ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第146局 強者の戦術

 

 洋榎の満貫ツモで、中堅後半戦は幕を開けた。

 大きな手を作ってリーチと打って出たセーラと、その高打点をリスク承知でかわしに行った憧。

 そして前半戦とは明らかに違うスタイルで打ってきた尭深。

 

 それら全員の手を読みつつ、洋榎が安全に満貫を成就させてみせた。

 

 東1局の内容を振り返って、洋榎は確かな手応えを感じている。

 

 

 (前半戦よりはまともな配牌が来てくれるっちゅうことでええんやろな~)

 

 さしもの洋榎といえども、配牌がずっと悪くては戦いにくいことこの上ない。

 ふふ~んと鼻を鳴らす洋榎の表情は明るかった。

 

 

 

 東2局 親 憧

 

 洋榎 配牌 ドラ{五}

 {①⑧1457二九南西白白中} ツモ{東}

 

 

 (……あ?)

 

 ただし、明るかったのは一瞬だけだった。

 

 

 『さあ満貫の和了で点差を広げた愛宕洋榎選手!……しかしこの局は随分とまた配牌がひどいですね……』

 

 『あはははは!!ポーカーフェイスするつもりねーじゃん!めちゃくちゃイライラしてるでしょあのコ!』

 

 『ど、どうなんでしょうか……しかし厳しいですね。{二}あたりを打って、国士無双や染め手を狙うのがセオリーですか?』

 

 『ん~知らんし。けどまあ……普通ならそうしそうだよねえ』

 

 

 もう一つ字牌が重なれば、確かに索子の染め手は狙えるかもしれない。

 一応国士無双の線も見て、針生アナの言う通り、{二}あたりを切っていくのが一般的に見える手牌。

 

 洋榎は不愉快そうな表情を隠そうともせずに、親である憧の捨て牌を見た。

 憧の一打目は、{中}。

 

 (……)

 

 洋榎は少しだけ時間を使ってから、一打目を切り出す。

 

 その牌は、{5}。

 

 

 『{5}ですか……!染め手もというより、普通に和了るのはもう難しくなるような一打ですが……和了るなら国士だけということですかね?』

 

 『ん~わっかんねー。けどその前提がそもそも違うんじゃねえの?』

 

 『前提、ですか?』

 

 咏の言葉の意味が分からず、針生アナはもう一度モニターに視線を移す。

 そこには、無表情で理牌の位置を変える洋榎の姿があった。

 

 

 

 

 5巡目 憧 手牌

 {④⑥⑧224568三三赤五東} ツモ{③}

 

 (いい感じ……にしても守りの化身の捨て牌……)

 

 憧がチラリと洋榎の捨て牌を見る。

 

 洋榎 捨牌

 {54二九}

 

 (索子の両面手出し、かと思えば、今度は萬子手出しで、{九}も切ってきたから国士も考えにくい……あるとしたら筒子だけど……あの愛宕洋榎が索子の両面切り出して筒子の染め手をするの……?)

 

 違和感がぬぐえない。

 愛宕洋榎は守備力もある程度保証される混一はむしろ得意としている部類だが、それでも無茶な仕掛けはほぼしない。

 遠い仕掛けをするくらいならじっくりと面前で攻めるタイプだ。

 

 それが、こうも安直に染め手を打ってくるだろうか……?あとあるとしたら七対子か国士か……。

 と、そこまで考えて、しかしあまりそこに思考を割き過ぎても仕方がないと憧は思考を切り替える。

 

 憧の手牌は順調に育っているのだ。

 悩ましいのはこれが親番であるということだが、憧は他家からリーチがかからない限り、ある程度手は作る予定。

 {赤五}があるおかげで、打点が保証されているのが大きい。

 自分の点数を確保するためにも、親番はきっちりと使う。それが憧の出した結論。

 

 (オーラス、また渋谷尭深が和了れるとも限らないしねー……このメンツ相手だと渋谷もしんどそう)

 

 視線の先には白糸台の中堅、渋谷尭深がいる。

 恐ろしい爆弾を抱えていることは間違いないが、今日の相手はその爆弾を着火させてくれない相手だ。

 厳しい戦いは覚悟の上だろう。

 

 そして渋谷尭深も、後半戦は攻め方を変えてきているように見える。

 

 ぐるりと周りを一瞬で見渡して、憧は{東}を切り出した。

 ダブ東はもういらない。タンヤオ平和にマックスの受け入れ。

 

 晩成の、やえの教え。『攻める姿勢』だ。

 

 (負けられないっ!)

 

 

 やる気十分の憧の捨て牌を受けて、洋榎のツモ番。

 

 5巡目 洋榎 手牌

 {①③⑧17五東南西西白白中} ツモ{四}

 

 

 『さあ愛宕洋榎選手、先ほど持ってきたドラにくっつきましたが……あれ』

 

 針生アナが実況する間もなく、持ってきた{四}を洋榎はノータイムで河に放つ。

 

 『すぐ切ってしまいましたね……{白}も鳴かず、先ほどは{九}も切ってしまいましたし……』

 

 『まあ、ここまでくればもう明白だね~知らんけど』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咏の解説を、とある一室で2人組がソファに腰掛けて聞いていた。

 

 「配牌オリ、だな」

 

 「……配牌オリ、デスか?」

 

 臨海女子の2人、辻垣内智葉とメガンは、高校の中にある麻雀部保有の一室を使って、決勝戦の映像を眺めている。

 

 メガンの今日3つ目のカップラーメンが勢いよくたいらげられていく光景に若干辟易しながら、智葉はもう一度洋榎の手牌を眺めた。

 

 「……愛宕洋榎はあの手牌を見て、『この手は和了らない』と決めた」

 

 「えー何があってもデスか?」

 

 「ああ」

 

 所謂『配牌オリ』。配牌をもらった時点で、この局の和了りをほぼ放棄するこの戦法を取り入れている高校生雀士は、ほとんどの場合、姫松のメンバーだけだろう。

 もっと言えば、プロになればほとんどこんなことをしている打ち手はいない。

 

 そもそもこの世界の麻雀という競技は、和了りに直結するシーンや、守備面でも当たり牌のビタ止めにフォーカスが当たりがちな側面があるため、このような最初から和了りを諦める、派手さもなければ面白みもあまりないような行為は取り上げられにくいのが事実。

 

 しかし知る人は知っている、この戦術が“強い”ことを。

 

 「でも、どーせ守りの化身は普通に進めてても振り込まないデスし、和了りに向かった方が得では?」

 

 「……ヤツは能力持ちではない」

 

 「……ほぼ能力持ちデスよあんなの」

 

 神業ともとれる放銃回避の数々。

 あまりにも精度の高い読み。

 

 それを能力だと言ってしまいたくなるメガンの気持ちは、よくわかる。

 

 「ヤツはあらゆる状況に対応しようとしている。河にただ危険牌を並べているわけではない」

 

 「どういうことデス?」

 

 『配牌オリ』は、文字通り配牌からオリを選択する戦術。

 なので最初から危険牌になりそうな中張牌をかたっぱしから切っていけば良いような気がしてしまうが、実はそうではない。

 

 「……ヤツの捨て牌。最初こそ索子の中張牌の両面を払ったが、その後は{二九}と手出しを入れて、この{四}も即ツモ切りしている」

 

 「そうデスね」

 

 「ただ中張牌の危険牌を先に処理するだけなら、{九}よりも手の内に残っている{7}を処理した方が良いと思わないか?」

 

 「まあ、確か二……」

 

 「ヤツはこの3巡で周りの河を見て感じ取った。ドラ色の萬子が高く、索子が安いこと。中でも江口と渋谷の捨て牌に早い段階で{8}が切られており、孤立牌だった可能性が高い。故に、{7}よりも{九}の方が危険度が高い。そう感じたんだ」

 

 「なるホド……しかしそこまで徹底する必要があるんデスかね……」

 

 ロジックを聞けば、メガンもなるほどそういうことか、と理解することはできる。

 しかし聞けば聞くほど、「そこまでやらなくてもいいのでは」と思わざるをえない。

 

 なにせ愛宕洋榎は読みの達人で、ある程度当たり牌にあたりをつけられるから。

 万全の状態にするよりも、少しでも和了れる可能性を残したほうが良いのではと思ってしまう。

 

 「そこまでするさ。それが彼女が『守りの化身』たる所以。いかに彼女が防御に優れているからといって、2巡目にかかったリーチの当たり牌を一点読みすることなど不可能だ。だからこそ、全員の現物を用意する。ほぼ配牌と変わらないリーチを読み切ることが不可能でも、巡目が進めば、河にあらゆる要素が増えてくる。 そうなってしまえば、彼女が放銃することはほぼない」

 

 「それはそうデスが……」

 

 智葉の解説を聞いて、理解はできても納得ができないメガン。

 最初から和了りを放棄するくらいなら、無理やりにでも盤面を歪めて和了りを勝ち取ってやろうと思ってしまう。

 

 そして、事実それができてしまう人間が、この世界には多すぎる。

 

 「ああ、そうだ。去年倉橋と会った時、姫松の麻雀部としての方針を聞いたら、こう言っていたよ」

 

 「?」

 

 「“常に最善を尽くすこと”だそうだ」

 

 そう言い終えると、智葉は楽しそうにティーカップを傾ける。

 

 いったい何が楽しいのかわからないまま、メガンはもう一度モニターに視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8巡目 憧 手牌

 {③④⑥⑧22456三三赤五七} ツモ{⑦}

 

 (よしっ!一向聴!)

 

 目一杯に受けていた憧の手牌が、また進む。

 これでタンピン赤ドラの一向聴になった。

 

 (守りの化身は受け気味、この手はできれば面前でリーチと打って出たい!)

 

 鳴きが主流になってしまっているせいでなかなかリーチ数が伸びない憧だが、憧だってリーチが有利な時もあることは心得ている。

 タンピン赤の両面両面一向聴で早い段階で鳴いたりするくらいなら、数巡待って面前でリーチを打つ。

 

 しかも大きいのは今が渋谷尭深と同卓している親番だということ。

 あまり安い点数で連荘はしたくない。

 

 赤を絶対に使い切る前提で、憧は{三}を切り出した。

 

 そして次巡、セーラから出てきた牌に、憧は息を呑む。

 

 {六}だ。

 

 

 

 「……ッ!チー!」

 

 一瞬ためらったが、憧の決断は早かった。

 素早く手牌から{赤五七}を晒し、{三}を切り出す。

 

 (ダメダメ……!ここはインターハイ団体決勝なんだ……!少しでも隙を見せたら……()られる……!)

 

 5800の聴牌は渋谷尭深がいることを考慮するとあまり歓迎できない。

 が、これをスルーして和了れるほど、周りの連中は甘くない。

 

 憧はもう一度、恐る恐るセーラの捨て牌を見た。

 

 当たり前かのように感じる、高打点の匂い。

 

 親被りを食らってセーラとの点差が離れる方が問題なのだ。

 

 

 

 

 その憧の下した判断に、セーラが笑みを浮かべた。

 

 (へえ……)

 

 

 セーラ 手牌

 {七七八九九南南北北北発発中}

 

 

 

 『晩成高校新子憧選手!ここは鳴きを選択しました!』

 

 『普段なら鳴く一手なんだろーケド……。この卓はちょっと事情が違うからねい。ためらうのも無理はないよねえ。知らんけど!』

 

 『しかしこれは好判断なんじゃないですか?渋谷選手も、江口選手も一向聴なわけですし』

 

 『いやー知らんし!ただまあ、鳴かないで後悔するよりは良かったんじゃねーかなって思うわな!』

 

 

 

 憧の仕掛け、セーラと尭深の捨て牌。

 それら全てを見て、洋榎はゆっくりと捨て牌を選ぶ。

 

 この後変化するかもしれない状況全てに、対応できるように。

 

 

 

 

 

 10巡目。

 

 「リーチ!」

 

 セーラが高らかに宣言して、牌を卓に叩きつける。

 

 しかしその牌は、憧に通らない。

 

 

 「ロン!5800!」

 

 「っかあ~!通らんか~!」

 

 

 憧 手牌

 {③④⑥⑦⑧22456} {横六赤五七} ロン{②}

 

 

 『晩成高校新子憧選手!競っている千里山女子の江口選手から和了りを勝ち取りました!』

 

 『いやー粘り強いよねい!ルーキーとは思えない働きじゃねえの!知らんけど!』

 

  

 セーラはあっけらかんと憧に点棒を渡した。

 この程度の放銃、セーラにとっては何も問題がない。

 

 一度の和了りで十分巻き返しが利く放銃だ。

 

 

 一度深呼吸したのち、憧は渡された点棒を握りしめて、対面に座る尭深を見ながら、静かに百点棒を右端に置いた。

 

 連荘は怖い。

 けれど、怖がってばかりもいられない。

 

 自分は自分の方法で、晩成優勝への道を切り開くのだ。

 

 

 

 

 


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