ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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前回の後書きで紹介した動画、けっこうな人に見ていただけたようで、ありがとうございます!まだ見てない人は良かったら見てみてくださいな。





第148局 連荘の意志

 姫松高校控室。

 

 

 「初手{赤⑤}切り!?なにを考えとるんや渋谷は……?」

 

 「とっても変なのよ~……」

 

 中堅後半戦もついに佳境を迎えていた。

 東4局を迎え、親は白糸台高校の渋谷尭深。

 

 もうここから先は何か洋榎に伝えたいことができたとしても伝える方法はなく、彼女に頑張ってもらうしかないのはわかっているのだが、それでも恭子は考えることをやめなかった。

 ここまでの渋谷尭深の第一打は{③④白白中}。そして今回の{赤⑤}。

 この局、親の尭深の手には三元牌がある。

 

 今までなら南4局での大三元を狙うべく確実に三元牌を切り出していたはず。

 しかし彼女はそれをしなかった。

 

 「この{赤⑤}切りで、1面子が確定したね、渋谷さん」

 

 「せやな。せやけど今まで渋谷がメンツにこだわったことなんてない。基本三元牌、無ければ字牌。それもなかったらどれか一種類の牌。それが今回むしろ筒子をより多く切っているような感じや。天和でも狙ってるんか……?」

 

 多恵の隣で、恭子は尚も思考に耽る。

 渋谷尭深の意図がつかめない。彼女が初めて座った北家の席で、最後に何を為そうとしているのかがわからない。

 

 「けど、もうこうなったら部長を信じるしかないってことですよね!」

 

 「その通りなのよ~!」

 

 「漫ちゃん良い事言うね!」

 

 もう後は願うしかない。

 オーラス、もし渋谷尭深が役満を和了したとすれば、その後どんな展開が待ち受けているのか、あまり想像したくない。

 連荘、そして次局の配牌が、通常のものとはとても思えないから。

 

 頑張れー、と応援するチームメイト達の後ろで、あまり考えすぎても良くないか、と恭子は切り替える。

 

 (洋榎はやってくれるはずや。今までの、ウチらの3年間の努力が、無駄だったはずがないんやから)

 

 こうしてチームメイト3人の姿を後ろから見て切に思う。

 私達は、優勝するための全ての努力をしてきた、と。

 

 そう思って、恭子は自分の握りしめた拳にうっすらと汗が滲んでいるのに気付く。

 

 当たり前だ。大将の恭子に、姫松最後の命運が乗っかっているのだから。

 しかし意外なことに、恭子に焦りや不安のようなものは無かった。

 

 

 (洋榎。必ずトップで帰ってこい。したら後はウチと由子で必ず繋いで、優勝する)

 

 

 

 ふと、多恵が後ろを振り返り、腕を組む恭子を見やれば。

 

 

 

 恭子の目には、紛れもなく覚悟の炎が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 親 尭深

 

 2巡目 尭深 手牌 ドラ{7}

 {①124599二白白発発東} ツモ{①}

 

 

 

 『さあ、この手牌から{赤⑤}を切っていった渋谷選手!かなり意外な一打になりましたね』

 

 『……いや、そうでもねーんじゃねえの?』

 

 『え、しかし2つ役牌があるわけですから、混一に縛らなくとも、2つ鳴いて赤が使えれば少なくとも5800……是が非でも連荘したい渋谷選手としては、この中張牌はあまり手放さない方がよさそうに見えますが』

 

 『赤を使える保証はないし、手の形的にはもう一気に混一行っちゃった方が良さそうってのと、あとはまあ……あのコなりの考えって感じかねえ……知らんけど!』

 

 『考え……ですか、よくわかりませんが、とりあえず納得しておきます。と、いうことは渋谷選手はこれどんどん鳴いていく形になりますかね?』

 

 『まーそーだろーな。その点で言うならば……残念だけど』

 

 咏が目を少しだけ細めて言葉を止める。

 

 その視線の先には、一人の雀士。

 

 

 『本当に鳴く気なら、残念だけど、そこは“死に場所”だぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 4巡目。

 

 「ポン」

 

 尭深の声に反応して、憧の肩が一瞬跳ねる。

 

 自らが切った{白}を、対面の物静かな少女がゆっくりとした動作で拾っていった。

 

 (渋谷の捨て牌……)

 

 

 尭深 捨て牌

 {赤⑤①①二}

 

 

 実に派手な捨て牌。一片のためらいもなく、渋谷尭深が染め手に向かっていることがわかる捨て牌だ。

 

 (おそらくどうしても連荘したいだろうこの親番で、初手で{赤⑤}切り……マジでオーラスヤバいこと狙ってそうね……)

 

 この局の開幕で尭深は{赤⑤}を切ってきた。

 それはつまり、自分の手でこの局{赤⑤}を使うよりも、オーラスに{赤⑤}があることを優先したということ。

 

 (これで渋谷はオーラス{③④赤⑤}のメンツ確定……か。それ自体にどんだけ意味があるのかはわからないケド……)

 

 現状憧の目線から尭深の狙いは読めていない。

 単にメンツ手を狙っているというだけなら今までの三元牌切りが謎すぎる。

 

 あらゆる可能性を模索しながら、一旦冷静になって憧は自分の手牌を見た。

 

 

 憧 手牌

 {④⑤⑦3赤5688二三四五七}

 

 

 (でもま、この局は連荘させない……)

 

 絶好の手牌。憧にとっては得意なタンヤオ仕掛けができる手牌。

 尭深が染め手に向かっているのは明確で、速度が伴っているとは考えにくい。

 

 (私の方が早く聴牌できるはず)

 

 この局は絶対に連荘させてはならない。

 尭深のやっていることの目的がわからないからこそ、この局の連荘を阻止する意味は大きい。

 

 多少いつもよりも鳴きのハードルを下げてでも憧は止めに行くつもりだった。

 

 

 

 

 

 6巡目 洋榎 手牌

 {⑥⑦⑧⑨⑨378三五七九東} ツモ{発}

 

 

 『愛宕洋榎選手生牌の{発}を持ってきましたが……』

 

 『ま、切らんだろうねい。そもそも自分の手牌も大して良くない。索子はほとんど切るつもりねえんじゃねえの?』

 

 『確かにこの形から真っすぐ字牌を切りだしていく愛宕選手はあまり想像ができませんね』

 

 

 実況解説の2人の読み通り、洋榎はゆっくりと{三}を切り出した。

 

 (絞るの別に好きでもなんでもないねんけどな~めんどいし)

 

 相も変わらず、洋榎はつまらなさそうに右端の牌を小手返しで1つ左へと移動させた。

 

 洋榎だって自分が行けそうな手牌の時は押していく。

 今回はそのバランスを見て、自分の手牌に価値が無いと判断した故の絞りだ。

 

 その捨てられた牌を一瞥してから、親の尭深は山へと手を伸ばす。

 

 この上家に座る打ち手から鳴けないことは百も承知。

 それでも尭深にはこの手を絶対に和了らなければいけない理由がある。

 

 (連荘……しなきゃ)

 

 前半戦で失った点棒を取り戻すため。

 チームを勝利に導くため。

 

 勝利へ近づく最大の果実を、この手中に収めるため。

 

 

 

 8巡目 尭深 手牌

 {1234599発発東} {白横白白} ツモ{②}

 

 尭深の手は順調に進んでいた。

 洋榎からキツイ絞りを受けているのにも関わらずここまで手牌が進んだのは、急所である{3}を自力で引き入れることに成功したからに他ならない。

 できれば{発}を鳴いて四翻を確定させたいところだが、このメンツが相手ではそうも言っていられないだろう。

 

 対面の憧は一つ鳴きをいれて聴牌濃厚。

 最悪{36}が入ってのシャンポン聴牌でも良いから早く聴牌がしたいというのが尭深の本心だった。

 

 

 同巡 憧 手牌

 {④⑤⑥88二三四五七} {横4赤56} ツモ{9}

 

 (嫌な牌……まだ渋谷の手から索子が出ていないから聴牌してるとは考えにくいけど……生牌のこの{9}はポンされる可能性が高い牌……)

 

 憧の手牌にやってきたのは、自分の手には全く必要のない{9}。

 自分が聴牌であることを鑑みても、ここは切る一手ではあるのだが、尭深が親番である、という事実が憧の判断を揺らがせる。

 

 (それでも……自分の手で流すって決めたんだから……!当たり牌濃厚な牌まではいく!)

 

 憧が{9}を切り出した。

 

 

 「ポン」

 

 憧の指先が牌から離れるより早く。

 対面の尭深から声がかかる。

 

 (やっぱか……!こっから先は索子も牌によっては止めなきゃいけない……!)

 

 これで2副露。尭深から出てきたのは{東}。

 聴牌も十分にあり得る。

 

 

 ここまで尭深の副露はどちらも憧から。

 つまり対面から鳴いている。

 

 そうすると1人、少しだけ得する人物が出てくる。

 

 

 

 「ぎょーさんツモ番回ってきてくれて嬉しいわあ~」

 

 

 尭深の下家に座るセーラが、ギロリ、と尭深の方を見やった。

 

 

 「……俺は日和らんで」

 

 勢いよく右手を上げたセーラが、河に1枚の牌を横向きに投げ捨てる。

 それはこの中堅戦何度も見てきた、打点女王からの『勝負の宣言』に他ならない。

 

 

 「リーチや」

 

 セーラによって曲げられた牌から吹き荒れる緊張感。

 

 一見表情を変えない尭深だったが、その背にははっきりと冷や汗が流れていた。

 

 

 『ここでリーチに打って出ました千里山女子の江口セーラ!このリーチは他家からしたら相当脅威に映るんじゃないですか?!』

 

 『いやー間違いないだろーねい!にしてもやっぱりこのコの胆力、ほんと見習いたいよ!ダマでも十分打点はあるのに、リーチを選ぶっつーのが良いよねい!』

 

 セーラの手牌はダマでももちろん役が確定しているし、打点もそこそこある。

 が、セーラはそれで満足しない。

 

 自分の育てた手牌を考え得る最高の打点で和了らないと満足しない。

 

 それがセーラのポリシー。

 彼女が『打点女王』と呼ばれる所以。

 

 打点に対して絶対に妥協しないという意志。

 

 憧と洋榎が牌を切りだして、ツモ番は尭深へと回ってくる。

 

 徐々に上がってきた心拍数を気にしまいと、小さく呼吸をしてから、彼女は山へと手を伸ばした。

 

 そして持ってきた牌を見て……。

 彼女はその目を見開いた。

 

 

 同巡 尭深 手牌

 {12345発発} {9横99} {白横白白} ツモ{赤⑤}

 

 

 ダブル無スジだ。

 

 

 『き、厳しい牌を引かされましたね渋谷選手……!』

 

 『これもまた麻雀だよなあ……ま、今は雀頭になってる{発}が安牌として機能する。そこらへんで回るのはアリなんじゃねえの?これで振り込んだらリーチ一発赤確定。んで相手はあの打点女王。最低でも倍満くらい覚悟しねえと打てないだろ。知らんけど』

 

 

 尭深の手が止まる。

 

 咏が言ったように、これで打った時のダメージは計り知れないだろう。

 正直に言えば、これを一発で切り出す価値がこの手牌にあるとは思えない。

 

 これが、親番でなければ。

 

 

 尭深の額に汗が流れる。

 右端に置いた{赤⑤}をじっと見つめて、彼女は思考を繰り返している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白糸台高校控室。

 

 「尭深、迷っているな」

 

 「……そうだね」

 

 ソファに座っている照の後ろ。

 次鋒の菫が腕を組んで後輩の闘牌を見守っている。

 

 「尭深は連荘したいだろうが……一発目に{赤⑤}とはな……あの打点女王のリーチに切るのは余りにも怖い」

 

 「えーそうですかー?私ならそっこーで切っちゃうけどなー」

 

 菫の言葉に答えたのは、照ではなくその横に座る少女……大将の大星淡だった。

 

 「たっかみー先輩の能力なら、連荘にはそーとーな意味があるしー。私がたっかみー先輩の能力であそこ座ってたら、即切っちゃうけどなー」

 

 「まあ、お前の考えはわからなくはないさ」

 

 理屈はわかる。

 自分の和了りも十分に見えるのだから、連荘を優先すべき。

 

 そして淡はこうも思っていた。

 

 『別に放銃したって、オーラスでなんとかすればいいじゃん』と。

 

 その考え自体は間違っていない。

 オーラスに強みがある尭深なら、この局で手痛い放銃に回ってしまったとしても、今回はオーラスの親番がある。

 

 

 「ぜーんぶオーラスでやっつけちゃえばいいと思うけどなー!」

 

 照の肩に寄り掛かって、虚空に拳を突き出す淡。

 不遜な言い方に見える淡の発言だが、裏を返せばオーラス親番を持っている尭深の強さを知っているからこそ出る発言とも言えた。

 

 

 「でもね、淡」

 

 「んー?」

 

 そんな淡の方を向いて、照が無表情で言葉を紡ぐ。

 

 

 「押すにしても、引くにしても。その答えにたどり着くまでにどれだけたくさんのことを考えるかは、きっと尭深にとって、大きな意味があると思う」

 

 「照……」

 

 今も尚打牌選択に困っている尭深を見ながら照が発した言葉に、後ろに立っている菫は少なからず驚いていた。

 

 照は知った。

 

 何千、何万という局を重ね、その度に経験と知識を積むことの強さを。

 自分の麻雀を形作るのに、測り知れない時間を費やしてきた打ち手のことを。

 

 

 「だから、悩んで悩んで……それで前に進んで欲しいかな」

 

 「……ふ~ん」

 

 そんな照の視線の先に、自分も良く知る一人の打ち手が見えた気がして。

 

 淡はつまらなさそうに足をフラフラと揺らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間にして、30秒ほど。

 

 しかしこの静寂に満ちた空間においては、その時間は5分にも10分にも思えた。

 

 ゆっくりと息を吐いた尭深が選んだ牌。

 

 尭深にしては珍しく、パチン、と音を立てて河に並んだ牌。

 

 それは奇しくも彼女がこの局1打目に河に放った牌と同じ。

 

 {赤⑤}だった。

 

 

 『押しました!!渋谷選手ここは押しの選択です!』

 

 『……ちょっと勘違いしてたかもしれないねい。このコのこと。ここで押す勇気があるなら……まだまだこの中堅戦、どう転ぶかわかんねえなあ』

 

 『相当怖い牌だったとは思いますが!チームの想いも背負って渋谷選手、ここは強気の選択です!』

 

 『んで麻雀ってのは面白いもんよな』

 

 

 実況に熱がこもる針生アナをよそに、咏は興味深そうにモニターを見つめる。

 

 

 

 10巡目 江口セーラ 手牌

 {②③④234二三四赤五六八八} ツモ{6}

 

 

 セーラが小さく舌打ちしたことを、対局者の誰も気づかない。

 辛うじて対面に座る洋榎だけが、表情を歪めたことに気が付いたくらいか。

 

 

 

 『待ちの枚数で負けてても、勝てたりするんだよなあ。知らんけど!』

 

 

 

 

 「ロン」

 

 尭深 手牌

 {12345発発} {9横99} {白横白白} ロン {6}

 

 

 

 

 「5800」

 

 

 『決まった!渋谷選手値千金の5800の和了り!これで連荘の権利を得ました!!』

 

 『いやー面白くなってきたんじゃねえの?!中堅戦は、まだまだこれからみたいだぜい』

 

 

 

 

 百点棒が尭深の横に置かれる。

 連荘を示す黒い棒。

 

 それがそっと置かれて新しい山が上がってきたその時。

 

 

 

 

 「おもしれーじゃねえか」

 

 

 

 

 今まさに放銃に回ったはずの少女は。

 

 獰猛に、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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