ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第144局 激闘の予感

 

 

 

 『中堅前半戦決着!!!最後は、最後は姫松が誇る守りの化身によって放たれた凄まじい一撃で、全てをひっくり返しました!』

 

 『いや……えっぐいねえ……正直どこまで読みが行ってんのか、私もわっかんねー。けど、あの待ち選択にほぼ時間を使わなかったってことは、つまりそういうことなんだろうねい。知らんけど』

 

 

 中堅前半戦が終わった。

 前半戦一度の和了りも無かった洋榎がオーラスに放った一撃は、対局者全員に鮮烈な印象を与えただろう。

 絶対に、後半戦にも影響する明確なダメージ。

 

 特に……せっかくの一撃必殺に対して完全にカウンターを食らった形になってしまった尭深は、未だに信じられないといった表情で卓を見つめていた。

 その瞳は、わずかに揺れているようにも見える。

 

 「おつかれさん~後半もよろしゅうな」

 

 洋榎があっさり席を立って、対局室を後にする。

 後頭部で両手を組んで、リズミカルに階段を下っていった。

 

 

 (……)

 

 洋榎がポケットから爪楊枝を引っ張りだし、口にくわえる。

 その表情は、あまり良いモノではなかった。

 

 片手で対局室の重い扉を開き、控室に戻ろうとして……目の前に親友が来ていたことに気付く。

 

 

 「よっ!お疲れ様!」

 

 「なんや多恵か……」

 

 両手を腰に当てて笑顔で洋榎を迎える多恵。

 その混じりけの無い笑顔に、呆れたような表情で洋榎が片手を挙げた。

 

 「こういう時に限って出迎えて……出迎えるんやったらウチが役満でもぶっぱなした時にしいや」

 

 「いや、むしろ今回がベストだと、私は思ったけど?」

 

 「……ホンマ、むかつくやっちゃで……」

 

 なにか気持ちを見透かされたような多恵の発言に、洋榎は頭を掻く。

 長年の付き合いというのは、こういう所があるから嫌いだ。

 

 

 「おんぶ」

 

 「へ?」

 

 「せっかく出迎えにきたんや。おんぶせい」

 

 「ええ……(困惑)」

 

 仕方なく、多恵が洋榎に背中を見せる。

 よっこらせ……ととても女子高生が出すようなセリフではない言葉を呟きながら、洋榎が多恵の背中に乗った。

 

 「おも……」

 

 「あん?!」

 

 「あ、なんでもないです、はい」

 

 「せやな」

 

 少しふらつきながら、多恵が控室までの道のりを歩み始める。

 しばらく言葉がない時間があったが、やがて、多恵の方から洋榎に声をかけた。

 

 

 「……キツかったね。前半戦」

 

 「ホンマやで!おかしいやろなんやあの配牌!やる気あんのか!牌全部ぶちまけてやろうかと思ったわ!」

 

 「わー!上で暴れるな暴れるな!!」

 

 溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、洋榎が好き放題暴れ出す。

 幸い周りには誰もいないおかげで、この奇妙な光景を誰かに見られることはなかったが。

 

 「別にな、多少配牌が悪いくらいやったらええねん。なんやねんなんも見えへんって。国士すら見えへんねんで?V5時代の東京にボコボコにされる大阪の気持ちがようわかったわ!」

 

 「あははは……それはちょっと違うんじゃない……?」

 

 洋榎は小学生のように癇癪を起している。

 

 別に洋榎だって、感情が無いわけではない。好配牌をもらえば嬉しいし、理不尽な和了りを受けたら怒りもする。

 むしろ幼い頃はそれが顕著だった方で、今はそのコントロールを上手い事できるようになっているだけなのだ。

 そのことを、多恵は良く知っている。

 

 

 (本当は、最後の最後までキツかったんだよね)

 

 前半戦南4局まで和了ナシなんていう展開を、洋榎が望んで作ったわけはない。

 そもそも、洋榎がアシストをする、というのも自分の手が相当悪くないとしない選択なのだ。

 普通なら自分で止める方が手っ取り早いのだから。

 

 ボロボロの配牌をもらって、それでも最善を尽くし続けた。

 それなのに、最後の親番も、まともな配牌は来なかった。

 

 オーラス、憧が和了る可能性だって十分にあった。

 最後は至高の読みで和了りを手にしたものの、前半戦和了ナシの可能性は十分にあったのだ。

 

 「……なんでウチがセーラに負けなあかんねん」

 

 「……そうだよね」

 

 結果的に、稼いだスコアで言えば洋榎はセーラに負けている。

 それどころか、洋榎は前半戦だけで言えばマイナスなのだ。晩成の新子憧にもスコア上では上を行かれている。

 この結果に、本人が納得しているはずがない。

 

 「ムカつくわあ~!後半ホンマにシメたるからな……」

 

 「うん、期待してるよ」

 

 背負った洋榎から、多恵は溢れんばかりの熱を感じていた。

 どんなにクールに、冷静に局を運んでいるように見える洋榎も、まだ高校生。

 

 感情を完璧に殺すことなんて、できないのだ。

 

 姫松の控室までたどり着いた。

 両手が空いている洋榎が、控室のドアを開けようとして……動きを止める。

 

 「……多恵」

 

 「ん?」

 

 「礼は、優勝してから言ったるわ」

 

 「……うん。そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震えが止まらない。

 今も、最後に放たれた「ロン」の一言が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 最後の最後。自分が得意とするオーラスの場面で、ハッキリと植え付けられた恐怖。

 その恐怖は、今も尭深の身体を支配していた。

 

 もう対局室には誰もいない。

 誰もいなくなった対局室で、洋榎の手だけが開かれている。

 完全に狙いを済ませた、確殺の一撃。

 

 (菫先輩に打ち取られた時だって……こんな風にはならなかった……)

 

 怖い。

 震える両手を握りしめて、うつむく。

 こんな状態で、後半戦戦えるだろうか。

 ただでさえ白糸台は今劣勢だ。

 

 大将にとんでもないルーキーがいるとはいえ、それもなにも安心できる材料にはならない。

 真っ暗闇に、放り出されたようだ。

 麻雀をやり始めてから今まで、こんな感覚に陥ったことはなかった。

 

 冷たい……暗い……。勝てる気が、しない。

 

 

 と、突然その両手に、温もりを感じた。

 

 「……!」

 

 「尭深。大丈夫?」

 

 尭深の両手を包んだのは、先輩である照の両手だった。

 

 「宮永……先輩」

 

 「お茶……持ってきたよ」

 

 見れば、自分の席の隣に、新しい湯呑みが置かれていた。

 淹れたてのようで、未だに湯気が出ている。

 

 「ありがとう……ございます」

 

 「……周り、強いね」

 

 「……はい」

 

 「でも、私は、尭深も負けてないと思ってる」

 

 「……!」

 

 照は、感情の起伏を読みづらいタイプの人間だ。

 それは後輩である尭深にとっても同じで。けっこうな月日を共にしてきたけれど、未だに読めないことがある。

 

 しかし、その付き合いの中で、分かっていることもある。

 それは、照が決してお世辞を言わないこと。

 

 つまり、照は本気で尭深が「負けてない」と思っているということだ。

 正直すぎる、強すぎる照の言葉だから、嘘が無いことがはっきりとわかって。

 

 

 「一人で……背負いすぎないで。後ろの2人も、心強い、仲間だから」

 

 「ありがとうございます」

 

 照が、ゆっくり手を離した。

 震えはもう、止まっていた。

 

 その状態を確認した照が少しだけ笑った。

 そしてゆっくりと立ち去ろうとする照だったが、何かを思い出したようにこちらを振り返ってきて、尭深の目を見る。

 

 尭深にとって、それは今までみたこともないような、照の表情で。

 

 

 「あ、あとね」

 

 「?」

 

 「これが、アドバイスになるかはわからないけど……」

 

 

 

 

 

 ――――能力に頼り過ぎない麻雀も、結構楽しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩成高校控室。

 

 「新子憧!ただいま戻りました!」

 

 「アコ!おつかれ!」

 

 中堅戦で粘りをみせた晩成のルーキーの帰還を、チームメイトが笑顔で出迎える。

 憧のここまでの成績は悪くない。あの関西最強の2人を相手どって前半戦をプラスにして帰ってきたのだ。快挙と言っても差し支えないだろう。

 

 「いい感じじゃないか憧!流石だよ!」

 

 「由華先輩痛い!痛いですって!」

 

 バシバシと背中を笑顔で叩いてくる由華。

 そのいつも通りな歓迎に苦笑しながら、憧は疲労を回復すべく、ソファに腰掛けた。

 

 「いやでも守りの化身も打点女王もヤバすぎ!愛宕洋榎マジで怖いんですけど!あの人手牌透けて見えてませんか?!」

 

 「最後の和了りも……まるで切る牌をわかっているかのような感じでしたね……」

 

 憧の心からの叫びに、紀子も同意する。

 あの3s狙い打ちは、あの対局を見ていた全員を震撼させただろう。

 

 「まあ、アイツならあれくらいやってきておかしくないわ。でもね、結果だけ見れば洋榎はマイナス。憧、あなたが勝ってるのよ。前向きになりなさい」

 

 「そーだぞアコ!すごいじゃんか!」

 

 「あははーありがと……」

 

 初瀬から手渡された冷えピタシートをおでこに貼って、酷使した脳をクールダウンさせる。

 

 「セーラにあまり何回も和了られたくはないけれど……副将戦、大将戦の相性を考えたら、やはり沈めておきたいのは姫松よ。このまま洋榎を大人しく済ませるのがベスト」

 

 「……かといって、江口セーラにバカスカ和了られるわけにもいきませんよね……難しいですね」

 

 由華も厳しい表情で考察する。

 洋榎を勢いづかせてしまえば、副将、大将から点数を搾り取るのは難しい。

 なるべく洋榎にはこのままツモで削られてもらうのが一番だ。

 

 「洋榎最高に配牌悪かったからね……まあ日頃の行いが悪いからよ。ざまあみなさい」

 

 「悪い笑み出てますよやえ先輩……」

 

 ふふふと笑うやえの姿に、紀子も思わず引き気味だ。

 かつての親友といえども、今はまごうことなき敵。そのまま沈んでくれるなら、それで構わない。

 

 「憧、後半戦も基本的に同じスタンスでいいわ。セーラの大きな和了はできるだけ減らす。また洋榎の下家になるとは限らないけれど、そうでなくとも、得意の仕掛けは積極的に行って。……渋谷尭深については……まあ、あまり想像したく無いけれど、最悪のパターンになったら、昨日打ち合わせた通りにね。……じゃあ、あなたの持ち味を、存分に活かしてきなさい」

 

 「もっちろん!当然です!」

 

 憧がゆっくりと起き上がり、親指を立ててグーサイン。

 笑顔でOKサインを返してくれたやえを見て、そして後ろに振り返る。

 

 そこには、初瀬と強引に肩を組んだ由華と、紀子も笑顔で憧を見守っていて。

 

 

 「そうだぞ憧。私達はどんな時も、倒れるなら前のめりに、だ」

 

 皆の獰猛な笑み。

 だけどこれが、晩成なんだ、と強く感じられて。

 

 晩成の魂を持った若き戦士が、激戦の戦場にもう一度向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな対局室に、階段を上る音がする。

 その音を聞いて、少しの間目を閉じていた尭深がゆっくりとその目を開いた。

 

 「……おろ……心は折ったはずやったんやけどな。まだやれるんか」

 

 「……」

 

 上ってきた常勝軍団のエースに対して、尭深は無言で貫き通す。

 もう、恐怖はない。自分にやれることを、全力で。

 

 もう、尭深の瞳に恐怖の色はない。

 

 「……おもろそうやないか」

 

 その瞳を見て、洋榎も口角を歪ませた。

 それでこそ面白い。戦う気が無い人間のいる決勝など、つまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、お待たせしました!ついにインターハイ団体決勝も折り返し!中堅後半戦が始まろうとしています!』

 

 『4校にとって、大事な中堅戦だけど……白糸台は、早くも踏ん張りどころだねい。火力お化けがいるだけに……下手をすれば、勝負が決まりかねない』

 

 『……!それほどですか。4校がどのような対策を練って後半戦に挑んできたのか。注目しましょう!間もなく、中堅後半戦です!』

 

 

 

 

 中堅戦のメンバーがそろった。

 4人が卓を囲んで、立っている。

 

 卓には、4枚の牌が裏側で並んでいる。

 

 

 席決めに基本ルールはない。

 ただ、暗黙の了解で、現在ラス目のチームの選手が最初に席決めの牌を取ることが多い。

 

 そして、現在のラス目は……白糸台高校だ。

 

 渋谷尭深が、ゆっくりと、一番端の牌に手を伸ばす。

 

 人差し指で牌の端を軽く押す。

 それだけで、牌は綺麗にひっくり返った。

 

 出てきた文字は……。

 

 

 

 

 「北」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ……!!」

 

 「……」

 

 「……へえ」

 

 

 憧が驚きに目を見開き、洋榎が目を細めて、セーラが口角を歪めた。

 

 

 尭深が、ゆっくりとその顔を上げる。

 

 

 

 この後半戦。

 渋谷尭深は……北家だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅後半戦―――――開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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