東4局 親 浩子
「ロン」
誠子 手牌 ドラ{③}
{③④99} {1横11} {中中横中} {横七赤五六} ロン{②}
「3900」
「はい」
『白糸台の亦野選手!3副露から見事和了りをものにしました!』
『いや~つってもロン和了りなのウケるねえ~』
『岡橋選手は真っすぐ行きましたね……自身の手の価値の方が高いと見ましたか』
『つっても普通ならこのコに対してはオリそうなもんだけどねえ……知らんけど!』
東4局は、初瀬が誠子への放銃で終わった。
通常、3副露入れた誠子に対してはあまり強い牌を切っていかない方がセオリーだが、初瀬にそんなものは関係ない。
親の浩子が、終わってしまったこの局の自分の手牌に目を落とす。
浩子 手牌
{345677889白白発発}
(良くも悪くも、晩成の1年にペース握られっぱなしやな……こっちの打点と速度が読めてた……っちゅうのは、流石に勘ぐり過ぎか?)
初瀬の手の内はわからないが、誠子が3副露入れてからの和了率は頭に入っているはず。
であれば、自分が相当和了りに近くない限り、この仕掛けに攻めていく必要はない。
初瀬は超攻撃的打ち手ではあるが、考え無しではない。
そんなことも理解できないようであれば、この舞台までは来れていないだろう。
と、するならば、この自分の親満確定聴牌を読めていた、と考えることもできる。
だが、浩子は早めにこの考えを捨てた。
今までのデータ通りであれば、初瀬は差し込みのようなことをするタイプではない。
そもそも差し込みであったとしても非効率的。自分の和了りを見たと考えるのが自然だろう。
(それが妙にかみ合ってんねんな)
結果的に、自分は勝負手を潰された。
初瀬の攻撃的麻雀には、どうにもペースを狂わされている。
(ま、私がやることは変わらへん)
勝負は南場へと移る。
サイコロを回し始めた由子の表情を見ながら、浩子は去年の秋のことを思い出していた。
千里山女子高校、屋上。
生徒の立ち入りが基本禁止されているこの場所で、一人の女性が電子タバコの電源を入れていた。
手元の電源ボタンを押せば、しばらくして振動する。それが、もう吸えるようになったことの合図だ。
「おばちゃん、流石に高校でタバコ吸うのはあかんやろ」
「んあ?」
曲がりなりにもこの高校の麻雀部で監督を務めている自分に、おばちゃんなんていう呼び方をできる人物を、愛宕雅枝は一人くらいしか知らない。
「それゆーたらここ生徒立ち入り禁止やで?」
「おばちゃんが上っていくん見えましたから……」
「おばちゃん言うな。ここでは監督や」
船久保浩子。
この高校の1年生にして、雅枝からすれば姪にあたるこの少女は、雅枝が監督を務める麻雀部に所属していた。
「……レギュラーって、ホンマですか?」
「なんや、辞退でも言いに来たんか?」
「いえ、そうじゃないですけど……」
今日の昼、新しい代のレギュラーメンバーが部室に貼りだされた。
その中に、確かに浩子の名前が記されていて。
まだレギュラー確定というわけではないが、これで練習試合を組んでいって、1軍のメンバーでたまに選手の入れ替えを行いながら、最終的なレギュラーが決まる。この段階で1軍に入れなかった者は、秋のレギュラーはほぼ絶望的だ。
1軍入りも期待薄かと思っていた浩子にしてみれば、この采配は意外でしかなかった。
だからこそ、浩子は監督である雅枝に確認したいことができた。
「千里山の目標は全国制覇、そうですよね?」
「当たり前や。なんやそんなこと確認しにきたんか?」
「監督から見て……いえ、言い方を変えます。愛宕雅枝から見て、私は姫松に勝てますか?」
「……」
浩子の目は、眼鏡に隠れて良く見えない。
が、雅枝は浩子の気持ちを的確に見抜いていた。
一つ、ため息をつく。
「ちゃうやろ、浩子。お前が言いたいんは、『自分が洋榎と多恵に勝てるのか』やろ」
「……そうとも言います」
他の部員はともかく、浩子は姫松の二大選手であり、雅枝の娘である愛宕洋榎と倉橋多恵をよく知っている。
どれだけ彼女たちが麻雀に傾倒し、実力を高めてきたかをその目で見てしまっている。
それと比べた時に、自分がとても今の段階で勝てると思えないのも、無理はない。
データを重んじる彼女であれば、尚更だ。
「……ったく……絹といい、過小評価しすぎやねんジブンらは……」
雅枝から言わせてみれば、あの2人がおかしいだけだ。自らの娘にそんな言い方と思うかもしれないが、そうとしかいえない。完全に逸脱している。あの2人は高校生の枠に収まっていいレベルにはもう無いことを、雅枝が理解している。
「慰めても無駄やろからな、ハッキリ言ったるわ、浩子。今のお前じゃ洋榎と多恵には勝てん」
「……私も、そう思います」
「けどな、お前が洋榎と多恵に勝つ必要なんてないねん」
雅枝は吸い損ねた電子タバコをポケットに突っ込んで、浩子の元に寄った。
「確かにな、姫松は強い。けど、お前がそれを背負う必要なんて無いんやから」
「……です、か」
「背負うのは、2年共の仕事や。怜とセーラには、あのバカ娘に勝ってもらわなあかん。死ぬほどシゴくつもりや。だから、その助けになれ、浩子。お前のデータと打ち方は、必ずウチらに必要になる」
「……!」
「それに、お前があいつらの強さ知ってる以上にな、私が知ってんねん、娘やからな」
考えてみれば、当たり前のことだった。
親であるこの人が、あの2人の実力を知らないわけがない。
それでも、全国制覇は諦めていない。本気で目指している。
「あいつらのヤバさ知ってるんやったら、それ以外から狙う。それがお前の役目や。……得意やろ」
「はい、そーゆーんは、確かに得意です」
階段を下りていく雅枝の背中を見送りながら、浩子は胸のつっかえが、少しとれたような気がしていた。
南1局 親 由子
浩子 手牌 ドラ{3}
{②④⑥1337二三四七東南}
浩子の手牌はドラが対子。
形が優秀なわけではないが、十分に戦える手牌だろう。
(ハッキリ言うたら、園城寺先輩が多恵姉さんに勝てるとは思えへんかった。これは、信頼してるしてないの話やない)
浩子は、データを重視する人間。
怜のことが嫌いなわけでも、千里山が嫌いなわけでもなんでもない。
情が無さ過ぎるのでは?と言われてもかまわない。
浩子は客観的に、この決勝戦は不利な戦いであると思っていた。
(泉が頑張ってくれて、江口先輩も稼いでくれた。姫松との点差は、思ったより開いてないねんな)
きわめて冷静に、物事を見ることができる。
冷めていると言われればそうなのかもしれないが、千里山の監督である愛宕雅枝は、むしろそんな浩子をかっていた。
(清水谷先輩と姫松の末原さんの対面は、5分くらいやと思っとる。つまり、この副将戦が、ホンマに大事な鍵を握る)
浩子に課せられた使命。
浩子の眼鏡が妖しく光る。
難攻不落と言われたこの姫松の副将を、削る。
8巡目 由子 手牌
{二四六②③⑤⑥⑧⑧4赤567} ツモ{④}
(ん~、とっても順調なんだけど~……)
由子が河を見渡す。
開局から通じてただならぬ空気を生み出している初瀬の河が濃い。
そしてその初瀬から誠子が1つ鳴きを入れているこの状況。
(皆血気盛ん、なのよ~……)
そういった打ち手をいなすこと自体は、由子は得意な方だ。
だが、初瀬が怖いくらいに冷静で、どうにも調子が狂う。
嵐の前の静けさと言うのか、そういった無気味な予兆を、なんとなく由子は感じていた。
自分もメンタンピン赤の一向聴。
{47}は誠子に通っていないスジだが、由子はこれを切り出した。
「チー」
やはり、というべきが、由子が河に放った{7}が、水しぶきを上げて釣り上げられる。
これで、2副露。
かと思えば。
「リーチィ!」
力強い発声と共に{赤五}が河に横向きに強打され。
「チー」
上家に座る浩子が、澄ました顔でその{赤五}をチー。
初瀬が一発を消されたことで不機嫌そうに下家の浩子を一瞥した。
9巡目 由子 手牌
{二四六②③④⑤⑥⑧⑧4赤56} ツモ{五}
聴牌。
浩子は鳴かなければ黒ではあるが{五}をツモっていたことになる。
(一発消し、かもしれへんね~)
浩子のチー出しは、{9}。初瀬に対しての安牌だ。
初瀬の河を、もう一度見る。
初瀬 河
{98白発4二}
{③⑧(横赤五)}
リーチ者の初瀬に対して、この{二}は安牌だ。
が、由子の警戒にぬかりはない。一発消しだと思われる浩子に対してと、2副露の誠子に対して安牌かどうかを考える。
(フィッシャーさんには、通りそやね~{三}の切りだしが早すぎるのよ~。役牌は全部出てるから、船久保さんの役はタンヤオ濃厚やね~せやったら、カンチャンペンチャンでは当たらへん、{二}のシャンポンも考えにくい、{三三四四}から鳴いてる可能性やけど……)
浩子の河を見れば、両面ターツの手出しが入っていることが見て取れた。
(その2度受け残しておくんやったら、両面と受け変えるはずなのよ~)
姫松で培った読みの力。
今この瞬間にも、活きている。
そして仮にこれが浩子や誠子に対して多少危険牌であったとしても、だ。
(この手は、押すのよ~!)
自らがトップ目ということを差し引いても、これは行く手だ。
その判断ができるのが、由子の強み。
手牌から{二}を引き抜いた。
「リーチなのよ~!」
またも追いかけられたことに、ひるむどころか初瀬が好戦的に笑みを浮かべたその瞬間。
「ロン」
由子の首筋に、チクリ、と何かが刺された。
浩子 手牌
{②③④333678二} {横赤五三四} ロン{二}
「8000や」
「……!はい、なのよ~」
『あ、和了ったのは千里山の船久保選手!{69}のドラ3ノベタンリーチを選択せず、岡橋選手から出てきた牌をチーして現物待ちに構えました……!』
『かな~り上手いこといったねえ……{69}は河にかなり切れてて、確かに和了りは見込めなさそう。つったってドラ3だから和了りたいところに、{二}現物になってる晩成からのリーチ……まあ、チー判断も早くて驚いたけどねい』
『確かに我々目線からは、聴牌確定からのチーでしたから、驚かされましたね……そして姫松の真瀬選手が満貫以上を放銃したのは今大会初ですかね?』
『へえ~……ま、利点は色々あったんだろうけど、一番は間違いなく』
咏が、扇子を開く。
視線の先には、千里山の頭脳。
その浩子が眼鏡の位置を正している。
(千里山の誰かが多恵姉さん達に勝てるとは思わん。……けどな、千里山の全国制覇を諦めるなんて、ひとっことも言ってないねん)
客観的に実力を見れる、浩子が出した結論。
千里山は、団体戦でなら姫松を打倒しうる。
これは団体戦なのだ。
ならば自分のやるべきことは、一つ。
浩子の表情は、やはり妖しく笑っていて。
『“難攻不落と言われた姫松の副将潰し”これだろうねい』
由子の額に、僅かに汗が流れた。