、{7}だった。

 

 

 3巡目 憧 手牌

 {①137一一三七八中白南西} ツモ{1}

 

 

 

 『新子選手のところにはドラが重なりましたね。しかし一向に手は厳しいか……』

 

 『つーか周りが良すぎんだよな。晩成のコは知らねーはずだけど……もう周りほとんど手できてるぜ?ちょっとこの手は成就するとは考えられねえけどなあ……』

 

 

 

 5巡目 洋榎 手牌

 {⑦⑧⑨25889二四五南発発} ツモ{九}

 

 洋榎が河を眺めた。

 自身の手牌の進行は良いとは言い難い。それにセーラの河が早くも濃い。時間の猶予は、ほとんど無いであろうことを感じていた。

 

 

 (めんどいなホンマ……)

 

 そのまま持ってきた{九}をツモ切る。

 

 その牌を見て、憧が固まった。

 

 

 「チー」

 

 「……ほお」

 

 固まったのは一瞬だけ。

 憧は迷いなく右端に置いておいた{七八}の両面ターツを晒すと、洋榎の河に捨てられた{九}と共に指先で器用に右端へと運ぶ。

 そして手の内から{七}を切り出していった。

 

 

 『これは……新子選手、手にあった唯一の両面ターツをチー……!これはちょっと手狭になりすぎませんか?』

 

 『いや、河見ればもう{九}は三枚目。このターツを{七八九}で使いたいんなら、ここはもう急所だ。……まあ、是が非でも{七八九}で使いたい理由は……まだわっかんねーな』

 

 憧の鳴きに、一瞬卓の空気が変わる。

 とはいえ、対戦校の3人も憧の雀風は理解していた。遠いところからでも、十分に仕掛けてくる可能性があるということを。

 

 

 (できる限りの最大限のことをする……!さあ来るなら来なさいよ、打点女王……!)

 

 睨みつける先は、もう既に河が濃くなってきているセーラ。

 

 しかし。

 

 

 「……リーチ」

 

 

 聞こえてきたのはうるさいほど元気な声とは程遠い、か細い発声。

 

 

 (そっちかい!!!!)

 

 

 白糸台の渋谷尭深が、先制リーチを放ってきた。

 

 

 尭深 手牌

 {②②⑦⑧⑨12334四赤五六} 

 

 

 

 『先制リーチは白糸台の渋谷尭深選手!平和ドラ赤の聴牌で先制リーチです!』

 

 『今回はかなり真っすぐ打ってきたねえ……確かに配牌は良かったけれど……このコも大概察してるんだろ。今日の相手はオーラスだけでどうにかなる相手じゃねえ……ってな』

 

 

 リーチを受けた一発目、洋榎はゆっくりと尭深の現物を選ぶ。

 尭深の現物を切りながら……憧が鳴けるかもしれない牌{8}。

 

 流石の洋榎といえど、この5巡で与えられた情報で、憧の欲しいターツ全てがわかるわけではない。

 さらに言えばここからはリーチが入った影響で、いらない牌でも危ないからという理由で手に残す牌が出てくる。

 

 そうしたノイズの牌まで現れてしまっては、憧の役を絞るのは至難の業だ。

 

 

 憧 手牌

 {①117一一三中白南} {横九七八} ツモ{四}

 

 

 『新子選手リーチを受けてこれは厳しいですね。オリますか?』

 

 『そらオリだろ!これでオリるために、こういう進行してたわけだし、別にいんじゃね?これが白糸台が千里山の親落としてくれるんだったら、それはそれで』

 

 『まあ、安牌はまだありますし、確かにそうですね……』

 

 『……まあ?このまま打点女王が黙ってるんなら……な?』

 

 

 憧は深呼吸を一つしてから、現物の{7}を切っていく。

 ここで字牌にも頼らずにしっかりと安牌を選ぶ判断は、冷静さを持てている証拠だった。

 

 

 

 

 

 「リーチや!」

 

 その発声は、会場に大きく響く。

 咏の予感は、モロに当たっていた。

 

 

 

 

 セーラ 手牌

 {③③④④赤⑤224赤56六七八} 

 

 

 

 

 

 『来ました!!!千里山の打点女王江口セーラ!!今回も手牌をしっかりと仕上げて親リーチの連続攻撃!』

 

 『おいおいおい。これ決まったら6000オール……下手すりゃ8000オールまであるぞ』

 

 『勝負を決めるかのような大物手の連続!!中堅戦は既に嵐が吹き荒れています!』

 

 

 セーラのリーチに同調するかのように、会場のボルテージが上がる。

 会場は既にセーラの打点麻雀に魅せられていた。

 

 

 (まあ……そうなるわな)

 

 洋榎が心底面白くなさそうに……右端の牌を晒した。セーラの勢いを殺す一発消し。

 そして思考を深く深く沈めていきながら、2人の共通の安牌である{8}を切り出していく。

 

 

 (晩成の役は……役牌はほぼ全滅。あるとすりゃ{白}か。チャンタか……下の三色か……はたまた)

 

 しかしこの状況で、憧が2人への共通の安牌を保持している可能性は100%ではない。

 そうである以上、洋榎もまだ共通の安牌を切る選択肢を取らざるを得ない。

 

 白糸台には振り込んで良いと考えるかどうかだが、それこそ考慮に値しない。

 まだドラは1枚も見えておらず、尭深の手が安いかどうかなどわかるはずもないのだ。

 

 洋榎がデジタルに生きる者だからこそ、安易な差し込みはしない。

 

 

 憧 手牌

 {①11一一三四中白南} {横九七八} ツモ{六}

 

 

 (また通っていないとこ……江口セーラと渋谷尭深の2家リーチ……きっつー!)

 

 ここで安牌としてとっておいた字牌たちを切り出す。

 この字牌たちは、憧にとって攻撃を受けた後も自分の手を考えられる切り札。

 

 この字牌たちを河に並べる間に、自分にできることを全てやる。

 

 

 

 9巡目 

 

 

 「一発消しとかつまんねーことしてんなよなあ洋榎え!」

 

 セーラが勢いよく牌を切りだす。

 尭深には通っていない{五}。脂っこいところではあるのだが、セーラは怖がる様子も何一つなく河へと切り出した。

 

 

 ({五}……ようやく仕事できそやな)

 

 洋榎は持ってきた牌を手中に収めると、素早く小手返しをして牌を切りだしていく。

 

 その牌は、今まさに通ったばかりの{五}。

 

 

 「……!」

 

 

 憧 手牌

 {⑥11一一三四六中白}

 

 

 憧が手牌を眺めた。

 洋榎から強く切られたことで気付かされる、この手の第3の可能性。

 

 そして気付いたときには、憧の手は動き出していた。

 

 

 「チー!」

 

 素早く手の内の{四六}を晒し、右端へと持っていく。

 

 

 

 『あ、新子選手仕掛けを入れます!え?{四五六}でチー?……っということは……』

 

 『はっはっは!おもしれーなこのコ!!……一気通貫(イッツー)。{七八九}鳴いたときには一枚も無かった{四五六}使って、和了ろうとしてやがるぜ!』

 

 

 {中}を切り出して、憧は前を向く。その瞳はこのメンツを相手にしても、まったく怖気づいてなどいない。

 

 セーラが獰猛に笑った。

 

 

 「おもしれえ……!」

 

 セーラは確かに感じていた。

 昔散々負けて、それら全てを運のせいにしたがっていたあの頃。

 

 自分を幾度となくコテンパンにしたあいつの麻雀。

 

 

 それを彷彿とさせるようなリーチへの対応術。

 

 

 

 

 

 

 

 

 11巡目 憧 手牌

 {11一一三⑥白} {横五四六} {横九七八} ツモ{赤⑤}

 

 

 (赤……!)

 

 浮き牌だった{⑥}に、{赤⑤}がくっついた。これ以上ないくっつき。

 そしてそうなってしまえば、このスジの{一}を切ることにためらいが無くなる。

 手牌は満貫の一向聴だ。

 

 

 

 12巡目

 

 

 「チー!」 

 

 憧の3回目の発声が、卓に響いた。

 

 

 

 憧 手牌

 {11一三白}

 

 出ていく牌は生牌の{白}。打点を作っていると分かっているセーラや、尭深にも当たりかねない牌だ。

 

 

 手牌の{白}を手に取って、憧が大きく振りかぶる。

 

 

 

 

 (通っているスジは6……自分の打点は満貫!押し有利なのか、不利なのか……2家になっちゃったし、私にそこまで難しいことはわかんないけど。これだけはわかる!)

 

 

 押し引きの基準は、確かに勉強した。

 しかし勉強すればするほど、様々なケースを考えれば考えるほど、麻雀という物がどれだけ難しいのかがわかってくる。

 今回のように、2人からリーチを受けたこのケースなどがまさにそれだ。

 

 憧はまだ、完璧にそれらの判断を行えるわけではない。

 だから真の意味で、あの姫松の先鋒になれるかといわれたら、それは無理だろう。

 

 

 それでも、今この瞬間、この牌を押すべきかどうかだけは、わかる。

 

 

 

 そう、だって晩成(わたしたち)の麻雀は。

 

 

 

 

 

 

 (倒れるなら!!前のめりにっ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 強く、叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『押したっ!!押しました新子憧!!!ここまでほぼ押さずにきて、この聴牌打牌での押し!満貫聴牌を入れましたよ?!』

 

 『とんでもねー1年生だな……流石超攻撃型晩成高校……あれだけの打点を見せつけられて、この最後の1牌を押せることもすげえけど……なによりあのクソボロ配牌もらって、この聴牌にたどり着ける選手が、いったいこのインターハイに何人いるんだよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敬意をこめて、咏から語られた言葉に、一つの控室で反応する打ち手が一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「恭子なら、たどり着けるんじゃないかな?……ふふふ……それにしても。すごい後輩を育てたんだね……やえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ!」

 

 

 

 憧 手牌

 {11一三} {横⑦赤⑤⑥} {横五四六} {横九七八} ツモ {二}

 

 

 

 「2000、4000は2100、4100!」

 

 

 

 

 憧のあまりにもアクロバティックな和了に、会場が沸き上がる。

 大歓声だ。

 

 

 

 

 『信じられません……!2人のリーチを搔い潜って、あのボロボロの配牌から見事満貫をもぎ取ってみせました……!』

 

 『魔法使い……か』

 

 『え?』

 

 『はっはっは!おもしれーな!晩成の1年生は魔法も使えんのか!』

 

 『ちょっと何言ってるかわかりませんが……確かにあの配牌が完成まで導かれる様は、確かに魔法のようでした……!』

 

 

 

 

 

 よしっ!と点棒を受け取る憧を、洋榎が見つめる。

 

 

 (ほーん……やえに後輩育成なんてできんやろと思っとったが……これはバカにできんな)

 

 洋榎はこっそり形式聴牌への手組を始めていた自分の手牌をパタンと閉じる。

 

 そして背もたれに体重を預け、目を閉じた。

 

 

 その表情は、とても嬉しそうに。

 

 ポツリ、と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おもろい麻雀になりそうや」

 

 

 

 

 

 


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