ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第162局 麻雀の王道

 

 

 

 

 

 『麻雀における王道って、なんだと思う?』

 

 『なんですかまた藪から棒に……』

 

 副将後半戦東2局が始まってすぐ、針生アナはどこかの刑事(デカ)よろしく、「またこの人の悪いクセだよ……」と見るからに嫌そうな顔を隠そうともしない。

 

 

 『はっはっはそんな嫌そうな顔すんなよ~!単なる一般論の話だよ、知らんけど!』

 

 『一般論……まあ、そうですね、王道って言ったらまあ、リーチ、とかですか?』

 

 『いいねえそーゆーのを待ってたんだよ。じゃあなんで、リーチが王道なのか説明できちゃったりする?』

 

 『なんでって……打点も基本的には高くなりやすいですし、最初麻雀習う時は、役もろくにわからないまま鳴くと役なしになっちゃいますし、まずは面前で手の作り方を覚えて、聴牌したらリーチ。これが基本だと教えられましたから』

 

 『おお~そりゃ良い人に教えてもらったねえ……麻雀の王道はリーチ!そしてツモ!ま、知らんけど』

 

 『いやそこは知っておいてくださいよ……』

 

 咏のいつものペースだ。

 あっけらかんとしていて、だがどこか憎めない。

 

 『でもさ~、最近の麻雀って、別にそんなことないと思わん?』

 

 『そんなこと?』

 

 『リーチしなくたってとんでもねー手は出てくるし、なんなら鳴いたら必ず和了れちゃう!みたいな人もいる。どんな理論もひっくり返して、邪道と言われていたものが、容赦なく王道を食い荒らす』

 

 『……三尋木プロ?』

 

 いつものペースだ、と思っていたが、どうやら何かが違う。

 少し低い声音で、しかしハッキリと、咏は思いの丈を言葉にしているように見えて。

 

 『勝てるから王道なんだ。邪道に正面向かって勝てないのは、王道なんて呼ばないのさ。じゃあ今の、王道ってなんだ?』

 

 『……』

 

 咏の鋭い眼光に射抜かれて少しだけ、間が空く。実況という立場で言えば、この間は良いとはいえないだろう。

 だが間を空けてしまった。それは実況者としてではなく、針生アナも“麻雀を打つ者”として考えることがあったから。

 

 『な~んてな!ほらほら、もう東2局はかなり進んでるぜい』

 

 『……そうですね、手牌を見ていきましょう』

 

 それぞれの手牌の進行状況を伝えながら、針生アナの思考はぐるぐると回っていた。

 

 咏の言っていた、王道。

 それはまさしく、勝つべき理論。だが確かに近年、それは覆されてばかりだ。

 

 いつの間にか“麻雀”というゲームのゲーム性は、変わり始めている。

 それは本当に、良い変化なのだろうか?

 

 そして何故、咏は今そんなことを唱えたのか?

 

 (この団体戦を、最後まで観れば、何か変わるのかしら)

 

 真意はわからない。

 しかし針生アナも、この団体戦の最後に何かが待っている気がして、言いもしれぬ興奮にその身を震わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 親 浩子

 

 6巡目。

 

 「ポン」

 

 この卓に座る面々がもう誠子からのポン発声に、その都度反応することも無くなっていた。

 

 誠子の2副露目。

 案の定初瀬から切られた{発}を鳴いたことに、さしたる驚きはない。

 

 仮にそれが役バック濃厚の河に対して初瀬が何のためらいもなく生牌の{発}を切っていったとしても、だ。

 

 (晩成のルーキーは狂戦士とか呼ばれとるくせに、なんでもかんでも猪突猛進なわけやない。亦野の性質も十分知っているやろし、無駄なことはせんはずや。とすれば……)

 

 ツモ牌を手牌の上に横向きに乗せた浩子の眼鏡が、光る。

 浩子の持つデータは、初瀬の手牌価値を正確に測っていて。

 

 

 初瀬 手牌 ドラ{④}

 {④④④赤⑤⑥889二三五六六}

 

 初瀬の細く、鋭い息遣いが聞こえる。

 それはまさしく、獰猛な獣のそれ。

 

 (まだ足りないってか……勘弁してくれへんか)

 

 並大抵の1年生なら、前半戦の成績だけでも十分すぎるほどの記録だろう。

 しかし目の前に座るこの野蛮なルーキーは、まるで満足していない。

 

 対局前は、そこが隙になりうると思っていた。前のめりになるがゆえに、掬える足があると思っていた。

 

 (それがなんやねんこの気合の入りようは……ブラフも効かない、オリる判断もできる。来るときは……しっかり勝負手)

 

 やりにくい。

 それが浩子の感想。

 

 愚直。故に強い。

 勝負手だと明らかにわかっている相手に対して、突っ込んでいくのは良策ではない。

 

 (こいつさえおらんかったら、この副将戦はもっと楽やったのに……!)

 

 小さく嘆息し、浩子は1枚の牌を切り出した。

 親番とはいえ、形が悪い。手牌には赤が1枚だけ。

 かといって、そういう時の戦い方を知らないわけでもない。

 

 (ちょっと、止まってもらうか)

 

 

 

 9巡目。

 

 「チー」

 

 誠子から出てきた{3}を、浩子が{24}で鳴いた。

 副露率のそこまで高くない親番の浩子が鳴いたことで、卓内に少しだけ緊張が走る。

 

 浩子は丁寧に誠子の河から{3}を拾うと、右端に弾く。

 そして自分の手牌から……{赤⑤}を切り出した。

 

 浩子 手牌

 {⑧⑧68二二四四五七} {横324}

 

 

 『千里山女子船久保選手、やけに直線的に受けましたね……?{赤⑤}は是が非でもくっつけたい牌のように思いますが?』

 

 『いやー知らんし。……ま、千里山のコ的にも?晩成のコがやる気満々だってのはわかってるだろうからね、ドラが複数枚持たれてるのは察したんじゃねえの?』

 

 『どうせくっつかないのなら、後々危険になる{赤⑤}を先に処理した……ということでしょうか』

 

 『あとはまあ……単純に威圧にはなるよな。形になってない奴からしたら、親が1つ鳴いてドラ切って来たんだ。一向聴以上……聴牌でもおかしくねえって読むのは、ま、普通じゃね?知らんけど』

 

 咏の言葉通り、浩子から放たれた{赤⑤}にほんの0.5秒ほど時が止まる。

 由子が、浩子の河に目をやりながら、ツモ山に手を伸ばした。

 

 由子 手牌

{①③⑤⑥4赤56779七八九} ツモ{発}

 

 持ってきた{発}は誠子が鳴いている牌。ポンカスだ。

 由子はしばらく河を見渡した後、{9}を切り出す。

 

 (う~ん……あんまり聴牌しているようには、見えないのね~)

 

 由子の高いレベルの速度読みが、浩子のブラフを半分看破していた。

 とはいえ、自分の手は愚形残りの一向聴。全員が初打に{①}を切り出していることから、由子の目から{②}の景色はかなり良く、ここまでほぐすことなく残してきた。

 

 しかし、問題は{④⑦}ターツ。ここが由子の目からかなり薄そうに見える。

 誠子の河に筒子が高く、初瀬も初打の{①}以降筒子が河に見えていない。

 ドラ色ということが大きいのか、とても山にたくさんいるようには見えない。

 

 これらの情報を、由子の脳が一瞬で処理する。何千、何万と繰り返してきた思考。

 

 そんな思考の海に沈んでいた由子の脳に、新しい情報。

 尤も、それは全く歓迎できるものではなかったが。

 

 由子の鼓膜に伝わるのは、振り上げられる、『斧』の音。

 

 

 

 「リーチィ!」

 

 

 横向きに曲げられた牌が、ビリビリと火花を散らす。

 獰猛な牙を剥きだしにして、晩成の狂戦士はそこに立っていた。

 

 

 『テンパったあ!!先制リーチは晩成の岡橋初瀬選手!前半戦から一貫して攻めの姿勢!これが晩成高校の麻雀ですね!』

 

 『いや~いいよねえチームカラーっての?がはっきりしてるよねえ~……ツモって跳満……さ、どうなるかな?』

 

 またも初瀬のリーチを受けて、誠子が歯噛みする。

 今回は3副露にたどり着く前に先制を打たれてしまった。

 

 先ほどと同様、役牌を鳴かされて、手牌が短くなった状況で。

 

 (終始コイツのペースじゃないか……!)

 

 冷や汗が流れる。

 何度自分はこの振りかざされる斧に撤退の選択をしなければいけないのだろうか。

 

 それほどまでに、今の初瀬の勢いは圧倒的だった。

 

 

 浩子 手牌

 {⑧⑧68二二四四五七} ツモ{西}

 

 (生半可な脅しじゃ止まらんか。ま、安牌を持ってこれたんは好都合やな。姫松は、来にくいやろ)

 

 晩成がここまでやるのは想定外。しかし浩子の戦術は由子にはしっかりと効いている。

 その実感があるからこそ、この巡目で危険牌を引かなかったのはラッキーだった。

 

 ツモって来た{西}をそのまま切ることで、こちらが聴牌しているのかどうかの判断を鈍らせることができる。

 

 

 同巡 由子 手牌

 {①③⑤⑥4赤5677七八九発} ツモ{④}

 

 

 (……!)

 

 聴牌。

 それも薄いと思っていたドラを引き入れての。

 

 これで由子の手にドラが2枚。勝負になる手牌になってしまった。

 

 

 『姫松高校真瀬選手、聴牌です!しかしこの愚形では押しにくいか……』

 

 『防御型のコだし、ここは聴牌だけ取ってダマりそうじゃない?知らんけど』

 

 確かに、チームメイトで同じく防御型である愛宕洋榎だったらリーチ選択はしないかもしれない。

 この{②}が山にあることはわかる。が、同じく浩子と初瀬の手牌の形も、ある程度予測することができるから。

 

 当たり牌を掴んだ時、的確に回ることができるから。

 

 由子もその洋榎と似た打ち手であることから、咏はそう読んだ。

 そして咏のその読みには、もうひとつ理由がある。

 

 (やりにくそうにしてたしねえ……千里山の鳴きに対しても)

 

 前半戦で、由子は浩子の鳴きに対して対応を強いられた。

 ブラフと本命がわかりにくい鳴き。明確に自分を狙われた鳴き。

 

 絶妙なバランス感覚で成り立っていた由子の麻雀を、浩子は崩した。

 その様子をみていたからこそ、浩子の鳴きが入っているこの場面はリーチがしにくいのではないか。

 

 咏の視線が、モニターに映る由子に注がれる。

 

 

 

 (私はドラが2枚、愚形聴牌。初瀬ちゃんはきっと、超、勝負手なのよ~)

 

 ビリビリと伝わってくる初瀬の気迫。

 由子の肌を焦がさんと、その熱は確かに伝わってくる。

 

 前半戦、初瀬の勝負手を止めることができなかった。

 めくりあいの勝負でも、あっけなく負けた。めくりあいというか、相手は聴牌すらしていなかったのだ。そこから裸単騎まで持ち込まれて、負けた。

 

 通常、そこまでやられれば、自然と勝負にいきたくなくなるもの。

 

 初瀬の手牌の打点が高いことは、容易に想像がつくから。

 ツモれたらラッキー。筒子は連続形。手牌が良形に変化したら、勝負。

 そういう選択肢も、きっとあるだろう。

 

 由子が、小さく息を吸って、吐いた。

 

 とくん、とくん、と心臓が鳴っているのが、わかる。

 

 (私の、3年間)

 

 目を閉じれば浮かんでくる。

 由子の3年間は、常に麻雀と、仲間達と共にあった。

 

 (私の麻雀を、信じるのよ)

 

 パタン、と右端の{発}を、手前に倒す。

 

 初瀬が、目を見開く。

 その動作を知っている。由子と準決勝でも戦ったから知っている。

 

 親指で手前に倒した牌を、器用に人差し指と中指でひっくり返す。

 

 何千回、何万回とやってきた動作故に、淀みはない。

 

 姫松の控室にいた洋榎が、頬杖をつきながら優しい笑顔で呟いた。

 

 ――由子なら、せやろな。と。

 

 

 「リーチなのよ~!」

 

 由子から放たれた牌は、きわめて静かに、流れるように横を向いた。

 

 

 『リーチです!ここはリーチに打って出ました真瀬選手!』

 

 『愚形ドラ2。ただ、自分が最初から感じていた山にありそうな牌でリーチ、か。で?何枚あんのよこれ』

 

 『え……{②}は、え~……あ、これ……!』

 

 針生アナが{②}の数を数え始め、結論に至るのとほぼ同時。

 

 初瀬が持ってきた牌に、眉をひそめた。

 

 

 斧を大きく振りかぶっていた初瀬の首元を、()本の短剣がかすめる。

 

 死角にいた由子から放たれた短剣。

 たかが1本。しかしそれは、3年間と努力と研鑽により、磨き抜かれた業物。

 

 初瀬の頬に、1本の筋が通る。そこから出血していることに気付くのに、初瀬は数秒を要した。

 

 

 

 「ロンよ~!」

 

 

 由子 手牌

 {①③④⑤⑥4赤5677七八九} ロン{②}

 

 

 「8000点よ~!」

 

 

 

 『一発で仕留めました姫松の仕事人真瀬由子!!!岡橋選手の勝負手を、同じく勝負手で潰しました!!』

 

 『いや~……気合のこもった、良いリーチだねい。これでまた、首位がわからなくなってきたんじゃねえの?』

 

 『まだまだわかりません!大混戦の様相を呈してきました副将後半戦!』

 

 熱の籠る針生アナの実況を横で聞きながら、咏は扇子でパタパタと自らの首元を扇ぐ。

 

 (当然、恐怖はあったはずだよねい。前半戦の千里山からの狙い撃ち。晩成の超攻撃型麻雀。……ケド、それをも打ち破るのは、あのコの3年間の積み重ね、か……。いいねえ……まさしく、王道そのものじゃねえの)

 

 

 点棒の授受を終えた由子が、一つ息を吐く。

 

 手痛い放銃となった初瀬の方を見れば、何一つ堪えている様子はない。

 

 頬を伝った血をペロリと舐めて、好戦的に笑う。

 晩成の狂戦士は、この程度で引き下がってはくれないようだ。

 

 

 (末恐ろしいコよ~)

 

 切実に、そう思う。

 

 しかし、由子はこうも思うのだ。

 

 

 (けど今は。今年だけは。私が勝たせてもらうのよ)

 

 

 普段の朗らかな表情とは明確に違う。

 

 絶対に負けられない戦いで、姫松の仕事人はまた静かにその身を潜めたことに、同卓者の誰も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

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