ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第163局 愚直な意志

 

 

 

 

 由子の満貫の和了りで、姫松がもう一度トップを取り返した。

 一時的にではあるがトップを奪っていた晩成の面々は、先ほどの放銃で肩を落としている最中。

 

 「くっそ~!今の和了れてればめちゃくちゃ大きかったのに!!」

 

 「惜しかったね……」

 

 憧は制服の上に羽織った薄手のカーディガンの袖を手のひらまで引っ張って、いわゆる『萌え袖』の部分を強く握りしめて悔しがった。

 ソファの中心にやえ。その隣に憧。ソファには座らず、後ろに由華と紀子が立っている。

 

 「別に構わないわよ。手が来てる間は、全力で押す。今の放銃はリーチに打って出れた姫松が一歩上手だった」

 

 「ですね。流石姫松を陰で支える仕事人……か」

 

 対して、やえと由華は冷静。今の放銃は仕方ない。そもそも前半戦での和了り自体、――もちろんあれは初瀬の努力の結果ではあるが、幸運だったと言えるものだから。

 全ての勝負手が和了れるわけではない。今の局は素直に由子が上回ったというだけ。

 

 「でも初瀬ってやられ始めるとトんだりするし、マジで大丈夫かな……」

 

 「まあ確かに、悪い流れになると一気に悪い方向に行くやつではあるな」

 

 初瀬の雀風は極端。勝てる時にとことん勝ち、負ける時はとことん負ける。

 部内のリーグ戦でもそれは明らかだった故に、この放銃が悪い方向に振れることにならないか心配する面々。

 

 「その心配はいらないと思うわ」

 

 「……やえ先輩?」

 

 しかし準決勝とは打って変わって、この晩成を統べる王は、その心配は杞憂であると切り捨てる。

 足を組んで頬杖をついているやえの瞳に、焦りの感情は1ミリも無い。

 

 「いつもなら手が入ると周りが見えなくなる初瀬だけど……今日は全体が見えてる。突っ込むときと、引くべき時。和了れる待ちかどうか。その嗅覚が、研ぎ澄まされてる。……まったく、いつもああなってくれれば来年からも安心なんだけど」

 

 やえの目から見ても、今日の初瀬はできすぎている。怖いくらいの集中力。

 手の入り方。そしてその手に溺れない強さ。

 

 こんなに頼もしいと思ったことは無い。

 

 (……まだ及ばないけれど……タイプ的には、いつか臨海の辻垣内みたいになれるかもしれないわね)

 

 まだ粗削り。

 しかしその研ぎ澄まされた刃に、踏み込んでいい範囲を見極められる読みが身に着けば、彼女は相当な打ち手になるかもしれない。

 それこそ、自分のような攻め一辺倒だけではなく、捌くこともできるような打ち手に。

 やえは初瀬に、それほどの可能性を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位  姫松 真瀬由子 122400

 2位  晩成 岡橋初瀬 105500

 3位 千里山 船久保浩子 97700

 4位 白糸台 亦野誠子  74400

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 由子 ドラ{2}

 

 やえの言葉通り、満貫の放銃に回っても初瀬に焦りはない。

 あの手でリーチを打たない初瀬など初瀬ではないし、彼女自身、100回あの手が来たら100回リーチを打っているのを理解している。

 だから、関係ない。

 メンタル面も強くなった初瀬は、対戦相手にとってこの上なく厄介だった。

 

 

 8巡目 初瀬 手牌

 {12②②③④二四四赤五五八八} ツモ{一}

 

 『岡橋選手、今回も参加はできそうな手ですが、少し重いですね』

 

 『ん~そうだねい。タンヤオで行きたい気もするけど、そうするとドラターツが余計だよねえ。知らんけど!』

 

 局は中盤。河を見渡せば、明らかに索子の染め手仕掛けをしている誠子と、平和手進行ぽい河の浩子と由子。

 特に浩子からは中張牌が余りはじめていることから、そこそこ手が進んでいることが予想される。

 

 初瀬はもう一度自分の手を見て、思考を巡らせた。

 自分にできる最良の選択は何か。

 

 少考を終了し、初瀬が1枚の牌を河へ切り出す。

 その牌は、{④}。

 

 『岡橋選手、面子の一部である{④}を切り出しましたか。これは……』

 

 『ま、七対子決め打ちっぽいねえ』

 

 誠子の河に{④}が2枚。

 自分の手が重く、面子手では追い付かないと判断した初瀬は、七対子に決め打つために{④}を切り出した。

 

 『面子手と七対子どちらもが狙えそうなとき、結構打ち手の性格出ると思ってるんだけど……晩成のコは思った通り、決め打ちタイプだったねい』

 

 『あ~、わかります。どっちにも未練残して、結局和了れないこととかありますよね』

 

 『ま、私はないけどね~!』

 

 『……』

 

 明確な間が、針生アナの感情をこれ以上ないほど表現しているのは置いておいて。

 

 七対子と面子手の両天秤問題は、麻雀を打っている者の永遠の課題ともいえる。

 七対子が好きな打ち手であれば決め打ちもしやすいだろうが、七対子は役の性質上、一向聴から聴牌へ至るための牌の枚数が少なく、一向聴から動かなくなってしまうことが非常に多い手。

 さらに言えば、最終形が必ず単騎待ちになるため、最高でも山に3枚ある待ちでしか待てないというのも特徴だ。

 

 だからこそ、『七対子が上手い人は麻雀が強い』と言われたりするのである。

 とはいえ、これもあくまで、『通常の麻雀』の話ではあるが。

 

 初瀬は七対子が得意な方ではない。

 が、初瀬はとある理由から七対子をそこまで苦手としているわけでもなかった。

 

 10巡目 初瀬 手牌

 {12②②③一二四四赤五五八八} ツモ{二}

 

 初瀬の手が進む。

 あまり迷うことなく、初瀬は{一}を切り出していく。

 

 『繊細な山読みを要求される七対子ですが、岡橋選手はあまり迷わずに打牌していきますね』

 

 『ま~あのコの性格からすれば、結構当然なんじゃねえの?』

 

 『え、そうなんですか?』

 

 『晩成の岡橋ちゃんさ、めちゃくちゃ押し強いイメージあると思うのよ』

 

 『そうですね。なんか大体押してるイメージあります』

 

 『そりゃ言い過ぎだろ!まあけど、見ててさ、いやその手で押すの?って思ったことあんまなくね?』

 

 『言われてみれば、確かに……』

 

 針生アナは自分が実況を担当した以外の局でも、初瀬の闘牌を見ている。

 それは単に見ていて面白いからというのもあったし、実況するかもしれない注目されているルーキーだからというのもあった。

 

 そうして見てきた初瀬の麻雀で、押しがとにかく強いとは思ったものの、その押しが「不当」であると思ったことはほとんどない。

 しかしそれは、少し異常なのだ。

 

 『押し引きの基準ってのは人それぞれだけど……岡橋ちゃんの押し引きはわかりやすい。満貫以上あるかないかで線引きして、その上は跳満あたりで線引きしてるんじゃねえかな』

 

 『先制リーチの時は打点が伴っていないことも大いにありますが、押し返しの時は確かに打点が高いことが多いですね』

 

 『満貫以上あれば、たとえその手が一向聴だろうと強く押す。手牌の価値が高いから。でもおかしいよなあ。だとすれば、満貫以上の手が来ることが他より極端に多いのかって話になっちまう』

 

 初瀬の押し引きがもし仮に普通であるとするならば、他の打ち手ももっと押しているはずだ。

 咏は、初瀬の押し引きの根幹にある、手組に気付いていた。

 

 『あのコは、重い手の時は意図的に“高い聴牌”を目指してんだ。自分が後手に回った時、押し返しやすいように』

 

 『……!確かに、言われてみればそうですね』

 

 千里山の誇る、打点女王とは少し違う。

 初瀬は先制聴牌さえ入ればそれがたとえ愚形リーチのみでもリーチを打つタイプだ。

 

 初瀬の強い所は、自分が後手に回りそうな手組のとき……多少牌効率に逆らってでも、高い手の聴牌を組みに行くところ。

 

 

 11巡目 

 

 

 「リーチ」

 

 浩子から、リーチが入った。

 河はだいぶ前から濃く、ツモ切りが続いていたため、一向聴以上であることは周りも察していたが。

 

 同巡 初瀬 手牌

 {12②②③二二四四赤五五八八} ツモ{2}

 

 

 『ほうら、追い付いたよ。タンヤオで待てばダマハネだ』

 

 『岡橋選手聴牌!{1}も{③}もリーチには通っていませんが……!』

 

 『いやいやいや、ここまで見てきたらわかるっしょ?聴牌は絶対にとるさ。リーチに対しては、{③}の方が安全に見えそうだけど……』

 

 浩子の河には{⑥}が早い段階で切られており、{③}はそこまで当たらなさそうに見える。

 咏は初瀬の性格まで読み切って、{③}切りリーチと行くかと思ったが。

 

 「……」

 

 初瀬はその鋭い視線を浩子の河と、そして下家の誠子の河に向ける。

 そしてすぐに、{1}を縦に置いた。

 

 「……ッ!チー!」

 

 端牌とはいえドラまたぎの牌が出てきたことに一瞬動揺する誠子だったが、もう初瀬にいちいち驚いていられない。

 自身の和了りをより見るために、誠子は両面でチーを入れた。

 

 回ってきた浩子のツモ番。

 浩子は持ってきた牌をすぐに河へ捨てる。その表情は、あまり優れない。

 

 (晩成……大人しくしとけや……!)

 

 

 由子 手牌

 {⑤赤⑤⑦⑧⑨789一三四七八} ツモ{③}

 

 ({③}……ちょっと変なのよ~)

 

 由子が感じる違和感。初瀬が押してきているのは気になるが、その上浩子のリーチにも違和感を感じる。

 由子はこういった局面での危機察知能力も並外れていた。

 

 『なるほどねえ……岡橋ちゃんはきっと、千里山のコの待ちを読み切ったとか、そういうわけじゃねえと思うんよな』

 

 『え、そうなんですか?!』

 

 先ほどの初瀬の打牌に、実は会場は大いに盛り上がっていた。

 それもそのはず。

 

 

 浩子 手牌

 {①②123一二三六六六西西}

 

 

 初瀬の打牌候補だった{③}は、浩子の当たり牌。

 浩子がだいぶ前から目をつけていたペン{③}。場況の良さから、ここが待ちになったらリーチを打つことを決めていた絶好の待ち。

 

 『私はてっきり、{③}が危ないと思ったのかと……』

 

 『いや~違うっしょ!さっきも言ったけど、あのコは自分の手が高打点なら、自分の手の和了りを全力で見るタイプ。ただ、感じたんだろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 『こっち(サンピン)の方が山にいるだろって』

 

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌

 {22②②③二二四四赤五五八八} ツモ{③}

 

 

 

 「3000、6000」

 

 

 ならず者の斧が、全員が立つ地面を叩き割る。

 

 

 

 『跳満ツモ……!なんということでしょう!!リーチ者の船久保選手の和了牌を握りつぶして跳満ツモ!!先ほどの守りの化身、愛宕選手の和了りを彷彿とさせる和了りで、再びトップを奪い返しました!!!』

 

 『はっはっは!その本質は真反対だろうけどな!きっとこのコは、今持ってきた牌がもっと山にありそうな牌だったら、なんのためらいもなく{③}ぶったぎってリーチ打っただろうよ。……けど、結果は跳満ツモ。多くの人間が満貫放銃になってそうな局面で跳満をツモ和了り。この意味は、かなり大きいんじゃねえの?』

 

 

 大歓声に沸く会場。

 その和了形を見て浩子は苦虫を嚙み潰したような表情で。

 

 (コイツ……!)

 

 (初瀬ちゃん……本当に、強いのよ)

 

 和了りに対して真っすぐな意志。

 

 愚直な麻雀だけを必死に続けてきた初瀬の意志に、確実に牌が応えている。

 

 

 

 副将戦が始まる前、良くも悪くも副将戦の印象は、中堅戦からそこまで点数が変わることはないだろうという意見が大半だった。

 由子という安定感ある打ち手の存在。

 その性質故に打点が伸びにくい誠子と、搦め手を得意とする浩子。

 

 初瀬がいるとはいえ、副将戦で大局が変わることはあまりないのではないか、と。

 

 しかし、後半戦東4局までを見て、そんなことを思う人間はもういないだろう。

 

 そんな大波乱の状態を巻き起こしているのは間違いなく、去年までインターハイ1回戦負け常連の高校に所属する1年生だった。

 

 

 

 

 


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