ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第160局 エネルギー

 

 

 

 『副将前半戦、終了~!!とんでもないことになりました!並みいる強豪を抑え、副将戦でトップに立ったのは……!』

 

 

 

 副将前半戦 終了

 

 1位  晩成  岡橋初瀬 114500

 2位  姫松  真瀬由子 113400

 3位 千里山 船久保浩子  95700

 4位 白糸台  亦野誠子  76400

 

 

 『晩成高校の1年生、岡橋初瀬選手です!!』

 

 『いや~ホント驚異的だよねえ……これがまだ1年生だって言うんだからヤバいよなあ~知らんけど!』

 

 『区間スコアも+20900……後半戦があるのでまだわかりませんが、仮にこのまま後半戦も同じスコアを稼ぎますと、決勝戦で1年生が残したスコア歴代トップまで見えてきますよ!』

 

 『マジかよ!まあ、流石に後半戦は他も巻き返してくるかもしれねえけど……期待がかかるねい』

 

 『全員をマイナスにしての一人浮き!あの親倍が決め手になりましたね』

 

 『あれを和了れるのは全国でも数人しかいなさそうだねい。後半戦も期待大!』

 

 『対して姫松の真瀬選手は、公式記録でマイナスが無いことで有名でしたが、前半戦で1万点近いマイナスになってしまいましたね……』

 

 『ま~でも後半戦で+1万点すればプラマイゼロっしょ?あのコならそれくらいやりそうだけどねい』

 

 『そんなところにも着目しながら、後半戦はCMの後です!』

 

 

 

 

 

 嵐のような副将前半戦が終了した。

 結果は初瀬の1人浮き。南3局の親倍は、団体戦全体の結果に関わる大きな和了りになったと言えよう。

 

 3人がいなくなった対局室で1人、初瀬は背もたれに体重を預けている。

 初瀬は、このままの状態で後半戦に臨むことを選択した。

 控室に戻れば、間違いなくチームメイト達は賞賛してくれるだろう。しかし、それでは気が緩んでしまう。

 この状態を保ったまま、初瀬は副将戦を走り切りたかった。

 

 (まだ、身体が熱い)

 

 ポケットに入れていたハンカチを目元に当てて、しばしの休息。

 対局前に憧の想いに触れて、初瀬の身体は過去最高に熱く燃え滾った。

 その衝動に突き動かされ、半荘を走り抜けた。

 自分でも、ここまでは良い選択ができていると思う。

 

 (大将戦は、もっとキツイはず。由華先輩のためにも、もっともっと稼がなきゃ)

 

 大将戦は激戦が予想される。

 全ての高校がエース級を揃えているし、準決勝で反対側のブロックであった2校に関しては未知数な部分も多い。

 なんなら、2校とも実力を温存しているようにさえ見えた。

 

 であれば、やはりなるべくここで離しておきたい。

 

 初瀬の頭に、個人成績のことなど微塵もなかった。

 ただ、晩成の勝利のために。

 そのために、自分はこの高校に入ったのだから。

 

 意識を深く集中させていた初瀬。

 

 その頬が、強く引っ張られた。

 

 「ふにゅ?!」

 

 「ははは!良い声出るじゃん」

 

 慌ててハンカチをどかせば、そこにはいつもの人の悪い笑み。

 先輩である由華が覗き込むようにして立っていた。

 

 「控室戻ってくんのかと思ったらそのまま対局室にいるみたいだからさ、一応伝えることだけ伝えようと思って」

 

 「あ、なんかありましたか、すみません」

 

 「いやいや、いいのよ。良い状態のまま臨みたいって気持ちはよくわかるからな」

 

 そう言って、由華は柔らかく微笑む。

 と、今度は姿勢を正した初瀬の、肩を揉みはじめた。

 

 「いい感じじゃん、やえ先輩も喜んでる。それでいいって」

 

 「よかった……ありがとうございます」

 

 「点数持ったからって日和るなよ。試合を決めるつもりで、攻め続けろ」

 

 「はい!」

 

 「よし、んじゃ伝えなきゃいけないことだが……白糸台のフィッシャー、どうやらドラを鳴きたいらしい」

 

 「……ドラを?」

 

 「3副露目にドラを鳴ける準備を、結構してた。ほら、ドラ雀頭で変な形で刺さったろ?」

 

 「ああ、確かに……」

 

 前半戦を思い返す。

 たしかに白糸台の手順にはおかしな点がいくつかあった。

 

 「ドラをポンできたら必ずツモれる、とかまあなんかあるのは知らないけど。不用意な手でドラ切りはやめといた方がいいかもな」

 

 「わかり、ました」

 

 「姫松もこのままじゃ絶対終わらないってやえ先輩が。高い手はきっちりダマに構えてくる人だから、リーチしてなくても常に速度感は測っとけって」

 

 「です、ね」

 

 それは肝に銘じている。準決勝ではきっちりプラスマイナスゼロまで稼がれたし、シンプルに上手い人だ。

 100回やったら、まあ負け越すだろうと初瀬は思っている。

 

 「けどまあ、どーやら千里山が姫松を止めてるっぽいな。お前は気付いて無さそうだけど」

 

 「え、そーなんですか?」

 

 「やっぱ気付いてないのか。ま、初瀬はそれで良い。ガンガン攻めろ。その方が、千里山も姫松もやりにくいらしい」

 

 初瀬の攻撃への執念は、浩子の計算を大きく上回っていた。

 それ故に、浩子は情報の修正を迫られている。対戦校にとって、初瀬の恐ろしいほどの局参加率は確実に脅威。

 

 「得意だろ?」

 

 「もちろんです」

 

 くるりと振り向いて笑顔を見せた初瀬に、由華もよし、と頷いてみせる。

 背もたれから少し出ている首の下くらいの位置を、由華が軽く叩いた。

 

 「じゃ、任せたぞ。思いっきり打って、後は私に任せろ」

 

 「はい!」

 

 気合は十分。必要そうなデータも受け取って、初瀬の準備は、完全に整った。

 

 

 

 「誇らしいよ……」

 

 「……?」

 

 自動卓のある場所から立ち去ろうとした由華が、帰り際に呟く。

 初瀬は思わず椅子から立って、由華の方に振り向いていた。

 

 「……副将戦(そこ)は、私が去年、守れなかった場所だ」

 

 「……!」

 

 ……知っていた。去年、由華が初瀬と同じように、1年生ながらに副将を務めていたことを。

 そして……どんな結果が待ち受けていたのかも。

 

 自分が去年守り切れなかった区間を、自らの後輩が、守り切るどころか点棒を増やしている。

 

 由華はそれがどうしようもないほどに、誇らしかった。

 

 由華が、最後にもう一度振り向く。

 既に振り向いていた初瀬と、目があった。

 

 

 「お前は強いよ。初瀬。見せつけてこい。全国に、晩成と、岡橋初瀬の強さを」

 

 「……はい……!」

 

 晩成の魂は、初瀬の胸にしっかりと受け継がれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前半戦が終了してすぐ。

 

 姫松の副将、由子は、仲間の待つ控室へと向かっていた。

 

 由子は前半戦、点棒を失った。

 区間でマイナスを負ったことがない由子にとって、前半戦でマイナス1万点は痛い。

 しかしそれ以上に、自分にとって想定外のことが起きていることが、由子を焦らせる。

 

 (初瀬ちゃん、とっても強いのよ~)

 

 準決勝に続きまたしても、初瀬が暴れている。

 対局前に洋榎から注意喚起されたこともあって、初瀬には注意を払っていた。

 しかしそれでも今の初瀬は手が付けられない。

 

 まるで檻から放たれた虎だ。

 

 準決勝でも抑え込むのに苦労したが、決勝はそれ以上だ。

 通常、ルーキーが決勝の舞台にくると、縮こまって打牌選択が弱くなることが多い。

 しかし初瀬は、むしろ強くなった。この場所こそ、私が求めていた舞台だと言わんばかりに。

 

 (それに、浩子ちゃん……)

 

 千里山の浩子に関しては、完全にこちらを狙ってきていた。

 1位のチームをもし狙うつもりなら、照準は晩成に移るかもしれない。

 が、おそらくあれは、姫松を引きずり下ろすために作られた作戦だ。

 後半戦も浩子の狙いは由子に定まる。由子はそんな気がしている。

 

 自分でも様々な対抗策を考えながら、由子は姫松の控室のドアを開けた。

 

 「戻ったのよ~」

 

 「由子先輩~!」

 

 ドアを開けるとすぐ、漫が由子に飛びついてきた。

 

 「由子、今恭子と牌譜見直してるから、ちょっと待ってて」

 

 「まあまあ由子、こっち来て座ろうや」

 

 机の上にノートパソコンを開き、多恵と恭子が話している。おそらく副将前半戦のデータをまとめてくれているのであろうことが、由子にはわかった。

 

 洋榎がぽんぽん、と自らが座っているソファーの右側を叩く。

 遠慮なく、由子はそのスペースに腰を下ろす。

 

 「どや、うちの従姉妹はなかなか性格悪いやろ」

 

 「も~大変よ~」

 

 「ははは!せやろな~なんでやろな~こんな性格のええ従姉妹がおるのに、浩子はあんなになってもうたんやろなあ~」

 

 「想像つくのよ~」

 

 「はっはっは……とまあ、冗談はさておきやな」

 

 足を組んで、盛大に背もたれに体重を預けていた洋榎が、姿勢を正す。

 その目は、どこか遠くを見つめているようにみえた。

 

 「ウチらって今までぎょーーーーさん麻雀打ってきたよなあ」

 

 「せやね~」

 

 「勝ったことも、負けたこともたくさんあったよなあ」

 

 「せやね~」

 

 「たくさん打って、初めて会った時よりだいぶ上手くなったよなあ~。当たり前のことやけど」

 

 由子は、イマイチ洋榎の発言の意図を汲み取れていなかった。

 上手くなっても負けることもあるから、気にするな、ということなのだろうか、とそう思った。

 

 しかし、由子の想像は外れていて。

 

 「けどな、由子の麻雀に対する姿勢だけは、会った時からな~んも変わってへん」

 

 「……!」

 

 洋榎は覚えている。いや、洋榎だけではない。姫松の3年生は皆知っている。

 1年生から始めた洗牌、卓清掃。

 

 上級生になるにつれて皆その役目を下級生に引きついでいっていたが。

 

 由子が1年生の時に担当した卓は、今も由子が清掃と洗牌を担っていること。

 

 技術は成長する。環境は変わる。心境も変わる。

 けれど、由子の中で変わらないものもある。

 

 それは『牌を愛する心』。道具を、慈しむ気持ち。

 

 

 にぃ、と洋榎が笑顔になった。

 

 「もし麻雀の神様~なんてもんがおって、ウチがその神様やったら、由子みたいなんは見捨てへんけどなあ~大切にしてくれるし」

 

 「ふふふ、そうだと、嬉しいのよ~」

 

 漠然とした話だ。

 抽象的過ぎて、対策もなにもあったものではない。

 

 けれど、今洋榎は由子にこの話がしたかった。珍しく、姫松の部長として考えてやった行動ではない。

 必要に迫られて話したのではない。

 

 そんな洋榎の、どうということはない与太話。

 

 「ま、何が言いたいかっちゅうとな、『いつも通り』を、貫こうや。それやったらきっと、後悔せん。由子の3年間が後悔で終わるのは、ウチが許せへんわ」

 

 「洋榎ちゃん……」

 

 由子は、個人戦出場権利が無い。

 正真正銘、この団体戦が最後だ。

 

 だからこそ、洋榎は由子の高校麻雀生活が後悔で終わることを、良しとしなかった。

 洋榎が、由子の胸の辺りをドン、と強めに叩く。

 

 「大丈夫や。初めて会った日から、由子の芯はなんにも変わってへん。芯がしっかりしとったら、あとは3年間の経験が、由子を助けてくれる」

 

 「芯……」

 

 洋榎の顔をまじまじと見つめる。

 相変わらず、本心のわかりにくい、それでも暖かさを感じることのできる、不思議な笑み。

 これも、変わらない。

 

 「ふふふ……洋榎ちゃん、変な顔なのよ~」

 

 「変とはなんや!イカした顔やろがい!」

 

 「由子!ちょっと来てくれるか!」

 

 恭子の声がして、由子はゆっくりと立ち上がる。

 きっと恭子と多恵が、対策を練りだしてくれたのだろう。

 

 不思議と、由子の胸の内にあった鬱屈な気持ちは、もう無くなっていた。

 その事実に、由子は自分の単純さに可笑しくなってしまう。

 こんなにも単純なことだった。自分のやってきたこと、仲間と繋いできたこと。それを確認するだけで、こんなにも前向きになれる。

 

 それはひとえに、この姫松での3年間のおかげ。

 

 もう一度足を組みなおして、満足そうに目を閉じる洋榎。

 その姿に背を向けて、由子が小さく一言。

 

 「ありがとう、洋榎」

 

 「おん」

 

 その言葉は紛れもなく、3年間を共にした親友に向けられた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ~しそれじゃ、行ってくるのよ~!」

 

 「ファイトです!由子先輩!!」

 

 近寄ってきた漫の頭を撫でると、暖かな気持ちになれる。

 次鋒戦での漫の頑張りを思い出して、由子はもう一度気合を入れ直した。

 

 「由子!」

 

 多恵の声に反応してふと、顔を上げれば、3年間を共にした仲間が、並んで笑っている。

 

 「由子の強さは、私が知ってるから。頑張って!」

 

 「っしゃーいてこましたれゆっこ」

 

 「最善を積み重ねる、それだけや。結果は必ずついてくる」

 

 サムズアップする多恵と、おおげさに腕を振り上げる洋榎、そして、腕を組んでこちらを強い眼差しで見つめる恭子。

 

 改めて、すごい人達と麻雀を打ってきたんだなと実感する。

 全員がトッププレイヤーだ。

 

 それと同時に……そんなメンバーが、自分の強さを信じてくれているという事実に、由子の胸に何かが込み上げる。

 溢れて、抑えようのない気持ち。

 

 

 「……ふふふ!ありがとーなのよー!勝って、最高の団体戦に、するのよ~!」

 

 由子の笑顔が咲いた。

 

 もう焦りも、苦しさも無い。

 胸にあるのは、仲間からもらった暖かな気持ち。

 

 さあ行こう。高校生活最後の晴れ舞台。

 

 牌を愛し続けた少女が、最後の闘牌に向かうのだった。

 

 


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