ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第150局 晩成の新子憧

 『き、決まった!!決まってしまいました!!打点女王の真骨頂!まさかまさかの三倍満で千里山女子、江口セーラが一気に2着へと踊り出ました!!!』

 

 『えっぐ~……いやあんな{二}止まるわけねえよ。晩成のコは掴んじまったことを後悔こそすれ、打牌には後悔しなくて良いよ……つっても、本人はきっとこの放銃を忘れることはできねえかもしれねえが……』

 

 『あの河で{二}が当たるとは誰も思いませんよね……。手役作り、そして河まで作りきった江口選手を賞賛すべきですね!』

 

 『ああ、んでこれでついに南3局だ。残り2局。視聴者の皆も、トイレとか飲み物取りに行くのは2局終わった後でよろしくな~!』

 

 

 後半戦南2局に、転機は待っていた。

 

 ここまで順調に局回しを進められていた晩成の憧が、三倍満放銃。後半戦和了りが無かった江口セーラの打点が火を吹いた。

 

 

 

 「憧……」

 

 「……」

 

 ここ晩成の控室は、先ほどの放銃で部屋は静まり返っている。

 初瀬がぎゅう、と力強く自らのスカートを握りしめ、由華も悔しそうに歯噛みしていた。

 

 憧が{二}を掴んだ時点で、紀子や後ろに控えていた晩成の控えメンバー達はもう目を覆っていた。

 

 あの放銃は、避けようがない。

 憧のことをよく知るメンバーだからこそ、止まることは無いと確信してしまった。

 オリて、逃げ回ることだけが防御ではないと知っているから。

 自分の待ちの方が有利であることを理解してしまえるから。

 

 数十回に一度だけ当たるような牌で止まるほど、生半可な教えをしてきていないから。

 

 ただ、今回はそれが裏目に出てしまった。

 

 一撃で持っていかれた。

 晩成のメンバーは『江口セーラ』という打ち手にただただ恐怖した。

 

 あれだけコツコツと自分の役割を果たしていた憧から、たった一度の局で全てを奪い去ったのだから。

 

 打点に対する執念。それを和了りきる力。

 関西の四天王。自分たちが敬愛する小走やえと肩を並べる打ち手であることを、理解させられた。

 

 絶望に打ちひしがれる面々。

 

 しかし、中央に座って足を組むサイドテールの少女……王者小走やえだけは、目を逸らさずにモニターを真剣な表情で見つめていて。

 

 

 「憧、諦めるのは、まだ早いわよ」

 

 「……!」

 

 そうだ。まだ中堅戦は終わっちゃいない。

 親は落ちてしまったが、残り2局ある。そして何より、最後にはバケモノじみた力を使ってくる親まで残っている。

 

 ここで挫けてはダメなのだ。

 

 「憧……!」

 

 初瀬が拳を握る力が、より一層強くなる。

 わずかに震え、その目は大きく見開かれたまま。

 

 それを見て、周りのメンバーも気持ちを切り替えた。

 そうだ。まだ終わっちゃいない。

 

 戦っている憧が局を投げだすわけにいかないのに、私達が絶望していてどうする。

 

 

 戦え。晩成の戦士ならば。

 

 

 「憧……!頑張れ!」

 

 「私の代わりに入ってるんだ!まだ諦めるのは早い!」

 

 「いけ!憧!!」

 

 少しずつ士気を取り戻した晩成のメンバー。

 

 その雰囲気を感じながら、やえは表情を変えずに、モニターの中に映る憧を見つめ続ける。

 

 

 「最後まで、前を向き続けなさい。いつだって私達はそうしてきたでしょ」

 

 放った言葉は、決して憧には届かない。

 

 けれど、短くて長かったこの3ヶ月が、きっと憧に想いを届けてくれると信じているから。

 

 

 

 いつだって、そう。

 

 

 倒れるなら、前のめりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 親 洋榎

 

 

 点数状況を見た。

 

 ほんの数分前までは、点数を持った状態で、なんとかオーラスを乗り越えられれば、自分の役割クリア。

 あとは後ろの2人に任せよう。そういう展開だったはず。

 

 それが今、どうなっている?

 

 

 

 点数状況

 

 1位  姫松  愛宕洋榎 117300

 2位 千里山 江口セーラ 107600

 3位  晩成   新子憧  90900

 4位 白糸台  渋谷尭深  84200

 

 

 一撃で差はひっくり返り、この中堅戦、ここまで頑張ってきた功績は一瞬で塵となった。

 

 (ははは……やっば……あたし、なにしてんだ……?)

 

 入学前、やえの姿を見て、この人の力になりたいと思った。

 頑張ってたくさん努力して、晩成に入って、レギュラーにまで選ばれた。

 

 自分と初瀬の力で、この人を優勝させるんだ、と息巻いた。

 

 晩成のチームメイト全員の想いを背負って、この場所に来た。

 やえが地獄のようなメンツに囲まれながら最後まで全力で打ち切って、点棒を持ち帰ってくれた。

 

 紀子も自分は主役じゃないから、と謙遜するが、彼女も由華と同じく並々ならない想いでこの大会に臨み、この決勝の舞台で素晴らしいバトンをつないでくれた。

 

 その晩成の命の点棒を、根こそぎ奪われた。

 

 一瞬だった。

 

 今切り替えるべき場面であることなど、わかっている。

 今自分のすべき行動が何であるかなど、わかっている。

 

 わかっている。

 

 

 (けど……ッ!!!)

 

 眩暈が収まらない。

 心臓がバクバクと音をたてているのがわかる。

 

 呼吸ができないほどに苦しい。

 

 手が……震える。

 

 自分が夢を終わらせてしまうかもしれない。

 その恐怖が、拭えない。

 

 当事者にしかわからない。

 どれだけの想いを背負っているかを、わかっているからこんなにも苦しいんだ。

 

 

 時間は待ってくれない。

 

 いつの間にやらもう次の局は始まっている。

 

 手牌は?鳴くべき場所は?……わからない。

 憧は明らかに狼狽していた。

 

 

 

 

 憧 配牌 ドラ{②}

 {②④④⑥⑨3467一一二北} ツモ{四}

 

 

 今最初のツモを持ってきてから何秒経った?

 早く、切り出さないと。

 

 

 

 憧の第一打は{北}。

 

 親の洋榎が、自分のツモに行く前に、ピクリと眉を寄せた。

 

 

 

 『新子選手、気持ちは切り替えられているでしょうか……』

 

 『……いや、第一打を見る限り、まだ切り替えられてはなさそうだねい。無理もない。この局中になんとか立て直して欲しいねい……』

 

 『先ほどは放銃に回ってしまいましたが、ここまでの功績は素晴らしいものでしたからね!まだ新子選手は1年生です!頑張って欲しいところですね……!』

 

 

 

 南3局 7巡目

 

 (早く、流さないと……!諦めるわけにはいかないんだから……)

 

 憧に前を向かせているのは、使命感だけ。

 晩成の戦士であるという誇りが、彼女をまだなんとか支えている。

 

 が、それはあくまでギリギリの場所で支えているだけ。

 

 前半戦や後半戦まで保っていた憧の鳴きのキレは、完全に失われていた。

 

 

 9巡目 憧 手牌 ドラ{②}

 {②④④⑥⑧⑧3467} {横三二四} ツモ{9}

 

 無理に埋めなくても良いカン{三}鳴き。

 ドラが使い切れるかもわからない愚形残りのまま、ここまで来てしまった。

 

 問題なのは憧の中の鳴きの基準がおかしくなってしまっていることに、憧自身が気付けていないこと。

 手の中に一つのメンツもないまま、目一杯に受けることなどこの中堅戦で一度もなかったのに、今は索子も両面とはいえいわゆる2度受けの形、筒子に至ってはカンチャンだらけ。

 防御力0。

 

 そしてそんな手が進まないまま局が進めばどうなるか。

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 「……!」

 

 

 打点女王のその発声に、身がすくんだ。

 

 同じような光景。一局前の衝撃が、憧の脳内にフラッシュバックする。

 

 この発声一つだけで、ギリギリの所で保っていた憧の体勢は、脆くも崩れ去る。

 

 安牌は1枚だけ。

 

 現物の{3}を怯えるように打ち出して、もう自身の手は終わり。

 

 

 ここからはひたすら逃げ回るのみ。

 

 (やだ……!負けられないのに……!これ以上、失えないのに……!)

 

 涙が出そうになる。

 そこまで悲観せずとも、ここまでこのメンツに対して十分戦っているのだが、先ほどの一撃は憧の精神に大きすぎるダメージを与えていた。

 

 それがなまじ、ここまで格上相手に十分すぎるほど立ち回れていたからこそ。

 

 

 しかし今のこの状態では、そもそもこのリーチに対して逃げ回れるかどうか……。

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 が、思わぬところからの発声で、憧は我に返る。

 

 

 

 

 洋榎 手牌 ドラ{②}

 {①②③⑥⑦45699五六七} ツモ{赤⑤}

 

 

 「お~赤やんラッキーやなあ。2600オールや」

 

 (そっち……?しかもなに?2600オールって……)

 

 セーラのリーチに怯える必要は無くなったものの、洋榎のこの和了りは憧からするとよくわからない。

 

 尭深以外の共通認識として、親の時は高い和了り以外は基本したくないはず。

 洋榎のこの手は元々平和赤1。リーチしなければ2900点。ツモっても3900点。

 

 高いとは言えない打点だ。

 それをダマに構えて、赤を持ってきたから2600オールになっていたものの、通常の{⑤⑧}を持ってきたり、はたまた他から出ていたらどうするつもりだったのだろうか。

 

 洋榎の手と、河を見比べて、思案する。

 

 

 

 

 と、その時。

 

 ピト、と憧の首筋に、冷たいなにかが当てられた。

 

 

 「きゃあああああ?!え、何?!」

 

 「ガハハ~!良い声で鳴くやんけえ。やっぱええなあ若いのは!」

 

 凍ったペットボトルを左手に構えた洋榎が、憧の顔をいつのまにやら覗き込んでいた。

 

 「いつまで経っても点棒渡してくれへんから、魂だけ抜けてどっか行ったんかと思ったで?」

 

 「あ、すすみません!」

 

 慌てて点箱を開けて、憧は洋榎に千点棒3本と、百点棒一本を取り出した。

 

 「見てみこれ。多恵が『今日は暑いから!冷凍ペットボトル持って行って!控室でキンキンに冷やしといたから!』って渡してくれたんやけどな?いや対局室冷房効いとるわ。全然溶けへんやんけ!こんなん飲めるかーい!!ってな」

 

 「はあ……」

 

 今度は全然五百点棒のお釣りをくれない洋榎に圧倒されながら、憧は洋榎の愚痴を聞いている。

 これ全国生放送してて良いのだろうか、と思いながら。

 

 「漫ちゃんが冷凍庫ブチ込んだらしいんやけどな?いや控室では冷やさんでええやろ。控室で日に当てて初めて丁度良い感じになるんやろがい。カッチンコッチンで飲めたもんちゃうわほんまに……あ、白糸台さんそのあっつあっつのお茶かしてくれへん?それかけたらちょおっとだけ溶ける気するんやけど」

 

 「無理」

 

 「あ、さいですか……」

 

 

 何を見せられてるんだろう。

 憧は宇宙を感じた。

 

 ようやく点箱から五百点棒を取り出した洋榎が、憧にポイ、と渡してくる。

 これで点棒の授受は完了だ。

 

 「ま、残った水でも飲み?また喉乾いてるんちゃう?……命が宿るかもしれへんで」

 

 「……は、はあ」

 

 よくわからない。

 この人とは2回も対局しているが、人をからかったり、心配したり、よくわからないという感想以外出てこない。

 ただわかるのは、麻雀というこの競技が異常に強いということだけ。

 そしてとても、楽しそうに打つということだけ。

 

 憧はとりあえず言われた通り、自分のペットボトルに入った水を飲むことにした。

 

 洋榎の指摘通り、相当喉は乾いていたようで、水はどんどんと憧の体内に入っていく。

 先ほど半分になったペットボトルは、すぐに空になった。

 

 「……んじゃ、サイコロ回すで~」

 

 のほほんと。

 楽しそうにサイコロを回す洋榎。

 

 その横顔を見ながら、憧は先ほど洋榎がふざけて話していた言葉を思い出した。

 

 

 『漫ちゃんが冷凍庫ブチ込んだらしいんやけどな?いや控室では冷やさんでええやろ』

 

 

 (漫……)

 

 姫松高校の次鋒。

 自分と同じ、1年生で姫松のレギュラーを勝ち取った、ライバル。

 

 合宿で見た時はわたわたと忙しない子だな、という印象だったのだが。

 大会で見た漫は、全く違う表情をしていて。

 

 そういえば先ほどの次鋒戦で、彼女は致命的ミスをした。

 

 チョンボ。多牌の反則。

 

 このインターハイの団体戦。その最後の親番。そして1年生という立場でチョンボをしてしまった彼女の心情は、察するに余りある。

 彼女がこの席で、どんな葛藤を抱え、そして戦い切ったのか。

 

 次鋒戦を見ながら、憧は素直に尊敬したのだ。

 涙を流しながら最善を尽くし続ける、姫松の次鋒、上重漫のことを。

 

 

 (そっか。漫は、もっと、辛かったんだよね)

 

 

 胸に手を当てる。

 目を閉じて精神を集中させた。

 

 

 ……あれだけうるさかった心臓の音は、もう聞こえない。

 

 

 (じゃあ、あたしは?このあと情けない打牌をし続けて、胸を張って晩成のレギュラーって言えるのかな)

 

 放銃を思い出す。

 きっと憧は、あのシーンが何度来ようとも、同じ選択をするだろう。

 

 だってそれが、憧が晩成で生きた証だから。

 

 

 

 (最後まで、戦うんだ!)

 

 

 憧の瞳に、再び、命が宿る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 1本場 親 洋榎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負は、一瞬。

 

 

 

 

 「ポン」

 

 

 「ポン」

 

 

 「チー」

 

 

 

 3度の発声。

 

 誰も追い付くことのできない、神速の域。

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 憧 手牌 ドラ{3}

{⑦⑧白白} {横234} {9横99} {横北北北} ロン{⑨}

 

 

 

 「2000は、2300」

 

 

 

 

 

 

 『決まった!!捨て牌はわずか3巡目まで!!驚異の鳴きで新子選手がトップの愛宕洋榎選手の親を流しました!!!』

 

 『おお~!良い感じに切り替えられたんじゃねえの?そうそう。なにも責任を背負う必要なんてねーんだ。きっと先輩達も、そんなこと願っちゃいないさ。君の長所は、その柔軟で攻撃的な、鋭い鳴きだよ。ま、知らんけど!』

 

 

 

 憧がパチン、と強く自分の頬を叩く。

 

 まだ終わりじゃない。

 

 むしろ、ここが最後の砦。

 

 

 

 

 

 ()が、やってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――秋が こうして かえって来た

 

 

 ――――両手をどんなに 大きく 大きく ひろげても抱えきれないほどに

 

 

 ――――こども達は言う 『赤いリンゴの夢を見た』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 収穫する者は、ゆっくりと、その巨大な果実に手を伸ばす。

 

 

 

 

 「ふぅ………」

 

 

 

 

 

 

 

 南4局(オーラス) 尭深 配牌

 

 {③④赤⑤⑥18白白白中中発発発} 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠の秋を、始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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